イランという国で
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2006年 07月 31日 |
 このところ、メールやコメントで目立つ皆さんからのご意見について。いちいち説明するのも面倒で放っておいたのですが、ここで一度きちんとしておきたいと思いましたので。

 最近、よく勘違いされ、指摘を受けることなのですが、私がこのブログの中で「サラ」と呼ばれているのは、イスラーム圏にある女性の名前「サラ」からとって名乗っているものではありません。
 おつきあいの長い方たちならご存じでしょうが、sarasayajpと書くと長くて面倒なので、サラさんと呼んで構いませんか?という方がいらして、それ以後、サラと呼ばれるようになったに過ぎません。それをムスリムに対する冒涜だというのは随分と飛躍した暴論だと思います。そんなことを言ったら、日本人女性にもいる「さら」さんたちはどうしたら良いのでしょうか?日本人は全てムスリムに対しては敬意を払い、紛らわしい名前を使うのをやめるべきであるというのでしょうか?あるいは「なおみ」さんは聖書にある名前で、それを使うのはキリスト教徒に対する冒涜だというのでしょうか?

 自分の思いこみだけで人を批判することほどばかばかしく愚かしいことはありません。

 昨年も言いましたが、私はあくまで、イランに住む一日本人として自分の考えたことや体験したことを書いているに過ぎず、私がイランを知る唯一の日本人であり、それをあなた方に教えてあげましょう、などというばかげた空想でこのブログを書いているわけではありません。私とは違うイランに対する見方や体験をしていらっしゃる方もたくさんいらっしゃることも承知しておりますし、それについて何か批判を述べるつもりもありません。全て個人の自由ではないかと思います。

 一年前の繰り返しになりますが、私のイランに対する見方が気に入らなければ即刻読むことをおやめください。私の一個人の日記を読むことなどで、あなたの貴重な時間を無駄になさる必要はないと思います。

 こうした問題については昨年のほぼ同時期に意見を述べておりますので、そちらもご参照ください。

 それから、メールで質問をくださる方へお願いです。
 質問の前に一度、ブログについている検索機能を使って、過去ログをチェックしてみてください。その上でご質問をいただけると助かります。厚かましいお願いで申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします。
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by sarasayajp | 2006-07-31 23:26 | いろいろ |
2006年 07月 31日 |
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 毎日暑い日が続いていますが皆様におかれましてはいかがお過ごしでしょうか。

 私は海が比較的近いところに住んでいたため、夏は一度くらい海に行かないと何となくすっきりしません。
 イランの夏で何が不満と言って、海水浴に気軽に行けないということが一番の不満です。
 カスピ海は汚染が激しいのでちょっと泳ぐ気にはなれませんが、ペルシア湾へ行けば写真のように美しい海が広がっています。それなのに、女性は家族以外の男性に肌を見せるべからずというイスラームの規定のために泳ぐことができません。理論的には着衣のままなら海に入っても構わないわけですが、それでは海につかることはできても泳ぐことはできません。

 ペルシア湾でもカスピ海でもごく一部の限られた海水浴場では、女性専用ビーチがあって泳ぐことができるとのことですが、長い海岸線のごくごく一部に過ぎません。

 ペルシア湾の美しい海岸や島を訪れるたび、「お金さえあったら、ここでリゾート開発をして、女性のためのプライベートビーチを作るのに!そうすればこの海岸のゴミもきれいにするのに(こちらを参照のこと)!」と心の中でつぶやくのでした。
 もっとも、経済特区に外国人専用のバーやビーチを作って外貨を稼ごうという案に対して「そんなことを認めるくらいなら外貨はいらない」と言う宗教指導者がまだまだたくさんいるとのことですから、お金があってもそんな計画は認められないのですけど。

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by sarasayajp | 2006-07-31 21:16 | いろいろ |
2006年 07月 29日 |
 私自身が大学時代に夏休みをどのように過ごしていたかというと、随分と昔の話でよく覚えていないところもあるのですが、バイトをしたり、帰省してのんびりしたりしていたはずです。

 イランの大学生たちが夏休みをどのように過ごしているかというと、地方からの学生も地元の学生も家族と過ごすというのが基本のようです。
 日本と違ってアルバイトはあまりしないようです。アルバイトの口がそれほどないということもありますし、大学生が体を使うような労働をするものではないという意識から自然とアルバイトが限られてしまうということもあるようです。

 昨年、夏休み明けに学生に「夏休みに何をしていましたか?」という質問をしたときの回答から、イランの平均的な人文系大学生たちがどんな風に夏休みを過ごしているのかご紹介してみましょう。

