イランという国で
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2009年 03月 20日 |
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سال نو مبارک باد

آغاز سال نو تبریک می گویم

امیدوارم که سالهای خوش در پیش داشته باشد


 (あけましておめでとうございます。
 一年のはじまりに際し祝福を申し上げます。
 これからも良い年でありますよう願っております。)

 イラン歴1388年の始まりです。
 みなさまにとってこの一年がすばらしい時でありますように!
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by sarasayajp | 2009-03-20 10:31 | いろいろ |
2008年 03月 25日 |
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 ノウルーズのカードには、ノウルーズの飾り物であるハフト・スィーンがデザインされることが多いのですが、金魚だけ、というのもよく見かけます。逆に、金魚を見ると「ああ、ノウルーズだなあ」と思うくらいに金魚とノウルーズは密接な関係にあります。
 どうしてお正月に金魚を飾るのかというと、生命のシンボルだから、という説が有力なようです。水を張った鉢に一匹の金魚を入れて飾るのがふつうです。

 イスラーム以前のイランの習慣と言われるノウルーズの儀礼ですが、イスラーム以前の信仰を守るゾロアスター教徒のノウルーズの飾りには金魚は入っていないのだとか。となると、この習慣はいったいどこから来たのだろうとちょっと不思議なのですが。
 また、ムスリムは「ハフト・スィーン(Sで始まる七つのもの)」を飾りますが、ゾロアスター教徒は「ハフト・シーン(SHで始まる七つのもの)」を飾るなど、少しずつ違っているようです。

 また、ゾロアスター教徒はアヴェスター(ゾロアスター教の聖典)をハフト・シーンと共に置きますが、ムスリムはクルアーン(コーラン)を置きます。もっとも、このクルアーンを置くという習慣は、近年のものだということですが。

 年末になるとノウルーズのために金魚があちこちで売られるようになり、ノウルーズが近づいていることを感じさせてくれます。
 ノウルーズの間飾られた金魚は、13日目にピクニックに出かけた先で小川などに放してやるのが習慣なのだとか。

 ペルセポリスのレリーフにも金魚が添えられていたように、それ一つでノウルーズを感じさせてくれる金魚のカードのご紹介なのでした。

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by sarasayajp | 2008-03-25 18:07 | いろいろ |
2008年 03月 23日 |
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 ノウルーズカードでよく見かけるのが、上のようにペルセポリスのレリーフをアレンジしたものです。
 こうしたレリーフが使われる理由としては、ペルセポリスが世界的に有名だから、イランの栄光を示すものだから、デザインとして優れているから等々あるでしょうが、ペルセポリスの成り立ちを考えるといかにもぴったりだなあと思わずにいられません。

 ペルセポリスは「アケメネス朝時代の宮殿」と説明されていますが、より正確には「アケメネス朝時代に新年の儀礼をはじめとする儀式を執り行うために使われた宮殿」だったと言われています。王や貴族、役人たちが統治のための仕事を行うために常時人が住み暮らした宮殿ではなかったのだとか。
 ペルセポリスで行われた儀礼の中心が新年に際してものでした。もっとも、この時代の新年が、現在と同じ春分の日であったかどうかははっきりしないらしいのですが、ともかく、ペルセポリスは新年の儀礼と結びついた宮殿だったのです。

 行政のための都としては、イラクとの国境にも近いフーゼスターンにある冬の都のシューシュ(スーサ)と、現在のハマダーン州にあった夏の都のハグマターナ(エクバターン)が使われていたとされています。

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by sarasayajp | 2008-03-23 16:35 | いろいろ |
2008年 01月 28日 |
 ナフル・ギャルダーンの写真で、私が立っている場所や見物の女性たちのいる場所についてのご指摘がありました。
 ご指摘の通り、私も含めみんなかなり怖い場所にいます。

 
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 会場設営中はこんな感じ。まずは下の方から埋まっていきます。
 この時点では、屋上などに上がると「下に降りなさい」と指導が飛びます。私たちは、ちゃんと文化イスラーム指導省からの取材許可を取り、会場の運営責任者に許可を取っているので大丈夫です。ただ、自然と、次から次へと屋上に上がってくる人たちに対して、「危ないから前に出るな」と注意をする役目も負うことに。

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 小路からテキエへと入る入り口上の細い空間に陣取る女性たち。降りるようにと何度も注意をされていましたが、とうとう最後まで動きませんでした。ちなみにこの写真の右下に写っている煉瓦の床(正確には屋上ですが)が私の立っていた場所です。柵も何もなく、またひびが入っている様子に、「これは多人数が乗ったら割れるのでは?」とちょっと心配に。

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 開始時間が近づくと、誰が何と言おうと良い場所で見ようと、女性たちが次々と屋上に上がってきます。

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 気がつくとこんな狭い場所にも家族でぎゅうぎゅうになって場所取り。

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 後ろからちょっと押されたり、強い風が吹いたりしたら落ちるのではないかと、見ている方がはらはらしてしまうような場所にも。

 会場では、「隣のホセイニーエ(一種の集会場)でこの様子をスクリーンで見ることができるから無理はしないように」とのアナウンスが何度か流れていましたが、どのくらいの人がそれを聞いて移動したかは分かりません。
 危ないことをするのを奨励するつもりは全くないのですが、年に一回の行事を良い場所で見たい、家族が参加する姿を生で見たいという気持ちは分かるよなあとは思ったのでした。

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by sarasayajp | 2008-01-28 13:24 | いろいろ |
2008年 01月 26日 |
 ムハッラム月10日の午後に行われたナフル・ギャルダーンです。

