イランという国で
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2004年 11月 30日 |
 イランの核開発を巡るすったもんだがとりあえず一段落したそうです。安保理への付託はなしとのことで、政府関係者はほっとしているのではないでしょうか。

 それにしても土壇場に来て、「やっぱり開発の余地を残してよ」とやるイラン政府に、イラン人の真髄を見たように思いました。少しでも甘いところを見せると、「じゃあここまでやっても大丈夫だろう」とずうずうしく踏み込んでくるこのやり方は、まさしくイラン人です。

 それはともかく、こちらに研究留学をしている日本人学生と話していて話題になったのが、「パキスタンのカーン博士とか、核のブラックマーケットだとかってアメリカが色々言っているみたいだけど、一番責められなきゃいけないのは日本の文部科学省ですよね~」でした。

 イランは自国の核開発について、「90パーセントが自国の力によるものである」と誇っているそうですが、どうしてそれができるかと言えば日本が間接的にそれに協力しているからです。

 私がまだ日本で学生生活を送っていた10年前、イランからの国費留学生が日本各地の原子力関連研究、ロケット開発関連研究を行っている大学へ何人も留学していたものでした。
 私が通っていた大学の大学院にも、ミサイル開発を目的としたイラン人留学生が在籍していました。日本の最高学府と言われている大学にも原子力関連の留学生がいたそうですし、各地の大学で彼らは勉強し、その知識をイランへ持って帰っていたのです。

 そのことを私は悪いとは思いません。他国が技術を提供してくれないのなら自分で手に入れる。そのために他国へ優秀な学生を派遣して人材を育てる。日本は留学生を良く引き受けてくれるから日本へ。
 実にはっきりした、長期的なプランです。日本の文部科学省よりもずっとはっきりしています。

 もしアメリカが本当にイランの核開発をやめさせたいのなら、日本をはじめとする各国に圧力をかけて、原子力関連やミサイル開発関連研究を目的とするイラン人留学生を受け入れないようにすべきでしょう。

 他国が核開発の協力をすると圧力をかけ、イランがけなげにも自力で核開発を行えばああだこうだと言い、更には韓国やブラジルの核実験に対しては目をつぶる。イラン人が不満に思う気持ちも分からないではありません。

 個人的には、イラン人が開発したミサイルは精度が悪そうですし、核実験もなんだかアバウトにやって事故を起こすのではないかという心配があるので、やらないでくれるに越したことはないと思うのですが。
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by sarasayajp | 2004-11-30 13:37 | イラン人 |
2004年 11月 29日 |
 昨日は最近のイラン人の名前についてお話ししましたが、じゃあ、「普通の」イラン人の名前ってどんななの?という質問を受けましたので、今回はイラン人の名前について。

 電話帳や大学合格者名簿を見ていて一番多いのは、預言者やイマーム、その家族の名前でしょう。

 男性では、
 モハンマド(イスラームの預言者、アラビア語ではムハンマド)
 アリー(シーア派初代イマーム)
 ホセイン(シーア派第三代目イマーム、アラビア語ではフサイン)
 レザー(シーア派12イマーム派第8代目イマーム、アラビア語ではリダー)
 メフディー(シーア派12イマーム派第12代目イマーム、マフディーとも)

 女性では、
 ファーテメ(預言者の末娘でアリーの妻、アラビア語ではファーティマ)
 ザフラー(ファーテメの異名)
 ゼイナブ(ファーテメとアリーの娘、アラビア語ではザイナブ)
 マルヤム(聖母マリア)

 これらを組み合わせた名前も多く見られます。

 モハンマド・レザー
 アリー・レザー
 モハンマド・ホセイン など

 若い世代に少なくなっている名前が、次のような預言者などの名前。

 イーサー(預言者イエス)
 ムーサー(預言者モーセ)
 エブラーヒーム(預言者アブラハム、アラビア語ではイブラーヒーム)
 エスマーイール(預言者イシュマエル、アラビア語ではイスマーイール)
 ダーウード(預言者ダビデ)など
 ハディージェ(預言者の妻、アラビア語ではハディージャ)
 サーラー(アブラハムの妻)

 ちなみに、預言者晩年の最愛の妻アーイェシェ(アラビア語ではアーイシャ)はシーア派の間では全く人気がありません。これは彼女が初代イマーム・アリーと激しく対立していたからと思われます。個人的には好きな名前なのですが。

