イランという国で
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2004年 11月 25日 |
 なんだかむしゃくしゃする一日。

 朝からずっとついていなくて、とどめがある人との喧嘩。

 喧嘩のきっかけはあまりにくだらなくて嫌になるのですけど、「礼拝」でした。

 バイトが入り、呼び出されてあるオフィスへ行きました。そこへ行くまでに既に色々あって嫌な気分でいたのですが、到着したら当の本人は「礼拝に行っています」だそう。
 この時間に来いと言って呼び出しておいてそれは何だよと、その段階で嫌な気分が5割り増し。
 30分以上待たされて、ようやく来たと思ったら詫びの一言もなし。ついつい言い合いになってしまいました。


 イラン・「イスラーム共和国」の政府関連機関では、礼拝の時間が長ければ長いほど出世すると言われています。
 オフィスや工場など人が集まる場所には必ず「ナマーズハーネ(礼拝部屋)」が設けられ、礼拝をしたい人はそこで礼拝を行うようになっています。ちなみに、イランエアの中にもこの部屋はあります。
 ムスリムは一日5回、礼拝を行うことが義務づけられています。この5回のうち、昼の礼拝と、午後の礼拝がオフィスタイムにかかってしまいます。

 IRIB日本語放送でバイトをしていた時、私としょっちゅう喧嘩をしていた上司が、毎日きちんと昼の礼拝に行って、なかなか帰ってこない人でした。
 ある日、親戚の人から上司に電話がかかってきました。
「J氏はいる?」
「今は礼拝に行っています」
「え!!!彼が礼拝なんかするの?????」
 この発言により、J氏はチーフになるため、IRIB内で礼拝をするようになったことがばれてしまったのでした。

 そして、昨年、友人が調査のためにイランに来ていた時のことです。
 彼女は資料をもらいに政府系のある機関へ行きました。しかし、担当者はなかなか現れません。彼女はきちんとアポを取り、指定された時間に行ったのに、「礼拝中」と言われて二時間待たされたあげくに、「外人に話すことなんかない」と追い返されたそうです。

 礼拝は、どんなにゆっくりやったところで20分~30分もあれば終わります。
 それを1時間2時間もかけて、それも人が来ると分かっている時間に行う人たちの礼拝は、人に見せるための礼拝でしかないことが露骨に分かります。それなのに、「ナマーズハーネで礼拝を行っている」ということで高く評価され、能力とは関係なく出世することができるのです。

 預言者自身が、「人に見せるための心のない礼拝なら行わない方がいい」と言っているのに、イスラームを国家理念としたイランではこんなものです。預言者が見たら悲しむだろうと思わずにいられません。まあ、全て来世で彼らの偽善は明らかになるので私がぷりぷりと怒る必要はないのですけど、現世にいる我々にとってはいい迷惑なのです。


 私は決して、ムスリムが礼拝をすることを否定しているのではありません。IRIBでバイトをしている時でも、常識的な時間に常識的な時間をかけて礼拝をする人に対して文句をつけたことはありませんし、文句をつけたいと思ったこともありません。
 それに、真剣に祈る姿に感動することもありますし、敬意も払っています。
 ただ、信仰心からではない(としか思えない)礼拝を長々とやっているところを人に見せたり、礼拝を口実にさぼることに文句をつけたい気持ちになるだけなのです。
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by sarasayajp | 2004-11-25 03:22 | イラン人 |
2004年 11月 23日 |
 バムで知り合った、震災孤児を支援するイランのNGO主催者から電話がありました。

「日本語の『がんばれ』ってペルシア語で言うと何なの?もう一つ『元気だそう』って?」

 どうやら日本から送られたカードにそう書いてあったのに、意味が分からないので私に電話をしてきたようです。

「ああ、それはね…」

 そこではたと気がつきました。
 そういう表現はペルシア語にはないのでは?
 少なくとも私は使ったことがありませんし、言われたこともないように思います。
 もともとそれほどペルシア語のボキャブラリーは多くないので、頭の中にあるペルシア語単語帳を大慌てでめくり、絞りだそうとするのですがだめです。

「ごめんなさい。ペルシア語にちょうどいい表現が見つからないんです。『がんばれ』に一番近いのは多分、movaffaq bashid(成功をお祈りします)かもしれないけど、ちょうど同じ表現はないです。『元気だそう』は駄目です。説明できません」

 自分のペルシア語力に絶望を感じた瞬間でした。

 たまたまその直後に、もう一人の留学生(現在イランにいる正規留学生は私を含めて二人だけ)から電話があり、一緒に夕食を食べることになりました。彼は口語の表現力に関しては私と比べものにならないくらいすごいので、夕食を食べながら彼にこの二つについて聞いてみました。

