イランという国で
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2006年 10月 27日 |
 ただいま、家の中が大変なことになっていて、のんびりとブログを更新できる状態ではありません。PCを持って、家の中をあっちへ行ったりこっちへ行ったりで、メールのチェックすらおぼつかないような状態です。

 恐らく二三日中には復帰できると思いますが、それまで少しだけお休みさせていただきます。

 
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by sarasayajp | 2006-10-27 14:54 | いろいろ |
2006年 10月 24日 |
 今日はイラン暦アーバーン月2日、イスラーム・ヒジュラ暦シャッワール月1日、西暦10月24日

 今日はイランではエイデ・フェトゥル。ラマダーン月が開けた最初の日です。
 この日は日の出と共に起き出して、近所のモサッラー(集団礼拝のために設けられた広場のようなもの)へと行き、ルーハーニー(イスラーム法学者)による説教を聞き、集団礼拝を行います。

 イランの周辺の国では既に昨日がこの断食明けの祭日だったようですが、イランでは昨夜、ラマダーン月が終わった旨が宣言され、今日の集団礼拝となりました。

 テヘランは、今朝はあいにくの雨。
 広々とした場所で行われることとされている集団礼拝がどうなってしまうのだろうとはらはらしながら、いつもおじゃまする会場へと向かいました。
 会場に着いたときには完全に雨模様で、付属の施設の中に入っているようにと指示が出ていました。

 狭い会場内で女性たちがひしめきながら場所取りをしたり、おしゃべりをしたり、集団礼拝の前に礼拝をしたり、また女性の説教師の話を聞いたりと集団礼拝が始まるまでの時間を過ごしていました。
 この狭い会場では、訪れる人たちを全部は収容できないだろうなあなどと思っていたところ、「晴れたから外で礼拝をするぞ」と声がかかりました。礼拝が始まるまであと30分もありません。
 女性たちは大慌てで外に出て、礼拝の準備を始めます。
 男性たちは建物の中にしまってあった絨毯などの敷物を大急ぎで運び出し、礼拝を行う人たちが濡れずに済むようにと大わらわ。例年とは違った慌ただしさに包まれたまま、礼拝が始まりました。

 今日の集団礼拝の写真はまだ現像ができないので、昨年の様子をご紹介したいと思います。

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 会場で配られる礼拝に際しての祈りの言葉が書かれたカードを見ながら礼拝をする子ども。
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 礼拝のための小道具。礼拝用の敷物(ジャー・ナマーズ)、モフル(跪拝の際に額をつけるための素焼きの小ブロック)、タスビーフ(数珠)。
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 エマーム(指導者)の先導で動きをそろえて集団礼拝が進む。
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 礼拝の後はお茶とハリーム(説明不能・シナモンと油をかけたスープだしの重湯のようなもの)のふるまい。近所の子どもたちがお手伝い。

 シャッワール月の1日目は断食をしてはいけない日とされています。
 一ヶ月の行をできるだけ行った人たちは、この集団礼拝で一休み。家族のための朝食のパンを買ったりしながら家へと帰るのです。
 イランでは珍しい、心からの喜びに満ちた祝いの日。今日一日の挨拶は、「サラーム」と一緒に「モバーラク(おめでとう)」。世界中の、断食を行っていたムスリムに、心からのお祝いを申し上げます。

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2006年 10月 23日 |
 人間たちはエイドだなんだと騒がしいようだけど、私たちにはそんなことは関係なし。

 残飯がたっぷりと出て、人があまりで歩いていないラマダーンがいつまでも続くと楽かなと思うくらい。

 今一番の心配は、子どもがやんちゃで目が離せないことくらい。

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2006年 10月 22日 |
 今日はラマダーン月の28日目。
 そろそろラマダーン月明けの大祭、エイデ・フェトル(アラビア語ではイードゥル・フィトゥル)がいつになるかというのが人々の間では話題になり始めます。

