イランという国で
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2005年 06月 30日 |
 ご心配をおかけして申し訳ありません。
 体調が良くないというのを口実に、毎日、ひたすら惰眠をむさぼっています。我ながらよくこれだけ眠れるなあと思うほどです。

 毎日寝てばかりなのでネタがありません。今日のカレンダーでも、と思っても、革命関連の話ばかりでいつも以上におもしろくないことが確実なのと、この体調でそういうことを書く気分になれないというのでこれもパス。

 さてどうしたものかとイラン各地の写真入りカレンダーを睨んでいて思いついたのですが、イラン観光案内でもいかがでしょうか?ガイドブックもホームページも世には沢山溢れていますので、私が案内をすることもないかと思わないでもないのですが、おつきあいいただけましたなら幸いです。


 まずはイランのシンボル、ダマーヴァンド山からご紹介してみましょう。こちらの写真がイランの最高峰であり、シンボルであるダマーヴァンド山です。イランの1万リヤール札の裏に印刷されているのもこの山です。(1万リヤール札が手元にないので写真はまた後で)

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 標高は5671メートル(ガイドブックなどによっては5601メートルとなっているようですが、イランの地理ガイドなどでは5671メートル)。長く裾野を引いた美しい山です。
 テヘランの東北部に位置し、以前はテヘラン市内からもよく見えたそうですが、今ではほとんど見えなくなってしまいました。今やテヘランの大気汚染バロメーターで、自動車通りが減る金曜日、あるいは雨風により汚染物質が流された翌日などしか見えないのは何とも悲しいことです。
 テヘランからハラーズ街道を通ってカスピ海岸へ抜ける時に、上の写真のような姿を見ることができます。それと、昼間のフライトでテヘランから東を通るルートですと上空からきれいな姿を見ることができます。イラン・エアの日本便は残念ながら往復とも夜のため、ダマーヴァンド山を見ることができません。

 シーズンになると日本をはじめとする各国からも登山グループがやってくるそうですが、案内人がいれば登山初心者でも比較的容易に頂上まで登れるそうです。6~9月のシーズン中の気候は安定していますが、残雪がかなり残っていますから装備はきちんとしないと危険だそうですので、登山にいらっしゃる方はそれなりの支度をしていらして下さい。ちなみに私は根性なしなので、いつも遠くから眺めるだけです。

 ダマーヴァンド山はイランの神話にも登場しています。
 神話時代、イランに圧政を敷いたザッハークという悪魔に魅入られた王が、フェリードゥーンという勇者に捕らえられ、幽閉されたのがダマーヴァンド山の地下であると言われています。これが日本だったら、「ザッハークが暴れると地震が起こる」と言うのでしょうが、どうやらイランではあまりそういう言い伝えめいた話はないようです。

 日本では、という話で思い出したのですが、在テヘラン日本人駐在員やその家族の間ではダマーヴァンド山のことを「テヘラン富士」と言うそうです。確かに広く山裾を引いた姿は似ているかもしれませんが、どうしてそういう言い方をしなくてはならないのか、富士山よりも標高も高いダマーヴァンド山に悪いじゃないか、と、私の中の意地悪な部分がちょっと反発を覚える呼び方です。
 実際、日本に良くある「○○富士」や「小京都」という呼び方は、まるでその山や町がそのままでは価値がないかのようであまり好きではありません。富士山は富士山、ダマーヴァンド山はダマーヴァンド山、じゃあ駄目なのでしょうか。

 ダマーヴァンド山は富士山と同じく火山です。そのため、山裾の各地で温泉が湧いているそうです。しかし、残念ながらイランの人は日本人ほど温泉好きではないため、そのほとんどが地元の人も使わないまま放置されています。もったいない話です。いつか温泉の権利を手に入れて、「ダマーヴァンド山の見える温泉」として日本人向けに観光開発をしたいものだと考えているのですが、いつのことになるやらです。

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 とりあえず、晴れた日などにピクニックセットを自動車に積み込んで、ダマーヴァンド山のよく見える場所(とは限りませんが…)でのんびりするのがテヘラン市民の休日の楽しみ方の一つです。
 上の写真はテヘラン北東部にある自然保護区の中から見たダマーヴァンド山。私がダマーヴァンド山の近くへ行くといつもこんな雲がかかっていて、なかなかすっきりとした青空の中のダマーヴァンドに出会えないのがちょっと残念なところ。でも、一面の草原に花が咲き乱れた高原でのんびりとするのはとても贅沢で、こんな贅沢が日帰りで味わえるのがテヘランの良いところの一つかもしれません。
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2005年 06月 26日 |
 このところ体調があまり良くなく、少し更新をさぼっていました。
 そしてこのさぼっている間に、イランの運命も随分と動きました。