 一番多かったのは、親戚の家に遊びに行った、でした。
 少し離れた地方に住む親戚の家へ遊びに行って、数日から数週間ほど過ごしてきたとのこと。もっともこれは、親戚の範囲が広いのと、親戚づきあいが密なので夏休みでなくともごく当たり前に行われています。

 それから、これはエスファハーンやハマダーンなどの観光地に家がある学生に限られますが、ホテルでアルバイトをしていたという学生も何人かいました。
 もともと外国語学部を選ぶ子たちですから外国語は得意ですし、使う機会を探しています。そうした学生たちにとって、夏休みに観光旅行客がたくさん滞在するホテルというのは格好のバイト先のようです。もっとも、日本人観光客と話す機会はなかったので残念とのことでしたが。

 夏休みの集中講義に参加したという学生も多かったです。人気は英語とイタリア語。それから、ホテル業務に関するコースに参加していたという学生もいました。

 家族や親戚の子供の家庭教師をしていたという学生もいました。
 これはアルバイトとしてよりも、頼まれてボランティアとして、という感じのようです。外国語学部の学生ですが、厳しい試験をくぐり抜けてきているだけあって、文系教科だけでなくどの教科でも教えられると豪語していました。

 それからイランらしいなあと思ったのが、結婚しましたというもの。
 結婚の平均年齢が上がっているとはいえ、日本に比べると女性の結婚年齢は早めで、学生結婚は珍しくありません。それどころか、在学中に子供を産む学生もいて、家庭と学業の両立をどうするかというのが先生たちの頭痛の種だったりするくらいです。
 結婚して夫婦一緒に暮らし始める学生もいれば、とりあえず籍だけ入れておいて実際の結婚生活は卒業後という学生もいます。どちらにしてもちゃんと結婚契約を交わしただけではだめで、親戚などを招待して結婚式を挙げなくてはいけないというのですから大変です。そこで、新婦〜あるいは新郎新婦双方〜が時間に余裕のある夏休みを利用して結婚式を挙げることになることが多いようです。最近は結婚のための準備や儀式も簡素化されてきているとはいえ、それでもいろいろと準備は大変なのです。

 日本でもイランでもあまり変わりがないかもと思うのは、「夏休み中に、復習をしようと思って教科書を持って帰省しましたけど、結局何もしませんでした」という学生がほとんどだったことです。自分のことを顧みればあまり偉そうなことは言えないのですが、勉強もしてね、と言ってみたいところです。
 さて、この夏休み、学生たちはどんな風に過ごしてくるのでしょうか。また、新学期最初の授業で報告をさせてみたいと思います。

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2006年 07月 28日 |
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 イランの人たちにとって一番の情報源は新聞とテレビでしょう。インターネットや衛星放送が普及してきているとはいえ、収入格差の激しいイランでは、まだまだ誰でも手にできるものではありません。

 新聞にしてもテレビにしても、イラン政府にとって都合の悪いことは絶対にふれることができませんが、それでも新聞によってはぎりぎりまで突っ込んでみたり、時には目測を誤って発禁処分を食らったりしています。もちろん、政府の御用新聞も多いのですが。

 朝、ダッケと呼ばれる一種のキヨスクで自分のごひいきの新聞を買い、通勤途中のバスや乗り合いタクシーの中で、あるいは仕事場で目を通し、情報を集めるというのがテヘランの朝の光景です。
 私も一応できるだけ毎日新聞を買うようにしているのですが、新聞を持ってバスに乗ったり大学へ行ったりすると、隣に座った人や大学の先生や学生が「ちょっと読ませて」と言ってきたりすることもしばしばです。

 イランでのもう一つの強力な情報源である「口コミ」と併せて、どれほど新聞情報の信憑性に信頼を置いているかはともかく、それでも、新聞もまだまだ情報源として大きな地位を占めているようなのです。

 もっとも、新聞を買う人の中には、新聞についてくる情報広告が目当てな人も多いですし、新聞を読み終わった後の(あるいは読む前に)クロスワードパズルが目当てなのでは?という人もいるような感じがするところもイランらしいところ。

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2006年 07月 26日 |
 日本の学校もそろそろほとんどの学校で夏休みに突入した頃と思います。

 子供たちにとって長期のお休みというのはうれしいもの。それもイランでは小学校では6月上旬には試験が終わり、そこから9月21日頃まで三ヶ月以上も夏休みが続くのですから、こんなに楽しいことはありません。

 子供たちがこの長い夏休みをどうやって過ごすかというといろいろです。
 特に何もせず、家でずっと過ごすという子供もいれば、夏休みに開講される各種のクラスに通ったりする子供もいます。

