イランという国で
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2006年 03月 30日 |
 またまたノウルーズに関する話題から。

 以前、お話ししたことがある干支ですが、これについてももう少し知りたいという方がいらっしゃいましたので、今回は干支の話から。

 一年に一つの動物を割り当て、12年で一周させるという干支の概念がイランに入ってきたのは、モンゴル人がイランを占領していた13世紀以後のことだそうです。
 十二支の順番は日本で使われている干支と同じですが、「辰」が「鰐」に変わっているところが違っています。イランにも「竜」を表す単語はありますし、物語などに竜は登場しますが、イランでは西洋のように竜は人間に退治される存在であり、悪を象徴するために避けられたのかな?と思われます。

 日本でも、「丙午に生まれた女性は~」など、干支によってその年の吉凶を占ったり、その年に生まれた人の性質をあれこれ言ったりしますが、イランでもそういうことは行われていたようです。今はあまり聞きませんが、お年寄りなどに聞いてみるとそういう言い方もしていたとのことです。

 悪いことが起こる年と見なされていたのが、ネズミやヒョウ、ヘビの年だそうです。
 良いことが起こる年と見なされていたのが、羊や牛の年だそう。

 例えば、ヘビの年は厳しく、困難に満ちた年であり、支配者が圧政を行い、民が苦しむ年なのだそうです。そのため、人々はこの一年、大変な苦労をして、ヘビのように自分の皮を脱ぎ捨てることになるだろうというのだそうです。

 また、ネズミの年には、盗人が多くなり、策略や欺瞞、偽善が広まるそうです。
 イノシシの年には、道徳的な堕落が広まり、家族の間には対立が起こると言われていたそうです。

 逆に、未の年と丑の年には良いことが多く、水が豊富なために豊作となると考えられていたそうです。

 戌年がどんな年になるのか、うっかり聞き損ね、調べ損ねてしまったのですが、良い年になることを願っています。
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by sarasayajp | 2006-03-30 14:51 | いろいろ |
2006年 03月 28日 |
 ノウルーズのハフト・スィーンについて、何人かの方からご質問をいただきました。
 しかしながら、私自身、昨年おおざっぱに説明はしたとはいえ、分かっているような分かっていないような部分もあって、どうしたものかと困ってしまいました。そこでちょうど家にあった、イランで出版されたノウルーズに関する概説書から、ノウルーズのハフト・スィーンのソフレについて書かれた部分を翻訳してみました。



 年が明ける時にノウルーズのハーン(=お盆 ※1)あるいはソフレ(=食布 ※2)を広げることと、七種類の色々な食べ物を選んでソフレに並べることは、ノウルーズの特別な慣習の一つである。
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   これは↑お盆に入ったハフト・スィーン

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   こちら↑はソフレの上に置かれたハフト・スィーン


 ダメシュキーはサーサーン朝時代(A.D.262-651年)のノウルーズの慣習について次のように書いている。
「ノウルーズの夜明けに、一人が銀のお盆を持って王のノウルーズの宴の場へと入って行った。その盆には、小麦、大麦、空豆、やはずえんどう(別名カラスノエンドウ)、ゴマ、米をそれぞれ七房あるいは七粒、そしてまた砂糖のかけら、金貨、銀貨が置かれていた。そしてそれを王の御前に置いていたのである。」


 今日、ノウルーズのソフレの上に置かれる七種の食べ物は、イラン各地の社会、文化、地理的な情況によって異なっている。新しい年を迎えるに当たって、イランの多くの地域では、「ハフト・スィーン(=七つのスィーン ※3)のソフレ」が広げられ、スィーンを頭文字に持つ七種類の食べ物~スィーブ( سیب sib=りんご)、センジェド( سینجد senjed=ななかまど)、サマヌー( سمنو samanu=麦焦がしのようなお菓子)、セルケ( سرکه serke=酢)、ソマーグ( سماق somaq=スーマックあるいはソマックの実の粉末)、ソンボル( سنبل sonbol=小麦の穂あるいはヒヤシンス)、スィール( سیر sir=にんにく)、スィヤーフダーネ( سیاه دانه siyah-dane=くろたねそう)など~がその上に並べられる。
 ファールス州やホラーサーン地方の村の一部では、「ハフト・ミーム(=七つのミーム ※4)のソフレ」あるいは「ハフト・シーン(=七つのシーン ※5)のソフレ」が広げられる。


