イランという国で
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2010年 05月 11日 |
 先週、風邪のために授業を一日休講にしてしまったのですが、昨日、その時の振替え授業について話したところ、「先生、来週の月曜日は休日です」とのこと。そういえばそうだったと、「じゃあ、土曜日に…」と言うと、「先生、来週は土曜日と日曜日も休みです」と嬉しそうです。
 は?月曜日は確かに祝日で休みだけど、何で土日まで?大学の入試とかはこの時期じゃないし、政治的な集会が行われるような時期でもないしと不思議に思いながら学科事務室へ戻って聞いてみると、なんと、朝、政府発表として、休日(金曜日)と祝日(月曜日)に挟まれた土日もテヘラン市内の公的機関、銀行、学校、大学を休みにすると大統領閣下によって発表が行われたのだとか。
 またか、と、がっくりです。
 思いつきのように突然休日を増やすのはやめてほしいのですが。

 「一学期16回の授業を行うこと」と言われても、もともと休日は多いし、こんな風に突然休日が入ったり、休日の前後に学生が勝手に休日にして授業が成立しなかったり、政治的運動によって授業が成立しなかったりと、こちらがもともと予定も想定もしていない休講も多いため、16回の授業を行うことが難しい状況です。そのため、そろそろ期末試験の日程が発表されるこの時期になると、予定していた範囲を終わらせることができるのかはらはらすることになってしまいます。

 「休みにしてやるから子作りに励むようにっていう大統領の陰謀という噂だよ」と憤慨していた先生がいましたが、もし本当なら、夫婦一組につき7〜8人の子供を持つようにというあの発言は、実は撤回されていなかったのかもしれません。

 関係ありませんが、「テヘラン市内は休み」ということは、他の地域は休みにはならないということで、どうしてテヘラン市内だけなのか意図がよく分かりません。強力な中央による統制が行われているこの国では、中央が休みになっていれば、地方の公的機関だって仕事になりにくい部分もあるだろうにと少々不思議です。どうせ休みにするのなら、全国一律に休みにしてあげればいいのにと思わずにいられないのでした。

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2010年 05月 09日 |
 知人の一人が、「カルバラーに一家で巡礼に行った友だちから、1億リヤール(約1千万円)預かったんだ」とのこと。
 どうしてまたと不思議だったため、「別に何か意図があっての発言ではないんだけど、銀行とかに預けるのが普通じゃないの?」と聞いてみたところ、「もし万が一カルバラーでなにかあったとき、お金が銀行に預けてあると親戚の人がそれを受け取るのに一年はかかるから面倒なんだよ」とのこと。
 妻とか子ども、両親なら手続きはそれほど難しくないようなのですが、それよりも遠い親戚になった場合はあちこちに書類を提出したりサインをもらったりで大変なのだとか。それなら、信頼できる人に預け、万が一のあったときにはそれを使って事後処理を行ってもらったり、財産の相続権のある人に渡してもらったりした方が楽なのだそうです。

 日本の銀行はどうだったかな〜などとのんびり考え始めて気がつきました。
 銀行の問題以前に、カルバラーへの巡礼が危険だということが問題なのでした。恐らく多くのイラン人は、ドバイに遊びに行くとか、巡礼でもシリアへ行く時に、全財産の処理を信頼できる友人に委ねるなどということはしないのではないでしょうか。少なくとも私の周囲では聞きません。
 あまりニュースにはならないようですが、カルバラー巡礼中の誘拐やテロはあり、イラン人も被害に遭っているようです。リスクが大きいため、イラン国内の旅行社でもカルバラー巡礼ツアーは取り扱わないというところも多いようです。

 地方を調査して歩いていると、「カルバラーイー(カルバラー巡礼者)」と刻まれた墓碑を多く見かけます。マッカ巡礼者である「ハージー(女性はハージーエ)」やマシュハド巡礼者である「マシュハディー」よりも多い村もあるくらいです。昔から村でキャラヴァンを作ってカルバラー巡礼に行っていたということですから、こうした墓碑はその名残なのでしょう。