 夏休みになると、テヘランをはじめとする都市部では、夏休みの子供たちを対象とした様々な教室が開講されます。水泳をはじめとするスポーツのクラスや、英会話などの語学教室、美術教室に書道教室。イランらしいのがアラビア語とコーランのクラス。
 こうした教室のほとんどは有料ですので家計に余裕のある家庭でないと子供を通わせるのは大変だと思うのですが、公共機関などが開催するあまりお金のかからない教室などもあり、ここ数年、夏休み教室に通う子供たちの数は増えています。

 また、各世代の子供たちを対象にしたキャンプ(ペルシア語ではオルドゥー)などもたくさん開催されています。
 子供たちだけを集め、観光地近郊や自然の中で何日かを過ごすというもので、これもなかなかの人気のようです。たとえば、ハマダーンにあるアリー・サドルという鍾乳洞などはオルドゥーの子供たちでいっぱいで、洞窟の中へ入るまでに長時間の行列を覚悟しなくてはならないほどになります。

 家族で旅行をすることも。国内外の友人や親戚の家に遊びに行ったり、純粋に観光旅行だったり。経済状態が悪いと文句を言う人も多いですが、それでもいろいろな意味で余裕ができてきたのかイラン国内の観光地へ出かける家庭も増えています。
 宿代を節約するためなのか単純にそちらの方が好きというだけなのか判断がつきかねるのですが、テントとガスコンロを持参して自炊をしながら観光という家族もたくさん見かけます。イラン最大の観光地であるエスファハーンなどはそうしたキャンプ観光客に悩まされているのか、川沿いに広がる公園や駐車場のあちこちに「キャンプ禁止」「煮炊き禁止」の看板が出されています。
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   (自動車の屋根に毛布やら荷物をくくりつけて旅行に出発〜テヘランーエスファハーン街道沿いのガソリンスタンドで)

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   (キャンプ場状態の駐車場〜バンダル・アッバースで)


 両親の故郷への里帰りというのも。
 家族で村から町へと出てきたけど、村の家もそのまま残しておいて夏休みはそこで過ごすという家庭はたくさんあります。特に、大都市に近い村ではそういう傾向が強く、夏になると避暑と里帰りをかねてやってくる家族で村の人口が何倍にもなるというのはよく見られる光景になっています。
 町に仕事を持っているお父さんは週末ごとに村にやってきて、残りの家族は村で夏を過ごすというのですから楽しそうです。時にはお父さんも一ヶ月とか夏休みいっぱいを田舎で過ごすという家庭もあるそうで、いったいどんな仕事をしているのか不思議でなりません。
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   (川で水遊び中の子供たち〜ラール平原で)

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2006年 07月 24日 |
 友人の産んだ男の子。
 「男の子でうれしい!」と大喜び。「病院でも『かわいい』って、看護婦さんたちがみんな見に来ていたのよ」と息子自慢。洋の東西を問わず、やっぱり「自分の子が一番かわいい」のです。
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 先日のマルヤムちゃんもそうでしたけど、こちらの子供は生後10日くらいなのにもう顔立ちがしっかりしていて、日本人の子供とは随分と違います。
 でも逆に、日本人の子供はふっくらとして、いかにもこどもこどもしていて、イランの人たちには「かわいい〜〜」と人気者だったりします。ただ、日本の子供は割と人見知りが強いので、なかなかキスされてくれず、逃げたり泣き出したりということも多く、イランの人たちをがっかりさせることもあるようです。
 やっぱり、生まれてこの方たくさんの親戚などに囲まれて過ごすイランの赤ちゃんと、母親とばかり一緒いいることの多い日本の赤ちゃんの環境の差なのでしょうか。


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2006年 07月 23日 |
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 テヘランでは毎日ゴミの収集をしてくれます。夜8時から12時までの間にゴミを出すと朝までにはたいてい回収してくれますし、市の清掃人が道路の清掃をきちんとしてくれるので町は割ときれいです。

 ただ、どこにでもマナーのよくない人はいるもので、昼間もゴミを出す人はたくさんいます。

 そうすると、カラスやら猫やら、ゴミの中から金属やプラスチック製品を漁る人間やらがゴミ袋を破ってゴミをまき散らしてしまいます。

 そういう問題はありますが、野良猫にとっては毎日出るゴミはとてもうれしいもの。ご飯にあぶれることがありません。

 ということで、テヘランで猫の写真を撮ろうとすると、どうしてもゴミ袋と一緒に写ってしまうことが多くて、ちょっと悩みの種だったりするのです。フォトジェニックではないですよね。こういうのは。

