イランという国で
sarasaya.exblog.jp
  ブログトップ
<   2007年 06月 ( 17 )   > この月の画像一覧
|
|
2007年 06月 30日 |
 これまでにも何回か触れてきたガソリンの値上げですが、先日、新たな段階に突入しました。

 一ヶ月100リットルの配給制になるのだそうですが、準備が全くできていない中で突然に始まったこの措置に、イラン各地で混乱が見られます。

 まず、配給のための必要なカードが必要とする人全員に行き渡っていないどころか、いつ行き渡るかも分からない状態であるということが一つ。

 私の友人などにも、カードを受け取るまでにとんでもなく大変な目にあった人が何人もいます。
 親の代から何年も同じ家に住み続け、住所を変えたことがない友人が「配達したが住所が違っていた」と言われ、あちこちを調べてようやく自分のカードのありかを突き止めたら、テヘランの南、シャフレ・レイの郵便局にあったとか、オフィスへ受け取りに行ったら、「そんなものはここにはない」と言われ、探しに探したら、ザグロス山脈の中にあるロレスターン州の州都、ホッラム・アーバードに行っていることが判明したとか、笑えない話も耳にします。
 こうした引っ越しをしたことを届けていなかったために手続きに時間がかかったというなら仕方がないことなのでしょうが、正しく届けてあったのに起こる役所の不手際や、「何とかなるだろう」という見込みの甘さが混乱を招くもととなっています。

 こうした状況を知りながら、カードが行き渡るまで配給措置を延長することをせず、「カードのない人にはガソリンは売りません」というのはどうなのでしょうか。
 既に、「あそこのガソリン・スタンドの責任者は、裏で知り合いにガソリンを安く流している」とか、正式に登録されているタクシーにはガソリンが多く配給されているのですが、そのタクシー運転手がガソリンの横流しをしているとか、本当か嘘か分からない情報が飛び交っています。

 自動車(バスを含む)以外の交通手段が全く存在していないに等しいイランで、ガソリンの値上げは物価の上昇を招きます。
 鉄道や地下鉄などの交通手段があるのならともかく、どんなに値上がりしても自動車を使わなくては移動もできないというイランでは、どんなに値上げをされても自動車を使わざるを得ません。物価の上昇に見合うだけの収入の増加も見込めない人たちは、どうやって生活をしたものかと心を痛めています。私にとっても他人事ではありません。

 配給制が始まる直前から、各地でガソリン・スタンドに対する襲撃のニュースがちらほらと見られたようですが、配給制が始まってからはそれが激化しているという話も聞きます。私の知る範囲では起こっていませんが。

 戦争準備のためにガソリンの消費を押さえるのだという見方もあるようですが、アメリカと戦争をする前に、このような状態では国民は誰もイランのために戦おうなどと思わないのではないかという気がします。
 ガソリンに対する補助金がイランの国庫を圧迫していたということは確かですし、それを何とかしなくてはいけないというのも分かります。しかし、これまで、ガソリンの消費が増えることが分かっていながら、自動車産業の拡大のためにローンを借りやすくしてまで国民に自動車の購入を勧めてきたのはイラン政府です。そしてその一方で「投資に見合うだけの収益がすぐには見込めない」などという理由から、鉄道や地下鉄といった輸送手段への移行をなかなか行おうとしなかったのもイラン政府です。

 国民にだけ我慢を強いる政府というのはどうなのでしょうか。「貧しい人々の味方」である大統領閣下には、ガソリンの配給・値上げをする代わりに物価を上げないためにどのような措置を取られるつもりなのかを説明してもらいたいものだと思わずにいられません。

人気blogランキングへ
[PR]
2007年 06月 27日 |
 携帯電話の料金の振り込みをしそこねたまま、振り込み期限が切れてしまいました。
 そのため、振り込み票の再発行をしてもらいに出かけてきました。