 カルバラーに一緒に行かないかという誘いは時々あるのですが、行くときにはやはり私もそれなりに支度をするなあと思うのでした。

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おまけ
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by sarasayajp | 2010-05-09 21:43 | いろいろ |
2010年 02月 10日 |
 この土曜日から新学期が開始。
 とはいえ、来週に大型連休があるため、地方の学生の大半は大学に来ておらず、それにつられてテヘランの学生たちもほとんど出席しないという頭の痛い状況です。
 学期の最初の2週間がこれで、ノウルーズ休みの前後2週間も出席はあてにできず、期末試験前の2週間も大半が欠席する、という状況では、ノルマとされる16回の授業が成立させられるのかどうか、今から心配です。

 その来週の連休ですが、まずはイランではビースト・ドッヴォメ・バフマン(バフマン月22日)と呼ばれる革命記念日です。
 例年この日は革命を賛美するために大デモ行進が行われるのですが、今年はそこに改革派によるデモ等が行われるのではないかということで、政府はこの一週間ほどネットに対する規制を厳しくしているようです。おかげで、flashを使った画像が見づらかったりとか、Gmailやyahooメールへの接続ができない時間帯があったりとか、少々面倒なことになっています。それでも大統領選挙前後に比べるとずいぶんと緩いようには思うのですが。

 それにしても、修士課程ではレポートをたくさん課したため、そのチェックをしてもしても終わりません。かなり安易にコーピー&ペーストをする人もいるので、どこからコピーしてきたのかいちいち確認を取らなくてはならないので一苦労です。
 でも、ある先生から、「昔は手書きのレポートをいちいち確認していたのですから」と諭され、確かに、簡単にコピー&ペーストできる代わりにこちらも簡単にそれを検索できるのだものなあと技術の進歩に感謝する日々なのでした。

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by sarasayajp | 2010-02-10 08:45 | いろいろ |
2010年 01月 27日 |
 遊牧民と言えば、久しぶりに彼らの天幕を訪れてその変化にやはりびっくりしたのでした。

 今回訪れたのは、ガシュガーイー族(日本ではカシュガイと表記されることが多いよう)と呼ばれる遊牧民の冬営地です。
 ガシュガーイー族といえば、山羊の毛で織った黒い天幕と、日本人的な色の遣いからは考えられない大胆な色遣いをした女性の衣装がトレードマークだったのですが、この数年でずいぶんと変わっていました。
 まず、黒い天幕がほとんど見られなくなり、白い防水シートの天幕ばかりになってしまっていました。
 山羊の毛を刈り、それを紡ぎ、織って天幕を作るのは確かに大変な作業です。また、いくら山羊の毛の油が雨をはじいてくれるといっても大量の雨ではやはり雨漏りがしてしまいます。それに比べれば町で売っている防水シートは手軽ですし雨もよく防いでくれますから、こちらの方がいいや、と思うのは当然かもしれません。

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ガシュガーイーの黒い天幕。夏はこれを使うが冬は防水シート、という遊牧民もいるが、すっかり希少価値となってしまった。


 女性たちの衣装もずいぶんと替わってしまいました。
 若い女性たちは伝統的な衣装を着ないで、町の女性たちと同じような服装をしています。もちろん男性たちもそうです。
 これも、自分たちで布を買って衣装を仕立てるよりも、中国から入ってくる安い洋服の方が手軽だということと、学校教育が普及して町の学校に通ったりするようになったこととも関係しているのだとか。

 それと、ガシュガーイー族の女性たちが織る「ギャッベ」と呼ばれる毛足の長い敷物はよく知られていますが、これも彼ら自身のために織るものではなく、賃金仕事となり、町の絨毯商の注文に応じて織るものとなっていました。そのため、彼ら自身の好みではなく、町に住む人々や外国人の好みに応じたデザインや色で織るようになっているようです。

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ギャッベを織る女性たち。服装は伝統的なものではなくなっており、ギャッベもデザインは変わらないものの、色がモノトーンの都会的な色遣い。聞いてみると注文に応じて織っているとのこと。

