イランという国で
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2012年 08月 20日 |
 ラマダーン中に、仕事である場所に出かけました。
 メンバーは運転手役の男性と、その同僚の女性、私の三人です。
 自動車に乗り込み、出発するなり、二人はなにやら楽しそうに会話を始めました。聞くともなしに聞いていると、男性は「シーラーズから何キロメートル離れたら断食をしなくてもよくなるか」をルーハーニー(イスラーム法学者)に確認しておいたという話です。
 どうやら、女性の方はほとんど断食はしていないらしいのですが(「時々している」とのこと)、男性の方は一応、会社内では断食をしている模様。

 町を出て、街道脇の店で水やジュース、お菓子を買い込み、目的地へ向かいます。
 ある程度走ったところで、「そろそろ大丈夫だよね」と、社内での飲み食いが始まりました。

 「旅に出ている間は断食をしなくてもよい」とはされていますが、それを、「自分が住んでいるところから○キロメートル以上離れた場合は旅と見なす」と決めてあって、それにきっちりと従うところがいいなあと、楽しくなってしまったのでした。

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こんなところを歩いて旅していた時代、断食などしたら命に関わったはず


 知人によると、イランの最高指導者ハーメネイー師によると、旅に出ている間(家を遠く離れている間)は、「断食をしてはいけない」のだとか。

 実際、女性はどうしても断食をしてはならない日が何日かありますし、体調が悪くかったり体力的な問題があったりして断食ができない人もいます。それに対しては、お金や食料品などの寄付や、他の機会に断食をすれば良いなど、様々な方法が提示されています。決して、「何が何でも断食をしろ」とは命じられていないはずなので、この夏、オリンピックに参加していたムスリムの選手の対応は、選手それぞれの問題とはいえ、少し気にかかったのでした。

 もちろん、断食をするかしないかはそれぞれの人の心と信仰の問題なので、それがいい悪いというつもりは全くないことをお断りしておきます。

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2012年 08月 19日 |
 イラン暦1391年モルダード月29日、イスラーム・ヒジュラ暦1433年ラマダーン月30日、西暦2012年8月19日

 今日はエイデ・フェトルでした。
 約一ヶ月続いた断食月が終わり、日の出と共に集団礼拝を行い、一ヶ月の義務を果たしたお祝いをします。
 アラブ諸国よりも一日早い断食明けだったようです。

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Jame Jam紙から



 ということなのですが、一ヶ月きちんと断食をしていた人というのはどのくらいいるのでしょうか。
 オリンピックでもムスリムの選手が断食をするかどうか話題になっていたようですが、これはイスラームの決まり事をどう解釈するか、あるいは本人の気持ちの問題なのでとりあえず脇に置いておきます。

 ラマダーン月が夏休みにかかるようになったため、断食中のイランというのは多分3年ぶりくらいなのですが、断食をしていない人が増えたな〜という印象でした。
 昼食時に普通に煮炊きをする匂いが漂っていたり、オフィスを訪ねると、給湯室で男性も女性もお弁当を食べていたり。バーザールでも、表から見えない場所でお昼を食べている人が意外とと見られて、ちょっとびっくりでした。

 断食をするしないは個人の信仰の問題なので是非を問うつもりはないのですが、夏の暑い中、長時間の断食をするというのは、健康上のトラブルを招くことも多そうだなあと、暑い中、仕事であちこち走り回っていて思ったのでした。もちろん、健康な人だけが断食をしなさい、と規定されているので問題はないのですが。
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by sarasayajp | 2012-08-19 18:30 |
2012年 03月 19日 |
 日本ではよく「イスラム聖職者」という呼ばれ方をする人々。ペルシア語ではルーハーニーと呼ばれることが多いです。以前はアーホンドとも呼んでいたのですが、最近ではなんとなく馬鹿にするニュアンスが入ってくるとのことであまり使われなくなってきているのだとか。そういえば、日本では、頭の上で指をくるくるっと回すと、頭のおかしな人という意味になりますが、イランでは頭にアンマーメ(↓これ)を巻いているルーハーニーを指すと同時に、やはり馬鹿にしたニュアンスになるようです。

