イランという国で
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2006年 09月 30日 |
 ラマダーンについての先日の説明を少し補足。

 断食を行わなくて良い人ですが、戦場にいる兵士も免除されていました。

 では、今回はどのように断食を行うかについてです。

 先日、早朝の礼拝から日没までの間、断食を行うと説明しました。
 早朝の礼拝とは日の出の大体1時間半くらい前に行われる礼拝のことです。しかしこの時間がはっきりと分からない場合、クルアーンによりますと、「黒糸と白糸の明確な区別が出来る明るさ」になったら断食を始めるよう定められています。

 食うもよし、飲むもよし、やがて黎明の光さしそめて、白糸と黒糸の区別がはっきりつくようになる時まで。しかしその時が来たら、また次の夜になるまでしっかりと断食を守るのだぞ。(牝牛章 第187節より)


 この早朝の礼拝までに、断食を行う人は食事を済ませてしまわなくてはなりません。この早朝の食事のことをペルシア語ではサハリーと言います。テヘランですと、早朝の礼拝が大体4時30分過ぎくらいだそうですから、それまでに食事を終えなくてはいけないわけです。
 そして早朝の礼拝までに、「今日は断食をする」という意志(ニーヤ、ペルシア語ではニーヤト)を決めなくてはいけません。
 つまり、「あーあ、今日は断食をしちゃった」という状態は断食と見なされず、自ら「断食をする」という意志のもとに断食を行わなければならないのです。

 このようにして準備を整え、早朝の礼拝を行います。

早朝の礼拝を追えてから会社あるいは学校へ向かうまでにもう一度眠る人もいれば、そのまま起きている人もいます。これについてはどちらでも構わないようです。一番良いのは起きていてコーランを詠むことだそうですが、眠ってもイスラーム的には何の問題もないとのことです。

 ともかく、ここから日没まで、何も口にすることなく過ごさなくてはならないのです。
 今のテヘランですと、日没が6時くらいですので、大体12時間半くらい飲み食いができないことになります。

 今はまだ日が短いからいいようなものの、暦の関係上、数年後にはラマダーンが真夏にやってきますから大変です。断食の時間は長くなるし、暑いし、ちょっと想像したくありません。
 北欧に住むまじめなムスリムが夏に断食しようと思ったらどうなるのだろうと、人ごとながら心配です。

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2006年 09月 29日 |
 大学が始まって一週間。出席も成績のうちということか、はたまたとても真面目だからなのか、学生たちの出席率も良く、初日から割ときっちりと授業が始まっていて、夏休み気分も吹き飛んでいきました。

 今学期、私は3年生と4年生の日本文学関連の授業と、研究法なる授業(というよりは日本で言うゼミ授業に近いかも)が週計6コマという非常勤とは思えない授業数を担当しているため、授業の下準備だけで大変です。こりゃあ確かに、毎年同じ講義ノートで授業をしてしまう大学教授がいるのも分かるなあと、妙な実感を味わっているところです。

 ところで、この夏休みに、日本の基金の招待で何週間かの日本訪問プログラムに参加していた学生が何人かいました。その一人が、夏休み明けの最初の授業の後、廊下で私やクラスメートと雑談をしながら、「先生!どうして先生はイランに住んでいることができるんですか!?」と言い出しました。
 彼女が日本へ行っていたことをうっかり忘れていた私は、彼女が突然何を言いだしたのか分かりませんでした。
「え?何々?」
「先生はどうしてイランに我慢ができるんですか?日本の方がずっと良いじゃないですか」
 と、ここで、ようやく彼女が日本に行っていたことを思い出しました。
「あ、そうか、日本に行っていたんだっけ。そんなに良かった?」
「良かったです!!!」
「う~~~~ん。そう?」
「イランとは全然違います。何でもあるし、生活するのは日本の方がずっと良いと思います!」
「まあ、そうだねえ。生活するには便利だよね」
「なんでもきちんとしていました」
「そうだね。それは確かかも」
「先生はイランが嫌にならないんですか?」
「う~~~~~ん。なるときもあるね」
 日本もそんなに良いところばかりじゃないよ、とはちょっと言えませんでした。