 7年ぶりですが、7年が長いのか短いのか。7年でずいぶんと変わるものだなあとしみじみしてしまったのでした。

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2009年 12月 21日 |
 調査中、昼食のために入った街道沿いの食堂でのこと。

 食堂の一角におかれたテレビでは、コペンハーゲンで行われているCOP15で演説をするために、大統領閣下がテヘランを発ってデンマークに到着したというニュースを流していました。

 閣下自ら行くのね。まあ、こんな機会でもないとヨーロッパなんて訪問できないものね、閣下は。などと思いながらぼんやりと考えながら、同じくニュースを見ていた知人に「テヘランの大気汚染を何とかしてから、温暖化防止の提言なり演説なりすべきだよねえ」と言ったところ、妙に受けてしまったのでした。
 どうしたのかと思ったら、夏にイスタンブルで行われた両国の首脳会談で閣下が、「トルコもイスラーム銀行を設立すべき」というようなことを言ったのだとか。その時に「イラン国内の銀行をすべてイスラーム銀行にしてから他国にも提言をすべきだと批判されたんだよ」とのこと。
 イラン国内の国営・民営の銀行はどれだけ高利子であるかを競っているように見えます。長期預金だと20パーセントくらいになるのではないでしょうか。これは利子を禁じたイスラームに反するのではないか、という点についてはイラン自身も気になっているらしく、海外向けの国際放送などで「あれは利息ではなく『投資に対する配当である』」と強弁しているようですが、イラン人自身は「利息」と認識していますし、どう見ても利息以外の何ものでもありません。実際、預金よりも貸し付けの方が断然利率が高いのですから、銀行が利益を出すためにそうしていると言われても不思議ではないように思います。普通預金には利息を付けないのがせめてもの装いかもしれません。

 イランにももちろん、「ガルゾル・ハサネ」とよばれる無利子銀行はあります。その多くは慈善活動という位置づけのようです。私がイランに来た頃は小規模なものが多かったのですが、最近は大規模に事業を展開しているところもあり、特にバスィージ系の無利子銀行は農村部などを中心に急速に支店を増やしていて、「こんなところにも」とびっくりすることもあるくらいです。

 銀行利息などないに等しい日本人としては、なけなしの貯金をイランで殖やそうかなあという誘惑に駆られないでもないのですが、利息とインフレ率を比べてみて、通貨の安全性を考えてみて、なんとなく踏み切る気になれずにいるのでした。

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by sarasayajp | 2009-12-21 12:13 | いろいろ |
2009年 12月 16日 |
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 「断じてイスラエルを助けるな!」

 だそうです。

 イスラエル製品不買を呼びかけるものなのですが、マクドナルド以外はイランにあるようにも思うのですが、気のせいでしょうか?それも、どれもかなりの売り上げではないかという気もするのですが。

 というか、これ全部、イスラエル関連商品なのでしょうか?ノキアって、フィンランドではなかったでしょうか?それとも部品がイスラエル製なのでしょうか?

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by sarasayajp | 2009-12-16 22:29 | いろいろ |
2009年 12月 14日 |
 午前中は仕事でゴムへ。
 テヘランの出口に位置するエマーム・ホメイニー廟にさしかかると、何台ものバスが並び、中からぞろぞろとターバンを巻いたルーハーニー(イスラーム法学者)が降りてきます。はて、今日は何か記念日だったかと、運転手に聞いてみると、「ホメイニー師の写真が破かれたことに対する抗議だよ」とのこと。そういえばそんなこともあったなあとは思うものの、なんとなくぴんときません。
 先日の、アーザル月16日の大学生の日に、ホメイニー師の肖像写真が破かれるという事件があったらしいのですが、それが何日も経ってから大規模な抗議運動になるのかなあというのが正直な感想でした。
 何かにつけて行われるデモ行進のたびに、プラカードやポスターのホメイニー師が道路に散らばり、踏まれ、破れているわけで、何を今更という感じもしないでもありません。もちろん、悪意を持って破るのとは違うというのは分かってはいますが。

