イランという国で
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2005年 12月 30日 |
 カーシャーンでの仕事中に感じたことの一つが、当たり前のことかもしれませんが「方言は難しい」ということでした。

 私が比較的分かる方言あるいは訛りは二つだけ。エスファハーン方言と、アーザリー訛りだけです。エスファハーン方言はイントネーションの位置が変わるのがテヘラン方言との大きな違いで、使われている言葉そのものはそれほど大きく違わないのでこれは比較的分かりやすく、アーザリー(トルコ語)訛りは、テヘランにアーザリー系の人が沢山いるために聞き慣れているのですが、それ以外の方言となると、私にとってはなかなか大変です。

 会う人会う人、カーシャーン訛りで、こちらは内心悲鳴を上げながらの取材でした。エスファハーン州の一部ではありますが、エスファハーン訛りとは随分違うので、何を言われたのか分からないこともしばしばでした。

 そうして気がついたのですが、女性たちの話の方がたとえ方言で話されても分かりやすいのです。

 おばさんたちは、私が彼女たちの話を理解しているかいないか、そんなことはお構いなしに容赦なく話しかけてきます。しかし、そういう話し方の方がかえって分かりやすいこともあるのです。
 カーシャーン訛りといってもペルシア語です。私が普段話しているテヘラン方言ととんでもなくかけ離れているわけではありません。彼女たちの話の中に出てくる分かる言葉をつないでいけば、何を言っているかちゃんと分かるのです。それに、女性たちが私に聞きたいこともテヘランの女性たちとそう違うわけではありませんから、なおのこと想像は容易です。
「え?ごめん、もう一度」
 などと言いながらも、結構会話が弾みます。

 ところが、男性たちは、外国人なんだから易しく話してやらなきゃ、何かそれなりの話題を探さなきゃ、と思うのか、話題が唐突だったり、言葉が端的すぎて分からないことがあったりします。

「日本、こども、何人?」

 突然こう聞かれても、単語の一つ一つは意味が分かっても、何を聞きたいのか分かりません。
 日本の総人口に占める子どもの割合なのか、一つの家族に子どもが何人いるかということなのか、はたまたもっと別な意味があるのかと、いくつもの答えのパターンが頭に浮かびます。

 これはカーシャーンの人に限らず、どこでも言われるのことなのですが、上のような状態で、どう答えたらいいのかと一瞬でも言葉に詰まった時に、「理解してないよ」とはっきり言葉に出して言う人が多いのはやめて欲しいなあと思います。そっちの質問の仕方だって良くないのに、ちょっと失礼ではないかい?とちょとばかしむっとしてしまうのです。

 こんな時、言葉って本当に難しいなあとしみじみしてしまうのでした。
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by sarasayajp | 2005-12-30 19:10 | いろいろ |
2005年 12月 29日 |
 イランの下町の小路で見つけた木地屋。

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 店先にずらりと並んでいたのはズールハーネ(イラン古式体操)で使うミール。二つで一セットなのだけど、微妙に大きさが違うように見えるところがイランらしいところ。

 この他にも、水煙草のパイプの吸い口などや、トンバック(太鼓)など、ろくろをひいて作るものが並んでいる。

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 こちらは飾り用のミニ・ミールと水煙草のパイプ。
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2005年 12月 28日 |
 このところすっかり更新をさぼりっぱなしの「こらぼ さらくだ」ですが、心機一転、引っ越しをして出直すことになりました。

 できるだけ定期的な更新を目指していこうと思っておりますので、ユダヤとイスラームにご興味のある方は、こちらにもどうぞいらしてください。

 「こらぼ さらくだ」

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by sarasayajp | 2005-12-28 01:24 | お知らせ |
2005年 12月 27日 |
 絨毯に関するものを扱う商店から。

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 こちらはデザイン画を売っている店。
 店頭に並んでいるのは、カーシャーンの伝統的な模様ではなく、最近の流行の、「アッラー」とかカアバ神殿の絵とか、そういったもの。
 さすがは絨毯の国イラン。写真をスキャンして、ラジ(絨毯の目のつまり方の単位)を入力すると、絨毯用のデザイン画が自動的にできるというソフトが存在しているという。そのため、西洋の絵画や、写真を使ったデザインの絨毯が最近は多く見られる。

