イランという国で
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2014年 02月 24日 |
 昨日もアルバイトでテヘランを離れた山の中へ。
 公共交通機関などない場所へ行くことは分かっていたので、テヘランから車を雇って行きました。もう10年以上つきあいのある運転手で、信用できる人物です。これまで調査や仕事で彼と一緒にあちこち出かけていますが、自動車自身の故障以外でトラブルはほとんどありませんでした。(自損事故はないわけではないのですが)
 昨日も、目的地の寸前までは快調な旅でした。
 目的地直前の村に入り、目的地までの道を詳しく聞こうと、村の中心に向かって曲がろうとしたときです。
 ものすごい勢いで軽トラックが飛び出してきました。
 運転手は慌ててハンドルを切りますが、相手のスピードの方が上回っていてよけきれません。
 運転手側のフロント部分にめり込むように二台が止まります。

 一体こんな運転するのは誰だよと、相手の運転席を見るとどう見ても中学生から高校生くらいの男の子です。
 向こうもびっくりしたのでしょう。一瞬運転席で固まっています。
 しかし気を取り直し、飛び降りてきて、「何をするんだよ」といきなりクレームです。もちろんこちらの運転手も負けていません。二人が言い合っているうちに村の人たちが集まってきます。その中には少年の両親も混じっています。おろおろと泣き叫ぶ母親を村の人たちに押さえてもらっている間に、かなり冷静な父親と話し合いが始まります。
 その間、村の人たちの視線に疲れた私は、村の外まで歩いて時間つぶしです。

 結局、警察を呼んで保険を使うと相手の子供が収監されてしまう可能性が高いのと、このくらいの事故で保険を使って来年からの保険料が上がるのが嫌だからと、自腹で修理をすることにしたようです。
 相手のお父さんは申し訳なかったと、自分の軽トラで(事故ったばかりなのに)私の目的地まで送ってくれ、更に町までのレッカー車代金も持ってくれ、誠意を見せてくれたのが救いでした。実は事故の瞬間、シートベルトをしないまま助手席に座っていた私としては、とりあえず、誰もけがをしないで済んだのは良かったかな、とも思うのでした。

 他に移動手段がないこととそれほど娯楽がないことから、イランの農村では、小学生くらいの子供からバイクを運転しているのはよく見かけます。それほど交通量もないですし、普段、事故などほとんど起こらないのでしょうが、まあ、次からは気をつけて欲しいなあとは言いたいところなのでした。
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by sarasayajp | 2014-02-24 05:47 | いろいろ |
2014年 01月 22日 |
仕事でエマーム・ホメイニー国際空港へ。
出国カウンター前でお見送りをしていると、韓国系の顔立ちの男性がこちらをじっと見ています。どこかで会ったことがあるような気がするなあと思ったところで「サラさん?」と呼びかけられ、思い出しました。
テヘラン大学の大学院生だった頃、日本人留学生とも親しくしていた韓国人留学生のキムさんです。
「久しぶり〜。何年ぶりかなあ」
「15年ですよ。今何をしているんですか?」
「私はテヘラン大学で教えていますよ。そちらは?」
「勉強はやめて、今はLGのテヘラン事務所で働いているんですよ。二人ともテヘランにいたんですね」
「本当に。びっくりした」

などなど、その頃イランに留学していた人たちと自分の近況報告をしあい、連絡先の交換をして分かれたのですが、ほんとうにびっくりでした。

その当時の日本人留学生の多くは、資料集めやイランに滞在することが目的で、大学の学位を取得することには関心がなかったため、テヘラン大学が東アジアからの留学生に対してビザの支給を厳しくした時期がありました。
キムさんはまじめな留学生で、そうしたテヘラン大学の理不尽とも言える措置に困った困ったと言いながらも、いつもにこにこと私たちに応対してくれる人でした。

日本人としては韓国企業に思うところがないわけではないのですが、でも、やっぱりこういう再会は嬉しいなあと思うのでした。
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by sarasayajp | 2014-01-22 05:10 | いろいろ |
2014年 01月 02日 |
あけましておめでとうございます

テヘランは雪の正月となりました。とはいっても、イランでは平日なのですが。

昨年は、大統領選挙期間のネット制限からずっと自分のブログにアクセスできない状態で、かといって、フィルターをかいくぐって自分のブログにアクセスするのが面倒に感じるほど忙しかったため、半年以上の放置となってしまいました。

