イランという国で
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2010年 01月 31日 |
 ガシュガーイー族の生活が変わったなあと思ったことは他にもありました。

 まず、遊牧民というのは本来移動の邪魔になるため、余計なものをきっぱりと持たない生活スタイルだったはずです。
 ところが、今回訪れた天幕がどこも「倉庫天幕」を持っていたのにびっくりです。
 自分たちの生活するための天幕の横に、様々な道具類などを入れるための天幕を一張り、家族によっては二張り以上建てているのです。こんなに荷物を持っていたら移動が大変だろうにと思うのですが、今はろばや馬で移動することもなくなり、軽トラックを借りてそこに荷物から羊から何でも乗せて(もちろん羊と家財道具は別便)、一直線に夏営地あるいは冬営地へ移動するので問題はないようです。そういえば、天幕周辺でロバの姿をまったく見ませんでした。必要がないからなのでしょう。
 どこからか電気を引いてきて電灯を灯している天幕があったり、発動機を持っていて必要なときに発電をしている天幕があったりというのも近代化の一面です。携帯電話も普及しているようでした。

 それと、定着あるいは半定着遊牧民が増えた影響でしょうか、天幕の前に石を並べて前庭が作られたり、バイク置き場が作られたりしているのもちょっとユーモラスだったりしたのでした。
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 そして、遊牧民女性の大切な仕事だった水汲みは今、給水車が週に一度回ってきてくれるようになって楽になったのだとのこと。そのためのタンクも各天幕に備え付けられているようでした。
 給水車が回ってきてくれるため、給水車が立ち寄りやすいように街道沿いに天幕を張るようになり、給水車を待ち。以前のように水や草を求めて移動することも少なくなったようです。以前、ガシュガーイー族の天幕がたくさん見られた場所にはわずかな天幕しか見られなくなっていました。

 もちろん、遊牧民も便利な生活をする権利を持っていますから、遊牧民文化が見られなくなっていくことが寂しいなどと思うのは外国人の勝手な感傷に過ぎないわけですが、やっぱりちょっと微妙な気分になってしまうのでした。

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2010年 01月 27日 |
 遊牧民と言えば、久しぶりに彼らの天幕を訪れてその変化にやはりびっくりしたのでした。

 今回訪れたのは、ガシュガーイー族(日本ではカシュガイと表記されることが多いよう)と呼ばれる遊牧民の冬営地です。
 ガシュガーイー族といえば、山羊の毛で織った黒い天幕と、日本人的な色の遣いからは考えられない大胆な色遣いをした女性の衣装がトレードマークだったのですが、この数年でずいぶんと変わっていました。
 まず、黒い天幕がほとんど見られなくなり、白い防水シートの天幕ばかりになってしまっていました。
 山羊の毛を刈り、それを紡ぎ、織って天幕を作るのは確かに大変な作業です。また、いくら山羊の毛の油が雨をはじいてくれるといっても大量の雨ではやはり雨漏りがしてしまいます。それに比べれば町で売っている防水シートは手軽ですし雨もよく防いでくれますから、こちらの方がいいや、と思うのは当然かもしれません。

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ガシュガーイーの黒い天幕。夏はこれを使うが冬は防水シート、という遊牧民もいるが、すっかり希少価値となってしまった。


 女性たちの衣装もずいぶんと替わってしまいました。
 若い女性たちは伝統的な衣装を着ないで、町の女性たちと同じような服装をしています。もちろん男性たちもそうです。
 これも、自分たちで布を買って衣装を仕立てるよりも、中国から入ってくる安い洋服の方が手軽だということと、学校教育が普及して町の学校に通ったりするようになったこととも関係しているのだとか。

 それと、ガシュガーイー族の女性たちが織る「ギャッベ」と呼ばれる毛足の長い敷物はよく知られていますが、これも彼ら自身のために織るものではなく、賃金仕事となり、町の絨毯商の注文に応じて織るものとなっていました。そのため、彼ら自身の好みではなく、町に住む人々や外国人の好みに応じたデザインや色で織るようになっているようです。

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ギャッベを織る女性たち。服装は伝統的なものではなくなっており、ギャッベもデザインは変わらないものの、色がモノトーンの都会的な色遣い。聞いてみると注文に応じて織っているとのこと。