 それから、アッラーや預言者の異名、アラビア語で良い意味の名前

 男性
 アフマド(預言者の異名の一つ)
 アミーン(預言者の異名の一つ)
 モスタファー(預言者の異名の一つ、アラビア語ではムスタファー)
 ハーディー(アッラーの異名の一つ)
 マジード(アッラーの異名の一つ)
 サイード(幸運な)
 ナスィール(援助者)など
 アクバル(偉大な)
 アスガル(小さな)

 女性
 マアスーメ(清らかな)
 エルハーム(神の)
 レイラー(夜、アラビア語ではライラー)
 アズラー(処女)

 アラブではよく見られるけどイランでは少ない名前が

 男性
 ハサン(シーア派第二代目イマームなのに)
 アブドゥッラー(アッラーの僕)
 ナスルッラー(アッラーの援助)
 アッバース(預言者の叔父の名前、初代正統カリフ)
 サアド(幸運)
 アサド(ライオン)など

 女性
 クブラー(偉大なの女性形)
 シャムス(太陽)
 ターヘレ(清い、アラビア語ではターヒラ)など


 こうしたアラビア語の名前の他に、ペルシア語の名前を持った人も多くいます。

 例えば、イランの伝説や歴史に登場する王や英雄、女性たちの名前。ただこれらの名前は、イスラーム革命後、イスラーム以前の歴史が否定されたため大学生の世代ですとほとんど見られません。

 男性
 ロスタム(イラン最大の英雄)
 ホスロー(サーサーン朝の王の名前)
 ダーリユーシュ(ダリウス大王、アケメネス朝の王)
 マヌーチェフル(イランの英雄叙事詩に登場する英雄)
 フェリードゥーン(フェレイドゥーンとも、ロスタムのライバル)
 メフルダード(パルティアの王の名前)
 ビージャン(英雄叙事詩の中の英雄)
 ジャムシード(伝説の王)など

 女性
 ホマー(イランの神話に登場する霊鳥、イランエアの愛称)
 ロフサーネ(英雄叙事詩に登場する女性)など

 その他にもペルシア語で良い意味を持った名前が沢山あります。こちらは世代を問わず沢山います。

 男性
 ベフザード(良い生まれ)
 ベフナーム(良い名前)
 ベフルーズ(良き日)
 ホマーユーン(吉兆の)等々

 女性
 ナーヒード(金星)
 パルヴィーン(すばる)
 シーリーン(甘い)
 サマン(ジャスミン)
 パリーサー(妖精)この他にもパリー(妖精)~という名前があります。
 ゴルネサー(花の娘)この他にも、ゴル(花)~という名前は沢山見られます。
 ファルナーズ(輝く)~ナーズ(愛しいといった意味)という名前が多数あります。例:ベフナーズ

 もちろんここにあげた名前は例に過ぎません。それに、このほかにも、トルコ系の人ならトルコ系の名前を、クルドならクルド系の名前を持っていることも多いです。
 それから、ゾロアスター教徒やキリスト教徒はアラビア語の名前を付けません。

 随分と長くなってしまったので、命名についてはまた別な機会にお話しすることにします。
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by sarasayajp | 2004-11-29 17:16 | イラン人 |
2004年 11月 28日 |
 ここ数日、あまりぱっとしない話しばかりで、煮詰まっているのでは?とご指摘を受けましたが、確かにちょっと煮詰まっています。
 この二三ヶ月、論文を書いているだけでぼ~っと過ごしていたのが、なぜかここに来てばたばたといくつか仕事が舞い込んできたのです。

 バイト料で生活している身なので、もちろんバイトは有難く引き受けます。しかしそれがいくつか重なり、さらには論文の締め切りも目前となるとさすがにちょっと疲れるようです。まあ、滅多にないことですからいいんですけど。ちょっと懐具合が寂しくなってもいましたし、助かります。

 ところで、今回引き受けたバイトの一つが、日本の学術雑誌に載せるという論文の、日本語への翻訳でした。
 それほど難しい内容ではないですし、枚数も多くなかったので気軽に引き受けたのですが、原稿をもらって、テクニカルタームについての注意を受けて翻訳を始めたその夜、執筆者に電話をしていました。

「済みません。この子供たちの名前、全然読めないんですけど」
「あ~そうなんですよね~。お金持ちの子供ばかりだから、変な名前が多いですよね~」

 って、分かっているなら最初に注意してくれればいいのに、というのは内心の声。

 テヘラン北部の高級住宅街の中にある私立小学校の授業についての報告書だったのですが、子供たちの名前が「変」なのです。イスラーム的な名前の子は一人もいなくて、イランの名前の子が少し。あとはどこから持ってきたのかよく分からない名前ばかり。