 一部では、「スィーン」は「スィーニー(=お盆 ※6)」という単語の省略形であると考えられ、次のように述べられている。
「古い時代、大地から獲れる新鮮な、あるいは乾燥させた食べ物を七つのスィーニーあるいは七つの銅の大盆の上に並べ、ノウルーズに王の御前に持っていった。この食べ物の一つ一つはイランの大地から収穫されたものであった。」


 また次のようにも言われている。
「ゾロアスター教における七大天使(便宜上こう訳しておく ※7)であるアムシャスパンダが、ファルヴァルデガーン(エスファンド月の26日からファルヴァルディーン月の5日まで ※8)に天界から降りてきて、人々はアムシャスパンダたちのため、地上のごちそうの七つの盆を用意した。」
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   ゾロアスター教徒の集会の様子


 明らかに、ノウルーズにソフレを広げ、七種類の食べ物をその上に並べることは古い慣習の名残であり、七という数も、ゾロアスター教の七体の天使の比喩である。イランのゾロアスター教徒はノウルーズの盆を三つのスィーニーで~それぞれに七種類のお菓子、新鮮な果物、乾果が乗せてある~によって、七体のアムシャスパンダのしるしに飾り付けていた。そして、アムシャスパンダたちはファルヴァルデガーンになると天界から地上へと降り、ノウルーズのハーンの傍らに人々と共に座ると信じている。
 ノウルーズのソフレの上には七種類の食べ物の他に、鏡、チューリップ、ろうそく、コーラン(ムスリムのソフレの場合)、アヴェスター(ゾロアスター教徒のソフレの場合)、水を満たした鉢~緑の葉、柘植、だいだいが入れてある~、金魚の入った鉢、水仙とヒヤシンス、色を塗り、絵を描いた卵、サンギャクあるいはタフトゥーン、サブズィー・ポロウのクークー(イラン風オムレツ)と魚のフライ添え、銀貨~一般的にはサーヘベ・ザマーン(12代目イマーム・マフディーのこと)の硬貨~色のついたエスファンド(ヘンルーダ)、牛乳、ヨーグルト、バター、サブズィー・ホルダン(ハーブのサラダ)、お菓子が置かれる。これら一つ一つがイランの文化においては象徴的な意味合いを持っている。
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 ハフト・スィーンのソフレに置くためのヒヤシンスやチューリップ

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 バーザールで売られているハフト・スィーンのセットなど

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 サマヌーを売るおじさん


 ノウルーズのソフレは、家族が集まり、その周りを囲んで座ることに大変に大きな役割と重要性がある。
 イラン人はたとえどこにいようと、年が変わる前に家に帰り、両親をはじめとする家族と一緒にノウルーズのソフレを囲もうと努力する。人々は、もし年が変わるときに家にいて、ソフレを囲むことができなかったなら、その人はその年の終わりまで家や家族から遠く離れ、さすらうことになるだろうと考えている。
 全体的に、ノウルーズのソフレは、家族のつながりを作り出すことに大きな役割を演じているのである。



※1 ハーンというのは大きなお盆のこと。これ↓。
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※2 ソフレとは、食事の時に広げる布のこと。現在はビニール製が多い。イランではもともと、床に座る生活であり、食事の時には床に布を広げ、そこに食事を並べ、食事を取っていた。この時に広げられる布がソフレ。これ↓。絨毯の上に広げられているもの。
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※3 ペルシア語アルファベットの第15番目の文字。س 音価はS
※4 ペルシア語アルファベットの第28番目の文字。م 音価はM
※5 ペルシア語アルファベットの第16番目の文字。ش 音価はSH
※6 普通に使うサイズのお盆。
※7 「不滅の聖性」とも訳される。スプンタマンユ(聖なる霊)は神アフラマズダによる世界創造と大きな関連を持ち、創造を概念化したもの。ウォフマナフ(善思)はアフラマズダの言葉を人々に伝え、人々の行為の善悪を記録する。アシャ(天則あるいは正義)は行為の善悪に基づく来世での応報を象徴する。アールマティ(敬虔)は女性であり、教えへの経験や献身を意味した。クシャスラ(王国)はアフラマズダの統治力を概念化したものである。ハルワタート(完全)とアムルタート(不滅)は女性であり、相互に密接な関係を持ち、アフラマズダの完全なる王国の永遠性を意味した。
※8 ファルヴァルデガーンについては説明が複雑になるので、また場を改めて、イランで使われている暦の説明と一緒に説明する。ここでは、この期間であるとだけ理解しておいて欲しい。エスファンド月とファルヴァルディーン月についてはこちらを参照のこと。




 とのことですが、おわかりいただけましたでしょうか?

