イランという国で
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2014年 02月 04日 |
 所用があってケルマーンシャーへ行ってきました。
 ケルマーンシャー市から40キロほど離れたところにある、最近世界遺産にも登録されたビーソトゥーンへ。
 まず、以前は対面だった街道が、いつの間にか上り下りを分けた高速道になっていることにびっくりし、到着したビーソトゥーンでは、以前は村と言った方が良いような小さな町だったのが、堂々たる町になっていることにびっくりして、さらに遺跡では、碑文を中心にぐるりとフェンスがめぐらされて入場料まで取るようになっていたことにもびっくりしてと、びっくりしながらの訪問となりました。考えてみたら10年以上訪れていなかったように思います。

 初めてビーソトゥーンを訪れたのは、多分、1993年のことだったと思います。
 その頃は、重要遺跡として管理されている様子はなく、入場料など徴収されることなく、碑文の目の前まで岩をよじ登ることができたものでした。

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その時の写真。古いネガ写真なので少々変色しているが、正面から撮れているのが今となっては貴重。


 ところが、その後、碑文の保護と銘打って碑文の前に足場を組み、一般の観光客は碑文を見ることができなくなってしまいました。少し離れたところから、望遠で撮ると何とか碑文があることが分かる、という程度になってしまい、あまり関心が持てる場所でなくなってしまいました。

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100メートルくらい離れ、200ミリで撮るとこんな感じ。碑文の下に見えるのが足場。


 久々のケルマーンシャーだったので、半日間の自由時間を観光に費やそうと思っていたのですが、ケルマーンシャーの観光地はどこも店じまいが早く、出発時間までの時間つぶしには困ってしまったのでした。冬だったからなのか、それとも通年でこうなのか、どうせ観光客なんて来ないよということなのか、ちょっと考えてしまったのでした。
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by sarasayajp | 2014-02-04 02:26 |
2013年 07月 07日 |
 期末試験も終わり、一時帰国までの期間をこれまで継続してきた聖所の調査に充てることにしていたのですが、これまでずっと行ってきた調査の中で山の上にあるとか遠いとかいう理由で残されてきた場所が多く、非常に難渋しています。

 まず、山の中にあるという場所。これが実に多いのです。
 昨年の夏、一時帰国直前にある聖所を訪れようとしたのですが、資料にある最寄りの村というのがまず大変な場所でした。ギーラーン州のルードバール郡にあるということなので、ルードバール市から村に向かったのですが、これがまた大変な道のりで、山の中の人影もない道をひたすら走り、結局道を間違えてしまい、村にたどり着くことができずに一回目のトライは終わってしまいました。
 その際、道を間違えてしまったことを教えてくれた人が、ルードバールからではなくて、ガズヴィーン州側から行った方が道も良いし(少なくとも道の半分までは舗装されているとのこと)、近いと教えてくれたので、そちらから挑戦することに。しかし、村から随分歩いた山の中に目的地があると言うし、これは日の長い時でないと難しいだろうということで、一年待って、この夏に再トライです。
 テヘランからだと大変なので、ガズヴィーンに一泊して早朝出発(テヘラン-ガズヴィーン間は約2時間)、と考えていたのですが、宿の数の少ないガズヴィーンはシーズンを迎えたアラムート観光の客でいっぱいだというので、夜、テヘランを出発して村に向かいました。
 テヘランからガズヴィーンまで2時間、そこから村まで山道を2時間半、村に到着するだけでも一苦労です。
 村で目的地について尋ねるとびっくりです。何と、私が調査する予定だった場所の他に、もう一カ所調査対象になる場所があるというのです。元々の目的地は途中まで車で行って、そこから徒歩片道一時間とのこと。しかし、もう一カ所は、徒歩で片道4時間はかかるというので、一日で両方の調査を終わらせるのは無理だと、とりあえずは近い方から行くことに。
 しかしこれが大変なのでした。村のある場所が標高2700メートルという高地ですから、恐らく富士山の五合目より高いのではないかと思います。そこを歩くのですから大変です。案内を頼んだ村の人は慣れていますからすたすたと歩いて行きますが、普段テヘラン住まいで(標高1000メートルくらい)、デスクワークが多く、加齢もあって体力の低下が目立つ私は、まず呼吸だけでも大変です。カメラなどの荷物6キロを担ぎ、休み休み歩くのが精一杯です。案内の人が親切で、こちらの状況をすぐに分かって荷物を持ってくれたので助かりましたが、それでも身体が慣れるまでは死ぬ思いでした。
 残雪の残る、道なき道を歩くこと1時間半、目的地に到着です。
 現在ではここに詣でる人もいなくなってしまったという標高2800メートルを超える山の上で、どうしてここが聖所とされたのか、やはり高いところに立つと神を近く感じられるのかなあと、ぼんやりと感慨に浸ったのでした。