 などと思いながらゴムで用を済ませ、午後に大学で約束があったため、テヘランにとんぼ返り。

 大学に行くと、なんだか様子が変です。まだ授業中のはずなのに、学生の姿が殆ど見えません。なんだろうと学科事務室へ行くと、「例の写真の件で、学生が騒いで授業ができる状態ではなく、難を避けるために大学へ来なかった学生が多くて授業にならなかった」とのこと。
 授業をしようとしても、抗議活動(と称する)の学生たちが廊下を走り回って扉をばんばんと開けて騒いでいくので、授業にならなかったそうです。

 ホメイニー師が亡くなったのが1989年(だったはず)なので、大学生はホメイニー師を知らない世代です。「先生!私の一番好きな人です!」と、ホメイニー師の待ち受け画面を見せてくれる学生もいれば、「非常に清らかな人だった」と人間性についてのみ評価をすることで政治的な意見を避ける学生もいれば、「ヴェラーヤテ・ファギーフ(イスラーム法学者による統治)は無理があります」と控えめに批評する学生もれば、「彼らは革命を乗っ取ってイランをめちゃくちゃにしました」と積極的に批判する学生もいます。

 それぞれにそれぞれの意見があって当然だと思います。そしてその意見を意見として述べることのできる社会が「自由な社会」「民主主義的な社会」なのではないでしょうか。意見を述べる権利、それに対して批判をする権利、それぞれの権利が保障されていなくては「自由主義社会」を名乗ることはできないように思います。「自分の意見以外は圧殺する」というのは古い共産主義やテロリストの考え方似ているような気もするのですが、どうなのでしょうか。

 先日、最高指導者ハーメネイー師が国内の優秀な学生を招いて行った演説会で、招待された学生が「あなたのやり方は間違えているのではないか」と堂々と批判的意見を述べました。私はその場面を見ていないのですが、非常に冷静に堂々と意見を述べていたとのことです。
 その後、彼は大丈夫だろうか、エヴィーン(政治犯を収容する刑務所)に投獄されたのでは、などと半ば冗談交じりに心配されていましたが、体制の批判を行うことが投獄に結びつくというのはどうなのでしょうか。建設的な批判のないところに発展はないと思うのですが。

 学生と話していて感じるのは、現状に不満は抱いていても社会をひっくり返すような変革はそれほど強く望んでいないのではないか、ということです。革命とその後の戦争を通して、一度社会をひっくり返してしまうとその後の再建が金銭的にも時間的にも大変だということを体験したためでしょうか。現在の問題点を革命によって一気に解決しようというのではなく、枠組みの中で、あるいは枠組みそのものを少しずつ変化させることを目指しているのかな?と思わないでもありません。もちろん、一気に変えたい人もいます。

 どんな方法、どんな社会を目指すのかはイランの人たち自身が選ぶことなのでしょうが、このところの流れには少々心配もしてしまいます。

 そんなことを考えつつも、何かというと騒動を口実に大学を休みにしたり自主休講にしたりするのはやめてほしいなあというのが、大規模抗議行動翌日になっても大学に出てこない学生たちに頭を抱えているのでした。

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2009年 11月 12日 |
 ここしばらく非常に忙しく、更新の間が開いてしまいました。
 その間に、「日本人ジャーナリストが取材中に拘束か?」というニュースがあったため、何かあったのではないかと心配して連絡をくださった方もいらっしゃいましたが、幸い、巻き込まれることもなく、大学と自宅と地方を行ったり来たりしています。

