イランという国で
sarasaya.exblog.jp
  ブログトップ
|
|
2014年 01月 31日 |
家で仕事をしていると、買い物に出たり、食事の用意をしたりするのが面倒になってしまうことがままあります。
大学にはほぼ毎日顔を出しているので、大学の食堂での食事が一日で唯一のまともな食事になってしまうことも。
日本の学食も、以前は食事の量で味をカバー、という感じがありましたが、イランもまだそんな雰囲気があります。

b0006449_1465760.jpg

山盛りのサブズィー・ポロウ(ハーブの炊き込みご飯)とシーチキン、オリーブ、デーツ


選択の余地なしの一種類のみ。時々、二種類からの選択ができる日もあるのですが、基本的に一種類。
おなかはふくれるし、カロリーは高いのですが、何というか、食べる楽しみは微妙だなあと。
ハーブを炊き込んであるとは言っても、ハーブの量が少ないのかそれほど薫りはしないですし、特に味が付いているわけでもないシーチキンがおかずになってしまうところが日本人的には微妙です。更に、べったりと甘いデーツが食事に添えられていると、いつこれを口にしたら良いのか悩みます。

とはいえ、日本とは違い、国土のほとんどが高地で海や川の幸とは縁がない国ですので、私がイランに来たばかりの頃は魚の缶詰がごちそう扱いされている場面も目にしたこともありますし、もともとは昼食が一日の食事の中心で、夕食は軽く済ませるのが普通だったことから、今でも、夕食をパンやチーズ、卵料理や魚の缶詰で済ませる家庭は珍しくありません。

写真のシーチキンは缶から出してあるので食事らしいのですが、時々、面倒なのか、缶に入ったまま出されることがあって、これはさすがにどうかと思わずにいられません。

これで、教職員は一食130円くらい(学生は半分以下のはず)なのですが、イラン人教職員は高いし美味しくないからとお弁当を持ってくる人も多いようです。そのため、給湯室には電子レンジが置かれていたりします。
学生たちも口を揃えて、「学食は美味しくないです」と言うのですが、大学の周辺に安食堂もない環境の中、この値段で、自分が作らずに済むのならありがたいと、文句は言いつつも思う日本人なのでした。
[PR]
by sarasayajp | 2014-01-31 02:46 |
2013年 04月 11日 |
 昨日は、今学期末がどうなるか分からないとお話ししましたが、昨日の午後、ようやく正式な通達が回ってきました。やはり、学期を短縮、期末試験を選挙までに実施してしまえということのようです。

 ということで、試験日程の作成をよろしく、と、学科室で仕事をしている私に、学科事務員が一般教養と第二外国語の試験日程リストを手渡し去って行ったのでした。
 事務員にも、私は時間割作成職人だと認識されているようです。確かにこの数年、私が時間割を作成しているのですが。

 試験日程は二週間。ところが二週目には祝日が二日も入っているため、試験に使える日は実質9日間です。これで、学生や先生から文句の出ない日程を組むことができるのかどうか。なにせ、

・一日に同じ学年の試験を二つ入れてはいけない
・二日連続で同じ学年の試験を入れてはいけない
・一般教養や第二外国語の時間割を優先する

 ですから大変です。
 1年生や2年生はまだ授業そのものが多くないですし、特に1年生は一般教養も入っていませんから何とかなるのですが、3年生や4年生になると専門教科も増えているので大変です。専門教科を二日連続で置こうものなら抗議がやってきます。さらには、一週目や二週目に自分の担当教科の試験が集中すると文句を言う先生もいたりするので、そのあたりも配慮しなくてはいけません。

 一日に試験を二つ実施してはいけないというのは、大学だけではなくイランの全ての課程でそうだというのですが、ちょっと甘やかされすぎではないかと、一日二〜三教科くらいの試験が当たり前だった私からすると、少々納得がいかない気分なのでした。

 これが通常の学期時間割となると、
・正規教員は月曜日に授業を入れるな
・正規教員は一日2コマ以上授業を持つな
・一般教養・第二外国語の時間に専門教科の授業を重ねるな
・単位を落とした学生が、落とした単位とその学期に履修できる単位全てを履修できるよう配慮しなくてはならない
・教務課に時間割を提出した後は、一切の変更を認めない