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ハータミー前大統領。アンマーメが黒いのはセイエド(預言者ムハンマドの子孫)のしるし。白はそれ以外の人。


 それはともかく、このルーハーニー、日本語の「聖職者」という訳語から受けるイメージとは異なり、彼らは「神に仕える聖なる階級の人々」ではなく、「イスラーム法学・神学の専門家」であり、俗人です。
 イスラームは全ての人が神に服従することを義務としており、日常の生活全てが神によって定められた規則に則っています。神と人の間に仲介者はなく、人は全て神と直接対峙します。
 ということで、「聖職者」というのはイスラームでは本来いないはずなのです。

 とはいえ、コーランはアラビア語で書かれていますし、日々変化する社会の中で、コーランには直接書かれていない問題が生ずることもありますし、コーランの語句の判断に悩むこともあります。そうしたときにはやはりイスラーム法学に通じた人が必要、ということで登場するのがルーハーニーたちなのです。

 現在のような教育システムが整う前には、小学校に通うような年齢でマドラサ(現在のイランではホウゼイェ・エルミーエ)に入り、アラビア語やコーラン、イスラーム法学その他イスラーム関連諸学だけでなく、文学や数学等、様々な学問を10年以上かけて学びます。
 その後、どのような道に進むかは本人次第。ルーハーニーになるもよし、教師になるもよし、学者になるもよし。

 現在のイランでは小学校は義務教育となっているため、小学校を卒業した後にホウゼイェ・エルミーエ入りする人が多いようです。以前は男性のみでしたが、現在は女性もここで学ぶことができます。
 もともと、マドラサは統一カリキュラムがあるわけではなく、学校によって、あるいはそこで教える教師によって内容は少しずつ異なっていたようです。そのため、学問を志す若者は、著名な教師の許で学ぶため、イスラーム世界各地のマドラサを渡り歩いたものでした。
 イランでは、革命後、「ヴェラーヤテ・ファギー(イスラーム法学者による統治)」の理念を実現するため、政府の主導でホウゼイェ・エルミーエの国営化が進みました。その際、国による管理はホウゼイェ・エルミーエの精神には合わないからと、国営化を拒み、私立のして残ったホウゼイェ・エルミーエもあります。ともかく、革命後、定められた教科書とカリキュラムに従ってルーハーニーを養成する、現在のホウゼイェ・エルミーエが生まれました。この際、女性にも門戸を開こうということで、多くのホウゼイェ・エルミーエが女子部を設置しました。ただ、女性はルーハーニーにはなれないので、卒業後の進路としては、コーランやイスラーム関連の先生や、宗教的な集会での説教師となる人が多いようです。

 この新しいホウゼイェ・エルミーエ、私立学校の教師達には、「以前に比べると内容が薄くなっている。教科書なんて、何分の一かしかない」と嘆かれていますが、それでも、大学よりもずっと長い期間勉強し続けなくてはいけない大変なコースです。しかし、これは以前からの伝統を引き継ぎ、無料で高いレベルの教育を受けることができることから、それなりに人気があるようです。終了後は、大学卒業と同じ学位と、ホッジャトル・エスラームと呼ばれる、ルーハーニーとしての最初の肩書きを得て、活動することができるようになります。

 面白いのが、このルーハーニー達の中には、一般の大学の修士課程や博士課程に進学する人がいるということです。進学先は、神学部や社会学部などが多いようですが、何というか、微妙に不思議な感じです。先日お話しした学位に関心があるというのも一因かもしれませんが、彼らの自分たちの知らないことを知りたいという知識欲はあちこちで感じます。現役の世俗の学生さんたちよりもずっと、学問的知識欲はあるように思います。

 先日の選挙の結果、ハーメネイー派と呼ばれる保守強硬派が議会の主流になったと報道されていたようですが、このいわゆる保守強硬派、もちろんルーハーニーもメンバーに加わっていますが、かなりの割合のルーハーニーは現実派だという意見もあります。
 イランのイデオロギーは、実はいわゆる世俗の人々によって作られているのかもなあと、先日の役所回りや大学でのあれこれから、ちょっと感じた次第なのでした。
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by sarasayajp | 2012-03-19 01:52 | いろいろ |
2008年 01月 26日 |
 ムハッラム月10日の午後に行われたナフル・ギャルダーンです。