 ちょっと複雑な気分を味わってしまいましたが、初めてイラン以外の国に接し、それが嫌な体験でなかったというのは良かったのかなとも思いますし、イランと日本と、どこがどんなふうに違っているのかを考えるきっかけになってくれたらいいなとも思います。
 そして何より、彼女の話を聞いて、他の学生たちが来年の奨学金を目指して熱心に勉強する意欲を改めて持ち始めたことが嬉しいです。

 今年日本からいらした先生が、「イランの学生は他国の日本語を学ぶ学生たちに比べてダントツにかわいいです」と仰っていましたが、本当に、意欲が失われてしまっている一部の最上級生はともかく、全体的に素直で熱心な学生が多く(もちろん現実的で口達者な部分もあって時々腹が立つのですが)、教えることが苦手な(と言っていていいのか?)私でさえ、学生かわいさについつい時間外労働をしたり、就職やアルバイトの斡旋に努めてしまうくらいです。
 彼らがこれから生きるであろう社会が、この素直さを良い形で持ち続けられる社会であるよう願わずにいられません。

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2006年 09月 27日 |
 ラマダーン直前のバーザールにお使いに行ってきたとお話ししましたが、その時におじゃました場所の一つがここ。
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 絨毯商人が集まるサラーイの一つです。
 テヘランの大バーザールの中でも中心部に近いここは、あるイラン人の言葉によると、バーザールの中でも「ディープ・インサイド」な場所なのだそうです。
 イラン全土から絨毯がここに集まり、テヘランの市民に売られ、また海外へと輸出されていきます。
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 間口の狭い小さい店に座る商人たちは、店に置かれている絨毯を売るだけでなく、電話であちこちの取引先と連絡を取り、商品を動かし、利益を上げていきます。バーザールがイラン経済の中心だった時代、こうした商人たちは私などの想像の付かない大金持ちだったそうです。今でも、ちっぽけな店に座る、見た目は普通のおじさんがびっくりするような金持ちだったりして、ペルシアの商人の奥深さを教えてくれます。
 経済を握る商人たちは、政治に対しても大きな影響力を持っていて、1979年のイスラーム革命にも積極的に関与したとのことです。
 もっとも、今は、テヘランという町が大きくなり、バーザールだけが経済の中心ではなくなってしまったことと、イランが国際的に微妙な立場であることなどから、バーザール商人たちも以前ほどは利益が上げられなくなっているとのこと。先の大統領選挙でも、商人にとって一番望ましくない大統領が登場し、海外との取引はますます厳しくなっていて、先行きに不安を感じるという人も多いようです。特に絨毯商人にとって、お得意様だったヨーロッパ市場でのペルシア絨毯のシェアが、低価格の中国産やパキスタン産に喰われつつあって以前ほどは売れなくなっていることと相まって、頭が痛い状態です。

 絨毯商人のサラーイの近くには、絨毯の修理屋もあります。ここも、お使いに行った先の一つです。
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 テヘランのバーザールはイラン各地の絨毯が集まるところであると同時に、国内外から修理の必要な絨毯が集まってくるところでもあります。
 ヨーロッパではアンティークのペルシア絨毯に高い値が付くことから、何十年も前にイランから輸出された絨毯が修理のためにイランに里帰りしてくるのだそうです。

 すり切れかかったところに同じ色の毛糸で補修をし、繕い、ちぎれた四隅の模様を復元して修復し、両端に房を付け、ぼろぼろの絨毯を蘇らせ、また何年も使えるようにして依頼人のところへ戻す。見ているだけで大変な作業です。
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 彼が修復しているのは、80年くらい前のバルーチあるいは南ホラーサーンの絨毯だとか。
「でも、今のイラン人はみんな、新しいものの方が好きだから、こんな風に修理してまで使おうという人は少なくなっているんだよ」と、悔しそうに説明しながらも、手は休むことなくほつれを繕っていきます。

 「日本でもこういう仕事はあるかい?」
 「どうだろう。ない訳じゃないと思うけど、イランよりはずっと需要が少ないと思う。日本人はどちらかというと新しいものが好きだし、それもゴムとかのシルク絨毯を好むから」
 「シルクかあ」