 先日も書きましたが、イランの選挙はやはり予想がしにくいです。まさかアフマディーネジャードが本当に大統領選挙で当選するとは思いませんでした。
 彼が大統領になるのだけは嫌だから、家族全員を連れてでも投票所へ行く、と言っていた人もいましたが、投票率は上がらず、結局、これまでの改革・開放路線は停滞、あるいは交代するであろう結果となりました。改革よりも社会の浄化を選んだ、あるいは政治がどうなろうと構わない人が多かったということなのでしょう。

 個人的には、ハータミー大統領以前の何とも言えない雰囲気を知っているだけに、またそういう雰囲気に戻ってしまうのは嫌だと思うのですが、それがイラン人の選択であるのなら仕方がないのかもしれません。

 彼はまだ40歳代ですが、イランであちこちの役所などを回っていると、この世代の人たちが要職についていることに気付きます。
 彼らは学生時代に革命を経験し、その中で頭角を現して出世した人々です。
 これらの人の中には「革命万歳」と言っているだけで何もできないような人もいますが、本当に有能な人も多くいます。

 アフマディーネジャード氏が大統領としてどのくらいの手腕を持っているかは未知数です。願わくば、イランを良い方向へ導くことができる人物でありますように。
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by sarasayajp | 2005-06-26 22:36 | いろいろ |
2005年 06月 22日 |
 昨日と今日は、色々と用事が重なり、何軒かのお宅を次々に訪問するという忙しい一日でした。
 公称39度という気温の中を移動すると、それだけでもかなり疲れるのですが、おじゃましたお宅でこういう笑顔に迎えられるとほっとします。

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 常に親戚や友人が出入りする中で育つイランの子どもたちは、人見知りが少なく、初めて会う人にも笑顔を見せてくれます。
 この子たちが大きくなった時、イランがどんな国になっているのか、大人たちにはがんばってもらって彼らが安心して暮らせる国を作って欲しいものだと願わずにいられません。
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by sarasayajp | 2005-06-22 20:27 | いろいろ |
2005年 06月 21日 |
 大統領選挙ですが、どうやら決選投票にもつれ込むようです。これまで9回行われた大統領選挙で初めてのことだそうですが、確かにどこ候補者を見ても変わりばえがしないというか、言っていることもさして違いがあるわけでなく、あとは経験値の違いだけ、ということだったように思います。

 昨日、大量のポスター作戦を展開したガーリーバーフについてご紹介しましたが、善戦したものの、決選投票には残れなかったようです。下馬評では彼かモイーンであろうと言われていたのですが、やはり、国民はお為ごかしの(保守派の抵抗で結果的にそうなってしまう)「改革」よりも、「経済発展」を選択したようです。

 それにしても、ラフサンジャーニーの票が伸び悩んだのは意外でした。バーザール商人などは経済に明るいラフサンジャーニー支持だということでしたし、バーザール商人が味方につくということはほぼ決まりかと思ったのですが、どうやらイラン社会も変化してきているようです。

 バーザール商人を中心とした経済を握っている層の社会的な地位の低下は以前から指摘されていましたが、どうやらその流れは押しとどめようがないところまで来ているのかもしれません。
 それよりも、人口の五割を超える(!)25才以下の世代が無視できない勢力となっているということでしょう。
 彼らは総じて教育水準が高く、また「革命を知らない世代」であり、戦後のものが豊かに出回るようになった時期しか知らない世代です。豊かな生活をしたいし、自由も欲しい。しかし現在のイランでは、彼らの就職は全く保証されていません。彼らの不安に答える政策が出せる候補が得票数を伸ばしたに違いありません。

 それでも、次点にアフマディーネジャードとはかなり意外でした。彼はテヘランでは、「本当にやる気があるのか?」と思うような選挙活動しかしていませんでしたし、テヘラン市長時代の彼の政策はお世辞にも誉められたものではなかったように思うからです。何かしらの投票捜査が行われたのでは?と疑う人がいるのも何となく分かります。
 投票捜査といえば、投票率が60パーセントを超えているように報道されていますが、私の周囲の人々の話を聞く限り、40パーセントくらいでは?と感じられます。また、投票に行っても白紙投票をしたり、投票そのものは行わなかったという人もいるようです。

 まあ、それはともかく、アフマディーネジャードの選挙ポスターからです。
「え?立候補資格が認められたの?何も準備していないよ!」といわんばかりのポスターばかりです。そういえば、彼の大型ポスターは見かけなかったような気がします。