 それほど広くないオフィスに入ると、同じように振り込み票の再発行をしてもらおうとする人や、振り込みをしたのにまた振り込み票が来たから確認してくれという人たちで一杯でした。それも、バーザールのすぐ隣という地理的条件からでしょうか、男の人ばかりでちょっと引いてしまうような雰囲気です。
 しかし、振り込みのためには引いてはいられません。その人混みに突入して、列の最後を探します。
 多分ここかな、という場所で「列の最後はここ?」と聞くとそうだとのこと。まだまだカウンターまでは時間がかかるなあと、蒸し暑さの中、うんざりしながら待っている間にもどんどんと列は長くなっていきます。

 そうするうち、カウンターで何か言い合いが始まりました。
 一人のおばさんが、順番を無視して自分の用事を強引にカウンター内の職員にやらせていることに、順番を守って並んでいた男性たちが文句を付けているようです。
「だって、私はここではたった一人の女性なのよ。優先してくれるべきよ!」
 と言うおばさんの台詞に、そこにいた男性たちの視線が一斉に私に集まりました。
「何言っているんだ!そこにも女性が一人いるけど、列に並んでるぞ!」
 突き刺さるように集まる視線に、内心、思わず悲鳴を上げてしまった瞬間でした。

 男性たちの私を指しての抗議もおばさんには全く効果はなく、カウンター内の男性に仕事をさせ、悠々と出て行ってしまったのでした。

 おばさんのこうしたときの一種の図々しさはイランでも日本でも変わらないようです。
 それとそうしたおばさんのパワーに結局男性が負けてしまうことも。

 思い出してみると、私がイランに来た11年前にはパン屋や銀行など、とにかく混んでいて、列を作って並んで欲しいところで並ぶ人は少なく、割り込みばかりでした。最近は場所にもよりますが、順番を守らない人の方が非難されるようになっています。友人などによると、上手く割り込みをして仕事を早く済ませることが「ゼラング(賢い)」ことだとされていたけども、最近は少しずつそれも変わってきているとのことです。確かに、割り込みをする人に対して、他の人が注意するようになりましたし、列の最後に並ぼうとする人が増えているように感じます。
 これで、公共料金が銀行などの自動引き落としになってくれたら、振り込みをしそこねることもないし、銀行での列そのものが減るのになあと思うのでした。

人気blogランキングへ
[PR]
2007年 06月 26日 |
 私の担当教科でカンニングがありました。それも二件も。

 カンニングを発見したのは私ではなく、教務課から来ていた職員だったのですが、何とも後味が悪くてもやもやとしています。

 試験開始直後に出欠をとりに来て、その場で問題用紙の下に置かれたカンニングペーパーを発見、試験用紙取り上げ措置が取られました。
 もう一人は、私がカンニング摘発の件を報告に行っている間に見つかったとかで、足下にカンニングペーパーが置かれていたとのこと。

 正直、最初の学生はカンニング常習犯で、中間試験の時にもカンニングもどきをやらかしていましたし、今回もやるだろうと思っていたため意外ではなかったのですが、もう一人の学生は素直で真面目な子で、とてもカンニングをするような子ではありません。本人も、試験が始まる前に見ていた紙が落ちただけで、自分は気付かなかったと証言しているそうです。他の先生方の評価からも、私の授業での普段の態度からも、彼女の言っていることは恐らく本当ではないかなあと思うのですが、いかんせん、カンニングペーパーと取れる紙が落ちていたことは事実なので処分を受けることに。

 なんだかもやもやが収まりません。

 今回初めて知ったことですが、テヘラン大学ではカンニングをした学生も、カンニングの道具を取り上げた後、最後まで試験を受けさせ、その解答用紙とカンニング道具を委員会に提出し、処分を決めるのだそうです。大抵は、採点後、その点数の25パーセントを正式な記録として残すのだとか。
 随分と面白いことをするなあと思ったら、たとえ単位を落として再履修になったとしても、落としたときの点数は成績証明書などの記録に残り、また卒業証書に書かれる平均点にも影響を与えるので、学生のために0点にはしないようにしてあげるのだとか。

 私が在籍していた人文学部でも同じだったと思うのですが、そのようなことになっているとは全然知りませんでした。周囲でカンニング事件が起こらなかったからなのでしょうが。