 まあ、要するに、イスラームがイランに入ってくる以前からの古い習慣であることは間違いないし、ゾロアスター教と密接な関わりを持っていた慣習であることも間違いないのだけども、どうして「スィーン(S)」なのかはよく分からない、ということのようです。

 ゾロアスター教の思想やカレンダーなどの説明もするととんでもなく長くなってしまうので、今回は割愛しました。今度また機会を見つけて詳しく説明できたらと思います。
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by sarasayajp | 2006-03-28 12:46 | いろいろ |
2006年 03月 25日 |
 テヘランのお正月の料理と言えば、サブズィーポロウ・ヴァ・マーヒー(ハーブの炊き込みご飯と魚のフライ)。

 どうしてこの組み合わせなのか分かりませんが、テヘランではとにかく正月の食事はこれで決まり、なようです。

 ご飯に炊き込むハーブは、ディル。魚は、マーヒー・セフィード(白魚の意味)というカスピ海で獲れる白身の魚。骨が鋭いので、慎重に骨を取らないと危険。

 料理の写真が見つからないので、原料の魚屋を。
 カスピ海とペルシア湾両方の魚があるよ、と書いてあるのですが、実際に置いてあるのは全部カスピ海と養殖の魚。
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 イラン、特に海岸沿いではない内陸部では、魚はたいてい鳥屋で売られています。恐らく「白身の肉」ということで同じ店で扱うのではないかと思うのですが、なんとなく不思議な感じです。
 ちなみに、「赤身の肉」である羊と牛肉は同じ店で扱っていますし、時に鶏肉もおいてあったりします。

 キャビール(荒野)の広がる地方では、魚が手に入りにくいので、正月にも普段と変わらない料理を食べるそうです。一番よく食べられるのは、ゴルメ・サブズィー(ハーブのシチュー)だそうですが、水が少ない地方では、ご飯料理を食べることが一種の贅沢だったのでしょう。

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 サブズィー・ポロウの写真が見つかったので、ご紹介します。
 上に乗っているのはサフランご飯。脇に置かれているのはターディーグと呼ばれるお焦げ。
 残念ながら、写真に写っているのはマーヒー・セフィードのフライではなく、ゲゼララ(ニジマス)のフライ。
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2006年 03月 21日 |
سال نو مبارک باد

آغاز سال نو تبریک می گویم

امیدوارم که سالهای خوش در پیش داشته باشد




 (あけましておめでとうございます。
 一年のはじまりに際し祝福を申し上げます。
 これからも良い年でありますよう願っております。)

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 上はハフト・スィーンをあしらったノウルーズ・カード。(ハフト・スィーンについてはこちらをご参照下さい)

 イラン暦1385年の始まりです。
 今年もまた一年、よろしくお願い致します。

 毎年思うのですが、春分の日、花咲く暖かなこの日に一年が始まるというのは心楽しく、いいものです。

 すべての人にとって、この一年が明るく、希望に満ちたものでありますように。
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2006年 03月 20日 |
 イラン暦12月に入ると、あちこちでノウルーズ(=正月)のお供え物(?)が売り出され始めます。

 店先に出された金魚の桶を見ると、「ああ、ノウルーズが来るんだなあ」と実感します。

 私は一人暮らしですし、ノウルーズの間は家にいないことも多いので、自分でこうした飾りを買うことはないのですが、それでも何となくうきうきとした気持ちになってしまいます。

 昨年もお話しした通り、イランのノウルーズは、暦場の日付が変わった日、つまり夜中の0時ではなく、また、中東全体にそうであるように日没でもなく、地球が春分点を通過した時間に新しい年がやってきます。
 イラン暦1385年は、西暦で言うと2006年の3月21日の03時25分(日本時間)に始まります。
イラン時間だと、3月20日の9時55分です。

 色々と問題を抱えてはいますが、良い一年になりますように!