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この手書きのポスターがいかにも急造。
「人々とのつながりを確立しよう」という意味のことを呼びかけています。この手書きポスターの左上の写真入りポスターでも大体そんな感じ。







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こちらは「貧困と汚職の敵・アフマディーネジャード博士」







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こちらは「人々を守ることのない汚職との戦いは受け入れられるものではない」
この手書きポスターを貼るために使われている写真入りポスターですが、ちょっと分かりにくいのですが、イラン・イスラーム革命の闘士の一人であり、反革命派に暗殺されたラジャーイー氏の写真が使われています。そしてそこに書かれているのが、「政府の人々への回帰」。


 こうして並べてみると、彼が支持を集めたのは何となく分かるような気がします。
他の候補者のように、「経済改革」を前面に打ち出すようなことは言っていませんが、現在の革命の理念を失って腐敗した政府を人々と共に革命当初の理想へと立て直そう、という彼の訴えは、革命に幻滅している世代には「え~~~?」という感じかもしれませんが、それでも「腐敗との戦い」というのは「就業の機会確立」にも繋がると考えられなくもありません。そしてテヘラン市長としての行政経験もある、というのは、「経験」を重んじるイラン人としては安心感があるでしょう。大統領の職を利用して私財をかき集め、増やしたラフサンジャーニーよりは清潔感があるというのもポイントが高かったのかもしれません。

 それにしても、ハータミー大統領の第一回目の当選の時も思ったことですが、投票結果というのはふたを開けてみるまでは分からないものなのかもしれません。まあ、イランの世論調査ほど当てにならないものはないのですが、あの時も、「え~。ナーテグヌーリー圧勝って言っていたじゃん」でしたし、今回も「ラフサンジャーニー有利じゃなかったの?」です。決選投票になれば支持基盤がしっかりしているラフサンジャーニーが有利といわれていますが、どうなることでしょうか。
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by sarasayajp | 2005-06-21 12:19 | いろいろ |
2005年 06月 20日 |
 今日はイラン暦ホルダード月30日、イスラーム・ヒジュラ暦ジャマーディー・アル=アッワル月、西暦2月20日です。

 今日は、預言者ムハンマドの末娘であり、預言者の従兄弟でありスンニー派にとっては第四代目正統カリフ、シーア派にとっては初代イマーム・アリーの妻であった、ファーティマの殉教日です。

 彼女は預言者と最初の妻ハディージャの間の末娘としてこの世に生を受けました。預言者は6人の子どもがありましたが、男の子はみな早くに亡くなり、娘が四人残りました。預言者は男の子の存在を何よりも重視するアラブの人々の「子どもなし」というあざけりを気にすることなく、女の子たち、特にファーティマをかわいがっていたといいます。
 ある時、神からの啓示が下り、預言者の血筋はファーティマを通して後生に伝わるであろうとされました。(クルアーン・カウサル章)

 彼女は預言者にかわいがられ、預言者が特に信頼する信者の一人であり、預言者の従兄弟であったアリーのもとに嫁ぎました。
 イスラームに対して敵対する勢力との戦いが続く中、彼女はハサン、フサイン、ザイナブという三人の子どもを産み、育てました。

 彼女についてはそれほど記録が残っているわけではないのですが、シーア派の人々にとって彼女は妻として母として、そして預言者一家を束ねる女性として理想の女性とされています。そのため、彼女が窮乏生活の中でいかに人々のために生きたかを数多くの伝承として伝えています。
 もっとも、18歳で亡くなった彼女がそれらの伝承で語られるようなことを全て行えたかどうか、かなり疑問は残るところです。

 ファーティマはイスラーム・ヒジュラ暦11年のこの日に亡くなりました。伝承によれば病死でしたが、シーア派は、夫アリーの手から権力を奪った勢力に抗議をしていた彼女を邪魔に思う人々が彼女を暗殺したのだと信じています。

 上でも述べている通り、預言者の血筋は彼女の生んだハサンとフサインを通して、現代に伝えられているとされています。この人々はサイイド(ペルシア語ではセイエド)と呼ばれ、預言者の血を引く人々として敬意を表されています。

 イランでは今日は公的な休日ではないのですが、信仰に真面目な人が多いバーザール商人たちは店を閉め、彼女の殉教を悼んでいます。
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2005年 06月 20日 |
 らくださんのところでビーツのサラダを見ていて思い出したのが、イランのこれ。