 もう一週間前になってしまいますが、アメリカ大使館占拠30周年記念日(イランでは、アーバーン月13日と呼ばれる)は、朝から午後まで授業がびっしりと入っている日でした。
外国語学部は大学寮のお向かいにあることから、何かあったら巻き込まれるのだろうなあとは思ったものの、大学が休校措置を執らなかったため、この日授業のある教員はとにかく大学へ行かなくてはならない状態でした。
もっとも、寮で暮らす学生たちの一部は寮内で起こるかもしれない改革派と体制派の衝突に巻き込まれないようにと地方にある自宅に避難していましたし、テヘラン出身の学生たちも早々に欠席宣言をする子がほとんどでしたので、本当に授業が成立するのかどうか半信半疑ではありました。

 実際に授業が始まってみると、学部の方ではほとんどの学生が欠席で授業は成立しなかったものの、大学院の方はほとんどの学生が出席という状況。そして幸か不幸か私はその日の授業がすべて大学院の授業だったため、4コマすべて授業を行うことに。
 後で聞くと、テヘラン出身の学生も家族が「巻き込まれるといけないから大学へ行ってはいけない」というので欠席だったとのこと。やはり、何が起こっても不思議ではないとみられているのだなあと実感したのでした。
 事実、エンゲラーブにある大学本部やその周辺では学生の衝突があったりして、かなり長時間騒然としていたようですから、そうした家族の懸念も当然だったのだと思います。

 それにしても、よくよく思い返してみると、私がまだ学生をしていた頃はデモ行進というと学生が動員されて、普段は体制に文句を言っているような学生も「マルグ・バル・アメリカ(アメリカに死を)」というプラカードを持たされたりしていたものですが、今は、下手に動員をかけると衝突を引き起こすかもしれないからか、そういったことがなくなっているようです。その代わり、まだ従順な中学生や高校生が動員されているのだとか。そうまでして「100万人規模のデモが行われました」というプロパガンダをしたいのだなあと、結果的に学生引き留めの役目を担わされてしまった教員は、なんとも微妙な気分になってしまったのでした。

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by sarasayajp | 2009-11-12 12:40 | いろいろ |
2009年 10月 26日 |
 ある村で調査をしていたときのことです。

 私がGPSで測定をしたり、周りの様子を確認したりしていると、同行していた知人が村の人となにやら話をしているのが見えました。情報収集をしているのだろうと思っていたら、村を離れてから「今の人の話はおもしろかった」と言います。
 何かと思ったら、「50万リヤールをもらって大統領閣下に投票をするように言われたので投票したが、その後なかなかお金を持ってきてくれない」と言われてしまったとのこと。
「50万リヤールで4年分の将来を売ったのかあ」と思わず言うと、「一ヶ月約1万リヤールでね」との返事。
 一万リヤールというと、一家族一ヶ月のパン代にもならないような金額です。

 お金を持ってきたのは「コミテ・エムダード(正式名称はコミテ・エムダード・エマーム・ホメイニー=イマーム・ホメイニー救援委員会)」と言われる弱者救済のための組織だそうです。都市部の貧困層だけではなく、現金収入の少ない農村部の生活・医療支援のために活動をしていて、もともと、生活支援のための現金給付もその活動の中に入っています。ですから、買収というほどではなく、通常の支援業務の一環だったのかもしれませんが、そこに投票依頼の言葉を織り込むというのはやはり選挙違反なのではないかと思ってしまいます。
 また、名前から分かる通り、最高指導者などの影響力の強い組織ですし、まあ、そういう依頼があっても不思議ではないよなあとも思います。

 選挙前には、全国民に一定額の現金を支給するとか、寮で暮らす学生には特別手当を配ると宣伝していましたが、結局は配られずじまいです。まあ、ある意味分かりやすいなあと思うのですが、それで配らなければ不満がたまるとは考えないのかという部分が不思議です。「予算がない」の一言で片付けているようですが。

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コミテ・エムダードの募金箱(自発的喜捨であるサダカをあつめるための箱)。一日の始まりに必ず小銭を入れる人。おつりの小銭が邪魔だからと入れる人。何かあったときに神の助けを求めて入れる人など利用者は様々。