 不思議というか面白いのは、カンニングをした学生に対して、他の学生がさして怒らないどころか、かばったりする学生もいるということです。自分は一生懸命に勉強して試験を受けているのに、カンニングで楽をして良い点数をとろうとするという行為に腹が立ったり、疑問を持ったりしないのかな?と思うのですが、どうやらそうではないようです。

 明らかにカンニングをした学生と、するようには思えない学生。
 大学の決定に従って私が最終的に点数を付けることになるのでしょうが、なんとももやもやとしてならないのです。


人気blogランキングへ
[PR]
2007年 06月 25日 |
 先週から始まった、テヘラン大学の期末試験もそろそろ終盤戦です。
 私は自分の担当授業の試験が後半にかたまってしまったため、三日連続で試験という情況です。
 もちろん、私よりも学生の方が大変なのですが、この試験が終われば長い夏休みが待っているわけですから、まあ、頑張って欲しいものです。

 長い夏休み、と言っても、今年はちょっと事情が違います。

 大学の方針なのか教育省の方針なのか分かりませんが、これまで、メフル月の1日(9月21日)に始まっていた新学期を一週間前倒しにして、新学期を始めるというお達しが来ました。試験期間中に学生に周知徹底をしておくようにというので、学生たちと顔を合わせたときにそれを伝えると、「先生、でも、寮はその時、まだ開いていません!」だそうです。

 新学期の始まりを少しでも遅くしたい学生たちが、適当なことを行っているのかと思いきや、何と、本当に学生寮はメフル月1日の二三日前にしか開かないのだそうです。

「大学と寮の間で全く意思疎通がないから困っています!」

 という学生たちに、「まあ、イランだからねえ」と、イランでのこういう時の決まり文句で返したのですが、試験期間が終わるまでにこのあたりの点が解決されるのかどうか、解決されなくとも授業が始まるのかどうか、何とも気に掛かるところなのです。

人気blogランキングへ
[PR]
2007年 06月 24日 |
 ここしばらくアルボルズ山脈の山襞に点在する村々を訪れる日々が続いていました。

 緑と水に恵まれた美しい地方ではありますが話を聞いていると色々と大変なことも多いようです。

 日本でも農村の過疎化や高齢化が問題となっていますが、イランでも形は違っていても似たようなことが起こっています。

 高学歴化が進むイランでは、若者は高校へ行ったり大学へ行ったりするために町へと移り住み、村を出て行きます。そうすると大抵は村には戻ってこないとか。また町で仕事を見つけ、村を離れる人も増え、村に残る若者も農業は大変だからと敬遠をする。結局、アフガン人などを雇うことになるのだけども、それも商品作物を扱っていればこそで、そうでなければ自分で畑を耕すしかないのです。
 この農地利用の差が実は農村内での格差を生み出していて、家の修理もままならない人もいれば、普段は町に住み、週末や夏だけ村にやってきて、農地の手入れをしたりさせたりしながら村に豪邸を建てる人もいます。こうした傾向はテヘランに近い地方で顕著なようです。

 麦や玉葱を作っていた30ヘクタールの農地を持っているが、5人いる息子は一人も村に残っていないし、30ヘクタールもの土地を耕すのに必要な機械を買う金もない。どうしたらいいのか分からないよという男性の住む村は廃墟と見まごうばかりです。
 その一方で、クルミやアーモンド、果樹などを栽培している村では現代風な大きな家が建てられています。そのすぐ近くには、5、6年ほど前に起こった地震で壊れた家を未だ修理できずにいる人もいる村があるのにです。