 
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 テヘランなどで冬になるとよく見られるラブー(ビーツ)の屋台です。
 ラブーの皮をむき、平たいお盆に並べてゆでただけという簡単なもの。お盆の真ん中に煮汁がたまり、それが煮詰まって甘さが増し、それを回しかけながらゆでるので、また甘みが強くなるというもの。煮汁をかけてもらってつやつやとしたラブーは、見ているだけでもおいしそう。
 暖かいところを好きな量だけ量り売りをしてもらって、適当な大きさに切ってもらって食べるのが一般的。焼き芋を屋台で買って食べるような感じでしょうか。
 ほくほくと甘いラブーはテヘランの冬の味なのです。

 
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 サラダにも入りますが、こちらでは添え物程度、ほんの数切れを彩りのように乗せるくらいということが多いようです。

 ちなみにこちらはマシュハドのラブー屋台。ラブーの種類が少し違うのか、あまり赤くなくて、形も楕円形ではなく砲弾型。

 
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2005年 06月 19日 |
 このところ、あまり楽しくない話題が多かったような気がするのでちょっとお口直し。
 テヘランのスイーツでも。

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 そのものズバリ、「バナナケーキ」です。周囲のかわいらしいイチゴスイーツとは一線を画すこの迫力。
 こういうのを真面目に作ってしまうところがイラン人のかわいいところ。
 写真に写っていないショーケースの隅にこれをカットしたものもあったのですが、それを見る限り、中身は普通のロールケーキだったようです。
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2005年 06月 18日 |
 私と友人たちとでここ数日の間で体験した出来事から。

1.事前の予告なく突然、国営企業の職員が「巡礼に行くので」職場を休みにした。
2.「私は神のために仕事をしている。あなたのためではない」という意味のことを役人が言い放った。
3.ビザ切れを心配する外国人に対し、「罰金を払ってオーバーステイをしていればいい」と言う大学職員とビザオフィス。
4.「選挙の翌日だから」というよく分からない理由で、突然に外務省が休みになった。(他の省庁は未確認)
5.「異教徒をいじめることは神の意に叶うことだから、お前に親切にする必要はない」と外務省職員が吐き捨てた。
6.「我々が突然休日にしたことで誰に迷惑がかかろうと、それはその人の勝手であり、自分たちに何の責任もない」と大使館員が宣言したこと。

 なんか切ないです。
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by sarasayajp | 2005-06-18 22:43 | いろいろ |
2005年 06月 18日 |
 大統領選挙の投票もほぼ一応、無事に終わったようです。
 日本という国もどこへ進もうとしているのか見えない国ですが、イランも進む方向が見えない国であるように思います。外から見ていても分かりませんでしたが、内側から見てもまだ、今一つよく分かりません。ただ一つ分かるのは、政府がどんなに変わろうと、イラン人はイラン人であり続けるのだろうということだけです。何と言っても、私が論文を書くために分析した13世紀のイラン人と現代のイラン人が全くと言って良いほど変わっていないのですから。

 イランで三回の大統領選挙を見たのですが、今回はある意味感慨深いものがありました。
 一回目のハータミー大統領が初当選を果たした時は、選挙戦そのものはあまり印象に残っておらず、選挙当日の人々の明るい表情と、ハータミー大統領誕生を知った時の驚きが最も印象に残っています。
 二回目は、ハータミー大統領がいつ立候補宣言をするのだろうという期待が長く、選挙戦や投票そのものは結果が分かっていただけにあまりおもしろくなかったように思います。

 今回はラフサンジャーニー有利と言われていましたが、改革を支持する学生層に人気のモイーンと、大量のポスター作戦で人々に名前を浸透させたガーリーバーフがどこまで票を伸ばすか、その結果、大統領選挙初の決選投票があるか、というところだったでしょうか。

 ガーリーバーフは、日本の報道を見ていると「カリバフ」と書かれていたようですが、これも「カルビ」と一緒で、英字新聞を利用しているから起こる間違いで、現地の発音は「ガーリーバーフ」です。せめて「ガリバフ」と書くべきでしょう。ちなみに意味は「絨毯織り」です。先祖がそういう仕事をしていたのだと思います。

 ガーリーバーフが行った大量のポスター戦術の一部です。
 友人などと、「ものすごい資金力だよね~」と感心してしまったほど沢山の種類のポスターを作り、張り出していました。全種類の写真を撮ろうと思ったのですが、あまりに多すぎてできなかったほどです。
 ナローバンド環境の方、非常に重たいページになってしまい申し訳ありません。私自身も56kbp環境ですので、今回はいつもにも増していらいらしてしまいました。じゃあやるなよ、というのはなしでお願いします。せっかく撮ってきたものなので。