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雲がとても近く見える感じ

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2012年 03月 16日 |
 調査期間中、調査対象のせいもあるのですが、ひたすら各地の墓地を尋ね回った感じでした。
 3月はじめ、テヘランより北にあるものの、海抜ゼロメートル地帯のギーラーン平野部では、既に花の季節が始まっていました。
 墓地にたくさん咲いている水仙はそろそろ終わりかけ。庭や水田の周りに植えられている果樹の花がそろそろ咲き始めていました。

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 村のガフヴェハーネ(文字通りには珈琲屋だが実際には茶屋)で聞き込みをしている最中に、お向かいのハンバーガー屋の看板に見慣れた文字を発見。

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 なぜ小樽ビールなのかは分かりませんが、アルコール厳禁の国でこんな看板を上げていたら問題なのでは?と、少々気にかかってしまったのでした。

 のんびりと気持ちの良い季節の調査は楽しいのですが、役所等からの許可取りには相変わらず苦労させられているのでした。「君ね。世界中どこでも、調査をするには許可を取ったり、担当部局と調整をするものでしょうが」と言われてしまったのですが、少なくとも日本では、神社の写真を撮っていたからといって警察を呼ばれたり、情報省がやって来たり、民兵がやって来てカメラを壊そうとしたりはしないよなあと、これまた微妙な気分になってしまったのでした。
 警察や情報省は、許可書を見せればそれで終わるのですが、民兵はそうはいかないことが多いのがこれまた悩みの種なのでした。
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by sarasayajp | 2012-03-16 13:32 | いろいろ |
2011年 04月 12日 |
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 3月末のマーザンダラーンで。

 つい数日前まで雪も降っていた寒いギーラーンから移動してきて、同じカスピ海岸沿いでもずいぶんと違うものだと驚いたのでした。

 日本も桜の季節を迎えていると思います。
 春が明るさをもたらしてくれることを願います。

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2010年 10月 06日 |
 調査で30分くらい歩くこともあると言いましたが、30分くらいならまだ良い方で、本当に、場所によっては頭を抱えるような場所もあったりします。

 これまで一番途方に暮れたのが、「歩いて5時間くらいかな」という場所でした。それも「まだ雪が全部溶けていないから、雪が溶けて道が乾いた頃、夏になってからじゃないと行けないよ」と言うのですから大変です。ここはまだ訪れることができずにいます。

 しかし、徒歩と言われたからといって、歩いているわけにもいきません。機材が重いことや、山登りに慣れていないことを考えると、徒歩にかける時間はなるべく短くした方が安全だからです。

 で、どうするか。

 まず、「車がだめなら(普段はプジョーかKia自動車のPrideを使用)、ネイサーンならどう?」と尋ねます。
 ネイサーンというのはいわゆる軽トラックで、別に必ずしも日産のものではないのですが、イランではネイサーン(日産のペルシア語読み)と呼ばれているものです。乗用車よりも車高が高くて軽いので、乗用車では行けないような場所でも走ることができて、乗り心地はともかく、便利なのです。

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ネイサーン。TOYOTAとありますが、ネイサーン(笑)。これは4ドアですが、2ドアのものが普通。


 ネイサーンでもだめだと言われたなら、次は「ランドローベルは?」です。ランドローベルとは、40年以上前の型のランドローバーで、ネイサーンでも行くことができないような荒れた場所でも走ることができます。

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ランドローベル。窓が開かないとか閉まらないとか、タイヤに溝がないとかいろいろ不安要素はあっても、山道をばりばりと進んでくれるのは確か。


 ネイサーンもランドローベルも山の中の村々に物資を運ぶため、山岳地帯の少し大きめの村ならたいてい1台や2台は置いてあり、運転手込みで借りることができるのです。

 ランドローベルでもだめとなると、次は「じゃ、ガーテル(あるいはオラーグ)は?」となります。ガーテルはラバ、オラーグはロバです。山中の道なき道を行くチューパーン(牧童)や、農地までの足として所有している人から借りて、一緒に行ってもらうのです(でないと扱えないし道に迷う)。