 昨日ご紹介した骨組みに、鏡を取り付け、花を飾り、黒い布にカルバラーで殺された72人の名前を刺繍したものをかけ、準備完了です。鏡は、「そこに自分の心を映し出せ」という意味なのだとか。

 ナフル・ギャルダーンが始まる時間が近づくと、ヤズド市内や郊外の各地から行事に参加すべくダステ(行列)が次々とやってきます。

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 ナフルを管理しているヘイアトが、数十キロ以上あるアラムを持ち上げ、くるくると回転して訪れるダステを出迎え。
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 広場が人でいっぱいになると、説教を織り込みながらイマーム・フサインの死を悼むロウゼ(悲劇語り)が行われ、胸を叩き、声を合わせて唱和し、悲しみを表現します。
 ロウゼが一段落したところで、いよいよナフルが持ち上げられます。「方向転換をするよ」とアナウンスがあり、鏡が貼られた面を前にして、ナフルの上に乗ったセイエド(アラビア語のサイイド預言者の血を引く人)の鳴らすシンバルに合わせて動き出します。
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 ナフルを担ぐ人以外は、「ホセイン(フサインのペルシア語風発音)」「ホセイン」と叫びながらナフルを追いかけて走ります。
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 時計と反対回りに三回ナフルを回して一度停止。もう一度ロウゼが詠まれます。
 そしてもう一度ナフルが回ります。
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 これが計三回繰り返されます。
 三回目が終わると、ロウゼもそれまでの胸をたたき、叫ぶ熱狂的なものから、死を悲しむ少し静かな調子のものへと変わります。
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 会場に入りきれなかった人も外の小路で中の人々と一緒に悲しみを表現。
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 一時間ほどの行事だったのですが、あっという間でした。
 寒風吹きすさぶ中裸足で参加した男性たちには心からの敬意を表します。

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2007年 12月 29日 |
 今日はイラン暦デイ月8日、イスラーム・ヒジュラ暦ズィー・ハッジャ月18日、西暦12月29日

 今日は、ガディール・フンム(ペルシア語ではガディール・ホンム)の日です。
 シーア派初代イマーム・アリーが、預言者ムハンマドによって後継者として指名されたとされる日ですが、シーア派以外はそのような事実があったとは認めていません。詳しくはこちらを御覧下さい。


 一昨日は仕事でダマーヴァンドへ。
 よく晴れてはいましたが、これまで降った雪が凍り付き、底冷えのする寒さの中を歩き、写真を撮りで、大変ではありましたが、何と言っても空気がきれいで嬉しかったです。
 山の中を歩き回っているときは何ともないのに、連休をカスピ海岸で過ごそうという自動車で渋滞を起こしているテヘラン-アーモル街道に出ると、くしゃみと鼻水が止まらなくなる私に、「排ガス・粉塵探知機ですね~」と一緒にいたイラン人の友人にはうけてしまいました。

 昼食は街道沿いの食堂でとったのですが、塩で肉の品質をごまかすことなく、おいしい肉を薄味に焼いていてなかなかでした。

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 このキャバーブを焼いている様子を見て思いだしたのが、先日会った知人のことでした。

 私をあるレストランに案内して、「ここは調理のすべてを機械で行っているから安全なんだよ。だからよく利用しているんだ」と説明しました。
 彼が言うには、肉を串に刺したりする作業をすべて機械で行い、人間の手が触れていないので衛生的で進歩的だ、というのです。

 確かに、こまめに清掃作業を行っていれば衛生的なのかもしれませんが、機械に雑菌が繁殖している可能性だってあるかもしれないし、それ以前に、肉を切ったり味付けをしたりという部分もすべて機械で行っているのか?もし人間がやっているのなら、串に刺す作業や焼く作業を機械にさせたところで同じじゃないか?と、少々疑問も浮かんでしまったのでした。