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 絨毯用の毛糸屋の奥にある小部屋では、おじさんたちが熱心に話し込んでいる。

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 絨毯屋。
 一般の人も家庭で使う絨毯を買い求めに来るが、他の都市の絨毯商人が買い付けに来ることも多いとのこと。
 下の写真は、テヘランの絨毯商がお客の注文に沿った絨毯を物色中。
 ぱっと見はどれも似た感じの模様だが、よく見ると色合いやパターンが違っている。一枚一枚模様や織りの具合をじっくりとチェック。
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by sarasayajp | 2005-12-27 21:35 | いろいろ |
2005年 12月 26日 |
 イランの輸出総額の上位を占めるのが、石油、絨毯、ピスタチオだと言われるくらい、イランの絨毯は世界中で有名です。

 「ペルシア絨毯=高級品」というイメージが強い絨毯ですが、その品質を支えているのはイランの女性たちです。
 女性たちが母から娘へと伝えてきた模様と技術が世界中で認められ、ペルシア絨毯愛好家を増やしてきました。
 最近、中国やパキスタンがイランの絨毯の模様をコピーして、安い人件費と品質を落とすことで安い「ペルシア絨毯もどき」を大量生産し、輸出していることから、イランの絨毯商人は打撃を受けつつあります。

 女性たちの家内作業とはいえ、パキスタンや中国に比べれば物価も高いイランでは、材料費や人件費がそれなりにかさみ、どうしても価格競争では負けてしまいます。
 家計の助けに、娘の嫁入り道具にと、女性たちの様々な思いがこもった絨毯が、一枚でも多く売れてくれたらなあと願わずにいられません。

 以前は糸つむぎから織りまで家庭の中で行っていたそうですが、今は地域の一大産業です。様々な過程の作業に関わる人の多さにはびっくりするくらいです。

 カーシャーンの絨毯についてご紹介してみましょう。

 羊の毛を洗って糸にする過程は、今回は時季はずれだったので見られませんでした。

 羊の毛から作った毛糸を洗って、染色。
 昔は全て天然染料を使っていましたが、現在は化学染料が主流。天然染料は手間がかかるので、色は美しいのですがどうしても値段が高くなってしまいます。

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 染色作業場の様子。

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 こちらは染め上がった毛糸の見本。
 染め上がった毛糸は毛糸屋へ運ばれる。

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 絨毯を織る人は毛糸屋へと糸を求めにやってくる。
 はかりの上の毛糸は約12.5キロ。一キロ大体780円くらい。
 6平米の絨毯を織るのに、約50キロの毛糸を必要とするとのこと。そして、毛足の長さをそろえるために刈り込んだりするので、実際の重さは三分の一くらいになるとか。絨毯とは何と贅沢な織物なのか!と思わず慨嘆。

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 これは絨毯のデザイン画。
 細かい升目の上に描かれた模様は、この地方の伝統的なもの。
 女性たちはこれを見ながら一目一目絨毯を織り上げていく。ベテランになると、こうしたデザイン画を見なくとも織れてしまう。

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 織りが進むに連れて、女性たちが座る台も高くなっていく。
 一番下の写真の絨毯は、約5ヶ月ほど織り続けているものだとか。ノウルーズ(3月下旬)までには仕上げたいとのこと。

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 織り上がった絨毯は工房へ集められ、最後の仕上げを。
 石を使って絨毯の表面をこすり、余計な毛羽、ゴミを払い出す。
 そして絨毯の端の房を整え、ゴムの滑り止めを縫いつけて、絨毯屋へと出荷されていきます。
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by sarasayajp | 2005-12-26 20:59 | いろいろ |
2005年 12月 25日 |
 二泊三日でちょっとした仕事のために、カーシャーンというキャビール(沙漠・土漠)の中の町へ行ってきました。
 本当ならもう少し早い時期に行くはずが、ヴィザ延長のトラブルで延び延びになっていて、結局、日が一番短いこの時期になってしまいました。