「ちょっと忙しい」くらいだと目の前の仕事よりも、家の掃除やブログの更新など他のことに逃避してしまうのですが、「本当に忙しい」だとやはりそうもいかないのだと実感した次第です。
先週、今学期の授業が終わり、この数年分のコピーやプリントの山が気になり、整理分類を始めました。
家の整理整頓を始める気分になったということは、少し余裕が出てきたということかなと、次から次へと出てくるコピー等の山にうんざりしつつもほっとしています。

しかし、家の掃除で始まる新年というのも、ちょっとさえないなあとは思うのでした。
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by sarasayajp | 2014-01-02 06:57 | いろいろ |
2013年 07月 11日 |
 日を改めて、もう一度同じ村へ。8時までには来るようにと言われていたのに、車の調子が悪く、8時半を回っての到着。先日とは違う案内人に「遅い」と言われながら出発。
 村の外れの道路脇から谷へ。谷の奥に向かって下り、涸れ川を渡り、谷を登り、また谷を奥に向かって下り、涸れ川を渡り、谷を登り、泉で水を飲み、休憩を取り、また歩き、歩き、歩き、泉で休憩し、ギーラーン州とガズヴィーン州の境界となっているという川を渡りガズヴィーン州側へ。また谷を越え、谷を越え、谷を越え。大小合わせ幾つの谷を越えたのか分からなくなった頃。これが最後の難関、という崩れやすい岩場を恐る恐る下り。
 あそこだよ、と案内人が指さしたのは、岸壁の中程に口を開けた洞窟でした。
 引き続き崩れやすい岩場を登り、踊り場のようになった洞窟の前にへたり込んだのが午後2時頃。
 アップダウンそのものはそれほど多くないのですが、急な上り坂下り坂を避けるために谷をぐるりと迂回するために、とにかく歩く距離が長くなってしまいます。先日と同じく、はじめの30分ほどは高地の空気の薄さに身体が慣れるまでの時間で、ひたすらぜいぜいとあえぎ、案内人について行くのがやっとです。自分の体重と荷物を移動させることの大変さをしみじみ感じます。
 洞窟の前で、案内人が持参のお茶道具でお茶を沸かしてくれ、同じく持参のパンとチーズ(両方自家製とのこと)、私の持参したお菓子で小腹を満たし、洞窟内へ。
 懐中電灯を持ってくるようにとあらかじめ言われていたのですが、それでも暗く、濡れて足場の悪い洞窟内をよじ登り、最奥まで行くのは難しく、途中までで断念せざるを得ませんでした。しかし、来てみないと分からないことはたくさんあるということは改めて実感できたのでした。

 村に帰り着いたのは実に夕方7時過ぎ。2700〜2800メートルという山の中でよくまあ歩いたものだと、自分で感心してしまったのでした。不思議と筋肉痛などはなく、右足の外反母趾気味の親指の付け根が痛くなっただけだったのはありがたかったのでした。
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by sarasayajp | 2013-07-11 08:39 | いろいろ |
2012年 08月 31日 |
 非同盟国首脳会議があるからフライトは軒並みキャンセル。
 という状況に、仕方なく、陸路テヘランからシーラーズへ。ホテルも軒並み満室で、ぎりぎりまで粘ってようやく、「金曜日の10時までにチェックアウトをしてくれるなら(イランでは13時から14時のチェックアウトが大多数)」という条件で確保できたのが、当日の11時。
 それから支度をして家を出て、シーラーズのたどり着いたのが深夜1時半。暑い最中の長距離移動はさすがに堪えます。

 「どうしてエジュラーセ・サラーン(非同盟国首脳会議の短縮形)がテヘランであるからって、国内便がフライトキャンセルになるわけ?」とぶつぶつ言っていたら、旅行社勤めの知り合いが、「そんなの、シーラーズやエスファハーンを観光する各国首脳のために決まっているじゃないか」とあっさり返されてしまいました。ホテルもそういうことかと納得したら、全くその通りだとのこと。

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議場の様子。120カ国が参加とのこと。(ファールス通信より)


 テヘランでも会場やホテル周辺には、数メートルおきに警官が立っています。それだけではなく、店舗は全て休業保証金を支払われて休業させられ、近隣住民も旅行クーポン(現金という話も)を渡され、半ば強制的に家を空けさせられているという話も聞いています。
 会議場やホテル周辺は、比較的高級住宅が集まった地区となっていますし(少なくとも住宅の価格は高い)、住宅が密集しています(正確にはテヘラン市内に住宅が密集していない場所はないかも)。どのくらいの範囲でこうした措置が実施されているのか知りませんが、もし本当なら大変な出費になっているのではないでしょうか。日本で先進国首脳会議を開催するから、APECを開催するからといって、そこまでしたかなあ、と思いつつ、そこまで徹底できるのならある意味すごいかも、とは思わないでもありません。