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ガーテル。ロバに比べると丈夫で扱いやすいのだとか。鞍なしで乗るので、慣れないと滑り落ちてしまうのが困りもの。


 たいていの場所ですと、このガーテルまで来れば到達可能なのですが、急斜面の岩場などがあった場合はガーテルでも行けないということになり、最終手段、徒歩を選択せざるを得なくなってしまいます。1時間くらいならがんばって歩くのですが、さすがに標高3000メートルという山の中を5時間かけて歩くのは未だ挑戦できないでいるのです。

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夏休み前に行った調査先で借りたランドローベル。垂直か?と思うような斜面を登ってくれた。


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2010年 04月 27日 |
 イランの米どころ、ギーラーン州でのノウルーズ明け初めての調査の時のこと。
 道行く人たちが長い竿を持って歩いています。自動車の窓からも竿の先が突きだしていたり、バイクの後ろに引きずったりと、様々な形で竿束が運ばれています。
 一体何に使うんだろうと思いつつ調査をしていると、田起こしをして水を張った水田に、竿を使った骨組みが作れているのを発見。
 なんだ、苗代かあと納得です。

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農作業に出かけるおじさん


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水田のあちこちに見られる苗代


 調査につきあってもらっている知人は、お母さんがギーラーンの農家の出身だそうで、親戚がまだたくさんこちらで農業に従事しているとのこと。

「この季節は、ギーラーンではお客をもてなすどころではなくなるんだ。おじさんの家でも、『遊びに来るのは構わないけど、もてなしは期待しないように。勝手に食事を作って食べてってくれ。私たちの分も作ってくれたらありがたい』というくらいで、一年で一番忙しいんだよ」

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 ギーラーンも微妙に気候が安定せず、ちょっと大変なようですが、日本はそれ以上に大変なようです。私の田舎は米どころとして知られていますが、やはり気温が上がらず、いつ田植えができるのやらという状態だと聞いています。イランも日本もこれから気候が安定してくれると良いのですが。

 ギーラーンの調査を始めてから晴れた日がほとんど全くなく、曇天や雨空ばかりのフォトジェニックではない写真ばかりでした。そろそろ湿度のある柔らかな青空をバックに写真を撮ってみたいなあと、ため息をつきながら写真の整理をする毎日なのでした。

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こんな暗い気分になりそうな写真ばかり。夏以外はこんなものだよというのですが。


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2010年 03月 07日 |
 マーザンダラーンとギーラーンで共通しているのが「屋根瓦」を使っていることです。
 もっとも、最近は手軽なトタンやその他の材質に変わっていますが、雨を流すために屋根に傾斜をつけ、瓦を乗せて雨が屋根から漏れてくるのを防ぐという、日本と同じ構造です。

 この屋根瓦、当然のことながら、日本とは少し雰囲気が違っています。
 マーザンダラーンからラシュトを中心とするギーラーン東部は、円筒を半分に切ったような形の屋根瓦を組み合わせたものが一般的です。
 これはマーザンダラーンではまだよく見られるようなのですが、ギーラーンではこの数年でずいぶんと少なくなってしまいました。

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円筒型の屋根瓦


 先日、調査のため、カスピ海岸のアゼルバイジャンとの国境の町アースターラーへ行ってきました。
 こちらは街道沿いの商店などずらりと屋根瓦の家が並んでいて、なんだか新鮮な感じでした。
 ただ、このカスピ海岸東部海岸沿いでは、円筒型ではなくて日本の屋根瓦に似たタイプの瓦が使われていてなんとなく懐かしい感じでした。瓦をやめた屋根がトタンで、それもちょっとさびてたりするのが、なんというか、子供の頃を思い出させるなあとも思ってしまったりするのでした。

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アースターラー近くの村で。日本風の屋根瓦


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2010年 03月 02日 |
 調査のお供で5日間、マーザンダラーン州内を回ってきました。
 自分自身の調査のために同じカスピ海岸州であるギーラーン州をうろうろしているのですが、同じカスピ海岸でもなんとなく雰囲気が違うなあと実感した旅でした。