 ということで、正月の金魚です。
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by sarasayajp | 2006-03-20 11:58 | いろいろ |
2006年 03月 19日 |
 エルサレムのらくだのさんとのコラボ・ブログ「こらぼ さらくだ」の文化日記のほうに、テヘランとエルサレムのお魚事情をアップしました。コメントも待ってます~。

 「テヘランとエルサレムの魚と水」からどうぞ。
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by sarasayajp | 2006-03-19 14:54 | いろいろ |
2006年 03月 18日 |
 イランも正月まであと少し。

 いろいろなことがあった一年だったので、何を思い出しても、「ああ、これって今年のことだったんだっけ?」と、なんだか遠い日の出来事のようになっています。

 いいことも悪いこともそこそこにあった一年でしたけど、充実した一年でもあったのだと思います。来年はどんな一年になることやら、楽しみであり心配であり。

 これまで何となく書き続けていたこのブログを訪れてくださった皆様にはとても感謝をしています。特にこのところ、更新がなかなかできなかったのに、毎日のようにアクセスしてくださっていた方も多かったようで、本当に済みませんでした。
 コメントやメールをくださったのになかなかお返事ができなかったり、ブログやHPをあまり訪れることができず、申し訳ありませんでした。

 皆様には心から感謝をしています。どうもありがとうございました。
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by sarasayajp | 2006-03-18 14:08 | いろいろ |
2006年 03月 17日 |
 今年も無事に(?)チャハールシャンベ・スーリーも終わり、あとはノウルーズ(イラン正月)を迎えるだけです。

 この土曜日から木曜日までの週が、今年の授業の最終週だったのですが、学生はほとんど大学へ来ませんでした。
 地方からの学生は帰省をし、テヘランの学生はどうして来なかったのやら分かりませんが、まあ、そんな感じでした。
 しかし、先生方は、教務課から厳しく言われているので大学に来ないわけにはいきません。学生が来ないことが分かっている教室で空しくぼ~~~っとしていなくてはいけないというのはなかなか大変です。

 私自身、学生時代は授業を良くさぼりましたし、一刻も早く帰省したいという学生の気持ちも分からないではありませんし、それほど文句を言うつもりもありません。
 しかし、今年、気になる話を聞きました。

 地方から来ている学生たちが、少しでも早く帰省をするために、最終週の授業には出席しないことにしました。
 ここまではよくある話です。
 しかし、自分たちだけが欠席扱いにされて、成績をつける時にマイナスになるのは嫌だからと、テヘラン在住の学生たちが自分たちがいない時に抜け駆けをして授業に出席しないようにと圧力をかけ、それでもまだ心配でクラス全員のサイン入りの念書まで作成していたというのです。

 これはちょっとどうかと思わずにいられません。

 早く帰省をしたいというのは彼らの勝手です。授業に出席して出席点を稼ぐことよりも早く帰省することを選んだのは彼ら自身です。その勝手にテヘラン在住の学生を巻き込むのどうなのでしょうか?

 自分の行動に責任を持つというのは大人として知っておくべき事柄だろうにと、一年の最後の締めくくりにふさわしくないため息が出てしまったのでした。

 イランに限らず日本でも、あるいは世界中どこでもこんな感じなのでしょうか?
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2006年 03月 15日 |
 先日UPし忘れた春の光景。

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 日本にもありそうな光景。

 イランは砂漠の国だと思っている人も多いだろうが、実はこんな風に日本と同じような四季を持っていて、その空気のためか、日本以上に鮮やかな光景になる。
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by sarasayajp | 2006-03-15 19:07 | いろいろ |
2006年 03月 12日 |
 テヘランをはじめ、イラン各地はそろそろ春の匂いが漂い始めています。

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 泉の湧く水辺のスミレ。
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 ビヤーバーン(荒野)に咲いた花。
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 標高二千メートルを超える村で。まだつぼみがようやくふくらみかけたところ。
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 そこから300メートルほど標高が下がるともう満開。果樹園の中で。甘い花の香りが満ちていて、とても幸せな気分。
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 甘い香りが空気や地面にしみこんでいるよう。
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by sarasayajp | 2006-03-12 20:24 | いろいろ |
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