 カレンダー上は今週の水曜日がエイドということになっていますが、毎年、ラマダーンが他国よりも一日遅く始まって、一日早く終わると言われているイランですから、火曜日、もしかすると月曜日になるかもしれないと人々は予想しています。一応、新聞によると、「月と太陽の位置関係からして、月曜日がエイドということはあり得ない。ほぼ間違いなく火曜日だろう」とのことです。やはり、カレンダーよりも一日早く終わるようです。

 昨日、今日と私は調査などに必要なレターを用意するため、大学やあちこちのオフィスを訪れていました。そのどこでも、「エイドはいつかな?」が一番の話題でした。

 私のレターをそっちのけで「明日だろう」「いやいや、新聞では明後日だと言っている」とカレンダー論議が尽きません。
 一ヶ月の間断食を行った人は、ムスリムとしての義務を全うすることができた喜びをもって、勤務先で食べることができないために一ヶ月間ストレスを溜めていた人は開放感をもって、何にもしていなかった人も気兼ねなく食べられる嬉しさを感じながら、エイドが今日か明日かと末のです。

 どうしてラマダーンが終わった日が事前には特定できないかというと、ラマダーン入りとラマダーン明けは必ず、「月が見えたことを視認すること」によって知らされることとなっているからです。

 毎年、エイド近くなると、明日は休日になるのだろうかと、夕方からニュースから目が離せなくなってしまいます。深夜近くなってから、「明日はエイドだから、休日」というニュースが流れると、子どもたちは大喜びです。もしエイドが金曜日に重なると休日が一日減ったとがっかり。これは小学生から大学生まで変わりません。大人だって休日は楽しみ。ましてそれがイランでは珍しく、心から祝うことのできる祝日なのですからなおのこと。今年はどうやら休日を損しないで済みそうです。

 楽しみなのは分かるのですが、仕事中は仕事をして欲しいなあと思った一日なのでした。

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2006年 10月 21日 |
 昨日の「世界エルサレムの日」に、テヘランでは100万人を超える人がデモ行進に参加し、「イスラエルに死を」「アメリカに死を」のシュプレヒコールをあげ続けたと、テレビニュースなどでは自慢げに繰り返しています。
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 確かに多数の人たちが行進に参加していたことは事実ですが、もともとテヘラン大学で行う金曜礼拝のために各地から動員された人々と、テヘラン市内各所から動員をかけられて参加した人も多く、すべてをなげうってでもパレスチナを救わなくてはならないなどと心から信じている人がどれほどいるのだろうと、かなり懐疑的にならずにいられません。

 なぜならというと、行進に参加した人たちの中には私のような外国人を見つけると「チーン・チーン(中国人・中国人)」「ちん・ちゅん・ちゃん」と馬鹿にしたような言葉を投げつける人も多く、何というか、知性と理性を感じることができないからです。「あんたたちはムスリムに対してそんな態度をとるのか?(本当は私はムスリムじゃないけど腹が立ったので) それで『ムスリムの団結』を叫ぶのか?」という私の疑問に対して、「お前たちはムスリムだとしても俺たちとは違う」と意味不明の答えだけを残して、奇声を上げながら去っていく人がほとんど。「ムスリムの団結」など彼らの意識にはないように思えます。

 それに、デモに参加というか見物に来て、テレビの画面上はデモ行進が非常に大きなものであったように見せるために効果を上げた人々は、デモ行進の見物をしたり、そこここで配られていた反イスラエルのポスターなどを振りかざしてみたりしながらも、通りの両端にびっしりと並ぶ露店に夢中だったりする人の方が多かったようにも見えたりします。
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 まあ、楽しみの少ない国ですから、きわめて政治的なデモ行進でさえも一種のお祭りのようになるのだろうなあと思うのですが、それにしても、どちらがメインなのか分からないなあというくらいの露店です。
 露店に並べられている商品のほとんどが中国製。イランの市場は中国製品に占領されつつあるのだなあということも実感してしまう露店の情況なのでした。

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 「世界エルサレムの日」なのですけど、ちゃっかりと「核開発はイラン国民の権利である」というアピールもしてしまうのでした。

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2006年 10月 20日 |
 今日はイラン暦メフル月28日、イスラーム・ヒジュラ暦ラマダーン月26日、西暦10月20日

