イランという国で
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2009年 12月 23日 |
 21日の夜はシャベ・ヤルダー(冬至の夜)でした。

 今年はモハッラムの始まりと重なったため、犠牲にされる羊とすいかが並んで売られているという、哀悼と楽しみという相反する行事が並ぶ不思議な雰囲気でした。カメラを持っていなかったのが残念な光景でした。

 
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 アーシューラー期間ははイブやクリスマスと重なり、さらにアーシューラー当日はある層のイラン人にとって大きな意味を持つモンタゼリー師の初七日とも重なります。地方の小さな町でこの日を迎える予定ですが、どんな日になるのでしょうか。

 明日からしばらく地方を回ってくる予定です。ネット環境には期待できないため、テヘランに戻るまで更新は難しいと思います。
 みなさま、よいお年をお迎えください。

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2009年 12月 21日 |
 調査中、昼食のために入った街道沿いの食堂でのこと。

 食堂の一角におかれたテレビでは、コペンハーゲンで行われているCOP15で演説をするために、大統領閣下がテヘランを発ってデンマークに到着したというニュースを流していました。

 閣下自ら行くのね。まあ、こんな機会でもないとヨーロッパなんて訪問できないものね、閣下は。などと思いながらぼんやりと考えながら、同じくニュースを見ていた知人に「テヘランの大気汚染を何とかしてから、温暖化防止の提言なり演説なりすべきだよねえ」と言ったところ、妙に受けてしまったのでした。
 どうしたのかと思ったら、夏にイスタンブルで行われた両国の首脳会談で閣下が、「トルコもイスラーム銀行を設立すべき」というようなことを言ったのだとか。その時に「イラン国内の銀行をすべてイスラーム銀行にしてから他国にも提言をすべきだと批判されたんだよ」とのこと。
 イラン国内の国営・民営の銀行はどれだけ高利子であるかを競っているように見えます。長期預金だと20パーセントくらいになるのではないでしょうか。これは利子を禁じたイスラームに反するのではないか、という点についてはイラン自身も気になっているらしく、海外向けの国際放送などで「あれは利息ではなく『投資に対する配当である』」と強弁しているようですが、イラン人自身は「利息」と認識していますし、どう見ても利息以外の何ものでもありません。実際、預金よりも貸し付けの方が断然利率が高いのですから、銀行が利益を出すためにそうしていると言われても不思議ではないように思います。普通預金には利息を付けないのがせめてもの装いかもしれません。

 イランにももちろん、「ガルゾル・ハサネ」とよばれる無利子銀行はあります。その多くは慈善活動という位置づけのようです。私がイランに来た頃は小規模なものが多かったのですが、最近は大規模に事業を展開しているところもあり、特にバスィージ系の無利子銀行は農村部などを中心に急速に支店を増やしていて、「こんなところにも」とびっくりすることもあるくらいです。

 銀行利息などないに等しい日本人としては、なけなしの貯金をイランで殖やそうかなあという誘惑に駆られないでもないのですが、利息とインフレ率を比べてみて、通貨の安全性を考えてみて、なんとなく踏み切る気になれずにいるのでした。

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by sarasayajp | 2009-12-21 12:13 | いろいろ |
2009年 12月 19日 |
 大学内のある教授から、ねちねちとした嫌がらせを受けていてうんざりしています。
 ある日、「いい加減にしてもらいたいものなんですがねえ」とある日本人にこぼしたところ、「死んだ後に化けて出て来られないから、生きているうちにしつこくからむのでは?」と返ってきました。

