イランという国で
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2011年 05月 19日 |
 うちには息子が3人いて、まず、最初の息子には、お金のあるときにしか渡してやれなかったが、結局、大学を出るまでに500万リヤール(約3万9千円)くらい渡してやれたかな。足りない分は自分で働いていたらしい。とにかくまあ、そういうことで、テヘランの大学を出て、大学院まで進んで、今はテヘランの官庁に就職もして一人立ちしているよ。
 二人目にも同じようにして、やっぱり500万リヤールくらいしか渡してやれなかったが、こちらは地元の大学を出て、技術者になって、ある企業で働いているよ。
 三人目はまだ高校生だが、こちらも仕事を手伝ってくれながら勉強して、この夏に受験の予定だ。上の二人と同じようにたいして金はかけてやれないけど、がんばって勉強しているよ。

 私が調査している間に、運転手が近くで開墾をしていたおじさんと世間話をする中で聞いた話だとのこと。

 今、私がテヘラン大学で教えている学生の半数はテヘラン出身です。テヘラン出身の学生と地方出身の学生の経済格差は感じていましたが、やはりそうなのだよなあと改めて感じさせられました。

「先生、電子辞書がほしいんです。予算はいくらかかってもいいので、一番良いのを買ってください」
 と簡単に言ってしまう学生もいれば、自分のほしいクラスの電子辞書だと300万リヤール(約2万3千円)ほどかかってしまうと知って、悩んだあげくにあきらめてしまう学生もいます。(ランクを落とそうと考えないところがおもしろいのですが)

 通学用に自動車を買ってもらい、一時間も授業に遅刻してきたあげくに「大学の近くに(自動車を)止められる場所が見つからなかったので遅刻しました。でも授業が始まる時間には大学に着いていたのだから遅刻にはカウントしないでください」と言い放つ学生もいれば、遅刻をするといけないからと、朝5時に起きて自分の住む町から大学に向かうという学生もいます。

 簡単にテヘランの学生だから、地方の学生だからと分けるつもりはありませんが、何だかなあと思うこともしばしばです。

 イランの国立大学は基本的に学費が無料です(夜間部を除く)。つまり、全て国のお金によってまかなわれているわけです。それがどんなにありがたいことなのか、お金に困ったことがない階級の学生だと分からないのだろうなあと思います。あまりに勉強をしない学生たちに、「国のお金を浪費するくらいなら大学をやめてしまえ」としかったところ、何を言われているのか分からないという反応しか返ってこなくてがっかりしたことがあります。
 まあ、「結婚するときに条件の良い相手を見つけるため」に進学しましたという学生ばかりだもんなあと、好奇心も向学心もない相手にどうやって授業をすべきなのか悩む毎日なのでした。

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by sarasayajp | 2011-05-19 22:41 | いろいろ |
2011年 05月 08日 |
 先日も書いたように、ギーラーン州での週末を利用しての現地調査を始めて1年半になります。
 冬の雪が降っている時期や、一時帰国をしている夏は休止しているわけですが、ギーラーン州内の田舎道を一番走り回っている外国人の一人かも、と思うくらいにあちこちを走り回っています。

 この週末はずいぶんと暑くなっていて、冷房がほしいくらいではありましたが、今が一番気持ちの良い季節で、あちこちで花が咲く中、田植えの準備をしたり田植えをしたりしている光景を眺めながら走るのは、とても楽しいものです。

 ところが、そういう気分のへこむのが、道路のあちこちに残された轢死体を目にしたときです。
 車道に飛び出してきた動物が悪い、と言われてしまえばそれまでなのですが、なんとなく後味が良くありません。

 今の季節のギーラーンで特に多いのが、亀の轢死体です。
 春になって地中から出てきて、うっかり道路に出てしまったがために引かれてしまった亀の多さにびっくりするくらいです。
 先日は、道路の真ん中でひっくり返っている亀を発見、一度は通り過ぎたもののどうしても気になって、運転手に引き返してもらいました。彼も気になってはいたようで、見つけた亀を元に戻し(幸いなことにまだ生きていた)、道路脇まで戻していました。

 正直なところ、田舎の、自動車のすれ違いがやっとという道路をとんでもないスピードで走る人たちの気持ちが分かりません。
 もう少しスピードを落とせば、道路を渡ろうとしている動物を避けることもできるだろうにと思うのですが、どうにもスピードを出さずにはいられないようです。私たちは捜し物をしているため、道路の端を比較的ゆっくり走っているため動物を轢くことはないのですが、後続の自動車に盛大にクラクションを鳴らされたり、すごい勢いで追い越しをされたりします。

 道路をのたのた渡っている亀を、進路を変えてまで意図的に踏みつけていった自動車を見たときには、殺意を覚えてしまわずにはいられなかったのでした。

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2011年 05月 07日 |
 この数年、なんだか忙しくて余裕のない日が続いています。
 時間が全然ないわけではないはずなのですが、気持ちの問題なのだろうと思います。

 昨年から、週に3日ほどギーラーン州に調査のために出かけている上、テレビもあまり見る方ではないので(最近は滅多に見ないと言っていいくらい)、日本の情報も途切れ途切れになってしまうことが多いのですが、昨日、テヘランに戻って見たネットで東京電力の社長に福島の被災者が怒鳴りつけ、土下座をさせたというのを見て何とも言えない気持ちになってしまいました。

 自宅に帰りたくて帰れない人たちの気持ちは、海外に住んでいる私には想像するしかできませんが、でも、なにかが違うという感じがしてなりません。
 彼らに土下座をさせると自宅に帰れるようになるのでしょうか。一軒一軒謝罪に回れと怒鳴ったそうですが、そのような時間を取っていたら本当に必要な対処を行う時間がなくなってしまうかもしれないとは考えられないのでしょうか。東京電力だけではなく、なぜ、視察に訪れた最高責任者である総理大臣には同じ言葉を投げつけなかったのでしょうか。

 私はイラン国内での調査にあたって、国の機関から調査許可を取って調査を行っています。
 調査にあたって運転手兼助手を努めてくれているイラン人が二人いるのですが、その一人は、私の調査許可書を実に嬉しそうに村の人々に提示し、威張ります。私は許可を取ってはいるけど別にその機関の手先でも何でもないのだから、むやみにそれを振りかざすことはやめるように言うのですが、気持ちが良いのでやめられないようです。
 普段は押さえつけられる側なのに、押さえつける側に立てるというのは特別なのだろうなあと、それを見ていると感じます。

 今回の東北の人々の罵詈雑言も、普段は相手にしてもらえないような人を見下す一種の快感のような感じがしてしまいました。もちろん、そうではなく、言わずにいられなかったのだろうとは思います。
 被災者であるというのはある種絶対的な立場です。大変な思いをしている被災者に対して誰も何か批判的なことを言うことはできないと思います。それは分かるのですが、それでも、なんだか気になってしまったニュースだったのでした。東京電力を批判することと、口汚い言葉と行動で自分の品性を落とすことは違うのではないかなあと。冷静さのない言葉は結局人に届かないのではないかと、つい最近、やはり冷静さを欠いた言葉でいろいろな意味でしっぺがえしをくらった経験からも、東北の人たちにも、記者会見で罵声を飛ばすことを仕事としているような記者の方たちにも、冷静で、しかし核心をついた心に届く言葉をお願いしたいなあと思わずにいられないのでした。

 ※責任追及を我慢しろと言っているのではなくて、冷静でない対応は回り回って自分に降りかかってくることなので、どうかな、と思うということなのです。それだけは誤解のないようお願いいたします。
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by sarasayajp | 2011-05-07 13:54 | いろいろ |
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