イランという国で
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2005年 04月 28日 |
 母から電話があり、明日、両親と妹その二が遊びに来るとのこと。「どこか案内するように」とのお言葉に、さてどうしたものかとあわてているところです。

 母はイランの主婦なみに家の中をきちんとしている人で、今の我が家の惨状を見たならば、その場で怒りながら大掃除を始めかねない人です。一方の私は、情報の整理はまあまあ得意なのですが、家の中の整理整頓はかなり苦手で、自分にだけ分かるように適度にものが散らかっているのが常態です。
 ということで、明日の朝までに家の中をとりあえず、何とか片づけて見せなくてはいけません。間に合うのかどうか、エンシャッラー、がんばるしかないようです。

 それと、ずっと田舎暮らしをしていて、混雑や行列が大嫌いな両親を、どこへ連れて行ったら良いのやら、これも頭の痛いところです。
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by sarasayajp | 2005-04-28 20:43 | いろいろ |
2005年 04月 27日 |
 毎日、家にいられる時間はほとんど写真整理に費やしています。思った以上に未整理の写真がたまっていて、写真とメモをつきあわせて整理しています。

 こうして写真を整理するうち、つい最近撮った写真からある一人の青年の言葉を思い出してしまいました。

 仕事のために訪れたヤズドで出会ったのですが、「近代文明に犯されていない国を見たくてイランにやってきた」のだそうです。確か、セルビアだったかクロアチアだったか、バルカンの国の出身でした。

 そして成り行き上、我々の仕事の一つであった、今は使われていないカナートの取水口の見学に彼も一緒に行くことになりました。
 地下深く、暗いカナートから出てきて彼は言いました。「文明を示すものである、ペットボトルのゴミが一つ浮いていました」
 そしてイランよりももっと近代文明に犯されていない北朝鮮へ行くことにしたそうです。

 彼がいったいどんな国を見たかったのか私には想像できませんが、「文明」とはいったい何でしょうか。
 実は私は文明学科という学科の出身です。文明とはなんぞや、ということを学んできたはずなのですが、未だにこの言葉をうまく定義できません。それでもあえて、そこで学んだことと自分なりの考えをまとめてみると、「人間社会が存続するために必要な技術やシステム」ではないかと思うのです。
 その定義に従えば、どんな社会にも、それが社会として存在、機能している限り文明も存在しているでしょう。そしてその社会の抱える様々な条件により、その社会が持つ文明も異なるでしょう。そして時にその文明は、他の文明と衝突したり融合したりすることもあるかもしれません。

 日本では、たとえば、「四大文明」などという言い方で古代文明を紹介することが多いためか、「文明」というと過去のもの、という考え方をする人が多いようです。イランでもその傾向があり、日本で私が文明学を専攻していたと言うと、イランの古代文明について研究していたと見なされてしまいます。しかし、文明学とは、現代を考えるものでなくてはならないと思うのです。もちろん、過去を学ぶことも重要ですが、それはやはり現代にフィードバックされるものでなくてはならないように思うのです。いわゆる「過去に学ぶ」でしょうか。また、狭い地域や分野の研究だけでなく、もっと広く、専門領域を超えて様々な研究に目を配る必要もあるでしょう。

 そういえば、何年か前にイランのハータミー大統領が国連で、「文明間の対話」を提唱しました。これに対して欧米のある学者は「文明間の衝突」で反論しました。どちらが正しいとか間違えているとか私には言うことはできませんが、衝突よりは対話が望ましいとは思います。

 一つの文明が他の文明と接触する時にまず何が起こるかというと、確かに衝突かもしれません。それは歴史が証明しています。しかし、その歴史を学ぶことにより、他の文明〜あるいは社会と言っても良いかもしれませんが〜とどのように接するべきか学ぶことができるはずです。それがうまくできなければ、文明間には衝突が起こるでしょうし、うまくできれば対話が成立し、互いに尊重しあいながら良い関係を築くことができるでしょう。
 学ぶことは生涯、誰でも行うことができますし、必要なことだと思います。
 先日の歴史認識の話にも通じますが、過去は現在と切り離されたものではなく、継続しているものです。