 テヘラン市内の政府関連機関、国営銀行、民間銀行の大多数が休みになるということは、テヘラン市民がこれ幸いと各地の観光地へと繰り出すということで、もともと数が少なくなっている国内線、列車、バスは軒並み満員。観光地のホテルは満杯。特にエスファハーンとシーラーズでは、各国首脳のために国営高級ホテルは借り上げられているので、人が公園や道ばたにまで溢れて野宿をしています。

 タイミングの悪い時に悪い場所で仕事になってしまったなあと思いつつ、粛々と仕事に励むのでした。
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2012年 08月 25日 |
 急遽引き受けた仕事のため、あちこち走り回る毎日です。
 日本から午前中にテヘランに戻り、その夕方にはシーラーズへ飛ぶという慌ただしさでした。その後も、深夜にテヘランに戻り、翌朝の便でまた地方へ、といった具合で、大家さんたちにも、「本当に帰ってきたのかどうかわからないくらいだ」と言われる始末。

 イラン国内の移動では陸路を行くことが多かったのですが、今回はさすがにそうもいかないので国内便を利用しています。
 それも、いつもなら、あれこれえり好みをして、「マーハーン・エアのエアバスかボーイング(他に比べて比較的新しい機体を使っているので)」などと指定するのですが、今回は、直前にチケットを購入することが多いので、えり好みどころではない状況です。

 気がつくと、イランの国内便も、キーシュ島やアゼルバイジャン方面など、ある特定の地方を中心とした小規模航空会社が幾つも参入していて、選択肢が増えていることにちょっとびっくりです。

 今回、タブリーズへ移動するのに使ったのがアーター・エアライン。初めて利用するのでどんなエアなのかと、楽しみ半分心配半分といったところでした。

 予約をしていたのが18:10テヘラン発タブリーズ行きという便だったのですが、出発二日前に電話連絡があり、「12:50に変更になったから」とのこと。なんだそれはとびっくりです。私はその日特に予定はなかったから構わなかったのですが、仕事があったり乗り継ぎがあったりで困る人もいるだろうにと、人ごとながら少々心配に。
 出発が遅れたりキャンセルになったりすることの方はあったのですが、こんな風にいきなり5時間以上出発が早まることも普通にあるのでしょうか?

 ちなみに、今回の機体はボーイングのMD-83。その前日はフォッカー100。
 どちらも同じ型の機体で墜落事故があったような気が。

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シーラーズのバーザールの一画。観光バーザール風になり始めていて、ちょっとびっくり。

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2012年 08月 18日 |
 急な仕事で、夏休みを切り上げてイランに戻りました。

 イランと日本を行き来していて、あ〜日本だな〜、あ〜イランだな〜、と思うことの一つが、ネットのスピードと閲覧禁止フィルターの存在です。

 一時帰国前もずいぶんといろいろなサイトが閲覧禁止でそのたびにいらいらしたものですが、先日イランに戻ってみたら、今度はyahoo.co.jpまで閲覧禁止となっていたのにはびっくりでした。.comの方は使用できるので、イラン人がヤフーメールを使わないようにという政府の方針だとしたら間違っているよなあと、ちょっとがっくり来てしまったのでした。

google.co.jp(co.jp以外なら問題なし)
amazon.co.jp(co.jp以外なら問題なし)
ソフマップ.com
rakuten.co.jp
infoseek.co.jp
biglobe.ne.jp
ヤフーブログ
rakutenブログ
fc2ブログ
livedoorブログ
Amebaブログ
seasaaブログ
ココログ
はてなダイアリー
ロリポブログ
youtube
twitter
facebook
ニコニコ動画
BBC
CNN.com(co.jpは可能)
geocities.jp
東京外国語大学による「日本語で読む中東メディア」の「記事を読む」(トップページは問題なし)

 多分もっとたくさんあるのですが、この二三日の調べ物で引っかかったものを並べてみるとこんな感じです。
 どうしてフィルターがかけられているのか分かるものもあれば分からないものもありますが、動画とブログはとにかく気に入らないんだなあということは分かります。