 そういう見方もあるかと少し気分が変わりました。

 確かにイランでは死んだ後に化けて出てくる文化(?)はありません。死ねばそれで終わり、あとは最後の審判を待ちながら、週末ごとに家族に会いに戻ってくるだけです。

 イランでは、亡くなった家族の魂が週末ごとに家族に会いに戻ってくる、と言われていますが、自分の埋葬された墓に戻ってくるのか、墓はシンボルのようなもので「家族の許」へ戻ってくるのかは人によって考え方が少しずつ違っているようです。
 しかし、とにかく、日本のような生前の姿をとった「幽霊」ではありませんし、「死後に恨みを晴らす霊」「恨み故に成仏できない霊」というのもいないようです。

 ではイランにいわゆる「幽霊」がいないのかというと決してそうでもないようで、日本人同士で怪談をしていると、「そんなものはいない」と言い切るイラン人もいれば、その存在を認めているらしい人もいるようです。「自分も見た」「金縛りにあった」という人もいます。とはいっても、「知人や家族の霊につきまとわれた」とか「霊障で困っている」「自分を悩ます霊を徳の高いルーハーニーが成仏させてくれた(あるいは追い払ってくれた)」とかいった話にはならないようです。もしかすると、きちんと調査をしてみたらそういう話もあるのかもしれませんが、少なくとも、私の周囲ではないようです。

 そういえば、誰かをしつこく恨む人を「キーネ・ショトル(直訳すると駱駝の恨み)」と言います。駱駝は誰かに受けた仕打ちに対する恨みを忘れず、何年経ってもそれを晴らさずにおかないのだそうです。そこから来ている言葉なのでしょうが、個人的にはちょっとのんびりしたイメージで、深く・しつこく恨みつづけるという感じではないのでした。実際の駱駝は気性も荒いし、人の言うことをなかなか聞いてくれないのだそうですが。

 精神的・物理的に迷惑を被ってはいますが、幽霊になって出てこられるほどのエネルギーではないでしょうし、まあ、日本に戻るまでしばらくの間、適当にやり過ごすしかないようです。

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by sarasayajp | 2009-12-19 21:46 | イラン人 |
2009年 12月 16日 |
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 「断じてイスラエルを助けるな!」

 だそうです。

 イスラエル製品不買を呼びかけるものなのですが、マクドナルド以外はイランにあるようにも思うのですが、気のせいでしょうか?それも、どれもかなりの売り上げではないかという気もするのですが。

 というか、これ全部、イスラエル関連商品なのでしょうか?ノキアって、フィンランドではなかったでしょうか?それとも部品がイスラエル製なのでしょうか?

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by sarasayajp | 2009-12-16 22:29 | いろいろ |
2009年 12月 14日 |
 午前中は仕事でゴムへ。
 テヘランの出口に位置するエマーム・ホメイニー廟にさしかかると、何台ものバスが並び、中からぞろぞろとターバンを巻いたルーハーニー(イスラーム法学者)が降りてきます。はて、今日は何か記念日だったかと、運転手に聞いてみると、「ホメイニー師の写真が破かれたことに対する抗議だよ」とのこと。そういえばそんなこともあったなあとは思うものの、なんとなくぴんときません。
 先日の、アーザル月16日の大学生の日に、ホメイニー師の肖像写真が破かれるという事件があったらしいのですが、それが何日も経ってから大規模な抗議運動になるのかなあというのが正直な感想でした。
 何かにつけて行われるデモ行進のたびに、プラカードやポスターのホメイニー師が道路に散らばり、踏まれ、破れているわけで、何を今更という感じもしないでもありません。もちろん、悪意を持って破るのとは違うというのは分かってはいますが。

 などと思いながらゴムで用を済ませ、午後に大学で約束があったため、テヘランにとんぼ返り。

 大学に行くと、なんだか様子が変です。まだ授業中のはずなのに、学生の姿が殆ど見えません。なんだろうと学科事務室へ行くと、「例の写真の件で、学生が騒いで授業ができる状態ではなく、難を避けるために大学へ来なかった学生が多くて授業にならなかった」とのこと。
 授業をしようとしても、抗議活動(と称する)の学生たちが廊下を走り回って扉をばんばんと開けて騒いでいくので、授業にならなかったそうです。