 日本は日本単独で存在することはできません。日本以外の地で生活する人もいれば、他文明の地からやってきた人たちも日本に多く生活する時代、他文明を知る努力を行う必要はこれまで以上に増しているはずです。近代西欧文明だけでない様々な文明と対話をする努力を続けたいし、続けて欲しいと願います。
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by sarasayajp | 2005-04-27 09:58 | いろいろ |
2005年 04月 25日 |
 先日お話しした、花粉症のアレルゲンの特定ができました。
 結果をプリントした表を見て先生が一言、「ああ、これはもう通年アレルギーですね」

 杉、檜、ヨモギ、ブタクサ、モガヤにアレルギー反応を示しているのだそうです。そして一緒にもらったグラフによると、確かにそれぞれが時期をずらして、ほぼ一年を通じてアレルギー反応を起こすようです。日本へ帰ってくるのをやめようと思ってしまった瞬間でした。

 上に上げた五つのうち、杉とヨモギが一番ひどいようなのですが、両方ともイランにはあるので、イランにいても実は変わらないというのもちょっとつらい話です。

 日本の杉花粉アレルギーの原因の一つは、戦後、全国で盛んに行われた杉植林であると言われていますが、実は同じことがイランでも行われつつあります。

 放っておけば草木が繁る日本と違ってカスピ海岸をのぞくイランでは、水が少ないという条件から、徹底的に人が手をかけてやらなくては緑、特に樹木は育ちません。緑あふれる庭園というのは金持ちにだけ許された贅沢なのです。そのため、イランの有名な歴史的庭園というのはすべて王侯貴族によって水が引かれ、手入れされたものです。緑の国土というのは中東の人々にとって夢であり、あこがれと言って良いほどで、文学作品や絵画などをみればそれは明らかです。

 こうした緑への渇望を受けてか、近年、イランでは各地で植樹が行われています。テレビや新聞を見れば「今日は○○○で○○○が出席して植樹祭が行われました」などというニュースはいくらでも見つけられます。
 問題は、こうした植樹のほとんどが杉だということです。何年か後にはイランも杉花粉に悩まされる人が急増するのではないかと心配になるほどです。

 イランでは杉と言えば糸杉ですが、これは手入れが簡単で、早く育つからあちこちで植樹をされているのだと聞いています。日本のように木材として利用できるからという理由ばかりではないようです。

 テヘランから地方へ出る街道を走っていると、街道沿いに糸杉の植樹された場所をいくらでも見ることができます。これが育って、花粉をまき散らすようになったらどうなるのやらと頭の痛いところです。日本の関係機関には、ぜひ、「日本の経験」をイランに移転していただきたいものだと思ってしまったのでした。

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 写真は墓地に植えられた糸杉。

 イラン文学では、糸杉のすっきりと伸びた姿から、ほっそりとした腰のすらりとした姿の美男美女を糸杉に喩えます。「糸杉のような美女(美男)」というのは最高級の賛辞です。そういえば、女の子の名前に、糸杉(sarv)の複数形を使ったサルヴィーンがあります。これもその姿の美しさから取られた名前でしょう。

 その一方で、糸杉といえば「墓地の木」というイメージもあったりします。写真のように、墓の頭の位置に故人をしのんで家族などが糸杉を植えるのです。もちろんこれは糸杉である必要はないのですが、糸杉を植えることが多く、そのため糸杉=墓地のイメージがついてしまっているようです。
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by sarasayajp | 2005-04-25 16:07 | いろいろ |
2005年 04月 22日 |
 先日ご紹介したバルーチの女の子の服装についていくつかコメントをいただきました。そこで今回はバルーチの女性たちの衣装のご紹介です。