 手作りであれ、機械製であれ、おいしく安全でさえあれば文句はないのですが、ナーン(口語ではヌーン=パン)や工場製のお菓子のように機械製はおいしくないものも多く、そういう意味では機械製にはまだちょっと不満があります。
 また、機械による作業が絶対に衛生的で安全であるというような考え方はどうなのかなあと、ここ数年の日本での食品関連の事件のあれこれから、機械を扱う人間が信用できるかどうかをまず考えなくてはいけないんだよねえと、そんなことをちょっと思ったのでした。

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2004年 12月 13日 |
 今日はマルヤムの物語の続きをお話ししましょう。

 自分の子供をアッラーに捧げるという母親の誓いに従って聖所に預けられたマルヤムは、アッラーの庇護のもとで育ちました。

 ある日、マルヤムの面前にアッラーから使わされた天使が現れ、彼女がアッラーの御言葉(ロゴス=イーサー)を産むであろうことを告げます。

 イムラーン家章では、マルヤムの誕生から受胎告知に至るまでの事柄が不可知なる事柄であること、その当時の人々が誰も知らなかった事柄をムハンマドにだけ特別に知らせるのであるということがアッラーによって明言されています。
 マルヤムが生まれ、またイーサーが生まれたのはムハンマドが生まれる600年ほども前の話しであり、その時の状況をなぜ彼が知っているかというと、それが神から告げられたことだからであるということが示されているのです。

 順番が多少前後してしまいますが、まずこのアッラーによるムハンマドへの語りかけを先にご紹介します。


(44)これはみなもともと不可知なる事柄に属する話しであるが、それを特にお前にだけ開示してつかわすのだ。お前はあの連中が占い矢を投げて、誰がマルヤムの世話をするか決めようとしていた現場に居合わせたわけではなし、またそのことでみんなが言い争っていた現場に居合わせもしなかった。



 この言葉の中にある占い矢とは、古代アラビアで行われていたくじ引きの一種のことだそうです。

 それでは、アッラーによって使わされた天使の言葉をまず、イムラーン家章から見てみましょう。


(42)それから天使はマルヤムに向かって言った。「これマルヤム、かしこくもアッラー様がお前をお選びになり、お前をお浄めになり、そしてお前をありとあらゆる女の上に選び挙げ給うた。
(43)マルヤムよ、お前はすべて主の御心のままに従い、ひれ伏し跪いてみんなと一緒にあがめまつらなくてはいけないぞ」と。
(45)そこで天使らは宣言した。「これマルヤム。かしこくもアッラー様の嬉しいお告げだ。お前は神から発する御言葉(ロゴス)を産みまつるであろう。その名はマスィーフ。マルヤムの子イーサー。そのお方は現世にても来世にても高き誉れを受け、神のお側近き座につかれるであろう。
(46)揺りかごの中にあっても、また成人してからも人々に語りかけ、正しき人となられるであろう」



 ここではまず、マルヤムが神によって選ばれ、神によって浄められ、全ての女性の頂点に立つものとなったことが宣言されます。そして、神に絶対服従すること、そのあかしとして跪拝を行うよう命じられます。
 彼女は神に選ばれた存在ではありますが、他の人々と同じく唯一神に絶対服従をすべき人間であることが確かめられています。
 それから彼女が神の御言葉(ロゴス)を産むであろうことが宣言されます。
 彼女が産むのは神の言葉、神の法を預けられた使徒であり、人間です。神に最も近いところへ座ることが許される存在ではありますが、決して神の子や聖霊と呼ばれるべき存在ではありません。彼は神の言葉を話す正しき人間なのです。


 マルヤム章においてはこの場面が次のように語られています。


(16)またこの啓典(クルアーン)の中で、マルヤムのことも述べるがよい。あれが家族と別れて東側の場所に引きこもり、
(17)面紗をつけてみなに顔を見られないようにした時のこと。その時我らは(アッラーのこと)聖霊(ジブリール=ガブリエルのことと言われている)を遣わせば、たくましき男の姿となって彼女の前に現れた。
(18)「おお、お情け深い神様、私をお助け下さりませ。もし貴方、貴方にも敬虔な気持ちがおありなら…」
(19)「儂はただ汝の主のお使いとして参ったもの。汝に無垢な息子を授けるために」と言う。