 以前、ご紹介したことのあるエマーム・ホメイニー救援委員会ですが、農村調査の時に頼りになるのが実はこの機関だったりします。イランの地図は古くであてにならないことが多いのですが、エマーム・ホメイニー救援委員会は実に正確に地理を把握しています。そのため、各郡の同救援委員会支部へ出向いたり、農村部を走っている同委員会の車両を見つけて聞けば、目的の村がどこにあって、どのように行けばいいかすぐに分かるのです。
 それは、農村部で支援しなければならないレベルの収入しかないと同委員会が認定した家庭に支援金を定期的に届けているからなのです。そうした人があちこちの村に何人もいるため、村の名前を聞けばそれがどこにあるのか分かってしまうのです。この支援金と、戦死者の遺族に対する年金に頼って生活している人などは、ここ数年で急速に進んだインフレのため、生活はかなり厳しいとのことです。

 イランの聖遷農業省が頑張っているおかげで、イラン全土のほとんど村に電気が引かれ、道路の舗装率もかなり高いのですが、それでも世帯数が少ない農村の中にはそうした恩恵から取り残されたままの村もあります。
 まだ電気が引かれていない村はイラン全土の4パーセントほどだそうですが、これまで訪れた村には電気がまだ来ていないというところもいくつかありました。電気のない生活というのはどんなものなのだろうと、ここしばらくテヘランで続く停電に悩まされる身としては想像ができません。

b0006449_12165920.jpg

 一番近くの村まで獣道のような人一人がようやく歩ける道を歩いて1時間以上という村では、ちょっとした品物を買うにも、馬かロバを連れてその道をたどって隣村まで行かなくてはなりません。自動車もオートバイも通れる道がないのです。急病人やけが人が出ても、一番近い保健所まで行くにも1時間以上もかかり、設備の整った病院となると2時間は間違いなくかかります。夜ならもっとかかるでしょう。

 そんな場所でも、生まれた場所だから離れたくないと、家族が誘っても町へ移り住もうとしないお年寄りなどが黙々とその営みを続けています。

 冬にはお年寄りが4人だけになってしまうという村で、「冬はじゃあ大変でしょう?」と言った私に、「そうなんだよねえ。誰かが死んでも埋葬ができないんだよね」と返されて絶句してしまったことがありました。その生活が当然だと思っていれば大変ではないのでしょうが、それにしても驚きでした。

 日本と違って、長い夏休みを農村で過ごす家族も多いので、夏の農村は賑やかです。電話や電気がなくとも、舗装道路がなかろうと、夏の間だけならそれも楽しめるでしょう。ある意味、とても贅沢な夏の過ごし方だという感じもします。
 果樹栽培などは冬に村に留まる必要がないのかもしれません。それに、テヘランやキャラジ、ガズヴィーンという比較的大きな都市が近いため、行き来も楽ですし、何も不便な農村に住み続ける必要もないのかもしれません。

 でも、農村にとってもテヘランをはじめとする都市にとっても、こうした情況が良いことなのかどうか考えてしまうのも確かなのです。大地主を解体して小作農をなくし、「被抑圧者」を解放することが革命政府の目標お一つだったはずなのですが、再び農村内の格差が生まれてきているように見えることや、道路や電気は通っても、都市と農村で生活格差が大きなことなど、まだまだ解決しなくてはいけないことは沢山あるように見えてなりません。

人気blogランキングへ
[PR]
2007年 06月 23日 |
 ここしばらくは忙しく、家で夕食を作って食べる気力もない状態でした。
 スイカやメロン、杏などを食べて寝てしまったり、果物すら食べずに寝てしまったりと少々問題のある生活が続いていました。

 これではいけないと、昨夜はちゃんとご飯を炊こうとキッチンに立ちました。
 米をとごうとしてなんだか不思議なものが目に入りました。
 流し台の排水口からひょろりと何かが立ち上がっています。
 何と、排水管に引っかかっている何かの種から芽が出て伸びていたのです。
 こんなことは初めてで、思わずまじまじと眺めてしまいましたが、写真を取り忘れたことだけが悔やまれてなりません。

b0006449_12294214.jpg


 どうしてそんなに忙しいんですか?という質問を受けることがありますが、自分で自分を忙しくしてしまっているんですよね~と言うしかありません。自分であれやこれやと仕事をつくっては出かけているだけなので、ある意味自業自得です。