 これまでの14年に渡るイラン生活の中で、イラン人自身に「どこそこ?」とあきれられるような場所にまで出かけているのですが、意外と訪れていない場所というのはあって、その一つがマーザンダラーン州でした。さかのぼってみると、10年ほど前にギーラーン州との境界に近いチャールースという場所で一泊、7年ほど前にラムサール条約で有名なラームサル(こちらの発音の方が現地音に近い)に一泊しただけで、いつも通過するばかりだったのです。ショマール(カスピ海岸地方を示すペルシア語)好きのイラン人に「どうして?」と呆れられていたのですが、機会がなかったのですから仕方がありません。一応、イラン全州を訪れたことになっているのですが、よくよく考えてみたら、ホラーサーン州が三つに分割された後、北ホラーサーン州は訪れていませんでした。

 それはとにかく、言語的にかなり異なる方言を使用するギーラーンとマーザンダラーンは、そこに住む人々の気質も異なるのだとか。
 両地方の言葉が私の知っているペルシア語とかなり異なるのは分かるのですが(彼らが方言で話していると外国にいる気分になるほど)私には区別はできず、また、気質はそれほど違いが分かりませんでした。「マーザンダラーニー(マーザンダラーンの人・言葉の意味)はギーラーニー(ギーラーンの人・言葉の意味)よりも性格が悪い」と言う人がいたのですが、とくにそんなこともなかったように思います。
 ギーラーンでもそうなのですが、「ショマールの人はフーンサルド(冷血・冷静くらいの意味)だ」と言われます。これはそうかも、と思います。「冷たい」という意味ではなく、アルボルズ山脈の南側の各地に住む人々や、アゼルバイジャン方面のトルコ系の人たちとは違って、親切を前面に押し出して親切にするのではなく、ある意味素っ気ないくらいの態度でいながらも親切というところが、確かにフーンサルドかも、と思うのです。
 道を尋ねると、ぶっきらぼう・無愛想でありながら、必要な情報はきっちりと教えてくれ、しかしそれ以上にはこちらに絡まないというところが何となく新鮮だったりするのでした。

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マーザンダラーンの山中の村。なんとなく、ヨーロッパ風に見えるのが不思議


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2010年 02月 15日 |
 2月11日の革命記念日、12日の金曜日、13日の預言者ムハンマドの死去とシーア派第2代目イマーム・ハサンの殉教記念日と三連休。そして15日は12イマーム・シーア派第8代目イマーム・レザーの殉教日。間に挟まった日曜日も大学は「授業はなし」とのこと。まあ、学生が来るとは思えないので当然の措置ではあります。ということで、5連休の真っ最中です。

 5連休とはいっても私の場合、調査に出かけるので休みにならないのですが。

 革命記念日は大荒れになるのでは?とも予想されていましたがそれほどでもなかったようです。テヘランにはいなかったので局地的には色々あったのかもしれませんが、私の友人・知人の話からはそれほど大きな衝突はなかったようです。地方では粛々と革命記念行事が行われていました。私が行っていたカスピ海岸地方では雨だったので盛り上がらなかったようですが。

 週の半分くらいはカスピ海岸のギーラーン州にいるのですが、こちらはテヘランに比べると少し食の楽しみがあるのが助かります。三日間滞在して昼食と夕食に同じメニューを選ばずにすむというのは、ペルシア湾岸とギーラーン以外では考えられません。テヘランでは、お金に糸目をつけなければそれはそれで色々あるのですが、普通の食堂でおいしいものが食べられるという意味では、ギーラーン州の方が上かなあと思います。

 今ちょっと気に入っているのが、料理もそうなのですが、料理と一緒に出てくる付け合わせというか、まあ、そういったものなのですが、これです。
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 ちょっと写真がピンぼけで申し訳ないのですが、手前のタマネギではなく、奥にある白い太い拍子切りにされたものがそうです。
 これは「とろぶ」と呼ばれるギーラーンにだけ見られる野菜だそうで、一種の大根のようなものです。これをさくさくっと切って生で食べるのがこちら流だとか。日本の大根に比べると辛みがなくてあっさりとしているので、生でぽりぽりと食べるのがちょうど良いようです。
 他に料理法はあるの?と聞いてみたら、「生で食べるのが普通だけど、ジャムも作る」とのこと。