ピンチ
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by sarasayajp | 2006-07-23 14:25 | いろいろ |
2006年 07月 20日 |
 先日の女の子は稼ぎ手にならないから、という言葉に関連して。

 イランでは男の子と女の子のどちらが喜ばれるのか。

 これは地域と世代によってずいぶんと違うようです。
 テヘランをはじめとする都市部の若い世代では、子供は一人か二人で男の子でも女の子でも構わない、と言う人も増えているようですが、地方ではやはり男の子が喜ばれる傾向があるようです。
 若い世代でも、女性は男の子の方がいいなあということが多いようです。私の友人の奥さんは、出産前の検診で赤ちゃんが女の子だと分かって、ショックのあまり三日くらい泣き暮らしていたそうですし、別な友人の場合は、子供が男の子で本当にうれしいと大喜びをしていました。
 これが古い価値観に基づいてのことなのかどうかは微妙な感じなのですが、もっと単純な理由のようにも感じます。日本人の知り合いの中にも、「正直なところ、男の子の方がかわいく感じる」というお母さんが何人かいましたから。

 お父さんはどうなのかというと、家のことを考えると男の子の方がいいけど、別に女の子でもいい、という人も多いようです。地方でも、バルーチェスターンなど一部地域を除けば、女の子でもちゃんと学校へ通わせて、家の中でも娘にべたべたのお父さんをよく見かけます。テヘランでは、「イラン人の男はろくでもないやつが多いから、娘は嫁にやらん」などというお父さんもいて、こういうところはイランも日本も大して変わらないようです。

 ただ、血統を大切にし、日本のような養子(含婿養子)制度はがないイスラーム社会ですから、家のことを考えたら男の子がいないといけないのでは?と思うのですが、女の子一人しかいなくても案外と平気そうだったりします。
 日本でもよく言う「女の子は家に着く」はイランでも結構当てはまり、週末には男の子が家族を連れて両親の家へ、というのも見られますが、テヘランなどでは女の子が自分の両親の家へ行くことの方が多いように見えます。というか、私の周囲ではこちらの方が圧倒的に多かったりします。家族のつながりが強いので、血のつながった「息子」でなくとも、「家族」であればお互いに助け合うことがあたりまえであり、それで十分なのでしょう。そうすると、別に男の子にこだわり過ぎる必要は低いのかもしれません。

 日本では少子化が問題になっていますが、イランの都市部に住む若い世代でも子供の数は一人から二人に減っています。農村部でも、アゼルバイジャンやバルーチェスターンをのぞくと子供の数は減少傾向を見せています。
 しかしこちらでは、人は結婚して子供ができて一人前、という考え方が根強く、子供は女の子一人で十分と考える人はいても、子供がいなくてもいい、という人はほとんど見られません。若い夫婦にとって、「子供ができない」というのは大変な悩みだったりするようです。もちろん結婚なんてしたくない、子供なんてほしくないという人もいるにはいますが、ごくごく少数派です。

 そうえいば、以前、アゼルバイジャンのある農村で、16歳の女の子と話をする機会がありました。彼女がこっそり悩みを打ち明けてくれました。
「結婚して2年も経つのに、まだ子供ができないのよ。どうしたらいいのかしら」
 私と友人は思わず顔を見合わせてしまいました。「うちらは30超えて子供がいないけど、どう答えたもんかねえ」「それ言ったら私なんか結婚もしていないけど」と日本語でこそこそと。
 彼女は14歳で結婚したとのことですから、このときまだ16歳です。私たちから見ると、そんなに焦って子供を作る必要があるの?です。
 でも、アゼルバイジャンの農村ではまだ、子供は多ければ多いほど良いと考えているかのようで、どこの家庭も子だくさんです。統計的には、イラン全体では出生率は急速な減少傾向にあるのですが、アゼルバイジャンとバルーチェスターンではその減少率は他地域に比べると緩やかです。

 コルデスターン州の農村部を調査したことがあったのですが、クルド人の村では子供は一家族に二三人だったのに、トルコ人の村に入ったとたん、子供の数が増え、村に子供しかいないのかと思うくらいに村の成人人口に対する子供の数が多くて驚いたことをよく覚えています。

 昔は「子供が生まれないこと」「男の子が生まれないこと」を理由に妻を離婚することもあったそうですが、現在はそういう離婚は減っているそうです。理由としては、子供がいないならいないなりの生活ができるようになってきたこと、不妊治療が進んできたこと、不妊の理由が女性にだけあるのではないことが明らかになったことなど、いろいろだそうです。