 この場面については、意味が不明な部分があり、クルアーン学者により解釈の相違があります。
 まず第16節の中の「東側の場所」がどこを指すのか解釈がいくつか存在します。
 最も多くに支持されているのが、彼女が預けられていた聖所の東側であるという解釈です。しかしなぜ彼女が「聖所の東側」に引きこもらなければならないのか、明確な解釈はなされていません。
 それから第17節の「面紗をつけて…」という一文も、月経中の物忌みであるという解釈が古来からされていましたが、これも様々に解釈されるようです。

 マルヤムの許を訪れた天使は名前が明らかにされていませんが、神の言葉を伝える天使はジブリール(ガブリエル)であるとされていることから、この場面でもガブリエルが訪れたと考えられています。ムハンマドに神の言葉を伝えたのもジブリールです。


 突然目の前に現れた天使にマルヤムは恐れ戦きます。そのマルヤムに対して天使は、彼女が神の言葉を産むであろうという、驚くべきことを告げるのです。


 このつづきについてはまた次回にお話ししましょう。


 
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2004年 12月 12日 |
 前回のお話しの続きです。

 今回はマルヤムの世話をしていたザカリヤーとその息子ヤフヤーのお話をしたいと思います。ザカリヤーがどのようにして息子ヤフヤーを得たか、アッラーがヤフヤーをどのように預言者としたかです。

 前回もお話ししましたように、アッラーにより守られ、慈しまれているマルヤムを目にしたザカリヤーは、自分にもぜひとも子供が欲しいと望むようになりました。ザカリヤーはこの時まで子供がなかったのです。


(38)そこでザカリヤーは主に祈った。「主よ、なにとぞお情けをもちまして、この私めに立派な子孫をお授け下さい。誠に汝は祈りをよくお聞き届け下さる方でございます」と。
(39)かくして彼が聖所に立って祈っていると、天使らが彼に呼びかけて、「かしこくもアッラーは汝に嬉しいお告げを下さるぞ。やがて汝にヤフヤー(ヨハネ)という子が生まれるであろう。彼こそはアッラーの御言葉(ロゴス=イーサー)の確証者となり、人々の指導者、純潔なる者、正しき人々の中での預言者となるであろう」と。
(40)ザカリヤーは言った。「主よ、どうしてこの私に息子などできるはずがありましょう。私はもうこのような老人、妻は不妊でございますのに」と。するとそれにお答えがあった。「このようにアッラーは何事でも御心のままになし給うのだ」



 このように嬉しいお告げをいただいたにもかかわらずザカリヤーは、自分たち夫婦には長年子供ができなかったこと、そして自分たちが高齢であることから、神の言葉を信じることができませんでした。そのため、それが真実であるというしるしを求めました。神はザカリヤーが三日間声が出ないようにし、神の言葉が真実であるという徴としました。


(41)そこで、「主よ、では何か御徴を示して下さいませ」と言うと、「まる三日の間、お前は口がきけず、手振りだけで他人と話すことになろう。これがお前に授ける神兆である。主の御名を何度も唱えて、朝な夕なに主の栄光を称え奉れよ」とのお答えだった。