 と、久しぶりの断食月を過ごしながら調べ物に邁進する毎日なのでした。

 アンチフィルターのブラウザはただでさえ遅いネットが更に遅くなるので、できるだけ使いたくないのですが、背に腹は代えられないといったところです。
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by sarasayajp | 2012-08-18 17:06 | いろいろ |
2012年 05月 31日 |
 気がつくと、二ヶ月以上更新をサボっていました。
 更新する暇がないほど忙しかったわけではないのですが、それなりに忙しかったのと、テヘランと調査地を行ったり来たりだったことから、何となく放置状態となっていました。

 この二ヶ月ほどは、週三日間テヘランで授業をして、週三日半カスピ海岸のギーラーン州で調査をするという繰り返しでした。
 今はとりあえず、大学の期末試験が始まることから、調査の方は一休みすることにしてようやく一息ついた感じです。

 とはいえ、冬にはテヘラン大学で初めて漢字能力検定試験を実施し、6月には2回目を実施の予定。今年の冬にはこれまた初めてテヘラン大学で日本語能力試験を実施することになり、その準備のため、期末試験の準備と合わせてまだもう少しばたばたは続きそうです。

 漢字検定にしても日本語能力試験にしても、日本語学科の学生達よりも外部の人達の方が関心を持って受験を希望しているというのが少々寂しいところです。

 
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調査中の一枚。観光地として有名なマースーレで。村の中にはほとんど立ち寄らず、村周辺の山に登って、歩いてですっかり筋肉痛。

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by sarasayajp | 2012-05-31 00:45 | いろいろ |
2012年 03月 19日 |
 日本ではよく「イスラム聖職者」という呼ばれ方をする人々。ペルシア語ではルーハーニーと呼ばれることが多いです。以前はアーホンドとも呼んでいたのですが、最近ではなんとなく馬鹿にするニュアンスが入ってくるとのことであまり使われなくなってきているのだとか。そういえば、日本では、頭の上で指をくるくるっと回すと、頭のおかしな人という意味になりますが、イランでは頭にアンマーメ(↓これ)を巻いているルーハーニーを指すと同時に、やはり馬鹿にしたニュアンスになるようです。

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ハータミー前大統領。アンマーメが黒いのはセイエド(預言者ムハンマドの子孫)のしるし。白はそれ以外の人。


 それはともかく、このルーハーニー、日本語の「聖職者」という訳語から受けるイメージとは異なり、彼らは「神に仕える聖なる階級の人々」ではなく、「イスラーム法学・神学の専門家」であり、俗人です。
 イスラームは全ての人が神に服従することを義務としており、日常の生活全てが神によって定められた規則に則っています。神と人の間に仲介者はなく、人は全て神と直接対峙します。
 ということで、「聖職者」というのはイスラームでは本来いないはずなのです。

 とはいえ、コーランはアラビア語で書かれていますし、日々変化する社会の中で、コーランには直接書かれていない問題が生ずることもありますし、コーランの語句の判断に悩むこともあります。そうしたときにはやはりイスラーム法学に通じた人が必要、ということで登場するのがルーハーニーたちなのです。

 現在のような教育システムが整う前には、小学校に通うような年齢でマドラサ(現在のイランではホウゼイェ・エルミーエ)に入り、アラビア語やコーラン、イスラーム法学その他イスラーム関連諸学だけでなく、文学や数学等、様々な学問を10年以上かけて学びます。
 その後、どのような道に進むかは本人次第。ルーハーニーになるもよし、教師になるもよし、学者になるもよし。

 現在のイランでは小学校は義務教育となっているため、小学校を卒業した後にホウゼイェ・エルミーエ入りする人が多いようです。以前は男性のみでしたが、現在は女性もここで学ぶことができます。
 もともと、マドラサは統一カリキュラムがあるわけではなく、学校によって、あるいはそこで教える教師によって内容は少しずつ異なっていたようです。そのため、学問を志す若者は、著名な教師の許で学ぶため、イスラーム世界各地のマドラサを渡り歩いたものでした。
 イランでは、革命後、「ヴェラーヤテ・ファギー(イスラーム法学者による統治)」の理念を実現するため、政府の主導でホウゼイェ・エルミーエの国営化が進みました。その際、国による管理はホウゼイェ・エルミーエの精神には合わないからと、国営化を拒み、私立のして残ったホウゼイェ・エルミーエもあります。ともかく、革命後、定められた教科書とカリキュラムに従ってルーハーニーを養成する、現在のホウゼイェ・エルミーエが生まれました。この際、女性にも門戸を開こうということで、多くのホウゼイェ・エルミーエが女子部を設置しました。ただ、女性はルーハーニーにはなれないので、卒業後の進路としては、コーランやイスラーム関連の先生や、宗教的な集会での説教師となる人が多いようです。