 ホメイニー師が亡くなったのが1989年(だったはず)なので、大学生はホメイニー師を知らない世代です。「先生!私の一番好きな人です!」と、ホメイニー師の待ち受け画面を見せてくれる学生もいれば、「非常に清らかな人だった」と人間性についてのみ評価をすることで政治的な意見を避ける学生もいれば、「ヴェラーヤテ・ファギーフ(イスラーム法学者による統治)は無理があります」と控えめに批評する学生もれば、「彼らは革命を乗っ取ってイランをめちゃくちゃにしました」と積極的に批判する学生もいます。

 それぞれにそれぞれの意見があって当然だと思います。そしてその意見を意見として述べることのできる社会が「自由な社会」「民主主義的な社会」なのではないでしょうか。意見を述べる権利、それに対して批判をする権利、それぞれの権利が保障されていなくては「自由主義社会」を名乗ることはできないように思います。「自分の意見以外は圧殺する」というのは古い共産主義やテロリストの考え方似ているような気もするのですが、どうなのでしょうか。

 先日、最高指導者ハーメネイー師が国内の優秀な学生を招いて行った演説会で、招待された学生が「あなたのやり方は間違えているのではないか」と堂々と批判的意見を述べました。私はその場面を見ていないのですが、非常に冷静に堂々と意見を述べていたとのことです。
 その後、彼は大丈夫だろうか、エヴィーン(政治犯を収容する刑務所)に投獄されたのでは、などと半ば冗談交じりに心配されていましたが、体制の批判を行うことが投獄に結びつくというのはどうなのでしょうか。建設的な批判のないところに発展はないと思うのですが。

 学生と話していて感じるのは、現状に不満は抱いていても社会をひっくり返すような変革はそれほど強く望んでいないのではないか、ということです。革命とその後の戦争を通して、一度社会をひっくり返してしまうとその後の再建が金銭的にも時間的にも大変だということを体験したためでしょうか。現在の問題点を革命によって一気に解決しようというのではなく、枠組みの中で、あるいは枠組みそのものを少しずつ変化させることを目指しているのかな?と思わないでもありません。もちろん、一気に変えたい人もいます。

 どんな方法、どんな社会を目指すのかはイランの人たち自身が選ぶことなのでしょうが、このところの流れには少々心配もしてしまいます。

 そんなことを考えつつも、何かというと騒動を口実に大学を休みにしたり自主休講にしたりするのはやめてほしいなあというのが、大規模抗議行動翌日になっても大学に出てこない学生たちに頭を抱えているのでした。

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2009年 12月 09日 |
 イラン暦アーザル月16日、イスラーム・ヒジュラ暦ズィー・ハッジャ月19日、西暦12月7日

 イランではこの日は「大学生の日」でした。
 もともと、革命に至る流れの中で反体制派の学生が数名殺された日を記念したものだとのことです。というか、こんな記念日ばかりなので、どれがどれなのかという気分です。

 この日、反体制派の学生によるデモが行われるという話で、寮で暮らす学生には暴動などに巻き込まれないようにと避難する学生も多く、大学は危険だからと早々に休講を決め込む先生や、欠席を宣言する学生も多くいたようです。
 ちょうど前日の日曜日が、ガディール・フンム(ペルシア語ではガディール・ホンム)というシーア派にとって重要な宗教的記念日のために祝日で、金曜日との間に挟まれた土曜日が休日となり、木曜日から四連休となっていました。連休明けですから、授業をしないですむならその方が、という気分も漂っていたのだと思います。

 そうした中、エンゲラーブにある大学の本部は、いくつかある入り口はすべて「ガディール・ホンムおめでとう」という横断幕によって封鎖されていて、入構できなかったのだのことです。
 外国語学部は本部からは離れた場所にあるため、休校措置は取られることはありませんでした。しかし、外国語学部、体育学部、工学部などいくつかの学部は、本部とは離れていても寮と隣接しているため、寮で何かあった場合は、ある意味危険なのではないかとも思うのですが。