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 これはバルーチェスターン地方北部でよく見られるスタイル。
 前身頃と前たて、袖口とズボンの裾に赤をベースにした布に刺繍をしたものをつけ、服の地は黒やグレーなど地味な色合い。
 スカート部分に取り付けられた縦長の刺繍はポケットにもなっている。
 写真は、ある墓地で出会った兄弟たち。



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 こちらはバルーチェスターン地方南部で見られる服装。スタイルとしては上のものと同じだが、カラフルな布を使い、刺繍も上のスタイルではシンプルなものが多いが、こちらは花柄など手の込んだ刺繍が多い。またおしゃれ用に鏡の入ったものも見られる。
 写真はティースという古い港町で出会った女の子。カメラを向けたら恥ずかしがって顔を隠してしまった。

 上の写真の一番上のお姉さんもそうだが、ある年齢以上の女の子は、華やかな刺繍のされた薄いベールを上半身に巻き付けるようにしてかぶっている。




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 パキスタンとの国境の町、スィースターン・バルーチェスターン州の州都ザーヘダーンのバーザールで。
 ザーヘダーンのバーザールには、女性の衣装に使われる刺繍された布を売る一角があり、新しい衣装を作ろうとする女性たちと夫たちでいつもにぎわっている。
 これらの刺繍は、村などで女性たちが手で行ったものとのこと。農村女性の内職の一つ。一つの衣装を作るのに必要な刺繍を行うのに一ヶ月近くかかるという。私も一組買ってきたが、約60ドルという、現地の物価レベルから見たら結構な金額だった。

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 ティースの村で。
 我々がお茶をごちそうになっている部屋の隅で女の子が刺繍をしていた。話を聞いてみたら、自分のいとこのためとのこと。刺繍の文様はお母さんから習ったものもあれば、自分で考えたものもあるという。
 最近では、町などではミシン刺繍によるものも多く見られる。おもしろいのは、ミシン刺繍は男性の仕事だということ。イーラーンシャフルという町では、ミシン刺繍を行う店が固まっている一角ある。写真を撮ってきたはずなのだが、見つからないのでご紹介できないのが残念。



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 こちらは天幕の中で刺繍をしていたおばさん。伝統的なバルーチの刺繍。
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2005年 04月 19日 |
 日本では中国での反日デモが毎日のように報道されています。イランのニュースサイトを見ても大きく取り上げられているようです。
 このデモの中で繰り返されるのが、日本の「歴史認識」と「過去への反省」のようです。しかし、知り合いの中国研究者に言わせると、中国も同じようなことをしているのだそうです。

 時刻の過去をどう語るか、という問題は、その国の歴史、国内外の関係に対する意識をすべて表しているように思います。

 イランでもこうした問題は存在しています。
 なんと言っても、日本のような政権交代どころか、統治体制がころころと変わってきた国ですから、過去をどう評価するかという問題は常に存在しています。

 以前、N○Kが放送した『文明の道』というシリーズに伴って、展覧会が行われました。この展覧会の目玉として、これまで国外へ貸し出されたことがない作品が、イランからも出品される予定でした。ところが、番組タイトルに「アレクサンダー」という名前が入っているからということで交渉は決裂してしまったのです。

 イランにおいて、古代ギリシアの英雄「アレクサンドロス」というのは「侵略者」と同義語です。東はアフガニスタンから西はエジプトまでを支配した「ハハーマネシー(アケメネス)王朝」に、理由もなく攻め込み、滅ぼしたからです。
 時代が下ると、イラン文学においてアレクサンドロスは侵略者ではなく、神秘的な力を持った人物として描かれるようになるのですが、政治的には「侵略者」です。特に、「イラン主義」を打ち出す現政権においてはこの傾向が顕著です。アレクサンドロスを肯定的に語ることができないのです。
 こうしたアレクサンドロス像に対して、世界最初の「世界帝国」であるハハーマネシーの王たちは、公正であり、優れた文化と技術を持ち、バビロンに捕らわれていたユダヤ人を解放した正義の王として描かれます。