 等々、更に縛りが厳しくなります。
 学生の単位取得状況全てを把握して、彼らが本来履修できる授業を全て履修できるように時間割を作成するなど至難の業です。だいたい毎年一人くらいは困った学生がいて、単位を落としまくっていたりして、学期末の時間割作成作業時にこちらを困惑させてくれます。

 最近では、時間割を作成してくれるソフトがあるということですが、イランでもそういうソフトを開発してもらえないだろうかと思わずにいられないのでした。
[PR]
2013年 04月 10日 |
 先日テヘランに戻りました。
 午前に空港に到着。荷物を家に置いてすぐに大学へ。午後最初の授業を実施。
 諸事情からテヘランに戻るのが遅れたため、何とも慌ただしい正月明けの授業となってしまいました。

 大学での話題は、「授業がいつまでなのか」「試験がいつ始まるのか」です。
 今学期が始まる頃から話はありましたが、大統領選挙があるから、という、通常なら理解不能な理由から、授業が2〜3週間短縮されるというのです。まだ大学側からは正式に通達は来ていないのですが、学生や先生方の間では既定の路線として語られています。
 授業を短縮するとなると、シラバスはめちゃくちゃです。今学期中に終わらせるべきことが終えられない可能性があります。そのため、もし本当に学期が切り上げとなるのなら、授業の進度を速める必要があります。また、小テストなどを行う時間ももったいないため、これらも省略する必要があるかもしれません。
 しかし困ったことに、正式な通達が行われないのです。つまり、もしかすると噂だけで、実際には授業の短縮という措置は行われないかもしれないのです。ある学生によると、文科大臣自身は「大学の授業は一ヶ月延長すべきだ」と発言しているのだとか。

 これまでの経験から、事前の通達なしに、ある日突然、「今週で授業は終わり」と言い出すことは十分にあり得ると、どちらに転んでも良いように準備をするつもりではありますが、それにしても頭が痛いところです。

 と、ある意味大統領選挙の話題で盛り上がってはいるのですが、実際の選挙については、誰が立候補するとかそういった話がほとんど全く聞かれないせいで、大統領選挙なんて本当にあるの?という感じでもあるのでした。
[PR]
2012年 05月 31日 |
 気がつくと、二ヶ月以上更新をサボっていました。
 更新する暇がないほど忙しかったわけではないのですが、それなりに忙しかったのと、テヘランと調査地を行ったり来たりだったことから、何となく放置状態となっていました。

 この二ヶ月ほどは、週三日間テヘランで授業をして、週三日半カスピ海岸のギーラーン州で調査をするという繰り返しでした。
 今はとりあえず、大学の期末試験が始まることから、調査の方は一休みすることにしてようやく一息ついた感じです。

 とはいえ、冬にはテヘラン大学で初めて漢字能力検定試験を実施し、6月には2回目を実施の予定。今年の冬にはこれまた初めてテヘラン大学で日本語能力試験を実施することになり、その準備のため、期末試験の準備と合わせてまだもう少しばたばたは続きそうです。

 漢字検定にしても日本語能力試験にしても、日本語学科の学生達よりも外部の人達の方が関心を持って受験を希望しているというのが少々寂しいところです。

 
b0006449_043304.jpg

 
調査中の一枚。観光地として有名なマースーレで。村の中にはほとんど立ち寄らず、村周辺の山に登って、歩いてですっかり筋肉痛。

[PR]
by sarasayajp | 2012-05-31 00:45 | いろいろ |
2012年 02月 28日 |
 ノウルーズまであともう少し、というこの時期、私も一時帰国を目の前に忙しくなっています。

 最近は、日本でも同じとのことですが、授業を休講にした場合、外国語学部では、必ず補講をしなくてはなりません。(以前、学生として人文学部に在籍していたときはそのようなことはなかったように思うのですが)
 飛行機のチケット等の関係で、ノウルーズ休みの前後それぞれ一週間を休講にせざるを得ないため、その二週間分、16コマの補講を行わなくてはなりません。幸い、そのうち2コマは他の先生が代わりに行ってくれることになったのですが、他は代わりがいないため、私自身が補講を行う必要があります。
 14コマの補講というのは案外大変です。
 できるだけ大学には来たくないという学生もいれば、単位を落としていたり第二外国語や一般教養の授業があったりで、学生全員が集まれる時間を見つけるのは至難の業です。