 ここまでがイムラーン家章に語られるザカリヤーの物語です。
 これと同じ物語とその続きが、第19章マルヤム章において語られます。


 この章は、クルアーンの章に時々見られる、意味が不明な言葉から始まります。これら一つ一つはアラビア語のアルファベットなのですが、何を意味するか分かっていません。


(1)カーフ・ハー・ヤー・アイン・サード。
(2)僕ザカリヤーに汝(ムハンマドのこと)の主が御慈悲をかけ給うたことの次第。
(3)彼が一人密かに主に呼びかけた時のこと。
(4)曰く「主よ、ご覧下され、私ははや体中の骨は脆く、頭は銀髪に燃え立つばかり。未だかつてあなた様にお祈り申して不幸になったためしはござりませぬ。
(5)が、さて、妻も石女(うまずめ)のこととて、私亡き後の縁者たちのことが何とも心配でなりませぬ。なにとぞお情けをもちまして私に世継ぎを授けて、
(6)我が跡目を継ぎ、かつまたヤアクーブ(ヤコブ)の家を継がしめ給え。なにとぞ、主よ、そのものを御心にかなう人間となし給え。」「これ、ザカリヤー。喜べよ。汝に息子が生まれるであろう。その名はヤフヤー(ヨハネ)。
(7)これ以前には未だ誰にも与えたことのない名前」
(8)「主よ、どうしてこの私に息子などできましょう。妻は石女、それに私はもうご覧の通りのよぼよぼ爺でござりますものを」と言えば
(9)「いや、必ずそうなるであろうぞ。主の仰せられるには、『儂にとってはいとたやすいこと。以前にも汝が無であったのを創造してやったではないか』と」
(10)「主よ、ならば、私に何か御徴を見せ給え」と言えば、「その徴として、汝は、体に何の障害もないに、三夜の間、人に向かってものが言えなくなるであろうぞ」との仰せがあった。
(11)かくて彼は聖所から出て民のもとに現れ、みなに手真似で「賛美の声を上げよ、朝な夕なに」と命じたのであった。


 ここでは、ザカリヤーの息子に神が自らヤフヤーという、これまで誰にも与えたことのない名前を自ら与えています。これこそ、彼が神によって選ばれた預言者であることの徴でした。
 ザカリヤーは、自分も妻も老齢であり、これまで子供ができなかったことから、神が子供を与えると告げてもすぐには信じることができませんでした。しかし神は彼に言います。神は全能であり、全ての人間を無から作り出した偉大なる方であると。アーダムを土から作り出し、息を吹き込み人となしたように、たとえ子供が生まれそうにない女性からも子供を産み出させることができると神は宣言し、その徴としてザカリヤーの言葉を三日間封印しました。

 こうしてヤフヤーが生まれます。神は彼に預言者としての知識を授け、聖書の教えに従って生きるようにとの言葉を与え、正しい心を与え、祝福をします。彼はその生のいかなる時においても神に祝福された人物であったのです。


(12)「これヤフヤー、この啓典(聖書)をしっかりと持てよ」我ら(アッラーのこと)はまだ幼い子供のうちから彼に叡智を授け、
(13)また、我ら直々に慈しみと無垢の心を与えてやった。そこで敬虔な、
(14)親孝行な息子になった。生意気な、反抗的なところは少しもなかった。
(15)「ああ、平安あれかし、その生まれた日に、その死に赴く日に、またその生き返って召される日に」


 これがザカリヤーの物語です。
 ザカリヤーはめでたく息子を授かりますが、彼が世話をしていたマルヤムにはこれから大変な出来事が起こります。

 次回はまたマルヤムの話に戻ります
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2004年 12月 11日 |
 私がおじゃまさせてもらうブログのあちこちでクリスマスが話題になっています。
 キリスト教徒も多く住むテヘランではありますが、やはりムスリムが圧倒的多数を占めているため、クリスマスムードは町のごく一部でしか見られません。

 別にキリスト教徒ではないので、クリスマスにこだわる必要もないのですが、何となくつまらないので、無理矢理クリスマスの話題にイスラームを結びつけてみました。

 イスラームにおいてはイエス・キリストもイーサーと呼ばれ、「ロゴス」を体現する預言者として敬意を払われています。そして聖母マリアも清らかな女性として好意を寄せられ、女の子にマルヤム(マリアのアラビア語式の呼び名)と名付ける両親も多くいます。
 そしてクルアーン(コーラン)の中には、このマルヤムとイーサーの物語がキリスト教での伝承と違う形で存在しています。
 これから何回かに分けて、このクルアーンの中の聖母子についてお話ししてみたいと思います。

 クルアーンでは、第3章イムラーン家の章と第19章マルヤム章において聖母子について語られます。

 まず、クルアーンの第3章イムラーン家の章、第33節から語られる物語についてお話ししましょう。

 この章のタイトルとなっているイムラーンとは、聖母マルヤムの父の名前です。この物語は、預言者が人の世に次々と送られたこと、神が全知であることを宣言して始まります。

(33)かしこくもアッラーは、アーダム(アダム)とヌーフ(ノア)、イブラーヒーム(アブラハム)一家とイムラーン一家とを選び出して、あらゆる人の上に置き給うた。
(34)彼らは次々に後を継いだ。アッラーは全てを聞き、あらゆることを知り給う。