 イラン東北部、グーチャーンという地方にクルド人が住んでいます。
 イランのクルド人の大多数は、北西部のコルデスターン州を中心とした地域に住んでいます。このクルド人地域から遠く離れたグーチャーンに、どうしてクルド人が住んでいるのかというと、16〜17世紀に強制移住させられたからです。
 その頃イランを統治していたサファヴィー朝の王たちは、剽悍な山岳民族であるクルド人を恐れていました。そしてその力をそごうと、彼らの一部をホラーサーン地方へと強制的に移住させたのです。そのクルド人の子孫が今でもグーチャーンを中心とした地域に住んでいるのです。彼らはクルド語を話し、クルド人としての文化を保持してはいますが、クルド人の中心から遠く離れて久しいため、言葉は変化し、他のクルド人たちとは物理的にも精神的にも距離が離れてしまいました。

 この強制移住させられたクルド人について、イランの歴史の教科書では、「サファヴィー朝がウズベク人やなどの外敵の脅威にさらされていた時、イランの地を守ろうという愛国心に燃えたクルド人たちが、自らその前線であるホラーサーン地方へ移住した」と教えています。こうした教科書によって教育を受けた現代のイラン人は、グーチャーンのクルド人の強制移住の歴史的事実を知りません。


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 結局、歴史とは、このようにその時々の政権によって変えられてしまうものであるということはきちんと認識しておかなくてはいけないのだろうと思います。日本の教科書もそうですが、教科書は真実を書いてあるものではありません。意図的に真実を隠したり、事実を改竄していることすらあるということは、恐らく、日本のみならずどんな国でも見られることでしょう。

 大学の授業で、N○Kが二十数年前に放送した『シルクロード』シリーズや中東関連ニュース、教科書を見て、間違い探しをするというものがありました。この時に、情報を鵜呑みにする怖さを知りました。

 忙しい日々を送る中、情報を集めるというのは難しいですが、できるだけ多くの情報に触れるようにしたいものです。

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 写真はグーチャーンのチャイハーネで会ったクルド人のおじいさんたち。
 ちなみに、N○K『シルクロード』の旧シリーズでもグーチャーンのクルド人について触れています、そこでは「くっちゃん・クルド人」と紹介されており、放送当時子供だった私は「北海道みたいな地名だなあ」と思ったことを覚えています。その後、大学で「グーチャーン」の古い発音が「クーチャーン」であり、クルド人が住む地域であると知り、「あのときの地名はこれだったのか!!」とびっくりしたのでした。
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by sarasayajp | 2005-04-19 11:31 | いろいろ |
2005年 04月 18日 |
 運不運ということを言うのはあまり好きではないのですが、それでも今の状態を不運だとため息をついてみたくなることは時にあったりします。

 まず、日本で花粉症を発症してしまったこと。

 二台持っていたPCが両方とも故障してしまい、修理に出さざるを得なかったこと。そのうち一台はようやく購入した新品の初期不良だからなおのことです。もう一台の方は、不慮の事故により落としてしまったのが悪いので仕方がないのですが。