 もっとも、大学の規則を別にしても、予定している授業スケジュールをこなすためには補講は行わざるを得ませんし、仕方がないかなとも思うのですが。それにまあ、遊びに行く訳なので、あまり文句も言えません。

 しかし、一部、補講を行うことに文句を言っている学生もいます。これは何となく不思議な感じがします。大学での勉強というのは押しつけられてするものではないと思うし、こちらから学生に対して「授業を受けてください」とお願いしたり、命令したりするものでもないと思うのですが。出席したくないのなら、大学の規則で定められている範囲で好きなだけ休めば良いのに、と思ってしまうのです。ただ、語学の場合、授業に出ていない学生はたいてい落ちこぼれていくので、なるべく出席はするようにとは言いますが。(出席をしない学生に限って、試験の結果に文句をつけに来るというのもありますし)
 と、日本の大学で教えている友人などに言うと、「日本もそんなものだよ」とのこと。

  日本もそうですが、大学が全入に近くなってきて、学生達にとって大学は「行かなければならない」という義務教育のようなものになってきたということなのかなあ、と、何となく思ってしまう今日この頃なのでした。
[PR]
2011年 11月 27日 |
 昨日のテヘランは雪でした。今朝もちらついていましたが、もう晴れ間が見えているようです。

 昨日、大学へ来て、お茶でも飲もうと給湯室へ行くと、「今日はガス圧が下がっていて、サモワールが使えない」とのこと。電気給湯器は使えるので、そちらでお湯だけもらい、ティーバックでお茶を入れたのですが、なるほどと納得でした。
 大学は、気温が下がり、暖房が入るようになってから、じっとしていても汗をかくほどの室温になっていたのですが、とても過ごしやすい気温になっていたからです。週末、暖房を止めていたからかと思っていたのですが、テヘラン市内の人々が一斉に暖房の設定温度を上げたため、ガスの圧力が下がってしまったというのが原因だったようです。

 暖房が入っているのは嬉しいのですが、それにしても、汗をかくほどまで温める必要があるのだろうか?もったいなくないか?と、毎年のように感じます。温度調整が難しい暖房方式なので仕方ないのかもしれませんが、暖房を入れながら、窓を開けて室温を下げているのを見ると、なにかが違うよなあと思わずにいられません。

 今日も大学内は日本人にとっては適温なので、まだガス圧は低いままのようです。でも、給湯室には電気サモワールが登場し、ちゃんとお茶は飲めるようになっていたのでした。

 私のアパートは、大学のある地区のお隣なのですが、こちらではガス圧が下がっているという話は聞かないので、これが大学だけのことなのか、大学のある地区のことなのかよく分からないのでした。
[PR]
2011年 05月 19日 |
 うちには息子が3人いて、まず、最初の息子には、お金のあるときにしか渡してやれなかったが、結局、大学を出るまでに500万リヤール(約3万9千円)くらい渡してやれたかな。足りない分は自分で働いていたらしい。とにかくまあ、そういうことで、テヘランの大学を出て、大学院まで進んで、今はテヘランの官庁に就職もして一人立ちしているよ。
 二人目にも同じようにして、やっぱり500万リヤールくらいしか渡してやれなかったが、こちらは地元の大学を出て、技術者になって、ある企業で働いているよ。
 三人目はまだ高校生だが、こちらも仕事を手伝ってくれながら勉強して、この夏に受験の予定だ。上の二人と同じようにたいして金はかけてやれないけど、がんばって勉強しているよ。

 私が調査している間に、運転手が近くで開墾をしていたおじさんと世間話をする中で聞いた話だとのこと。

 今、私がテヘラン大学で教えている学生の半数はテヘラン出身です。テヘラン出身の学生と地方出身の学生の経済格差は感じていましたが、やはりそうなのだよなあと改めて感じさせられました。

「先生、電子辞書がほしいんです。予算はいくらかかってもいいので、一番良いのを買ってください」
 と簡単に言ってしまう学生もいれば、自分のほしいクラスの電子辞書だと300万リヤール(約2万3千円)ほどかかってしまうと知って、悩んだあげくにあきらめてしまう学生もいます。(ランクを落とそうと考えないところがおもしろいのですが)