 預言者(ナビーユ、複数形はアンビヤー、ペルシア語ではペイガンバル)を信じることはイスラームの大切な信仰の柱の一つです。
 預言者とは神の言葉を預かり、他の人々に知らせる者です。ハディース(伝承)によると、アッラーは地上に12万4千人の預言者を遣わしたとされています。そしてそのうちの313人あるいは315人が使徒(ラスール)であり、一つの民族に対し一人ずつ送られたとされています。
 使徒は、「神の法」を授けられた人物であり、警告者であるナビーユとは区別されます。
 クルアーンには27人の預言者の名前が見られますが、特に重要な預言者として、アーダム、ヌーフ、イブラーヒーム、ムーサー(モーセ)、イーサー(イエス)、ムハンマドの6人があげられています。
 クルアーンでは最初の人であるアーダムが最初の預言者であり、ムハンマドが預言者の封印、すなわち最後の預言者であるとされています。
 彼らは全て唯一神アッラーに従う者として、宗教的実践に差違はあっても、その信仰は一つであり、神から預かった言葉を忠実に人々に伝えます。
 クルアーンの中で強調されることは、彼らが全て一個の人間であったということです。神の言葉を伝えるために真理に従い、その言動は全て神の言葉に則った信頼すべきものである人間であり、しかし生活においては他の人間と異なることのない生活を送る者です。


(35)イムラーンの妻が「主よ、我が体内に宿った者を私は汝に捧げ奉ります。なにとぞ私からのこの捧げものをお受け下さい。まことに汝は全てを聞き、あらゆることを知り給う」と言った時のこと。
(36)いよいよ女児を分娩した時彼女は言った。「主よ、私が産んだ子は女でございました」アッラーは彼女が産んだものが男か女かということぐらい彼女よりももっとよく御存知。男の子と女の子はもちろん違う。「そして私はこの子をマルヤムと名付けました。この子と、それからこの子の子孫とを、汝の御加護に委ね奉ります。どうかあの呪われたシャイターン(サタン)から守ってやって下さいませ」と。



 マルヤムは母親の誓いの言葉に従って、神に捧げられました。
 マルヤムの母ははじめ、男の子を神のために捧げるつもりでいたのですが生まれたのは女の子でした。そのために驚いたのですが、神は生まれる前から自分に捧げられた胎児が女の子であったことは知っておられましたし、母親の願いに従い、その子を自分の庇護下に置くことを受け入れたのです。
 こうして彼女は聖所に預けられ、ザカリヤー(ヨハネの父ザカリア)が彼女の世話に当たることとなりました。


(37)そこで主はその子をご嘉納あらせられ、すくすくと育て給うた。娘の世話をしたのはザカリヤーだが、聖所にいる彼女のところへザカリヤーが入って来て見ると、いつも決まって彼女の傍らにちゃんと食べ物が置いてある。「マルヤム、これはまあ一体どうしたことだ」と尋ねると、「アッラー様からいただきました」と言う。誠にアッラーは誰でも御心のままに、勘定なしで養育し給う。


 マルヤムはアッラーの庇護下に置かれ、育ちます。彼女は生まれながらに聖別され、神に捧げられた、清らかな存在でした。

 最初に説明した通り、クルアーンにおいては、預言者が人間であったことが繰り返し強調されます。そしてマルヤムも清らかな女性ではありましたがあくまで人間であったことが強調されています。
 例えば、クルアーン第5章食卓章第75節の中ではこのように言われています。

「マルヤムの子メシアはただの使徒に過ぎぬ。彼以前にも使徒は何人も出た。また彼の母親もただの正直な女であったに過ぎぬ。二人ともものを食う普通の人間であった。」


 クルアーンにおいては、マルヤムやイーサーをはじめとする預言者たち、イスラームの預言者ムハンマドさえも神聖視してはならないことが繰り返し神の警告として告げられているのです。