 このため、メールの一部が消失してしまい、ちょっと困ったことになってしまいました。自分がいかにメールに頼っていたかを思い知ってしまいました。

 それから、カメラが故障したこと。
 実は私は未だ銀鉛カメラ派です。というか、デジカメを買う余裕がないと言った方が正しい部分もあるのですが。でも、デジカメでは表現できない写真を撮ることができるように感じて、どうしても手放せなかったりします。
 ともかく、前回、一時帰国をして以来、イランで撮りためたフィルムを現像し、それをチェックしていて重大なことに気づきました。
 ポジの表面に二筋、擦り傷がついているのです。それも一本や二本ではありません。数十本あるポジの何割かに同じような傷が入っています。
 撮影現場がなんといっても砂漠や土漠、山の中などばかりですので、フィルムの交換時にはほこりが入らないよう注意しますし、定期的に掃除をしていますからほこりによる傷というのは考えにくいです。また、すべて同じ場所に傷が入っているということは、カメラ自身の問題である可能性が高いでしょう。
 それにしても、恐らくもう二度と行かないかもしれない場所で撮った写真に傷が入っているというのは大変なショックです。
 それと、時間が進むに従ってピントの甘い写真が増えていることも気になりました。

 そこで、カメラを抱えてメーカーのショップへ行き、チェックをしてもらったところ、やはりカメラ自身のトラブルとのこと。修理とオーバーホールです。

 PC一台分は保証期間内ですから安心ですが、もう一台のPCとカメラの修理費用を考えると頭が痛いところです。

 それにしても幸運だったのは、同居人の仕事の関係で、コンピューターが何台もある家にいることでしょう。そのおかげでメールのチェックもできますし、こうしてブログの更新もできるからです。自分用にカスタマイズされていないのでちょっと使いにくいのが少しだけ面倒ですが、そんな贅沢は言ってはいけません。本当に助かっています。


 気分がやさぐれそうになった時、無性に甘いものが食べたくなったりします。私がこれまでに食べた甘いものの中でもトップクラスに甘いお菓子の写真です。

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 これはイランでラマダーン月によく食べられるお菓子。
 一種の揚げ菓子をシロップにつけたもので、歯が溶けそうに甘いものです。断食を終えてとる最初の食事の時、まずお茶とこのお菓子で断食を解きます。ラマダーンの期間中これを食べ続けると、絶対に太るであろうことは保証できるお菓子です。
 手前はバーミーエ。オクラという意味で、形がオクラに似ていることから付けられた名前らしい。奥はズールビヤー。どちらも味は一緒。ひたすら甘い。

関係ない話ですが
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2005年 04月 16日 |
 日本に帰って以来、くしゃみ、鼻水、目のかゆみに襲われるようになりました。はじめは風邪でも引いたかと思っていたのですが、周囲の人たちの見立てによると花粉症以外の何ものでもないとのこと。アレルギーとはそれほど縁のない生活を送ってきたのですが、イランでじわじわとアレルギーのもとをため込んでいたようです。

 早めに対策を立てるに越したことはないとのアドバイスにより、今日は朝一番で近所のクリニックへ。採血と採尿を行い、結果が出るのは来週。しかし先生によればほぼ花粉症で間違いないでしょうとのこと。

 ひどい花粉症の友人たちが、この時期は仕事にならないと言っていましたが、本当にその通りです。集中力が持続しないので大変です。仕方がないので、これまで8年間で撮りためたポジをスキャンしてコンピューターに取り込むという単純作業に従事することにしました。しかしこれも、300本を超えるのでなかなか大変です。
 写真を取り込みながら、この時はこうだった、などと懐かしく思い出しながら、くしゃみを連発する毎日です。

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 写真は私のアパートから見た早朝のアルボルズの山々。テヘランは大気汚染がひどく、週末の朝の一時くらいしか、きれいに山々が見えない。
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by sarasayajp | 2005-04-16 11:41 | いろいろ |
2005年 04月 15日 |
 先日はスィースターン地方の国境を越える密貿易についてお話ししましたが、今度はバルーチェスターン地方の国境についてです。

 バルーチェスターン地方に住むのは、先日もお話ししたように、バルーチ族です。彼らは政治的にパキスタンとイランに分けられていますが、イラン西部に住むバルーチ族と同じ人々です。彼らはバルーチ語と呼ばれるイラン系言語の一種を話し、独特の文化を持っています。