 7年ぶりですが、7年が長いのか短いのか。7年でずいぶんと変わるものだなあとしみじみしてしまったのでした。

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2010年 01月 26日 |
 カスピ海岸地方やテヘランは雨雪が少なくて、夏が今から心配されていますが(昨日は少し降った)、先日行ったファールス州では数年ぶりに雨が多く、草が豊富なので羊を増やせると遊牧民が喜んでいました。

 この7年ほど、ファールス州ではほとんど雨が降らず、羊に食べさせる草が極端に不足したため羊の数を減らさざるを得なかったのだとか。一家族の羊(山羊も含む)の数が百頭を切っていたそうです。これだと一家が暮らすのにぎりぎりの収入しか得ることができないのではないかと思われるとのこと。
 我々が訪れた天幕でも、羊の数は少なく、山羊ばかりでした。羊は口が軟らかく、軟らかい草しか食べられないのですが、山羊はとげがあるような草でも食べられるので、環境の悪化に強いのです。乳は羊も山羊もそう変わりませんが、肉は羊の方がおいしく、山羊は人気がありません。それは価格に反映されます。そんなこんなで、この数年は遊牧民にとって大変な状況が続いていたのだとのことです。ちょうど前回訪れた翌年から干ばつが続いていたということになるのだなあとびっくりです。
 ところが今年は草が豊富なので、羊を増やせるということで、ちょうど羊の出産シーズンに訪れた我々の目の前には、羊の子供たちがたくさん飛び跳ねていたのでした。

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親と離されて待っていた子羊たち。私たちと天幕の主の話す声に呼ばれたのかと思い、一斉にかけだしてきた。


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夕方、天幕に戻ってきた大人たちの間を、母親を捜して子羊がうろうろ。


 雨の影響は、遊牧民の天幕だけではなく遺跡でも見ることができました。
 緑の中の遺跡や、苔むした遺跡という、普段のこの地方ではあまり目にすることのできない新鮮な光景をたっぷりと見ることができたのでした。

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緑のビーシャープール


 テヘランももう少し雨雪が降らないと、夏にどうなることやらとやきもきです。暖冬のおかげで空気が例年に比べると悪くないのは助かるのですが、でも、降るときに降らないのも困るしで、空の様子も気になるところです。

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2010年 01月 24日 |
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 調査中のカスピ海岸地方では、野生の水仙が花盛り。
 親指の先ほどの小さな花が群れて咲く様子に、寒い中がんばっているなあと思うと同時に、もうしばらくすると春がやってくるのだなあと思います。

 それにしても、春が来たかと思うようなテヘランとは違って、カスピ海岸地方はずいぶんと寒くびっくりでした。しかし、例年に比べると雨や雪は少ないそうで、今から夏が心配されているそうです。
 調査の都合からいえば、晴れていてくれる方がもちろん助かるのですが、しかし、水不足はもっと困るので、調査のない日だけ雨が降ってくれないかな、などと都合のいいことを考えつつ、雨は降らないのにどんよりとした曇り空を見上げて日差しを待ってしまうのでした。

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by sarasayajp | 2010-01-24 12:01 | いろいろ |
2010年 01月 20日 |
 もう一つのびっくりは、カーゼルーンのホテルです。
 以前はカーゼルーンにはホテルはなく、バストイレ共同の安宿しかありませんでした。ところが、今回、我々の予算内でホテルが予約できたということで、一体どんなところなのだろうとわくわくしながらホテルに向かったのでした。
 しかし、カーゼルーンの町で聞いてみても、そのホテルの存在を知る人はまだほとんどいないようで、何となく心配になってきます。
 それでもなんとか到着してみると、カーゼルーンの町外れの、ここから先はビヤーバーン(砂漠・荒れ地)だよ、というような場所です。道路もまだ完成していません。
 ホテルに入ってみると、「もしかしてこれは未完成なのでは?」という雰囲気がこれでもかというくらいに漂っています。
 事実、私たちが宿泊した一角以外はまだ完成していないとのこと。
 というか、私たちの泊まった部屋もまだ完成はしていませんでした。
 一応きれいにはなっているものの、天井からは照明用の配線が下がり、窓ガラスもシールが貼られたまま。私の部屋はアパートメントでキッチン付きになる予定らしいのですが、キッチンになるべき場所はまだがらんとあいたままです。
 ま、安く泊まれたんだからいいのか、と思うことに。