 大根のジャム…

 ちょっと想像がつきませんが、おろしたあるいはみじん切りにしたとろぶを幾種類かの香料と一緒に甘くジャムにしたものなのだとか。説明を聞いてもやっぱりどんなものなのか想像がつきません。

 食堂やレストランだけを食べ歩いていると分かりませんが、地方の家庭の味ははやり奥深いものがあるようです。
 ちょっと写真がピンぼけで申し訳ないのですが、手前のタマネギではなく、奥にある白い太い拍子切りにされたものがそうです。
 これは「とろぶ」と呼ばれるギーラーンにだけ見られる野菜だそうで、一種の大根のようなものです。これをさくさくっと切って生で食べるのがこちら流だとか。日本の大根に比べると辛みがなくてあっさりとしているので、生でぽりぽりと食べるのがちょうど良いようです。
 他に料理法はあるの?と聞いてみたら、「生で食べるのが普通だけど、ジャムも作る」とのこと。

 大根のジャム…

 ちょっと想像がつきませんが、おろしたあるいはみじん切りにしたとろぶを幾種類かの香料と一緒に甘くジャムにしたものなのだとか。説明を聞いてもやっぱりどんなものなのか想像がつきません。

 食堂やレストランだけを食べ歩いていると分かりませんが、地方の家庭の味ははやり奥深いものがあるようです。
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道路脇で売られていたトロブ。買って帰って手羽先と炊いてみたが案外おいしくなく、やはり生で食べるものなのか、とちょっとがっかり。でも漬け物にしたのはおいしかった。


 ちなみに、イランで一世を風靡した「おしん」に出てくる「大根飯」。イランに大根はないからどう翻訳しているのかなと思っていたら、「とろぶちぇ」の入ったご飯となっていたようです。「とろぶちぇ」はラディッシュのこと。「とろぶ」の方が大根に近いと思うのですが、全国に流通しているものではないので誰もが知っているであろう「とろぶちぇ」になったようです。

 もう一つちなみに、「とろぶちぇ」とは「小さなとろぶ」の意味。

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2010年 02月 05日 |
 イランにはSazmane Mirathe Farhangi va Jahangardi(文化遺産・観光庁)という組織があり、イラン全土の文化遺産の調査保全や観光客誘致活動などを行っています。

 イラン全土の文化遺産保全を行う、といっても、「観光」も取り扱いますから、観光地の、観光客受けする文化遺産が優先になりますし、観光客受けするような保全になってしまうことがあるのがちょっと気にかかるところです。
 イラン各地の地方独自の衣装や食文化をはじめとする風俗習慣の調査・収集など非常にがんばっている分野もあるのですが、遺跡の保護については評価が少し微妙です。
 歴史的・文化的に非常に貴重な遺跡であっても、観光客受けしない地味なものであったり、観光地から外れた場所にあったりした場合、保全の優先順位が下がり、その結果、風化するに任せたり、近隣の住人による破損が起こったりします。先日写真でご紹介したサーサーン朝時代のレリーフなどその一例です。
 もちろん、すべての遺跡を管理下に置くことが難しいのは分かるのですが、何とかしてほしいなあと思わずにいられません。

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これもサーサーン朝時代のレリーフ

レリーフの真ん中に自分の名前(に違いない)をでかでかと書き込んだ「ジャヴァード」出てこい!


 もう一つ何とかならんかなあと思うのが、「みーらーせ・ふぁるはんぎーの魔の手」と私たちがこっそりと呼ぶ修復癖です。

 ぼろぼろになった遺跡をどのように保護するかというのは色々と意見の分かれるところだと思います。それ以上の破損がないようにすることにする現状維持に重点を置くのか、補修を行うのか、あるいはクレタ島の迷宮のように新しい材料でぴかぴかの新品状態まで復旧してしまうのか。

 イランではこの「ぴかぴかの新品状態まで再生」してしまうことが好きなので、思わず戸惑ってしまうことがままあります。
 もちろん、しっかりした研究の上、「この形以外あり得ない」という結論を出した上での再生ならそれほど違和感を感じないのですが、時々、「本当にこんな形だったの?」と疑問に思ってしまうようなものに仕上がっていることもあります。さらには、「美しく作り上げること」が優先されるのか、周辺にある地味だけど大切な遺構が無視されたり壊されたりということも見られます。

 遺跡の保護・保全というのは難しいものだと思わずにいられません。

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