 昨日ご紹介した骨組みに、鏡を取り付け、花を飾り、黒い布にカルバラーで殺された72人の名前を刺繍したものをかけ、準備完了です。鏡は、「そこに自分の心を映し出せ」という意味なのだとか。

 ナフル・ギャルダーンが始まる時間が近づくと、ヤズド市内や郊外の各地から行事に参加すべくダステ(行列)が次々とやってきます。

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 ナフルを管理しているヘイアトが、数十キロ以上あるアラムを持ち上げ、くるくると回転して訪れるダステを出迎え。
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 広場が人でいっぱいになると、説教を織り込みながらイマーム・フサインの死を悼むロウゼ(悲劇語り)が行われ、胸を叩き、声を合わせて唱和し、悲しみを表現します。
 ロウゼが一段落したところで、いよいよナフルが持ち上げられます。「方向転換をするよ」とアナウンスがあり、鏡が貼られた面を前にして、ナフルの上に乗ったセイエド(アラビア語のサイイド預言者の血を引く人)の鳴らすシンバルに合わせて動き出します。
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 ナフルを担ぐ人以外は、「ホセイン(フサインのペルシア語風発音)」「ホセイン」と叫びながらナフルを追いかけて走ります。
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 時計と反対回りに三回ナフルを回して一度停止。もう一度ロウゼが詠まれます。
 そしてもう一度ナフルが回ります。
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 これが計三回繰り返されます。
 三回目が終わると、ロウゼもそれまでの胸をたたき、叫ぶ熱狂的なものから、死を悲しむ少し静かな調子のものへと変わります。
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 会場に入りきれなかった人も外の小路で中の人々と一緒に悲しみを表現。
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 一時間ほどの行事だったのですが、あっという間でした。
 寒風吹きすさぶ中裸足で参加した男性たちには心からの敬意を表します。

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2007年 12月 24日 |
 日本はクリスマスで盛り上がっているのでしょうか。

 テヘランでは、ショッピングモールの商店の一部がクリスマス飾りをディスプレイしているくらいで、それほど大がかりには祝いません。
 まあ、イスラームにとってもイーサー(イエス)は預言者の一人として敬意を払われる存在であるとはいえ、彼の広めた教えであるキリスト教(ペルシア語ではマスィーヒー)は欧米の象徴でもあり、数年前まではクリスマスの飾りを家の中で行ったと、子供が学校で話したら先生から「そういうことはするな」とその家庭に指導が入ったというくらい、ムスリムがクリスマスを祝うことは「欧米かぶれ」と見なされていました。
 最近ではそれも随分とゆるく、どう見てもキリスト教徒(イランではほとんどがアルメニア正教徒ですが)ではない人たちがクリスマスの飾りを嬉々として飾り付けているのを見ると不思議な感じです。

 飾り付けといい、いわゆるクリスマス(12月25日)に合わせて飾り付けるところといい、決して国内にいるアルメニア正教徒たちに合わせてではなく、カトリックやプロテスタントのクリスマスに合わせているのだなあということが明らかです。
 あるアルメニア人は、「彼らは単に欧米の文明に憧れているだけで、キリスト教徒に敬意を払っている訳じゃない」と、最近のムスリムのこうした風潮を冷ややかに見ていると教えてくれました。確かに、これまで有形無形のいじめを受けてきた側としては複雑かもしれません。

 宗教に関してかなりいい加減な日本から来たので、ムスリムがクリスマス飾りをしたっていいじゃん?と思ってしまう私はまだまだ認識が甘かったようです。

 でも正直なところ、殉教者の肖像ばかりを飾るよりも、このくらい明るい雰囲気の方がいいんじゃないかな、と思うのですが。

 とりあえず、近所のショッピングモールのクリスマス飾りからです。

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 それにしても、来学期は、1年生に日本に関する基礎知識を教える授業を担当しなくてはならないのですが、日本における宗教の問題をどうやって教えたら良いものか、今から頭が痛い思いです。

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2007年 12月 21日 |
 今日はイラン暦アーザル月30日、イスラーム・ヒジュラ暦ズィー・ハッジャ月10日、西暦12月21日

 今年はカレンダーのいたずらで、シャベ・ヤルダー(こちらはイラン暦)と犠牲祭(こちらはイスラーム・ヒジュラ暦)が重なりました。(シャベ・ヤルダーについては「こちら」をごらんください。犠牲祭については「こちら」)

 町のあちこちにスイカを荷台に満載した軽トラックが見られ、街角で、多くは町の外れで「生きた羊あるよ」と羊が売られていました。

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 テヘランでは「犠牲祭おめでとう」と声を掛け合う割には、羊を犠牲に捧げるところまでする人は少ないようだというのはこれまでにもお話ししてきました。他の国ではどうなのでしょう。

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 冬至を迎えようとしていた一昨日から昨日の未明にかけて、テヘランでは雪が降りました。私が住んでいるあたりでは恐らく今年の初雪です。
 うっすらと雪の積もった様子を写真に撮ろうと思ったのですが、外出しようとした私に、大家さんと下の階の奥さんが、「インターフォンの修理をしているんだから、チェックのためにあなたも家にいなきゃ駄目」と阻止されてしまいました。そのため、写真は残念ながらなしです。

 私が作業場所にしている窓際は、二重サッシにしてあるにもかかわらずすきま風が入り込み、随分冷えていました。今年もちゃんと雪が降る冬であって欲しいと願いつつも、すきま風は勘弁して欲しいなあと思うわがままものなのでした。

(上の写真はIran紙から)

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