 今日はイランでは「世界エルサレムの日」です。
 どうして「イランでは」なのかというと、他のイスラーム諸国が同じような日を持ち、エルサレムをムスリムの手に取り戻すために気炎を上げているのかどうか分からないからです。
 つまり、これは、イラン・イスラーム共和国の建国の祖、故エマーム・ホメイニー師が、「ラマダーン月最後の金曜日を「世界エルサレムの日」として、エルサレムからシオニストを追い出し、抑圧されたパレスチナ人を解放することを誓おうではないか」と提案したものであり、私には国際的に認められたものであるのかどうかよく分からないのです。

 今年は南レバノンでのイスラエルの対ヒズボッラー攻撃があったため、政府関係者は例年以上にこの日を盛り上げるべく努力をしているような感じがします。テヘランではデモ行進をしたり、なにやら写真展を開いたりしているようですが、ごく普通の市民はあまり関心を持っていないように見えます。まあ、パレスチナやヒズボッラーに与える金があるのなら、まず、国内の自分たちの生活を良くするために使え、と考えるのは当然でしょうし、パレスチナにしてもレバノンにしてもアラブであってイランではないわけで、イラン人にとっては自分たちとは遠い話と感じるのも当然かもしれません。
 それでもまあ、「ムスリムはすべて兄弟のようなものである」というアッラーの言葉を実践するために、ムスリムであるパレスチナやヒズボッラーを援助するのは認めざるを得ないのかもしれませんが、しかし、テレビのニュースを初めとする各チャンネルで「イスラエルを倒せ」と連呼するような歌を流し続けるのは、彼らが目指しているはずの「一流国家」としてのセンスには欠けているように思わずにいられません。もっと他にやることがあるだろうし、もっと他のやり方をした方がいいんじゃない?と。

 個人的には、「世界エルサレムの日」よりももっと重大な出来事のために心を痛めているため、今日のカレンダーは少々冷たい書き方になってしまったかもしれません。

 テヘランはこの数日、雷が鳴り、激しい雨が短時間に降るという不安定な天気が続き、気温も大分下がっています。晴れ間に見えるテヘランの北にそびえる山々にはうっすらと雪が積もりはじめ、秋の深まりを感じます。
 このブログを昔から読んで下さっている方はここでぴんと来られたかもしれませんが、毎年の恒例行事、「雨が降ると電話が止まる」イベントが今年も起こってしまったのです。
 ここ数日、このブログの更新が止まっていたのはそのためです。

 昨年、しっかりと修理が成されたはずの電話回線ですが、三日ほど続いた激しいにわか雨に、今度は昨年とは違う場所でトラブルが起こったようでした。

 私も多くのテヘラン市民と同様に、他国につぎ込むお金があるのなら、まず、雨が降ったり風が吹いたりしてもトラブルが起きないような電話回線の配線を行ってもらいたいものだと思わずにいられないのです。

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2006年 10月 17日 |
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 テヘラン北部の高級住宅街の中で。

 こんなにつるしてあると迫力。写真を撮らずにいられませんでした。

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2006年 10月 16日 |
 今日はイラン暦メフル月24日、イスラーム・ヒジュラ暦ラマダーン月22日、西暦10月16日

 今日は三日目のシャベ・ガドゥルです。シャベ・ガドゥルについては一昨日のエントリーをお読み下さい。

 三日目のシャベ・ガドゥルが終わるとラマダーンもあと一週間ほどになります。
 ラマダーン月の間、いろいろと困ったことやら納得のいかないことやら、まあいろいろなことがあるのですが、その中の一つが大学の授業時間についてです。

 外国語学部では午前中の授業が大体11時30分頃に終わり、午後の授業は1時30分から始めることになっています。しかし、ラマダーン月の間は昼食を食べないあるいは食べられませんから、二時間も昼休みがあったところで時間が余ってしまって仕方ありません。それに、エフタール(断食明け最初に食べる食事)に間に合うように家に帰りたい人たちにとっては、午後の授業が早く終わってくれるにこしたことはありません。それは先生方も学生たちも変わりません。そのため、午後の授業を繰り上げて行って早く帰りたいと考えるのはごく自然な流れです。
 ところが、大学の教務課はそれを許してくれません。
「絶対に1時30分から始めること。そうでなければ授業を行ったとは見なさない」と通達を出してまで、午後の授業の繰り上げを認めようとしません。学生からは不平の声が上がりますが、「授業をしたと認めない」と言われてしまうと我慢するしかありません。