 スィースターン地方のアフガニスタンとの国境は、道路が引かれている部分は国境ゲートがあり、国境警備隊がそこを警備していますが、そのほかの部分については放置されているに近い状態です。
 バルーチェスターン地方でも似たような状態ですが、町や村が国境に近い場合、フェンスが設けられ、自由に行き来ができないようになっています。
 ところがこれもよく見ると、フェンスが所々破られていて、人々は自由にそこを行き来しているのです。
 イラン側のバルーチェスターン地方は干ばつのため、農業が厳しい状態にありますが、パキスタン側ではそれほどでもなく、野菜がイラン側よりずっと安いとのこと。そのため、イラン側のバルーチの人々がフェンスの破れ目を通ってパキスタン側へ行き、野菜などを買ってまたイラン側へ戻ってくるのです。

 バルーチェスターン地方の国境ゲートの一つへ行ってみると、国境ゲートにほど近いフェンスが一部破られていて、そこを野菜を荷台に載せたおじさんが自転車でちりちりと通って行くのが見えたりします。外国人が通ったら問題なのでしょうが、バルーチの衣服を着た人たちがそこを通る分には黙認されているようです。
 彼らにとって、国境とされている線の向こう側も、自分たちと同じ部族の人たちが住み暮らす土地にすぎないのです。彼らにとって国境などなきに等しいのだということと、国境というのは本当に政治にすぎないのだなあとしみじみ感じさせてくれる光景です。

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 写真はバルーチの女の子。カラフルな色遣いとそこに施された独特の刺繍がバルーチの女性たちの衣装の特徴。
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2005年 04月 13日 |
 テヘランで、「地方へは旅行したことがある?」とよく聞かれます。「もちろん」と答えると、たいていは「エスファハーンやシーラーズは行った?」「ショマール(カスピ海岸地方)へは行った?」と聞き返されます。日本で外国人に対して「京都へは行きましたか?」と聞くようなものです。
 もちろん、そうした観光都市へも何度も行っていますが、私にとって一番インパクトのあった場所の一つは、スィースターン・バルーチェスターン州でした。その理由を一言で説明するのはとても難しいのですが。

 スィースターン・バルーチェスターン州は、イラン東部でパキスタン、アフガニスタンと国境を接しています。スィースターン地方はイラン系の人が住む地方でペルシア語を話しますが、バルーチェスターン地方はバルーチ族が多く住み、バルーチ語を話し、スンニー派イスラームを信仰し、独自の文化を持っています。彼らはパキスタン側のバルーチと同じ言葉、文化を持つことから国境を越えてパキスタンとの往来が盛んです。

 スィースターン・バルーチェスターン州は、テヘランから遠く離れ、スンニー派地域であることから、イラン国内で盛んに行われている開発から取り残されています。また、この数年間続いた大干魃の影響で、農業も壊滅的な打撃を受け、イランでもっとも貧しい地域の一つとなっています。

 中央政府からの援助は望めない、産業は何もない、となるとできることは密輸くらいです。スィースターン・バルーチェスターン州はアフガニスタンからの麻薬密輸ルートの中継点となっています。アフガニスタンやパキスタンから入ってきた麻薬は、州都ザーヘダーンから西へ向かい、ケルマーンへ、そこからシーラーズへと向かい、イラン各地へと運ばれていきます。

 そしてイラン側からの重要な密輸品はガソリンです。
 スィースターン・バルーチェスターン州のガソリン・スタンドでは、ガソリンを買おうとしても売ってもらえないことがあります。これは、中央から運ばれるガソリンが少ないこと、ガソリンを買うのに許可が必要であること、それから何よりも地元住人による買い占めと密輸が行われていることによります。
 アフガニスタンとの国境に近いスィースターン地方の中心都市ザーボルのガソリン・スタンドでは、スタンドの外にガソリンの密輸人がポリ容器を持って待っています。そしてガソリンを入れて外に出てきた自動車のタンクから、ガソリンの一部を買うのです。そうして集めたガソリンを、我々のように外から来た旅行者に、あるいは復興景気にわくアフガニスタンへと運ぶのです。