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こんなに大きなホテルがこの町に必要なのか?と思っていたら、イスラーム自由大学の寮としても一部利用する予定もあるとのこと。そういえば、以前、タバスの宿でも半分がこの大学の寮になっていました。


 地方では国内外の観光客を集めようと、新しいホテルを建て、がんばっているようです。テヘランでも新しいホテルがたくさん建てられてはいるのですが、高い料金設定のホテルしかないのはどうなのかなあと。と、旅行関係の知人にこぼしたところ、「某機関が利権を握っていて、小規模な安い宿を建てようにも許可が下りないし、嫌がらせがすごいんだよ。だから、安めの宿は革命前からのものだろう?」とのこと。
 そういえば、安くていいホテルだ、と思った新しいホテルも、あっという間に料金がつり上がってしまいます。もちろんテヘランの物価が他の都市に比べて異常に高いということもあるにしても、どうやら、裏には色々とあるようです。

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燦然と輝くシャープールの像。よくみると、Internation Hotel。いんたーねいしょん?

ホテルの正面看板に間違いはまずいのでは?


 大変なんだなあと思いつつ、でもやっぱりなんとかならないかなあと、とりあえず、調査で回っている各地の聖者廟にお願いしてくるしかないようです。

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おまけ
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宿
2010年 01月 18日 |
 また旅行ネタに戻って。

 今回の旅行では6カ所に宿泊しました。
 イランの宿の問題は、高い宿か安い宿しかなくて、中級の宿が少ないということです。別に安宿でも構わないのですが、やはり荷物の安全の問題や、トイレや洗顔のたびにヘジャーブで部屋を出なくてはならないというのはやはり少々面倒なので、室内にバストイレのある宿を選ぶことになってしまいます。
 ところが、この値段でこの部屋?と首をかしげたくなる宿が多いのが中級から高級ホテルだったりするので油断なりません。不思議と蚤や南京虫にさされるのは中級以上の宿が多かったりもしますし。

 ということで(?)、なかなか料金と中身の釣り合った宿が見つけにくい中級の宿を泊まり歩いたのですが、大当たりあり、びっくり仰天ありと、なかなか盛りだくさんでした。

 びっくりは二カ所。
 アルデスターンというところのツーリストイン。
 まず、予約をした後に宿の責任者から連絡がありました。
「実は、今改装中で、予約の時期までに終わるとは思うのだけど、でも終わらないかもしれないので、そうすると音や臭いで迷惑を掛けてしまうかもしれなくて。1泊ならともかく、3泊だと大変かもしれないし。それでも構わないでしょうか?」とのこと。
 昼間は外に出ていますし、タースーワー、アーシューラーの見物のために夜も出かけているはずなので大丈夫、と答えると、「ああ、そうか。その時期だった。じゃあ工事も休みだ」とのこと。予約日を確認してから電話をしてきたのでは?と思わず突っ込みを入れたくなってしまいました。

 と、予告はされていたのである程度の覚悟はあったのですが、宿についてびっくりです。

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一歩入るとこんな感じ。床は全部はがされ、様々な配線等がむき出しに。


 これは本当に営業しているのだろうか?と思わず不安になったのですが、レストランも宿泊も問題ないようです。というか、我々が予約をした二階にある4室を除いては全面改装中で、とてもそう簡単には工事が終わりそうにない雰囲気です。

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二階はこんな感じ。この奥に我々の泊まっていた部屋が並んでいる。


 恐らく我々しか宿泊客はいなかったと思うのですが、朝食には何組もの客が姿を見せるのがなんだか不思議な感じだったのでした。

 こんな状態でも、客を泊めることのできる部屋があるなら泊めてしまえ、という商売熱心さ(?)には感心してしまったのでした。

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おまけ・宿の庭にたくさん落ちていた松ぼっくり。


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2010年 01月 16日 |
 ここしばらく暖かなテヘランですが、これについて数日前にBBCがおもしろいニュースを流していたのだとか。
 なんでも、ネットや携帯電話等を妨害するために政府が流している妨害電波が原因で、テヘランの気温が上昇しているのだとのこと。