 この期間、官公庁や銀行などはほとんど、一時間くらい終業を繰り上げての短縮営業です。それなのに、テヘラン大学の外国語学部ではどうしてそれが許されないのかちょっと不思議です。

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2006年 10月 15日 |
 今日はイラン暦メフル月23日、イスラーム・ヒジュラ暦ラマダーン月21日、西暦10月15日

 今日は、第四代目正統カリフ(後継者の意)であり、シーア派の初代イマームであるアリーが殉教した日です。今回も以前のご紹介の再録です、手抜きばかりで申し訳ありません。でも、毎年新しい事実が付け加わるわけでもないので、書くことがないのです。


 これまでにも何度かご紹介してきましたが、アリーは預言者の従兄弟で娘婿です。また、武人として非常に名高く、人望もありました。
 こうしたことから血統を重視する人々から彼は、早くから後継者と見なされていました。しかし政治的な情勢や年齢などから、三人のカリフが亡くなるまでカリフの地位につくことができませんでした。

 三代目カリフ・ウスマーンが反ムスリムによって暗殺された後、彼は四代目のカリフとなりましたが、ダマスカスの太守であったムアーウィヤ、預言者晩年の 最愛の妻であったアーイシャをはじめとする反対派との争いに忙殺され、アーイシャ一派は退けることができましたが、ムアーウィヤとは戦闘にまで至りまし た。
 戦闘はアリーに有利だったのですが、ムアーウィヤの策略により和議を結ぶことになり、これに反対するアリー側の信徒がアリーと袂を分かちました。これがイスラーム世界で初めての分派となり(ハワーリージュ派)、アリーはこの一派の鎮圧にも忙殺されることになりました。

 ハワーリージュ派は預言者の理想を裏切るムアーウィヤ、アリー、エジプト太守アムル・イブヌル・アースの三人に刺客を送りました。アリーは礼拝を行っている最中にこの刺客に襲われ、二日後に亡くなりました。(他の二人は刺客の手にかかることなく生き延びました)

 彼は伝承によれば三番目に、シーア派の伝承によれば最初にイスラームへ帰依をした信徒であり、天国行きを定められた10人の一人であるとされます。
 文武両道に秀でた熱心な信徒でありましたが、残念ながら周囲の状況と政治力においてムアーウィヤに劣っていたといわざるを得ません。

 しかし、預言者の血統を重視するシーア各派にとって彼は、預言者によって後継者に指名された人物であり、彼に対する敬意がシーア各派の信仰の中心となっています。

 現在、アリーの遺骸を葬ったとされる場所はアラビア半島からイラクにかけて何カ所かありますが、一般的にナジャフにあるアリー廟が真正な廟であるとされ、シーア各派の信徒が巡礼に訪れる場所となっています。

 彼の名前、アリーは、「高貴な」という意味のアラビア語です。シーア派の人々はイマーム・アリーにちなんでこの名前を多く使います。アリーだけではなく、例えばアリー・レザー、 あるいは、ホセイン・アリーと他の名前との組み合わせも合わせると、この名前を持つ男性は数が多く、よく、「イランでは石を投げればアリーに当たる」と言われるほ どです。

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2006年 10月 14日 |
 今日はイラン暦メフル月の22日、イスラーム・ヒジュラ暦ラマダーン月20日、西暦10月14日です。

 今晩はイスラーム・ヒジュラ暦では二回目のシャベ・ガドゥル(アラビア語ではライラトゥル・カドゥル)の夜です。
それから西暦では私の誕生日でもあります。めでたい気分の二乗(笑)。ブログを始めてから三回目の誕生日です。月日の経つのは早いものだとしみじみしてしまいます。