 ザーボルでガソリン密輸を行っている人に話を聞きました。アフガニスタンへガソリンを持って行くと、イランの約二倍の値段で売れるとのこと。他に産業のないこの地方では重要な収入源です。
「日本車はわしらの役に立っているよ。30年も前のものだが、未だにペイカーン(イラン国産車の名前)より早い」
 私が日本人だと知って、おじさんは自分の愛車のピックアップを自慢してくれました。日本ではもう生産されていないものですが、イランでは未だに現役です。
「国境警備隊とかに撃たれたりしないの?」と私が心配すると、何を言っているんだといわんばかりの口調で言いました。
「そんなの、道路がないところを走ればいいだけさ」
 まったくもってそのとおりです。スィースターン地方のアフガニスタン国境はどこも平坦ですので、道路のないところを走ることもできるでしょう。それにしてもたくましいものです。
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 二回目にスィースターン・バルーチェスターン州に行ったのは、日本からいらした先生たちと一緒でした。先生たちはテヘランから四駆をチャーターしていたのですが、スィースターン・バルーチェスターン州に入ってから、給油ができなくなってしまいました。「一回10リットルしか売らない」
 しかし、もともとガソリン・スタンドの数が少ないため、10リットルでは次のスタンドまで持つかどうか心もとありません。また、次のガソリン・スタンドにガソリンがあるかどうか、売ってもらえるかどうか保証はありません。
 そこで、友人と私の二人でスタンドの職員に交渉です。
「外国から来た客に対して親切なのがイラン人でしょう?」と友人がソフトに迫り、私は「外国からの客にそんな冷たい扱いをして、もし道中でガス切れしたら、あなた、来世でどういう審判を受けるの?」と半ば脅迫。なんとかして20リットル売ってもらったのでした。

 写真はスィースターン地方の村
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2005年 04月 13日 |
 以前お話ししたとおり、私の誕生日は10月です。
 実は去年が私の運転免許書の更新年で、誕生日から一ヶ月以内に更新をしなければいけませんでした。ところが、ちょうどその頃は、論文の最終的なチェックや審査のことなどでとてもではないですが、日本へ帰る余裕などありませんでした。失効してから六ヶ月以内なら更新は可能ということだったので、とりあえず論文を優先したのです。

 そして、まだ証明書は発行されていませんが、とりあえず身動きができるようになり、また日本でいくつかやっておくべきことができたので、一時帰国をすることにしました。

 そして、先日、免許書の更新に行ってきました。
 失効窓口で書類を提出し、やむない理由であった証明としてパスポートの出入国スタンプを提示したところ、どこへ留学していたの、と聞かれました。「イランです」と答えた私をまじまじと見て、受付の女性は言いました。「無事に帰ってこれて良かったわね」
 やっぱりそうくるか、と苦笑をする気にもなれませんでした。
 彼女がどんな情報を元に、イランが危険な国であると言うのか分かりませんが、日本の中東諸国に対するイメージはそんなものなのだなあと、改めて感じたのでした。

 外からニュースだけ見ていると、日本も十分に危ない国に見えるんだけどね、と心の中でだけ言い返したのでした。


 ただ、やっぱり日本はいいな、と思うのは、私のようなケースではどのような書類が必要なのか、ちゃんとインターネットで調べ、また直接電話をして確認し、必要書類と受付時間を教えてもらえ、本当にその通りということです。イランなら、たとえ問い合わせたところで、実際に手続きに行ってみると、やっぱりこの書類も必要、この書類はいらなかった、今日は担当者がいない等々、一つの手続きのために何度も同じ場所に通うことになるだろうと断言できてしまいます。
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by sarasayajp | 2005-04-13 10:39 | いろいろ |
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