 この新しいホウゼイェ・エルミーエ、私立学校の教師達には、「以前に比べると内容が薄くなっている。教科書なんて、何分の一かしかない」と嘆かれていますが、それでも、大学よりもずっと長い期間勉強し続けなくてはいけない大変なコースです。しかし、これは以前からの伝統を引き継ぎ、無料で高いレベルの教育を受けることができることから、それなりに人気があるようです。終了後は、大学卒業と同じ学位と、ホッジャトル・エスラームと呼ばれる、ルーハーニーとしての最初の肩書きを得て、活動することができるようになります。

 面白いのが、このルーハーニー達の中には、一般の大学の修士課程や博士課程に進学する人がいるということです。進学先は、神学部や社会学部などが多いようですが、何というか、微妙に不思議な感じです。先日お話しした学位に関心があるというのも一因かもしれませんが、彼らの自分たちの知らないことを知りたいという知識欲はあちこちで感じます。現役の世俗の学生さんたちよりもずっと、学問的知識欲はあるように思います。

 先日の選挙の結果、ハーメネイー派と呼ばれる保守強硬派が議会の主流になったと報道されていたようですが、このいわゆる保守強硬派、もちろんルーハーニーもメンバーに加わっていますが、かなりの割合のルーハーニーは現実派だという意見もあります。
 イランのイデオロギーは、実はいわゆる世俗の人々によって作られているのかもなあと、先日の役所回りや大学でのあれこれから、ちょっと感じた次第なのでした。
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by sarasayajp | 2012-03-19 01:52 | いろいろ |
2012年 03月 17日 |
 選挙が終わり、大統領派が惨敗、ハーメネイー派が躍進、とのことですが、こうした勢力図が国会だけではなく、イラン国内のあちこちに影響を与えることになります。

 政治の影響が大学にまで及ぶのがイランらしいところ。

 私が博士号を取った後も、自分の足で調査を行い、記録をまとめていることに対してあちこちの役所などで言われることの一つに、「博士号を持っているのに、どうして研究なんかしているの?」があります。

「あなただって国に帰れば、政治家になるんでしょ?そのための博士号でしょ?」

 日本にも、政治の世界に対して野心満々な大学教授というのはいると思うのですが、人文系、それも語学や文学を先行している人ではそれほど多くないように思います。
 しかし、イランでは、どんな分野であれ、「政治の世界で出世するため」に博士号を取得する人が多いのだとか。
 確かに、どこの役所に行っても、書類にサインをするような立場の人達に、国内外で博士号を取得し、大学教授という肩書きを持っている人が多いのは事実です。内閣メンバーなどを見ていても博士号持ちが多かったように思います。大統領閣下も、その真正性に疑問を持たれてはいますが一応博士号持ちで、大学で教えていらっしゃったとか。厳格に守られているのかどうかは分かりませんが、国会議員は修士号以上を取得していることというのが条件だとも聞いています。

 テヘラン大学の学部長クラスを見渡してみても、政治家への野心満々という人がほとんどです。というか、そのためのステップとして大学教授をしているという感がありありです。ただ、どの有力者に連なるかということでその後の出世が左右されるのも仕方のないところです。大統領派だった人達は今頃青くなっているのではないでしょうか。まあ、人ごとではあるのですが、こちらの待遇にも関わってくるので気になるところです。

 日本では、所属する組織での肩書きで呼ばれることが多いですが、こちらではその人自身が所有している資格で呼ばれます。私だと「ハーノメ・ドクトル(博士さんくらいの意味)」です。その社会で何が重視されているかというのがよく分かる呼称だよなあと思うと同時に、こういう学歴社会も不思議な感じだなあと思うのでした。博士号を持っている人が必ずしも、組織や国家を運営するのがうまいとは限らないだろうになあと思うのです。

 ちなみに、もう一つよく言われるのが、「お金になるの?」です。
 博士号を持っているのに、お金にならないことをしているのはおかしなことなのだそうです。
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by sarasayajp | 2012-03-17 19:06 | いろいろ |
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