「あ~~~ないですねえ。Movaffaq bashidだとちょっと違いますよね。やっぱ。元気だそうは無理ですよ。全然違う表現に変えないと。でも何かあるかなあ」

 と、二人であれやこれやとしっくり来る表現を探しているうちに話しがずれてきました。

「今ターム、全然やる気が出ないんですよ。イラン人と話す気分にならなくて。先週も授業を一週間さぼっちゃいました。こんなのはじめてですよ」
「あ~、そういう時ってあるよね。無理する必要もないと思うけど。少し休んでみたら?」
「そういえば、さっきの『がんばれ』ですけど、がんばる必要ってあるんですかねえ。どうやってもがんばれない時にがんばれって言われるのきついと思うんですけど」
「それはそうかも」

 そういえば、同じことをバムでも聞いたな、と思い出しました。
 各国から支援に来たボランティアやNGOの一部が、バムの人々があまりにやる気を見せないので呆れて帰ってしまったという話しを聞いた時でした。
 地震の直後からバムで支援活動を手伝っている女性にその話をしたところ、彼女は言いました。
「私はそれでもいいと思いますよ。がんばれがんばれって言われても、できないことはできないのだし、それよりは気持ちが落ち着くのを待った方がいいと思うんですよ。立ち上がれるようになったら立ち上がるでしょう」

 私よりずっと長くイランに住み、イラン人として生きていらっしゃる方の言葉ですから重みがありました。がんばれ、再建をしようというのは、援助する側の押しつけでしかない、支援をされる人たちの立場に立っていないという穏やかな彼女の指摘に、援助の難しさを考えさせられました。

 もっとはっきりと言ったのは内務省のある高官でした。
「神戸の体験を、と日本の人は言いますけど、日本とイランでは様々な条件が違うでしょう?どうして神戸の体験をそのままイランに持ち込むんですか?我々には我々の文化があります。神戸の体験が役に立たないとは言いません。もちろん有益なこともたくさんあると思います。しかし、当てはまらないところもあるのです」

 イランにも正すべきところははっきり言ってたくさんあると思います。そして海外の援助がないとできないことも多いです。何といっても、計画を立てることは大好きでも、実行に移すのは面倒という国ですから。
 しかし日本的(あるいは支援を行っている各国の)価値観だけを押しつけるのではなく、イランのことを理解した上で、双方の良い部分を利用する道を探さなくてはならないのだと、それができなければ、単なる「善意の押しつけ」にしかならないのだと、援助の難しさを感じたのでした。

『がんばれ』というのは難しい言葉だな、と思った夜でした。
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by sarasayajp | 2004-11-23 15:11 | いろいろ |
2004年 10月 30日 |
 国際感覚、あるいは常識について考える時、忘れられないエピソードがあります。

 ご存じのようにイランは、「イスラーム共和国体制」をとっていて、そこに住む人は「イスラーム的規範」に従うことを余儀なくされています。
 その一つが女性に対するヘジャーブ着用義務です。

 これに従い、女性はたとえムスリムでなかろうと、外出時には髪が見えないようにスカーフで覆い、体型があらわにならないよう、コートあるいはチャードルを着なくてはなりません。

 非ムスリムがヘジャーブを着用しなかったからといって罰する法律はないのですが、不快な目に遭うことを避けるため着用することが一般的です。まあ、郷に入ったら郷に従えということです。


 ところが、イランに駐在している各国大使館館員や企業駐在員夫人たちにとってこのヘジャーブ着用は苦痛以外の何ものでもないそうです。
 確かに、近くの店までちょっと買い物に、という時でさえスカーフをかぶらなければならないというのは面倒かもしれませんが、それにしても拷問であるかのように文句を言う彼女たちを見ていると不思議な感じがします。
 外国人、特にアジア系の国々の人が日本へ来れば日本の慣習に従うことが当たり前だと彼女たちは言うだろうにと。


 そうしたある日、ヘジャーブ着用にうんざりしたある大使館員夫人が、アメリカの星条旗をコートに仕立てて外出するという暴挙を行いました。


 イランはアメリカとイスラエルを「敵国」として、何か集会があれば必ず「アメリカに死を、イスラエルに死を」とシュプレヒコールをあげる国です。
 そんな国でのこの大使館員夫人の行動はいったい何だったのでしょうか。
 異教徒にヘジャーブを強要するイラン政府への抗議だったのか、ストレス解消のためのパフォーマンスだったのか。私には理解できません。
 もちろんイランでも日本がアメリカべったりな国であることは知られています。それにしてもイラン側を挑発すると取られても不思議でないようなこの行動、呆れないではいられません。たとえ私的とはいえ、イラン人が出席している場です。自分の立場が分かっていないのでしょうか。

 日本を他国へ持ち込むことが「国際人」なのかなあ、と思った出来事でした。


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by sarasayajp | 2004-10-30 00:27 | いろいろ |
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