 パールミーダー、マーラール、ソラーレ、ヘリヤー、ドルサー、サーイナー、ターラー、パーニーズ、アーイサーン、パーンター、メロディー…

 私はこういう名前の女性に今まで会ったことはありませんし、論文執筆者(もちろんイラン人)自ら「変な名前ですよね~」などと言うのですから、きっと伝統的には存在しない名前なのでしょう。

 イランでは、革命以前、ヨーロッパ風の名前を子供に付けることが流行っていました。例えば私も、マリアさんやマーガレットさんという知り合いがいます。あるいは、イラン民族主義的王朝であったことから、英雄叙事詩に登場するような伝統的な名前もよく使われていました。ホスローさんにロスタムさん、ロフサーネさんもいました。
 ところがイスラーム革命後、欧米風の名前を付けることは禁じられ、イスラーム以前の歴史の否定から、イランの伝統的な名前も使われなくなり、イスラーム的な名前を付けることが進められました。モハンマドにアリーにレザー、ファーテメにザフラーなどなど。
 ずっと以前、日本でも、自分の子供に「悪魔」という名前を付けようとして市役所が受理しなかったという話しがありましたが、イランでもそれは同じで、ちょっと風変わりな名前や洋風な名前は全て市役所の窓口で却下されていました。

 私の知り合いで、自分の子供に「ティーナー」という名前を付けようとした人がいました。
 彼女の出身地にいる鳥のその地方での名前なのだそうです。
 ところが、市役所でそんな名前はいかんと却下しました。もっともその人も負けていなくて、何日か前にご紹介したペルシア語の大辞典を市役所に持ち込み、これが西洋風の名前ではなく、鳥の名前だということを証明して認めさせたそうですが。

 もっとも市役所の言うことも時によく分からなくて、男の子に、「アーデル・アリー」(公正なるアリー)という名前を付けようとして却下された方がいました。アーデルもアリーもよく使われる名前ですし、意味としても全く問題がないように思えるのですが「駄目です」の一点張りで、結局、戸籍の登録名を「アリー」だけにせざるをえなかったそうです。

 ともかく、数年前までイスラーム的な名前でなければ認めなかった市役所も、自由化の道を歩み始めたのでしょうか。不思議な名前を持つ小学校1年生たちの名前を見ながらしみじみとしてしまったのでした。
 それにしても、こういう名前をどこから持ってくるのでしょうか。
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by sarasayajp | 2004-11-28 13:06 | イラン人 |
2004年 11月 28日 |
 先日険悪なメールのやりとりをした相手と大学で待ち合わせ。
 雨は降り出すし、気分は重かったのですが、とりあえず出だしは穏やかに。
 今後のことを打ち合わせ、これで終わるかと思ったところで、「ところで、先日のメールのことだけど」と戦闘開始。
 結局、昼休みで学生が溢れているロビーで、喧々囂々と非難の応酬。

 まあ、あれやこれや言い合い、次第に言い合いが低劣に。
「大体君のペルシア語は全然上達していない」
「あなたのペルシア語だってきれいかもしれないけど、字が汚くて読めないわよ」
「そういう君だって、タイプミスばかりだ。大体どうしていつもdとrを間違えるんだ」

 ここで、たじろいでしまいました。
 私の負けです。

 私はMacユーザーです。仕事で必要なのでWindowsマシーンも持っていますが、Mac育ち(?)なのです。
 そしてこちらで書いている論文は、フォーマットなどの関係からWindowsPCでタイプをしています。どちらも長年使っているので扱いに困るということはないのですが、実はこれがちょっとくせ者なのです。

 まず、ペルシア語アルファベットのキー配列が、MacとWindowsで微妙に違っているので、うっかりミスをやってしまうのです。特に、彼が指摘した「d」と「r」はキー配列が逆になっているので、手元の下書き原稿などを見ながらタイプをしていると、うっかりとこの二つを逆にタイプしてしまったりするのです。
 ペルシア語に限らないでしょうけど、この二つの文字はよく使われますから、間違いも自然と多くなってしまうという困った文字です。一応プリントをしたあとに見直すのですが、何度見直しても、間違いはどうやっても残ってしまいます。

 それと、ペルシア語のアルファベットは32個あるのですが、これをキーボードを目一杯使って配列しているので非常にタイプしにくいのです。うっかりエンターキーを押していて、妙なところで改行されていたり。Macだとシフトキーを使ったりして、キーボード中央にアルファベットを集めてくれていて比較的タイプしやすいのですけど。