 とりあえず、休校でないなら出勤しないわけにはいかないしと大学に向かったのですが、寮の周辺の小路の入り口は警官や兵士が警戒態勢に当たり、いつでも道路が封鎖できるようにブロック用の柵が用意され、厳戒態勢が取られていて、これでは大学に来る学生はいないだろうと思わざるを得ませんでした。後で聞くと、大学本部近辺などでは商店が「略奪などにあわないように」店を開けないよう強要されていたとのことですし、交通にも規制がかかっている場所もあったようです。
 そんなんじゃあ学生は来ないだろうなあと思いながら念のためと教室を覗いてみると、なんと、三分の二ほどの学生がいるのでびっくりです。先月のアーバーン月13日の記念日も学部のほとんどの授業が休校になる中、私の担当授業はすべて成立していたのですが、今回も4コマすべてが成立したのでした。
 「そりゃあ、先生の授業を休む勇気のある学生はいないでしょう」と他の先生にはからかわれたのですが、別に普段、そんなに出欠を厳しく言うわけでもないのに、と、少々心外だったのでした。

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2009年 12月 06日 |
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 調査のためにアルボルズ山脈を越えてカスピ海岸地方へ。
 テヘランと比べて植生が豊かなためか、テヘランでは茶色から黄色しか見られない紅葉も色とりどり。

 緑が豊かなカスピ海岸の光景は日本に似ていて、普段はイランの人ほどはカスピ海岸地方に思い入れはないのですが、紅葉はなぜかとても好きで、無性に見たくなることがあります。

 偶然、この時期にこの地域に出かける機会があり、雨上がりの空に映える紅葉を見ることができて、駆け足の調査の中、ちょっと得をした気分になったのでした。

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2009年 12月 02日 |
 仕事で市内をあちこち移動中、ラジオで「新型インフルエンザのワクチンがイラン入りしました。接種の優先順位は…」というアナウンスが。
 先日のコメントでは有料で接種が行われているとのことでしたが、これは無料接種ということなのだろうかと注意して聞いてみたのですが、そのあたりはよく分からず、なんとなく消化不良な気分でした。

 イランのニュースはいわゆる5W1H(懐かしい言葉。今はもう言わないのかも)が欠けたニュースも多く、「だから何?」と突っ込みを入れたくなることもしばしばです。

 恐らく、インターネットで拾ってきた情報をつなぎ合わせてニュースや解説、制作番組を作るからなのでしょうが、私でも突っ込めるような間違いを堂々と放送していることもあってびっくりすることもあります。もしかすると、自分にとって都合の良い情報だけを拾っているだけで、間違いではないのかもしれませんが。

 イランのニュース解説のようなものを聞いていると、ある特定の人物の言葉がやたらと引用されていることに気がつきます。チョムスキー、ビル・ドゥラント、フランシス・フクヤマなど、何人かの名前が繰り返し聞かれます。「彼らはこう主張している」と言うのですが、一部の言説は本人が「それは間違った解釈だ」と主張しているものなので、それを繰り返し放送していいのかなあと思うくらいです。
 とにかく、反グローバリズムらしい言説、西欧文明に対する疑念の表明を少しでも行うとその部分だけを引用するようなので、全体的な本人の意図はどうでも良いのかもしれません。

 それにしても、日本の著名な研究者井筒俊彦氏の著作、『超越のことば―イスラーム・ユダヤ哲学における神と人』を紹介する際も、「ユダヤ哲学」の部分を削って紹介する徹底ぶりには、ちょっとびっくりだったのでした。

 もっとも、こうした恣意的な編集は、どんな国のマスコミでも行われていることなのでしょうが。

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by sarasayajp | 2009-12-02 11:58 | いろいろ |
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