 イランの絨毯は実用品です。羊の首のところから取れる細い毛を撚った細い羊毛(コルク)を使って細かな模様を織りだしたものが最高級品とされています。縦糸にシルクを使い、模様の白い部分にだけシルクを使って光を浮かび上がらせる絨毯は、とても美しいものです。
友人が「本当に空を飛びそうな絨毯だよね」と表したペルシア絨毯は、毛足が短くて密に織られていて、水をこぼしたとしてもすぐにはしみこまず、表面張力で丸く絨毯の表面に残るほどです。だから、本当に良い絨毯は、水をこぼしても慌てる必要はなくて、スプーンで掻き取れば大丈夫なんだよ、と教えてくれたのはエスファハーンの絨毯工房を持つ友人でした。彼の口癖は、「シルクは飾り物でしかないから、ちゃんと使うために良い絨毯が欲しいなら、コルクの絨毯を買わなきゃ駄目だよ」だったのですが、予算不足のため、未だに彼からコルクの絨毯を買うことはできずにいます。
 よく日本の小説で、「足が沈むような毛足の長い絨毯」が高級品として描かれていますが、イランでは密に織られた毛足が短くて薄い絨毯が高級品なので、そうした小説をペルシア語にそのまま翻訳したら、イランの人は違和感を持つのではないかと思います。もちろん、「ペルシア絨毯」と産地を限定しているわけではないので別に間違いでも何でもないのですが。

 ヨーロッパ市場でペルシア絨毯は苦戦しているとのことですが、イラン国内でも絨毯が売れなくなっているそうです。
 機械でおられた安価な絨毯が市場に溢れ、また、テヘランでは家のサイズが小さくなり、イラン人自身の家具に対する嗜好が変化したことなどから、大きな手織りの絨毯は売れなくなり、手織りでも、伝統的な色や柄ではなく、モダーンなデザインや色が好まれるようになってきているのだとか。
 その極端な例が、絨毯絵画(絵画絨毯の方が正しいのか?)ではないでしょうか。

 写真や絵、カリグラフィーを絨毯のデザイン用マス目に落とし、絨毯で織り、ゴージャスなフレームをつけて壁に飾るのです。
 こうした絨毯が売れることから、バーザールの中でも、伝統的な絨毯を売っていた絨毯店が絵画絨毯を売るようになっているようです。
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 ぼんやり歩いていると、「べっぱ、べっぱ(どけ、どけ)」と荷車の男性たちに邪魔にされるくらい活気のあるバーザールですが、それでも、バーザールの最深部は寂れ始め、借り主のない空き商店がちらほらと目に付くようになっています。テヘランの中心だったバーザールがどのように変わっていくのか、絨毯街をぐるりと回って、なんだかちょっとそんなことを考えてしまったのでした。

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2006年 09月 26日 |
 ラマダーンが始まってからラマダーンや断食について書くのも間が抜けているかなあとは思ったのですが、ラマダーンとは何?ということで。
 といっても、過去の記事を再編集しただけの手抜きなのですが、気がついたら、このブログを立ち上げてから三度目のラマダーンを迎えていました。時間の流れって本当に早いものだと、しみじみ感じてしまいました。

 まず、「断食って何?」というところから。

 ムスリムには5つの宗教的義務が課せられています。その5つとは、信仰告白(シャハーダ、ペルシア語ではシャハーダト)、礼拝(サラート、ペルシア語ではナマーズ)、断食(サウム、ペルシア語ではルーゼ)、喜捨(ザカート)、巡礼(ハッジ)です。

 ということで、断食はムスリムにとって第三番目にあげられた義務です。
 ラマダーン月以外にも断食を行うことはできますが、義務として定められているのはラマダーン月一ヶ月間の断食です。
 この一ヶ月間、早朝の礼拝の時(※)から日没までの間、一切の食べ物や飲み物、たばこなどの嗜好品を口にしません。唾液も飲み込まずにはき出さなくてはならないとしている法学派もあるようですし、真面目にそれを実行している人もいます。

 何のために断食を行うか?
 これは、煩悩を押さえるための忍耐力を養うこと、またそれによって精神の浄化を行うためです。
 また、食べ物にもこと欠くような貧しい人々の苦労を断食によって体験することにより、そうした人々への同情心と援助の心を養うこともその目的とされています。
 そしてまた、ムスリムが一斉にこの断食を行うことで、ムスリムとしての連帯感を強めるという意味もあります。

 誰が行わなくてはならないか?
 これは心身が健康なムスリムである成年男女が行わなくてはなりません。除外されるのは子供(女の子は10才以下、男の子は15才以下)、病人、妊産婦、授乳中の女性、月経や産後などで出血のある女性、高齢者、旅人、理性のない人となっています。