 神により慈しまれているマルヤムを見てザカリヤーは、自分も子供が欲しいと思うようになります。次回は、このザカリヤーについてのお話しです。


 クルアーンの引用文は、井筒俊彦訳「コーラン」上中下、岩波文庫 からです。
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2004年 12月 08日 |
 今日は久しぶりの「今日のカレンダー」です。

 今日はイラン暦アーザル月18日、イスラーム・ヒジュラ暦シャッワール月25日、西暦12月8日です。

 市販のカレンダーでは今日はシャッワール月24日なのですが、ラマダーン月が一日早く終わったため、イスラーム暦(ヒジュラ暦)が一日前倒しになっています。

 今日はシーア派12イマーム派第六代目イマーム(指導者)・ジャアファル・サーデクの殉教日で、休日です。

 イマーム・サーデクは、ヒジュラ暦83年ラビーユル・アッワル月17日(西暦702年4月20日)に、マディーナ(メディナ)で生まれ、ウマイヤ朝末期からアッバース朝の建国期にかけて活動をしていました。

 ウマイヤ朝は、シーア派にとって初代イマーム・アリーと対立し、三代目イマーム・フサインの正統な権利を奪い取った敵でした。ウマイヤ朝に対するシーア派をはじめとする反対勢力を上手く利用して、政治の実権を奪い取ったのが、預言者ムハンマドの叔父アッバースを祖とするアッバース家でした。
 アッバース家はシーア派に、自分たちが実権を握ったら彼らの活動を認めると言ってシーア派勢力を利用しましたが、権力を握ってからはシーア派を無視し、圧力を加えるようになりました。

 そして、その当時シーア派の精神的な中心であったイマーム・サーデクを恐れ、彼の活動を制限し、シーア派の伝承によれば、ヒジュラ暦148年のこの日(西暦765年12月14日)、彼を毒殺をしました。

 イマーム・サーデクは、イスラーム諸学において名高く、法学理論をはじめとする様々な学問において書物を収集・編纂を行い、多くの弟子にイスラーム学を教授していたと言われます。
 彼がそうした活動の中でシーア派理論を確固としたものとし、多くの弟子たちを通じて各地へ広めたことから、シーア派のことを彼の名前を取って「ジャアファリー派」とも言います。
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2004年 12月 06日 |
 とかげとカブトムシの話しで思い出したこと。

 イラン人のアラブ人に対する悪口の定番は、「あいつらはとかげを食うような奴らなんだぜ?」だったそうです。私はまだ聞いたことはないのですが。

 Seven_seaさんの証言によると、サウジアラビアでは本当にとかげを食用としているそうですので、イラン人の悪口もいわれもない中傷ではなかったようです。

 しかしここで悩むのが、「とかげってイスラーム的に食べていいものなの?」という点です。

 調べてみたところ、食べてはいけないものに関する規定は色々ありますが、コーラン上は、とかげを食すことを禁ずる項目はないようです。
 ところが、さらに調べてみたところ一つ問題が見つかりました。

 イスラームにおいては、コーランの規定に絶対に従うことが信仰の柱の一つです。ところが時にコーランに書かれていない事柄に出会うこともあります。そういう時は、「神によって選ばれた」預言者ムハンマドの言行に従うのです。彼の言動は間違いがない(ということになっている)からです。そして預言者ムハンマドの生前の言動は全て、「ハディース(伝承)」として記録されています。

 このハディースから、とかげに関する記述を調べてみました。するとおもしろい事実が見つかりました。

「預言者がある部族に属する人の家で食事に招かれた。出された食事を見て預言者は『これはなんであるか?』と尋ねたところ、家人は『とかげです』と答えた。預言者は食事に伸ばしていた手を引っ込めた」

 預言者はとかげを食べなかったのです。

 まあ、コーランでは禁じられていないので構わないのかもしれませんけど、預言者も食べなかったとかげを食べるのか?サウジアラビア人?と、なんだかおかしかったのでした。


 これもハディースを読んでいて発見したのですけど、ある家で食事に招かれた預言者が、そこで出されたパンを見て言いました。
「儂は薄いパンは好きではないのじゃ」
 好き嫌いはしていいのでしょうか?
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by sarasayajp | 2004-12-06 02:28 | イラン人 |
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