 お目当ては、カーシャーン名産の絨毯を織る女性たちに会って取材をすること。

 テヘランの大バーザール内に店を構えているカーシャーン出身の絨毯商の知人から、カーシャーンのバーザール内に店を構える絨毯商を紹介してもらってあったので、ヴィザの更新とは違って、取材はとんとんととてもスムーズに済みました。やっぱりコネ社会。それと同郷の同業者のネットワークの緊密さも。先日もしみじみ思いましたけど、知り合いはあちこちに作っておかないと仕事ができない国だなあと改めて思ったのでした。

 カーシャーンの絨毯は、有名なエスファハーンやタブリーズの絨毯とは違って、家庭で普段使いするちょっと安めのものが主だそうです。ちょっと太めの毛糸で、その分毛足も少し長め。クリーム色や茶色、青が多く使われていて、デザインも日本人好みではないかと思います。もちろん、コルクと呼ばれる細い毛糸(羊の首の部分の毛から取られる毛糸)を使った高級品も作られていますが、主流は太めの毛糸。

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 取材そのものがあまりに早く終わったので、カーシャーンと近郊をぶらぶらしようと思っていたのに、冬至が過ぎて冬の三ヶ月間に入った途端、雨雨雨。「日本から雨を持ってきてくれたね」などと喜ばれてしまいましたが、私が来たのはテヘランからなんだけどなあと、思わず内心の声。まあ、カーシャーンは何度か来たことがあるのでいいのですけど。

 テヘランへ戻ってみたら、テヘランでも雨が降ったようですし、山の方では雪になり、街道が閉鎖されたりチェーン規制が出ているところもあるとか。冬の月に入った途端冬が来たなあと、イランの暦にはちょっとびっくりなのでした。

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2005年 12月 22日 |
 先生業を始めて約四ヶ月。
 日本語を教えるという慣れない仕事に苦労しながらも、それなりに楽しく過ごしています。

 私が担当している二クラスの片方は四年生で、卒業間近なため、ちょっと日本語に対して投げやりになっています。理由は単純で、「どうせ勉強したところで仕事がないから」です。
 これは全くその通りで、日本企業ではまずほとんど仕事はないですし、イランの外務省や石油関連企業も毎年そんなに沢山の採用があるわけでなし。
 成績の良い学生は日本へ留学するチャンスもあるけど、これも一人か二人。
 日本語と関係ない仕事も、若年人口の多さ故に競争率は高く、また強力なコネ社会故にコネがなければ就職は難しい。

 投げやりになるなという方が無理かもしれません。

 もう片方は二年生で、こちらはまだやる気満々で、将来は日本語の先生になりたいです、と希望に満ちあふれています。
 実際、このクラスは良くできる子が多くて、日本語を勉強し始めて二年とは思えないくらいのレベルです。日本語しか使わない私の授業をほぼ理解できているのですからびっくりです。
 彼らが卒業する時に、諦めムードが漂うようなことがないと良いなあと願わずにいられません。


 テヘラン大学の外国語学部には、現在、東アジアの言語は日本語だけです。ハングル語が第二外国語として最近始まり、中国語学科を作るために中国が働きかけをしているところだとか。

 つい先日も、中国が外国語学部長を招待し、接待とおみやげ攻撃で、中国語学科設立のためにかなり強力に働きかけをしていたようで、イラン人の先生方の間で噂になっていたそうです。

 それからびっくりなのがハングル語です。
 在テヘラン韓国大使館が資金を出して、「ハングル語を三期連続で履修した人には報奨金を出す」という作戦で、ハングル語普及に向けての運動をしているとか。どうりで第二外国語でハングル語を選択している学生が多いと思いました。