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こちらは選挙活動のはじめ頃に目立ったポスター。

イランの繁栄のために選挙で投票を、くらいの意味でしょうか。投票用紙にはもちろん本人の名前が書いてあります。

私は最初ポスターの最下部にあるガーリーバーフの名前に気付かず、「選挙へ行こう」という広報ポスターかと思っていました。







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こちらはガーリーバーフ本人。実は本人の写真(これは写真というより絵ですが)入りの大型ポスターはほとんど作成されませんでした。私はこれ以外に目にすることがありませんでした。









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こちらはイラン建国の祖エマーム・ホメイニー師とその後継者で現最高指導者のハーメネイー師。革命路線を驀進してきた履歴を物語るかのようなポスターです。








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こちらはなぜかフラミンゴたちの写真。写真上部には、「イランの環境と文明の保護」と書かれています。イランの北西部にあるウルミエ湖に生息していたフラミンゴたちは、数年前に突如として姿を消したそうです。原因はウルミエ湖の汚染であるとも、干ばつによる環境の変化だとも色々に言われていましたが、未だによく分かっていません。その後消息を聞かないのですが、帰ってきて欲しいものです。





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これら三つの写真は、恐らくサッカーの試合会場で撮影されたものと思われます。
写真に撮られてしまった少年たちはさぞや驚いたのではないかと思います。もし彼らの家族がアンチ・ガーリーバーフだったら大変なことになったのではないかと、余計なお世話ですが気になってしまいます。




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こちらは町中に張られていたA4サイズのいわゆるポスター。
前警察長官という経歴を気にしてか、ソフト路線を狙っているようです。












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こちらは熱烈なガーリーバーフ支持者のペイカーン。もっとも、油断しているとフロントガラスなどに、勝手に立候補者の名前入りシールを貼られてしまうこともよくあるので、必ずしも支持者とは言えないかもしれませんが、これだけ張っているということはきっと支持者でしょう。
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by sarasayajp | 2005-06-18 04:45 | いろいろ |
2005年 06月 17日 |
 このところ、色々と面倒なことが立て続けに起こって、少し落ち込み気味です。
 ちょっと気晴らしでも、と思っても日中の気温が40度に達しようかというこの暑さでは外へ気晴らしに行く気にもなかなかなれませんし、また気晴らしをするような場所もありません。おいしいものでも食べて、と思ってもそれもなし、ぱ~っと買い物でも、と思っても買うようなものもお金もない、と、気晴らしについて考えれば考えるほど落ち込みがひどくなりそうです。

 唯一できそうなのが、友だちの家に遊びに行く、なのですが、今は試験シーズンで、本人あるいは家族が試験中という家が多く、遊びに行くのも気が引ける状態です。

 小学校は一足先に試験も終わり、小学生たちは夏休みに入っています。6月の上旬から9月中旬までずっと夏休みなのですから、なんともうらやましい話です。
ということで、小学生の子どもがいる家なら遊びに行けます。

 そうして博士号取得の報告を兼ねて、しばらくご無沙汰していた知り合いの家へ行ってきました。その家の小学三年生の女の子も無事試験は終わっていました。
「成績はどうだった?」と尋ねたところ、全教科で満点を取ったとのこと。勉強がそれほど好きではなさそうな子だったので、がんばったのだろうなあと感心して、「じゃあ、シャーゲルデ・モムターズ(優秀生徒)になったんだね。おめでとう。シーリーニーちょうだいな」と言ってあげたところ、彼女は笑い出しました。
「あのね、先生がみんなの前で、『今回はこの子がシャーゲルデ・モムターズになりました』って発表してくれたんだけどね、みんなは『モムターズ』が何か分からなかったから、全然返事をしなかったのよ」

 その時の様子を想像して笑ってしまいました。きっとみんな、「先生、何を言っているんだろう?」という顔をしていたんだろうなあと。
 まだ小さいのにかなり口達者でおしゃべり、おしゃまな女の子たちでも、小学三年生ではまだ「モムターズ」という言葉を知らないのか、と、いつも彼女たちに負けている私はちょっと嬉しくなってしまったのでした。小学三年生に張り合っても仕方がないのですけど。
 それと同時に、私が小学三年生の時に、「優秀」あるいは「優等」という言葉を知っていたかどうか、今としては思い出せない昔の話となってしまっていることに気付きました。日本の小学三年生くらいだとまだこれらの漢字は習っていなかったように思うのですが。

全く関係のない話なのですが
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