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by sarasayajp | 2009-10-26 12:18 | いろいろ |
2009年 10月 20日 |
 バルーチェスターンの「ピシン」で自爆テロ、とのこと。
 「ピシン?」としばし悩み、「ピーシーンのことね」と納得。パキスタンとの国境に近い小さな町です。バルーチェスターン州東部を南北に結ぶ街道と、東西に結ぶ街道の交差する場所にあり、南部バルーチェスターンでパキスタン側へ抜ける場合に必ず通る町の一つです。正確にはピーシーンの後にもパキスタン国境直前にもう一つ町があるのですが、こちらはピーシーンに比べるとずっと小さいので、イラン側最後の町と言ってもいい町です。

 街道の両脇に商店が並ぶだけの白茶けたほこりっぽい町でした。
 「危ないから出ない方が良いよ」と言われ、結局車を降りることはなかったのですが、人が多いのに活気があるようなないような不思議な感じは伝わってきたということを覚えています。
 「ここをまっすぐ行けばもうすぐパキスタンだよ」と指さされた先は延々と白っぽい荒野が広がり、遠くに何も生えていない山の連なりが見えるだけでした。

 しかし荒れ地や禿げ山を越えてイラン側とパキスタン側にはバルーチ族が住み、独自の伝統や価値観を持ち、イランの多数派であるシーア派とは異なるスンニー派を信仰しています。イラン中央からみて辺境にあり、地下資源にも水資源にも乏しく、宗教的に相容れないという条件がいくつも重なり、バルーチの人々の不満は募るばかりです。政府は自分たちを見捨てている、から、政府は自分たちを差別している、へ。そしてイラン政府は敵である、と。もっとも、バルーチェスターンに限らず、どんなところへ行っても政府への不満の聞かれない場所はないのですが。

 イラン政府はアメリカが裏にいる、などと責任転嫁に躍起ですがそれはどうかと思います。もしかしたらそういう部分もあるのかもしれませんが、原因は自分たち自身にもあるということを自覚する必要もあるのではないかと思います。政府による恩恵を感じることができず、宗教による差別を行われ、意見は力により押さえつけられ、では反発しか感じなくても不思議ではありません。自分たちを押さえるつける警察・軍事力である革命防衛隊が標的になるのも不思議ではありません。
 国内政治がうまくいかないと反外国勢力に国民の目を向けようとするというのは様々な国で見られます。先日の大統領選挙の後の争乱の最中にイラン政府が「イギリスがバックにいる」をはじめとする様々な言い方で、外国をののしっていましたが、その後、中国でウイグル人と漢族の衝突が起こった際の中国政府の外国への責任転嫁の言説が、イランと全く同じで笑ってしまったのでした。

 現在、死者は40名を超えているようですが、シーア派の革命防衛隊だけではなく、防衛隊と会合を持っていた自分たちと同族であるバルーチ族の代表たちをも敵として巻き込むというやり方は、「自分の意見と違うものは許さない」という硬直した意志が感じられ、非常に嫌な感じです。
 イスラームを非難する人も多いですが、キリスト教であれ他の宗教であれ、あるいは自由主義であれ共産主義であれ、どれも一緒ではないかと思います。
 私に対して「ネトウヨ」「イスラーム至上主義者」「イラン体制派」という決めつけをしてくる人が時々いるのですが、こうした人たちに共通するのは、「自分の宗教や政治思想、その他の思想が絶対的に正しい」という頑迷な意識であって、そこに他を理解しようとする寛容性は見られません。決めつけ、思い込み、そういったもので他を勝手に規定して攻撃してくる。こうした人たちが自爆テロを行うテロリストとどう違うのか悩むところです。

 力による主張は力による抑圧を受けるというのはこれも古今東西の原理であって、これから警察国家イランはテロ防止に力をこれまで以上に注ぐに違いありません。そうなるとすべての部族がテロを支持しているわけでもないバルーチェスターン全体が、警察の圧力によって政府に対する不満を募らせるでしょう。負の連鎖というのは難しいものだと思わずにいられません。

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ザーヘダーンの貧困地区で遊んでいた子供たち。


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by sarasayajp | 2009-10-20 11:49 | いろいろ |
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