 通学用に自動車を買ってもらい、一時間も授業に遅刻してきたあげくに「大学の近くに(自動車を)止められる場所が見つからなかったので遅刻しました。でも授業が始まる時間には大学に着いていたのだから遅刻にはカウントしないでください」と言い放つ学生もいれば、遅刻をするといけないからと、朝5時に起きて自分の住む町から大学に向かうという学生もいます。

 簡単にテヘランの学生だから、地方の学生だからと分けるつもりはありませんが、何だかなあと思うこともしばしばです。

 イランの国立大学は基本的に学費が無料です(夜間部を除く)。つまり、全て国のお金によってまかなわれているわけです。それがどんなにありがたいことなのか、お金に困ったことがない階級の学生だと分からないのだろうなあと思います。あまりに勉強をしない学生たちに、「国のお金を浪費するくらいなら大学をやめてしまえ」としかったところ、何を言われているのか分からないという反応しか返ってこなくてがっかりしたことがあります。
 まあ、「結婚するときに条件の良い相手を見つけるため」に進学しましたという学生ばかりだもんなあと、好奇心も向学心もない相手にどうやって授業をすべきなのか悩む毎日なのでした。

人気blogランキングへ
[PR]
by sarasayajp | 2011-05-19 22:41 | いろいろ |
2010年 06月 09日 |
 この土曜日から期末試験です。
 ところが、この土曜日、昨年の大統領選挙から一年目に当たります。そのため、改革派が抗議のデモを行うとのこと。それに呼応して、改革派を応援する学生が当日の期末試験のボイコットを呼びかけているのだとか。

 土曜日だけのボイコットで済めばいいのですが、また昨年のように大学から、「期末試験延期措置」を取られてしまったらどうしようかと、日本語学科の先生一同、頭を痛めているところです。

 先日、知人と話していると、やはり話題がこのデモのことになりました。そこでちょっと笑えない冗談が飛び出しました。
「1999年の大学寮の事件の記念式典をさせないために、テヘラン大学は大学カレンダーを前倒しにして、それまでは期末試験の最中だったその日を強引に夏休みにして学生を寮から追い出すことにした。今度はこの大統領選挙記念日にデモを起こさせないためにまた大学カレンダーを前倒しにするのではないのか?」というものです。「あるいは、期末試験を夏休み明けに持ってくるかも」

 冗談で済んでほしいなあと思いつつも、どこかで「もしかしたらそんなこともあるかなあ」などと思ってしまうのがちょっと悲しいのでした。

 でもまあとりあえず、これまでさぼっていた小テストの採点と、期末試験問題の作成です。

人気blogランキングへ
[PR]
2010年 02月 10日 |
 この土曜日から新学期が開始。
 とはいえ、来週に大型連休があるため、地方の学生の大半は大学に来ておらず、それにつられてテヘランの学生たちもほとんど出席しないという頭の痛い状況です。
 学期の最初の2週間がこれで、ノウルーズ休みの前後2週間も出席はあてにできず、期末試験前の2週間も大半が欠席する、という状況では、ノルマとされる16回の授業が成立させられるのかどうか、今から心配です。

 その来週の連休ですが、まずはイランではビースト・ドッヴォメ・バフマン(バフマン月22日)と呼ばれる革命記念日です。
 例年この日は革命を賛美するために大デモ行進が行われるのですが、今年はそこに改革派によるデモ等が行われるのではないかということで、政府はこの一週間ほどネットに対する規制を厳しくしているようです。おかげで、flashを使った画像が見づらかったりとか、Gmailやyahooメールへの接続ができない時間帯があったりとか、少々面倒なことになっています。それでも大統領選挙前後に比べるとずいぶんと緩いようには思うのですが。

 それにしても、修士課程ではレポートをたくさん課したため、そのチェックをしてもしても終わりません。かなり安易にコーピー&ペーストをする人もいるので、どこからコピーしてきたのかいちいち確認を取らなくてはならないので一苦労です。
 でも、ある先生から、「昔は手書きのレポートをいちいち確認していたのですから」と諭され、確かに、簡単にコピー&ペーストできる代わりにこちらも簡単にそれを検索できるのだものなあと技術の進歩に感謝する日々なのでした。