 実は、一昨日の夜がシャベ・ガドゥルの第一回目だったのですが、うっかり忘れていました。

一昨年にご紹介した、シャベ・ガドゥルについての説明を再録させていただきます。

 シャベ・ガドゥルとは、イスラームの預言者ムハンマドに初めて神からの啓示が下された夜のことです。

 預言者自身はそれがいつのことであったかはっきりとは述べていませんが、ラマダーン月の後半の奇数の日であるとされています。
 そのため、ムスリムたちは、ラマダーン月の19、21、23日の夜をシャベ・ガドゥルとして、自分たちに啓示が下された日を祝うのです。

 夜(中東では日没によって日付が変わる)、熱心なムスリムたちはモスクや個人の家に集まり、『ジョウシャン・キャビールのドアー(大鎧の祈祷)』を徹夜で読みます。
 このジョウシャン・キャビールのドアーは、アッラーが持つ99の異名を読み込んだもので、アッラーの美名を徹夜で唱え続けることにより、自分を様々な悪から守ることを願います。このドアーは、鎧のように自分を守るものであるということで、『大鎧』のドアーと呼ばれるのです。
 このドアーは韻を踏んだ美しいアラビア語で、独特の節回しがついており、それを参加者が声をそろえて唱えることで一種の連帯感が生まれます。

 そういえば、アラブ人をはじめとするムスリムの名前は、このアッラーの99の異名から取られているものがたくさんあります。

 このシャベ・ガドゥルの翌日はつまり徹夜明けですから、大人はともかく子供たちは大変だろうということで、学校は少し遅く始まります。
 もっとも、最近では翌日に差し障るということで、深夜2時くらいまでしか行わないところが多いようです。

 私の家の近所にも熱心なグループがあって、シャベ・ガドゥルには自宅を開放して、ジョウシャン・キャビールのドアーを読む集いが行われています。私も毎年参加させてもらっていたのですが、今年は忙しくて参加できそうにありません。