 地域や世代によって差はありますが、絶対に男の子がいなくてはいけないという意識は少しずつ変化しているようなのです。

インドでなくて良かった?
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by sarasayajp | 2006-07-20 18:34 | イラン人 |
2006年 07月 18日 |
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 だからどうした、と言われると困ってしまうのですが、イランの猫です。

 実は、これまでにイランの猫を見せて、というリクエストを何回かいただいていたのですができずにいました。イランの猫は人に対する警戒心が強く、なかなか写真を撮らせてくれないためになかなか良い写真が撮れないからです。

 これはホルモズ島の赤い土の採取場近くでのんびりしていた猫。


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by sarasayajp | 2006-07-18 18:25 | いろいろ |
2006年 07月 17日 |
 写真を整理していたら、ちょっとおもしろい写真を見つけました。
 自分が撮ったものなのですから「見つけた」というのはおかしいのですが、自分で撮ったことを忘れていた写真などはやはり「見つけた」というか「再発見」という気分です。

 まずはこの写真から。
 赤ちゃんです。まだ生まれて間もない女の子で、マルヤム(マリアのアラビア語での名前)ちゃんです。

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 イランだけではなくいろいろな国でも見られる習慣だそうですが、生まれたばかりの子供の足をぐるぐる巻きにします。
 都市部ではあまりやらなくなっていますが、地方ではまだこうした風習が残っているところも多いそうです。テヘランの病院で聞いたのですが、地方から出てきた家族・親族が子供の足をこうやって縛り、それを見つけた看護士がこれは体に良くないから外しましょうね、と外しても、看護士が目を離すとすぐにまた縛ってしまうこともあるそうです。
 こうすると足が早くまっすぐになるからだとのことですが、本当にそうなのかどうかはよく分かりません。

 マルヤムちゃんの腰のところに注意してください。
 結びつけられている緑の布は、家族の祈りが込められた布。聖者廟でいただいてきたバラカ(霊力)の籠もったありがたい布です。

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 マルヤムちゃんが寝かされているのはゆりかごの中。はえなどを避けるための蚊帳が張られているので少し見にくいですが、いろいろと飾りのようなものが下がっているのが見えると思います。
 これは飾りといえば飾りですが、全て護符です。小さなコーランが入ったケースや、悪を払うとされるエスファンド(ヘンルーダ、芸香)を詰めた小袋などです。

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 このエスファンドとコーランの入った小袋は、家の中に悪いものが入ってこないようにと玄関の上にも張られていました。

 マルヤムちゃんの家は、様々な理由から生活保護を受けていました。家族が多いために支給されるお金や物資だけでは足らず、お母さんとお姉さんが近所の人たちから羊や山羊などの家畜を預かり、世話をすることで家計の足しにしている状態でした。それも、一頭あたりの単価はそれほど高くなく、預かれる家畜の数にも限度があるためにたいした金額にはならないとのこと。
 そんな風に苦しい生活の中で生まれてきた子供ではありますが、それが稼ぎ手にならない女の子だったからといってがっかりすることもなく、ちゃんと育ってくれるようにと願い、できるだけのことをしていることがごくさりげなく見えて、なんだかほっとしたのでした。

 マルヤムちゃんの家のある村は、イラク国境がもうすぐ目の前に見える場所で、両国の監視塔があちこちに立っている緊張感漂う場所でした。イラン・イラク戦争中に村は破壊され、移動させられ、戦争が終わった後も復興からは取り残され、わずかな家畜によってしか収入が得られないような地域です。この村だけではなく、政府はイラクと国境を接するこの州にとても冷淡です。
 イスラームの大儀、ムスリムの団結を掲げて政府は「レバノン」のヒズボッラーに巨額の援助を行っていると言われています。それが本当なのか、またどのくらいの金額がヒズボッラーに流れているのか分かりませんが、そんなお金があるのなら、まず、「ムスリム」であり、「イラン人」である『同胞』を助けるべきだろうにと、イラン国内各地を調査したり旅行したりするたびに思わずにいられません。

 これまでにも何度か発してきた疑問ですが、改めて。
 自国民を幸せにしようとしない政府が、他国民を幸せにできるのでしょうか?そんなことが許されるのでしょうか。

 注 上の文章は、イラン国内に住むキリスト教徒をはじめとする非ムスリムは助ける必要がないという意味では決してありません。あくまで、政府が「ムスリムの援助」を錦の御旗に掲げるのなら、こうあるべきでは?という意味でしかないことをお断りしておきます。

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by sarasayajp | 2006-07-17 13:01 | イラン人 |
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