 ところで、最近気がついたのですが、通年の花粉症を発症して以来の悩みの種であるアレルギー性鼻炎ですが、どうやら強いストレスにさらされているときにも悪化するようなのです。ビザオフィスをはじめとする各種事務仕事の時にはティッシュが手放せないというのは、まさしくそういうことではないのか?と。神経性胃炎もまだ完全ではないのに面倒なことです。

 そのストレスのたまる事務仕事の一つ、リエントリー・ビザの取得のために手続きをしていたときのことです。
 現大統領閣下が職務に就かれて以来、ビザオフィスでの手続きが煩雑化していることは明らかで、ストレスがたまらずにいられません。
 外国語学部から大学本部へレターを発行してもらい、大学から教育省宛にレターを発行してもらい、教育省からビザオフィスへのレターを発行してもらい、それを持ってビザオフィスで手続きをする、というのがこれまでの流れだったのですが、大統領閣下の登場で、ビザオフィスでの手続きが一段階増えました。どういう意味なのか分かりませんが、ビザオフィスその一でビザ申請のための書類をすべて整えて提出し、ビザオフィスその二へのレターを発行してもらいます。このレターを持ってビザオフィスその一とはかなり離れた場所にあるビザオフィスその二へ行き、また一からすべて申請書類を整えて提出するという訳のわからなさです。
 それだけでも随分と腹立たしかったのですが、最近、ビザオフィスその一で、即日で発行してくれたレターが翌日発行となり、更にはビザオフィスその二の中での手続きも煩雑になってしまいました。ビザオフィスその一からもらってきたレターを外国人のビザ関連業務を行っている部署のトップの所へ持っていき、ビザ発行業務を行うべしという「指事」をもらってこいというのです。こういう場所のトップというのは大抵オフィスにはいないので、あちこちたらい回しになってしまいます。

 もう何が何だかという感じです。

 結局、大統領閣下が公約としていた「雇用創出」のために公務員の数を増やし、大して仕事があるわけでもないのにサインをするだけの人員を増やし、事務仕事を煩雑化しているだけなのです。

 しかしこれって「雇用創出」と言えるのだろうかと激しく疑問です。
 ハータミー前大統領時代に国政のスリム化を図るべく、公務員の人員整理を行ったのを元の木阿弥にしただけでは?という気がしてなりません。
 結局、事務を複雑化・煩雑化し、その結果、事務を早く済ませてもらうために賄賂が横行し、公務員に支払う給料が予算を圧迫するというだけでしかないように思うのですが、素人考えでしょうか。私が関係する教育省やイスラーム指導省関連機関は、幸いなことに賄賂とはあまり縁のないところなので(コネは別)、淡々と事務をこなせば良いだけですが、例えば建築関連の役所などはで事務を済ませるために賄賂が必要だし、また向こうから要求してくると知人から色々と聞いています。
 これはハータミー前大統領の時代から叫ばれてきた「腐敗の防止」とは逆行することなのではないかと思わずにいられません。

 「雇用の創出」というのは何らかの産業振興やてこ入れを行うことで経済を活発化させ、それによって雇用を増やすということだと思っていたのですが、イランではそうではないんだなあと、暑い中、テヘラン市内をあちこち振り回されて、どっと疲れと鼻水が出てしまった出来事だったのでした。

人気blogランキングへ
[PR]
2007年 06月 22日 |
 友人に車を出してもらって出かけたときのこと。

 出発してすぐにエンジンがかからなくなってしまいました。
 通りがかりの人に手伝ってもらって押しがけをしても駄目で、どうしたものかと途方に暮れてしまいました。
 幸い、何度目かの押しがけでエンジンがかかったのですが、なんだか普通ではない音がします。
 これはすぐに修理をするしかないと、近くにバッテリーの修理工場がないかと尋ねました。幸い、すぐ近くに一軒あるとのことで、そちらへと向かいました。

 小さな町工場に辿り着くと、すぐに工場の若い男性がバッテリーを外して点検して、1時間くらいでできるとのこと。それならと、近所の店で飲み物とポテトチップスを買ってきて、日陰で修理が終わるのを待つことに。