人気blogランキングへ
[PR]
by sarasayajp | 2010-02-10 08:45 | いろいろ |
2009年 12月 14日 |
 午前中は仕事でゴムへ。
 テヘランの出口に位置するエマーム・ホメイニー廟にさしかかると、何台ものバスが並び、中からぞろぞろとターバンを巻いたルーハーニー(イスラーム法学者)が降りてきます。はて、今日は何か記念日だったかと、運転手に聞いてみると、「ホメイニー師の写真が破かれたことに対する抗議だよ」とのこと。そういえばそんなこともあったなあとは思うものの、なんとなくぴんときません。
 先日の、アーザル月16日の大学生の日に、ホメイニー師の肖像写真が破かれるという事件があったらしいのですが、それが何日も経ってから大規模な抗議運動になるのかなあというのが正直な感想でした。
 何かにつけて行われるデモ行進のたびに、プラカードやポスターのホメイニー師が道路に散らばり、踏まれ、破れているわけで、何を今更という感じもしないでもありません。もちろん、悪意を持って破るのとは違うというのは分かってはいますが。

 などと思いながらゴムで用を済ませ、午後に大学で約束があったため、テヘランにとんぼ返り。

 大学に行くと、なんだか様子が変です。まだ授業中のはずなのに、学生の姿が殆ど見えません。なんだろうと学科事務室へ行くと、「例の写真の件で、学生が騒いで授業ができる状態ではなく、難を避けるために大学へ来なかった学生が多くて授業にならなかった」とのこと。
 授業をしようとしても、抗議活動(と称する)の学生たちが廊下を走り回って扉をばんばんと開けて騒いでいくので、授業にならなかったそうです。

 ホメイニー師が亡くなったのが1989年(だったはず)なので、大学生はホメイニー師を知らない世代です。「先生!私の一番好きな人です!」と、ホメイニー師の待ち受け画面を見せてくれる学生もいれば、「非常に清らかな人だった」と人間性についてのみ評価をすることで政治的な意見を避ける学生もいれば、「ヴェラーヤテ・ファギーフ(イスラーム法学者による統治)は無理があります」と控えめに批評する学生もれば、「彼らは革命を乗っ取ってイランをめちゃくちゃにしました」と積極的に批判する学生もいます。

 それぞれにそれぞれの意見があって当然だと思います。そしてその意見を意見として述べることのできる社会が「自由な社会」「民主主義的な社会」なのではないでしょうか。意見を述べる権利、それに対して批判をする権利、それぞれの権利が保障されていなくては「自由主義社会」を名乗ることはできないように思います。「自分の意見以外は圧殺する」というのは古い共産主義やテロリストの考え方似ているような気もするのですが、どうなのでしょうか。

 先日、最高指導者ハーメネイー師が国内の優秀な学生を招いて行った演説会で、招待された学生が「あなたのやり方は間違えているのではないか」と堂々と批判的意見を述べました。私はその場面を見ていないのですが、非常に冷静に堂々と意見を述べていたとのことです。
 その後、彼は大丈夫だろうか、エヴィーン(政治犯を収容する刑務所)に投獄されたのでは、などと半ば冗談交じりに心配されていましたが、体制の批判を行うことが投獄に結びつくというのはどうなのでしょうか。建設的な批判のないところに発展はないと思うのですが。

 学生と話していて感じるのは、現状に不満は抱いていても社会をひっくり返すような変革はそれほど強く望んでいないのではないか、ということです。革命とその後の戦争を通して、一度社会をひっくり返してしまうとその後の再建が金銭的にも時間的にも大変だということを体験したためでしょうか。現在の問題点を革命によって一気に解決しようというのではなく、枠組みの中で、あるいは枠組みそのものを少しずつ変化させることを目指しているのかな?と思わないでもありません。もちろん、一気に変えたい人もいます。

 どんな方法、どんな社会を目指すのかはイランの人たち自身が選ぶことなのでしょうが、このところの流れには少々心配もしてしまいます。

 そんなことを考えつつも、何かというと騒動を口実に大学を休みにしたり自主休講にしたりするのはやめてほしいなあというのが、大規模抗議行動翌日になっても大学に出てこない学生たちに頭を抱えているのでした。

人気blogランキングへ
[PR]
ページトップ
XML | ATOM

個人情報保護
情報取得について
免責事項
Yuzuki Skin by Sun&Moon