 アッラーの異名リストです。熱心なムスリムは、これらを読み込んだ祈りの文句を一晩中読み続けるのです。

al-rahman (アッ=ラフマーン 慈悲深きもの)
al-rahim (アッ=ラヒーム 慈愛あまねきもの)
al-malik (アル=マリク 至尊なる王者)
al-quddus (アル=クッドゥース 聖なるもの)
al-salam (アッ=サラーム 平和なるもの)
al-mu’min (アル=ムウミン 信仰の守り手)
al-muhaimin (アル=ムハイミン 守護者)
al-‘aziz (アル=アズィーズ 親愛なるもの)
al-jabbar (アル=ジャッバール 断固強制するもの)
al-mutakabbir (アル=ムタカッビル 至大なるもの)
al-khaliq (アル=ハーリク 創造者)
al-bari’ (アル=バリーウ 無から創造を行うもの)
al-musawwir (アル=ムサッウィル 形を与えるもの)
al-ghaffar (アル=ガッファール 寛大なるもの)
al-qahhar (アル=カッハール 征服者)
al-wahhab (アル=ワッハーブ 授与者)
al-razzaq (アッ=ラッザーク 恩恵の主)
al-fattah (アル=ファッターフ 救うもの)
al-‘alim (アル=アーリム 全知のもの)
al-qabid (アル=カービド 制御するもの)
al-bashit (アル=バーシト 発展させるもの)
al-hafid (アル=ハーフィド 低めるもの)
al-rafi’ (アッ=ラーフィウ 高めるもの)
al-mu’izz (アル=ムイッズ 名誉を授けるもの)
al-muzirr (アル=ムズィッル 卑しめるもの)
al-sami’ (アッ=サミーウ 全てを聴くもの)
al-basir (アル=バスィール 全てを見るもの)
al-hakam (アル=ハカム 正しき裁き手)
al-‘adl (アル=アドル 公正なるもの)
al-ratif (アッ=ラティーフ 心優しきもの)
al-khabir (アル=ハビール 通暁せしもの)
al-harim (アル=ハリーム よく耐えるもの)
al-‘azim (アル=アズィーム 絶大なるもの)
al-ghafur (アル=ガフール 赦すことの多いもの)
al-shakur (アッ=シャクール よく感謝するもの)
al-‘ali’ (アル=アリーユ 至高なるもの)
al-kabir (アル=カビール 偉大なるもの)
al-hafiz (アル=ハフィーズ 保持するもの)
al-muqit (アル=ムキート 糧を与えるもの)
al-hashib (アル=ハシーブ 正しい決算者)
al-jalil (アル=ジャリール 輝かしきもの)
al-karim (アル=カリーム 寛大なるもの)
al-raqib (アッ=ラキーブ 監視者)
al-mujib (アル=ムジーブ 応答するもの)
al-washi’ (アル=ワーシウ 包括するもの)
al-hakim (アル=ハキーム 英知並びなきもの)
al-wadud (アル=ワドゥード 偏愛するもの)
al-majid (アル=マジード 栄誉あるもの)
al-ba’ith (アル=バーイス 復活者)
al-shahid (アッ=シャーヒド 無二の証人)
al-haqq (アル=ハック 真理)
al-wakil (アル=ワキール 真の代表者)
al-qawi’ (アル=カウィーユ 力強きもの)
al-matin (アル=マティーン 強固なるもの)
al-wali’ (アル=ワリーユ 真の助力者)
al=hamid (アル=ハミード 賞賛に値するもの)
al-muhsi (アル=ムフスィー 正しくはかるもの)
al-mubdi’ (アル=ムブディウ 創始者)
al-mu’id (アル=ムイード 再生者)
al-mumit (アル=ムミート 死を授けるもの)
al-hayy’ (アル=ハイユ 生きるもの)
al-qaiyum (アル=カイユーム 自足するもの)
al-wajid (アル=ワージド 発見者)
al-majid (アル=マージド 栄光あるもの)
al-wahid (アル=ワーヒド 唯一なるもの)
al-samad (アッ=サマド 永遠なるもの)
al-qadir (アル=カーディル 万能なるもの)
al-muqtadir (アル=ムクタディル 権威あるもの)
al-muqaddim (アル=ムカッディム 前進させるもの)
al-mu’ahhir (アル=ムアッヒル 遅延させるもの)
al-awwal (アル=アッワル 最初のもの)
al-akhir (アル=アーヒル 最後のもの)
al-zahir (アッ=ザーヒル 明らかなもの)
al-batir (アル=バーティル 隠れたもの)
al-wali (アル=ワーリー 統治者)
al-muta’ali (アル=ムタアーリー 至高なるもの)
al-barr (アル=バッル 正しきもの)
al-tawwab (アッ=タッワーブ 改悛を受け入れるもの)
al-muntaqim (アル=ムンタキム 復讐者)
al-‘afwwu’ (アル=アフッウ 寛大に赦すもの)
al-ra’uh (アッ=ラウーフ 慈悲深きもの)
malik-al-mulk (マーリク=ル=ムルク 王権を持つもの)
zu-al-jalal wa-al-iklam (ズ=ル=ジャラール・ワ=ル=イクラーム 栄誉と博愛の主)
al-muqshit (アル=ムクシト 公平なもの)
al-jami’ (アル=ジャミーウ 集めるもの)
al-ghani’ (アル=ガニーユ 富めるもの)
al-mu’ti (アル=ムウティー 与えるもの)
al-mani’ (アル=マーニウ 禁ずるもの)
al-darr (アッ=ダーッル 窮乏させるもの)
al-nafi’ (アル=ナーフィウ 利益者)
al-nur (アン=ヌール 光)
al-hadi (アル=ハーディー 導くもの)
al-badi’ (アル=バディーウ 創始者)
al-baqi (アル=バーキー 永続するもの)
al-warith (アル=ワーリス 真の相続者)
al-rashid (アッ=ラシード 導き手)
al-sabur (アッ=サブール 耐えるもの)


 私の友人の友人も真面目なムスリムで、ジョウシャン・キャビールの徹夜の行にはいつも参加しているのだそうですが、彼女曰く、「ろくでもないことばかりしている知り合いの名前が出てくると、ついその人を思い出して笑いそうになるのよね~」だそうです。

 最後に、誕生日記念のケーキを。
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