※ 早朝の礼拝とは、日の出の1時間半前に行われる礼拝です。

 ではラマダーンはどのように始まるか。
 イスラーム・ヒジュラ暦は月の満ち欠けに完全に従っています。月は大体29日で満ち欠けしますからカレンダーも大体の計算で作っています。しかしラマダーンに関しては、新月として見えなくなったあと、細い月が目できちんと確認されてから始めるようコーランの中で規定されているので、「恐らく」なのです。まだ見えていないからです。
 夕方になって、資格のあるウラマーが月が見えたことを確認して、ラマダーン月入りが宣言されます。イランですとテヘランから南に約130キロメートル、宗教都市ゴムにある宗教センターで宣言が行われます。ここは冬でも曇ることがほとんどありませんから、月を見るのに適していることは確かです。
 もし天気が悪くて月が見えない場合は、近くの地域の月が見えたぞ宣言によって始めます。
 そして月が一ヶ月満ち欠けし、完全に見えなくなったことによりラマダーンが終わるのです。

 日本にはラマダーン入り宣言をできる有資格者がいないので、日本に住むムスリムたちは、マレーシアのラマダーン入り宣言によってラマダーン入りすると以前聞きましたが、今でもそうなのでしょうか。

 イランではラマダーン入りが他の国々よりも一日遅いのがほぼ通例です。月の見え方が周辺諸国と違っているのかもしれません。
 各国からの留学生はよくこう言っていたものでした。「イラン人は怠け者だから断食を一日でも減らしたいんだ。自分たちはそうではない」
 彼らにしたら、イランのラマダーン入りに従って、本来なら断食すべきところを断食しないで過ごすことがあると困るので、自分たちの出身国でのラマダーン入りに従っていたようです。

コーランの言葉から
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2006年 09月 25日 |
 スンニー派圏よりも遅れて始まったイランのラマダーン月。

 初日の今日、私は今学期の大学初出勤。

 幸いなことに、給湯器は止められていなかったので、学科事務室でこっそりとお茶を飲むことができました。
 アレルギーと風邪気味なのとで、授業をした後は喉に水分を補給してやらないとがらがら声になってしまうのです。

 授業のため、教室へ向かうと、廊下の隅や階段に腰掛けて、なにげに水を飲んだりお菓子をつまんでいる学生の姿がちらほら。
 人目に付きにくい空き教室ではなく、誰もが通るところで飲食をする姿にはちょっとびっくりしてしまったのでした。今の学生さんたちには、なかなか大胆な人もいるようです。

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2006年 09月 24日 |
 イスラーム世界全体ではラマダーンに入った地域も多いようですが、イランでは明日からラマダーンだそうです。スンニー派の国などから二日遅れでしょうか。

 今日はお使いでバーザールへ行っていました。
 以前写真を撮らせてもらった人のところへプリントした写真を届けたり、最近結婚した知り合いにプレゼントを届けたりと、バーザールの中をうろうろと歩き回った一日でした。

 明日からラマダーンということで、断食に慣れるため、バーザールの中では多くの人が今日から断食を始めていました。私がおじゃましたところもみんな真面目に断食をしていました。

 それでもお客が非ムスリムなのだから自分たちの習慣を押しつけてはならないと、私にお茶や冷たい水、果てはサンドイッチまでサービスをしてくれます。私は申し訳ないので、「あなたたちが断食をしているのに、自分だけというのは申し訳ないからいいですよ」と遠慮するのですが、「いやいや、まだラマダーンに入っていないのだから」とわざわざ、人を走らせてお茶を取り寄せたり、サンドイッチを買いに行ったり。そうは言っても、ラマダーンに入ってからも、間違いなく同じようにもてなしてくれるに違いありません。

 私の周囲には真面目なムスリムが割と多いのですが、ほとんどの人がこんな風に自分の信仰を押しつけることなく、大切な行の最中に訪れた異教徒にできるだけのもてなしをしようとしてくれます。断食している人の目の前で飲み食いをするのは申し訳ないし、かといって強硬にもてなしを辞退するのも申し訳なく、ラマダーン中の日中は友人知人の許を訪れにくくなってしまうのです。