 しかし、1時間経ってもなかなか修理は終わりません。
 時々作業の進行具合を確かめていた友人によると、ものすごく丁寧に修理をしてくれているから仕方がないだろうとのこと。

 「アルメニア人ですよ。この工場」
 「へ~~~そうなんだ。どうりで顔立ちが少し違うね」
 「アルメニア人だから、仕事もイラン人に比べるとずっと丁寧で安心」

 おいおい、イラン人である君が言うかい、と内心で突っ込みながらも笑ってしまいました。

 イランではマイノリティーであるアルメニア人は、マイノリティーであるが故に何よりも「信用」を大切にして仕事をすると言われています。
 イラン人は何か自分の仕事に不備があっても「ここはイランだからね」で済ませることがありますし、やはり、マジョリティーとしての傲慢さが目につくことがあります。しかし、アルメニア人は仕事で失敗をすればすぐにそれは自分たちへのマイナス評価として跳ね返り、仕事を失うことにもなりかねません。そのため、丁寧に、真面目に仕事をするといいます。
 私の知人にも何人かアルメニア人やゾロアスター教徒がいますが、確かに彼らはとても真面目に仕事をしますし、約束をきっちりと守ろうと努力をします。

 結局、2時間近くかかってしまった修理ですが、その後は何の問題もなく、快適に目的地へ行くことができたのでした。

b0006449_19403492.jpg

 こちらが修理作業中のアルメニア人青年。

人気blogランキングへ
[PR]
by sarasayajp | 2007-06-22 19:43 | イラン人 |
2007年 06月 21日 |
b0006449_11345456.jpg


 イランの高地を歩いていると出会うのはシロツメクサ。
 ヨーロッパが原産と聞いていますが、イランで見るものもヨーロッパから入ってきたものなのでしょうか。
 別名のうまごやしからも分かるように飼料とされるそうですが、その昔、オスマン・トルコ軍とイランのサファヴィー朝軍が戦い、サファヴィー朝軍が敗れた地で見ると、両軍の馬やロバなどもここに生えているシロツメクサを食べたのだろうかと、何となく空想が広がってしまいます。

 春の花が咲き乱れ、緑だった大地も、もうそろそろ夏枯れの季節がやってきます。

 人気blogランキングへ
[PR]
2007年 06月 20日 |
 昨日、外出先から家に帰ろうとバスターミナルでバスに乗りました。

 イランのバスは、私がイランに来た頃(11年前ですね)はCOMECON体制下のハンガリーで作られたバスが主流でしたが、その後、イラン・ホドロー社によるバスが登場し、現在はイラン・ホドロー社の天然ガスを使って走るバスが走るようになっています。
 料金も、私がイランに来た頃はチケット1枚50リヤールだったのが、今では200リヤールです。

b0006449_12384063.jpg

     (バスのチケット。5枚綴りか10枚綴りで売られている。バスに乗るのに一枚使ったので、写真のものは4枚になっている)

 時間の流れをしみじみ感じてしまいます。

 バスの料金ですが、最近は、新しい車両を使った現金バスが走るようになっています。これが距離によって違いますが1000~1500リヤール(13~19円)くらいです。もちろん、これまでの安いチケットバスも走っています。

b0006449_1240549.jpg

 イランのバスは男性と女性の席がはっきりと分けられています。
 テヘランの場合、バスの前半分が男性で後ろ半分が女性です。たとえ家族で乗り込んだとしても小さな子どもはともかく、中学生以上になれば男女別々です。このあたりちょっと不便です。男性を気にしなくて済むというのは楽なのですが。

b0006449_124216100.jpg

 ともかく、男女が交じってしまうことがないようにと、バスの中に鉄のバーがしっかりと渡されて、男女をきっぱりと分けているのです。
 このため、朝夕の通勤・帰宅時間帯など、時間によっては男性の方だけがぎゅうぎゅうになっているのに女性の方はがらがらということも起こったりします。もちろん時間によっては逆になることもあります。
 エスファハーンなどは厳密に分けていなくて、男女の乗車比率によって男性の席が広くなったり狭くなったりするようですが。