 つまり、テヘランは電子レンジの中状態ということなのでしょうか。

 そういうことが本当に起こるのかどうかは分かりませんが、テヘランが例年に比べるとずいぶんと暖かいのは間違いないようです。

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2010年 01月 13日 |
 テヘランで原子力関連を専門とする大学教授を狙ったテロがあったとのこと。
 テヘランでもこういうテロが起こるようになったのかとびっくりです。

 イラン政府はいつものように、米英イスラエルの陰謀だと主張しているようですが、この教授一人を暗殺して米英イスラエルにとって何か利益があるのだろうか、と考えてみるとなんだか微妙な感じがします。国内の反体制派にしてもそうです。狙うのならもっと違う人物を狙うのでは?と思ってしまうのです。
 革命防衛隊の暗殺部隊による政府の自作自演だなどと言う人もいて、あっちでもこっちでも陰謀論です。なんだかよくわかりません。

 テロ国家という海外からのイメージはありますが、国内の治安は良くて安心して外を歩けたのが、もしかして揺らぎつつあるのかなあと少し心配になってしまったのでした。

 政府にしても改革派にしても、もし彼らが本当に今回のテロの首謀者としたら、テロの連鎖がどんなものかは周辺国を見ていれば分かるだろうにと思わずにいられないのでした。

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by sarasayajp | 2010-01-13 19:38 | いろいろ |
2010年 01月 12日 |
 雨の降る中昼食をヌール・アーバードの食堂でとり、近くにあるレリーフへ。

 レリーフの近くには植木屋(?)の一家が作業をしていて、突然乱入してきた4WDにびっくりです。この近くにあるレリーフを見に来たと言うと、そんなものがあったのか、全然知らなかったとのこと。我々の運転手に、一緒に行って勉強してこい、とからかわれながらも興味があったのか、我々と一緒にレリーフを見て感心しています。

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すぐ近くに住む人も存在を知らなかったレリーフ。とは思えないくらい分かりやすい場所にあるのだが


 なかなかやまない雨の中、この日最後のレリーフへ。
 村を通って涸れ川をさかのぼり、途中で車を降りて雨の中川沿いに歩くこと20分。途中、山から羊や山羊をおろしてきたおじさんに「車でも行けるだろうに、どうして歩くのか」と不思議がられながら(ぬかるみに重い4WDではタイヤをとられる可能性があるのでできない)歩いて、川床近くにあるレリーフに到着です。

 雨の中、写真を撮ったりしていると、背後からなにやら声がしたかと思うと銃声が一発。
 何事かと振り向くと、散弾銃を持った若者が四人立っています。目だけを出したムジャヒディーン巻きに、ここはアフガニスタンだったっけ、などと考えていると、一人が、「What’s your name?」と一声。
 さて、「ワタシ、ペルシア語ワカリマセ〜〜ン」ということで、英語で答えた方が良いのだろうか。でも、私が英語を話そうとすると語順がおかしくなったりペルシア語の単語が混じったりしてしまうからなあ。それに、英語で答えても彼らの方がこれ以上の英語を知っている保証はないしなあ。ここは一緒にいる友人に任せようかなあ。などと考えていると、答えない我々にいらついたのかもう一度「What’s your name?」と、銃を向けながら声をあげます。
 友人が対応してくれている間、私はポケットの中で携帯電話を操作し、運転手を呼び出す準備です。
 案の定というかなんというか、途中からペルシア語に切り替えた友人に、「なんだ、ペルシア語が話せるだ。楽じゃん」と、なんとなく風向きが変わってきました。
 四人が銃の安全装置を掛けたのを見届けて、私もポケットから手を出すことができたのでした。

 このレリーフは何だ?古いものなのだろう?どういう価値があるんだ?などと質問する若者たちに、先生が「記念写真でも」と水を向けると、四人はいそいそとレリーフの前へ。結局は純朴な村の青年だったのか?と微妙な気分になりながら、「(会えて)嬉しかったよ」と言いながら去って行く彼らを見送ったのでした。