 もっとも、その代わりに断食明けの食事には顔を出し、高カロリーの食事をたっぷりとごちそうになってしまうので、ちょっと体重のためには危険な一ヶ月であったりするのです。

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by sarasayajp | 2006-09-24 22:15 | イラン人 |
2006年 09月 23日 |
 今日からいよいよ新学期。新しい年度の始まりです。

 大学にも新入生がやってきます。とはいっても、私は上級生を担当することが多いので、彼らと顔を合わせることは滅多にないのですが。

 上級生を担当していると、授業そのものも大変ですが、授業以外のところで苦労することがあります。
 その一つが、学生のやる気が著しく低いことが多いということです。

 四年生くらいになると、将来(卒業後の近い将来に過ぎませんが)が大体想像できるようになってきます。
 それほど国の経済状態が良いわけではなく、就職口がそれほどあるわけではなく、またあったとしてもコネが何よりも幅をきかせている社会であるために、有力なコネを持っていなければ就職などおぼつかないという国ですから、このまま勉強を続けて大卒の資格を取ったところでなんの意味があるのだろうか、と考え始めるともう駄目なようです。

 日本語なんて身に付けたところで何の役に立つのだろう?
          ↓
それよりも、英語をはじめとするヨーロッパで使われている言葉の方がずっと仕事をするには役に立つのでは?
          ↓
何の役にも立たない言葉を覚えるのにどうしてこんなに苦労する必要があるんだろう?
          ↓
 適当にやって単位さえもらえれば十分じゃない?

 となってしまうのです。

 やる気のなくなっている学生に授業をするいうのは何とも空しいものがあります。
 もともと能力のある学生たちなので、試験の時にはそこそこの点数を取るのですが、授業中のやる気のなさはあからさまです。
 大学というのは、大学側がお願いをして「勉強をしてもらう」場所ではないような気がするのですがどうなのでしょう。

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2006年 09月 21日 |
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駐車=パンク
 たとえ一瞬でも


 だそうです。ちょっと過激です。

 イランは自動車の数が増えているにもかかわらず、駐車場の整備が全く追いついていない状態です。
 最近開店した大きなショッピングセンターのようなところなら駐車場をそなえていることもありますが、小さな商店ばかりの街中では、自動車で買い物に行くと路上駐車をせざるを得ません。
 最近は警察の取り締まりも厳しくなっている場所も多く、それを避けて、生活道である小路にまで入り込んで自動車を止める人が後を絶ちません。

 また、古いアパートですと駐車スペースを持たないところも多いので、住民も路上駐車、という場所も結構多くあります。ちなみに、イランでは日本のような車庫証明なしで自動車を手に入れることができます。

 といった情況から、きっと、この建物の持ち主も、駐車場の扉前に絶えることのない路上駐車を相当いらだたしく思ったのでしょう。
 それにしても、本当に、このプレート前に自動車を止めるとパンクすることになるのか、とても気になるところです。

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2006年 09月 18日 |
 羊の頭と足を煮込んだキャレパーチェと呼ばれる料理があります。
 大きなお盆のようなものに羊の頭と足を山盛りにして、お客の注文に応じた部位を皿に盛って出すというもので、見慣れないうちは思わず引いてしまうような迫力に満ちています。
 特に味付けはなくて、食べるときにレモン水などを振りかけ、パンと一緒に食べます。
 トルコ系の人が特に好んで食べるらしく、以前、ペルシア湾岸のチャイハーネで朝食を食べているときに、「このあたりにキャレパーチェ屋はないか?」と聞きに来たお客に、「ここはトルコじゃないよ」と、店の主人もお客も冷たい反応をしていたものでした。

 私は、出されれば食べるけど自分で食べに行くほどではない、という感じでそれほど好んで食べる料理ではありません。
 なので、買い物に行くたび、どうしてもこのカンが気になるのに、買って開けることができずにいます。

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 ごらんの通り、キャレパーチェの缶詰です。
 缶を開けると羊の脳や舌や足が入っているのかと思うと、怖いもの見たさに買ってみたい気もするのですが、開けても食べないだろうことが明らかなので買うことができません。

 誰か周囲にこれを食べてみたことがある人はいないかと聞いてみたのですが、みんな自分の家で作るとか、食べに行くとか、食べないとかそんな人ばかりで、未だにカンの中がどんな風になっているのか、味はどうなのか確認をすることができません。