 ともかく、中国も韓国もなんだかすごいパワーです。
 両国とも、経済的にもイランへの進出が著しい国ですし、このままだと、「日本語なんて何の役にも立たないわ。やっぱり中国語かハングルよね」となり、大学でも経済界でも、この二カ国に追い抜かれちゃうのかなあなどと感じてしまったのでした。
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2005年 12月 21日 |
 気がつくともうシャベ・ヤルダー(冬至)が。

 シャベ・ヤルダーの詳しい説明はこちらを参照して下さい。

 一年で一番長い夜を、家族が集まって楽しく過ごすこの日、夜にそなえて沢山の買い物をする人が目立ちます。
 一番目立つのは、八百屋とナッツ屋(あるいはお菓子屋)。

 シャベ・ヤルダーに欠かせないのはスイカとざくろ。それから、ナッツ類。この日のために保存されていたスイカの出番です。

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 どうして冬至にスイカなのかは諸説紛々としていてよく分かりませんが、とにかく、スイカがなくてはシャベ・ヤルダーではありません。

 それから盛りの終わりにさしかかっているざくろ。イラン原産といわれるざくろは、日本のものよりずっと大きくて甘く、おいしいです。ざくろの実を割って、粒をほぐして、薔薇水を少し振りかけて食べるのがこの日の食べ方のよう。他の日に誰かの家におじゃましても薔薇水がかかってきたことがないのでそう思っているのですが、もしかすると違うかもしれません。

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 そしてもう一つ欠かせないのがナッツ類。

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 所々に見える白いものは、バッスローグというお菓子。クルミが入ったグミというかういろうというかそんな感じのもの。この他にも、カボチャやスイカの種なども。

 例年なら友だちの家で過ごすこの日、私は残念ながら仕事で外出です。

 ちょっと寂しいので、写真だけでもシャベ・ヤルダーの気分を味わってみました。

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2005年 12月 20日 |
 ご心配をおかけしていたパスポートとヴィザですが、この一ヶ月の苦労は何だったんだ!?というあっけない結末でした。

 私の知り合いに、既に退職していますが、以前、ヴィザオフィスで働いていた人がいました。この人が、私のことを心配して、以前の知り合いに電話をしてくれたら、何と、15分で片が付きました。

 この書類が間違えている、あの書類が間違えている、だとかなんだとか、書類がどこにあるか分からないだとか、明日来いとか電話しろとか、あれこれ言われてなかなかパスポートが返ってこなかったのに、電話をしてもらった日にオフィスへ行ったら、「そこで待っていなさい」で、15分後には「はい、どうぞ」です。

 これまで、ぶつぶつと文句を言いながらも、学生であったことから、比較的真面目に「正規の」手段で様々な手続きを行ってきて、それでも割とどうにかなってきたのですが、そうしたことがなんだかばかばかしくなった瞬間でした。
 人間はこうして堕落していくんだなあ、とぼやいて、友人に大笑いされたのでした。「イランが変わらない理由がよく分かったでしょ?」だそうです。
「そうだね、友だちはあちこちに沢山作っておかないといけないということがよく分かったよ」と言い返して、また大笑いされてしまったのでした。

 イランの人は、一二度会っただけの人でもすぐに「友だち」と言いますが、こんな社会では無理もないのかなあと思ったのでした。


 そういえば、この騒ぎの最中に、全てのイラン人の友人や知り合いから言われたのが、「どうして日本大使館は助けてくれないの?」でした。
 私は日本大使館以外の事情は知らないのですが、日本以外の大使館では、普通、ヴィザ取得のためやその他パスポート関連のトラブルが起こった時に助けてくれるものなのでしょうか?
 日本大使館を頼るというのは、ちらとも考えたことがなかったので、イラン人のこの言葉には随分と違和感を感じてしまったのでした。
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by sarasayajp | 2005-12-20 12:54 | イラン人 |
2005年 12月 19日 |
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 なんだか気分がすっきりしない時は、おいしいものでも食べて元気を出そう。

 写真はアクバル・ジュージェ。

 ひな鳥の半身をフライパンでじっくりとあげ、かりかりのところへざくろのペーストをつけながら食べるもの。
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