 イランの市バスは冷暖房がないので、夏はあまりバスに乗らないのですが、昨日は選択肢が他になかったためバスに乗ったのです。
 チケットバスの方を見たところ、そちらは込んでいたため、現金バスの方を使おうと、乗りこんだところ、なんだか様子が変です。
 普通、バスは男性が前部で女性が後部なのですが、女性が前部に乗っています。
 男性が前に座ろうとするとチケット売りのおじさんなどが「後ろにのんなさい」と注意をしています。
 何だろうなあと不思議だったのですが、すぐに謎は解けました。
 よっこらしょと乗り込んできた運転手が女性だったのです。

b0006449_12432397.jpg

 最近はバスやタクシー、トラックなどの運転手に女性が進出しているとは聞いていましたが、女性のバスの運転手に当たったのは初めてでした。
 運転手の女性を男性が取り囲んではいけないということで、運転手に近い前部が女性席に変わってしまっていたのです。

b0006449_12443956.jpg

 さすがは男女の別が徹底している市バスです。

 こんな所にまで気を遣うんだなあと、ある意味感心してしまった出来事だったのでした。

人気blogランキングへ
[PR]
2007年 06月 19日 |
 沙漠の国というイメージが日本では強いイランですが、実際には雨雪も降る四季の存在する国です。
 農業も盛んで、食糧自給率もそこそこ高いと聞いています。

 イランの人たちの主食はパンですが、最近は米も多く食べられるようになり、イラン各地でコメの生産が行われるようになりました。
 コメの生産では降雨量が多く、湿潤な気候のカスピ海沿岸地方が有名ですが、アルボルズ山脈やザグロス山脈に沿った地方でも稲作が多く行われています。

 その一つがガズヴィーン州のアラムート地方です。

b0006449_12304917.jpg

 アラムートと言えば、ハサン・サバーフが率いる暗殺教団として西欧で知られたアサシンの難攻不落の砦があるところとして有名ですが、アルボルズ山脈の山襞の中にある寒冷地です。標高は1500メートルを超え、万年雪が残る山を背景にした水の豊かな地方でもあります。ここで冬に降った雪が雪解け水となって流れ出し、その水を利用して稲作が行われるのです。

 標高の高い場所ですので、マーザンダラーンやギーラーンなどの低地よりも随分と遅れて、6月も中旬すぎになってからの田植え作業です。

b0006449_12365279.jpg

 アラムートはアルボルズ山脈を挟んだ向こう側になるマーザンダラーンと密接なつながりがあり、言葉や文化など、マーザンダラーンにいるのかと思ってしまうくらいです。
 田植えをする女性のチャードルの巻き方など、まさしくマーザンダラーンの女性たちと同じです。

 稲作は麦などに比べると重労働であり、女性も労働力として必要とされています。そのため、ギーラーンやマーザンダラーンなどでは女性の家庭の中での地位が高いのだとか。

b0006449_12414275.jpg

 しかし、最近では安価な労働力としてアフガン人が田植え作業などに雇われるようになり、田植え作業の光景も随分と様変わりしました。
 田植えの時期だけ雇われてきたアフガン人労働者が、田んぼの持ち主の指示に従って田植え作業を行い、作業が終わったら普段は町に住んでいる田んぼの持ち主と一緒に町に帰っていく。そんな風になっているのだとか。

b0006449_12445992.jpg

 安い輸入米に押されて、イランのコメ作農家も色々と大変だと聞いています。
 また、狭い山の間の小さな田が多くて機械化できないため、作業の手を集めるだけでも大変とも言います。
 しかし、やはり日本の米所の出身である私としては懐かしさを覚える光景で、作業の様子にも、蛙の鳴き声やすいすいと飛ぶトンボの姿にも、なんだか嬉しくなってしまったのでした。

人気blogランキングへ
[PR]
ページトップ
XML | ATOM

個人情報保護
情報取得について
免責事項
Yuzuki Skin by Sun&Moon