 食料雑貨屋に行けばこれがたくさん並べられているので、きっと買う人も多いのだろうと思うのですが。

 イランの缶詰などは一通り味見をしていますが、これを私が買って開ける日が来るかどうか、今のところは分からないのです。

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2006年 09月 17日 |
 イランでは、秋の月の始まりであるメフル月の1日(西暦の9月21日)に新学期が始まります。
 
 新学期にそなえて授業の計画を立てたり、教材の準備をしたりと、私もそろそろ先生モードに入りつつあります。

 日本語を教えることについてはまだ始めたばかりですから、こうした準備もまだ戸惑うところが多いですし、実際に授業が始まってみると、こちらが考えていたとおりには授業が進行しないものなのだということもこの一年でよく分かりました。

 教材が難しすぎたり易しすぎたり、こちらが想定していなかった質問に引っかかって授業がストップしてしまったり、学生が課題をやってこなかったために授業ができなかったりと、まだ教えるとことに慣れていない私のつたない授業運営のため、学生さんたちも大変だっただろうなあと反省する部分も多々あります。

 教えるようになって、学生でいたときには気がつかなかったけど、先生にとって嫌なことが色々あるのだということも分かってきました。それと、学部や学科によって、学生の先生に対する態度が少しずつ違うらしいということも。

 私が在籍していたのは文学部のペルシア文学科ですが、今教えている外国語学部日本語科とは学生の授業に対する態度が少し違っていたように思うのです。何といっても一番は、「日本語学科の学生は先生の話を聞いていないことが多いように見える」。
 まさにこれに尽きます。

 一人の学生が、「先生、この単語の意味は何ですか?」と質問。
 先生が、「それはこういう意味で、こういうところで使ったりします」と答える。
 さて、次に進もうかとすると、教室の別の場所からまた同じ質問が飛んでくる。
 聞いていなかったのか?と思いながらもう一度同じように答える。
 今度こそ次に進むぞとテキストを読み始めると、また別の場所から同じ質問。意味が分からなかったのかと、説明の仕方を変えてみてもう一度。
 さて、授業を進めるぞと話し始めるとまたまた同じ質問。

 嫌がらせかと思うくらい、何人もの学生が同じ質問をしてくるのです。

 はじめの頃は、私の説明の仕方が悪いために意味が理解できず、何度も同じ質問をしてくるのかと思ったのですが、他の先生の話などを聞くと決してそうではなく、日本語学科の学生さんたちの特徴の一つのようです。

 どうやら彼らにとって授業とは、他の学生の話を含めた全体的なものではなく、教室の中にいる自分と先生の一対一なのです。他の学生と先生のやりとりには関心がなく、自分のことにのみ集中しているため、自分たちが先生に同じ質問を何度もしていることに気がついていないようなのです。
 先生が、「他の学生の質問を聞くのも大切なことなのだから、ちゃんと聞くように」と注意をしても、なかなか改まりません。
 加えて、授業の予習をしてこないために新出単語などを全然調べておらず、先生を辞書代わりに使っているという図々しいところもあるようです。自転車操業的に授業を受けているために、他の学生の話を聞く余裕がないということも一因なのでしょう。

 色々と思い返してみたのですが、ペルシア文学科の授業に出席していたときには、先生の説明がよく分からなかったときや確認、別な解釈を求めることはあっても、同じ質問を何人もの学生が繰り返すという光景は見られなかったように思います。
 ペルシア文学科の先生は外国語学部の先生に比べて年齢の高い方が多く、イランにおけるペルシア文学の高い地位故にとても「偉い」先生が多かったのですが、外国語学部の先生は若い先生も多く、学生も先生に甘えているところがあるのかもしれません。

 学生に対してもっとおおらかに応対できるようになりたいなあと思うのですが、まだまだ修行が足りず、ついついぴりぴりしてしまいます。「さっきも言っただろう」と心の中で苛ついてしまい、まずいなあと自分で思うことも。そういういらいらは学生に伝わるでしょうし、私自身、学生でいたときには予習もせずに授業に出て、先生にあれこれと質問したこともあり、それを考えたらこんなことは言えた義理ではありません。

 これまでもそう思っていましたが、先生っていうのは大変な職業なんだと、改めて認識してしまう今日この頃なのです。

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