 それにしても、注目してほしいからといって、たとえ空砲とはいえ銃を撃つのはどうかと思うぞと、さすがにひやりとさせられたこちらとしては思わずにはいられないのでした。

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問題のレリーフ。7年前は右端の人物の足の部分は欠けていなかったとのこと。誰でも触れることのできる場所にあるので仕方ないのかもしれないが、もう少し保護を考えても、と思うところ。


 と、なんだかんだと盛りだくさんな大晦日だったのでした。

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2010年 01月 10日 |
 15日間の地方巡りからテヘランに戻ってきました。
 旅行中に西暦の新年を迎えたわけですが、日本時間で新年を迎えた瞬間はヌール・アーバード・ママサニー(ママスターニー)からシーラーズへと向かう車中でした。この日、運転手が恐らく家族か知人からかかってきた電話の中で、「どこにいるの?(推定)」「ヌール・アーバード・ママスターニーだよ」「どこそれ?(推定)」「ファールス州だよ」と話しているのを聞いて、「イラン人でさえどこにあるか分からないところにいるんだあ」としみじみしてしまいました。

 この大晦日は波乱の2009年(?)を象徴するような一日でした。
 まず、前日にペルセポリスなどで「書き割りのような青一色の空で、写真としてつまらない」と悪口を言ったのに機嫌を損ねたのか、「雲がほしいならやるよ」とばかりに朝からどんよりと雲が垂れ込める空模様です。これは雨が来るか、と覚悟しながらヌール・アーバード・ママスターニーへ。

 まずは、同行の先生も未見というイスラーム以前の遺跡へ。
 資料によれば最寄りということになっている村で尋ねると、「少し歩くけど行けるよ」とのこと。少しわかりにくい場所だから道案内をしてあげるよと、村の若者二人が先導してくれることになりました。
 村はずれまで行ったところで車を降りるようにとのこと。村の若者について土手を乗り越えると、彼らはそのままじゃぶじゃぶと川を渡っていきます。我々と運転手はびっくりです。「あそこに車が見えるじゃないか。どうしてそこまでいかないのだ?」と聞けば、「村からずっと走ってぐるりと回り込まないと自動車では行けないけど、ここを行けば一番近いから」とのこと。そう言われれば仕方ありません。我々も浅瀬を探して川を渡ることに。それでも足首から入ってしまった水に、「床上浸水というところですかねえ」と言いながら更に畑の中を歩きます。
 目指す遺跡は一体どこにあるのだろうと、目の前の断崖を見ながら歩きますが全く分かりません。「本当に近いのか?」と疑いを抱いた頃、先頭を歩いていた若者があそこだよと頭上を指さします。その先を見上げて唖然とするしかありませんでした。
 資料にはどのような形をしているかなど図面はありましたが、それがこんな場所に彫り込まれているとは書かれていなかったからです。

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こんなところ


「うっそ〜〜〜」
 どうしたものかと呆然とする我々に若者たちはこともなげに、「登ることもできるよ」と言います。
「どうします?」
「う〜〜〜〜ん」
 悩む我々に、彼らは更に「ロープがあるから、中に入ることもできるよ」とのこと。どうやら普段から登ったり中に入ったりしているようです。遺跡保護は良いのか、文化財保護庁よ?と内心で突っ込みを入れながら、とりあえず写真を撮ってみることに。
「なんでまた、こんなところにこんなものを作ろうと思ったんでしょうねえ」
「まったく」
「で、登ります?」
「う〜〜〜ん」
 あまりに高いところにあることと雲がますます厚くなって光が足りないこともあって、写真を取るのもままなりません。
「ぶれますねえ」
「ぶれますね」

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200mmで撮ってこんな感じ


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拡大するとこんな感じ


 結局、天気も悪いし、他にも行かなければならないところがあるからということで登ることはあきらめ、戻ることに。
「一年の締めくくりが川渡りというのも何とも言えませんねえ」
「まったく」
「ヌール・アーバードで靴下を買いましょうか」
「サンダルでもいいけど」
「とうとう降ってきましたねえ」
「次、行きますか?どうします?」
「とりあえず、お昼を食べてから考えましょうか」
「そうですね」

 ということで、とりあえず、最寄りの町で昼食をとることに。
 このあとのできごとについてはまた次回。

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遺跡を背に語り合う村の若者たちと運転手、先生


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