 言い負かされて悔しかったのですが、ともかく、和解をしてきたのでした。

 彼もメールで催促されたことが悔しかったのでしょう。この週末で仕事を仕上げてきたのでした。
 こんなに早くできるなら、どうしてもっと早く取りかからないんだろうと、「明日できることは明日でいい」というイラン人気質にため息が出てしまったのでした。
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by sarasayajp | 2004-11-28 00:19 | いろいろ |
2004年 11月 26日 |
 気分が落ち込んでいる理由。

 部屋に入り込んだ一匹のはえがうるさいこと。
 忙しいこと。
 わがまま勝手なイラン人にほとほと疲れ果てていること。

 ペルシア語のチェックを頼んだ人が、全然仕事をあげてきません。こちらが頼んだ期日を二ヶ月近く遅らせているため、こちらもいい加減腹が立ち、少々きつい口調で催促メールを出しました。
 すると、まあ、「いかにあんたのペルシア語に問題があり、いかに自分が正当であり、正しい仕事をしているか」という激烈なメールが返ってきました。

 まただよ。メールを読んでため息が出ました。

 「仕事」に対する概念が違うので、仕方がないと言えば仕方がないのですが、頭の痛いところです。仕事をするということがどういうことか分かっているのか?と怒鳴りつけたくなることもしばしば。
 プライドの高い人たちなので仕方がないのかもしれませんが、一緒に仕事をするには難しい人が多いのも確かです。
 何といっても、まず、「私があなたの仕事をしてあげているのだ」という意識であるため、こちらのニーズに応えるということは考慮されません。

 そしてもう一つ、学歴が高くなると、「人に雇われる」ということに対しても抵抗感が強くなります。官公庁などに勤めるのでしたらあまりそれには抵触しないようなのですが、個人に雇われるということはとてもプライドに差し障りがあるようです。

 今回のペルシア語チェックの彼もそうですが、例えば日本語通訳でもそうです。
 日本で働いていたことのあるイラン人は、「働く」ということがどういうことか、理不尽なことも多少は我慢しなければならないということがよく分かっていますので、彼らは日本側からの要求に非常によく応え、誠実に仕事をしてくれます。
 ところが、海外に出たことがなく、大学の日本語学科で日本語を勉強した人たちは、「私たちは学士なんだ」という意識が非常に強く、給料が高く、楽な仕事しかしようとしません。
 例えば、取材や研究者のための通訳ですと、アポを取ったり、資料を取ったりという仕事も入ってきますが、彼らは「こんなことは自分のする仕事ではない」と言い、「通訳」というおいしい部分しか取りたがりません。そのくせ、給料は沢山もらいたがります。コーディネートをしないなら、その分を減らされるのは当然だろうと思うのですが。
 アポを取ったり、資料を集めたりという仕事は地味で、また嫌な思いをすることもあります。彼らはそれが嫌だと言うのです。学士号を持っている自分たちがどうして人に頭を下げなければならないのだと言うのです。

 お金をもらうってそういうこと?学歴ってそういうこと?と思わずにいられません。

 個人経営の商店や企業ばかりのはずだよと思わずにいられません。
 人に使われたくないから、さっさと独立してしまう。
 それが悪いことだとは言いませんけど、何かが違っているような気もします。結局、独立といっても何か独創的なことをするわけでなく、人と同じことを個人でやっているだけ。だから大きな仕事などできやしないわけで。

 寄らば大樹の陰という日本と、一匹狼のイランと。
 どっちもどっち、と思いはするものの。
 イラン人が憧れる「日本のような経済発展」を達成したいなら、もう少しその気質を変えないと難しいかもよ、といつも思うのです。
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by sarasayajp | 2004-11-26 16:31 | イラン人 |
2004年 11月 26日 |
 先日お話ししたもう一人の留学生のモチベーションの低さが伝染したのか、この二三日ちょっと調子が悪いままです。


 少し気分転換。

 先日お話しした、「がんばれ」「元気だそう」はやはり適当な表現がありませんでした。
 相手を叱咤激励ようするな言葉はこちらにはないようです。


 これはアラビア語とも共通しているのですが、ペルシア語には「受動態」が存在しません。文法としては存在しますし、現在は外国語の影響か使われるようになりましたが、本来あまり使われる言葉ではありません。あくまで自分が主人公。
 例えば、「彼は殺された」ではなくて、「誰かが彼を殺した」という言い方なのです。

 ところが、例えば「地震により25人亡くなりました」という時は、「地震により25人殺されました」という受動態なのがおもしろいところです。


 私がイランに来たばかりの頃に留学していた方から聞いた話しから。

 ペルシア語には、「常識」という言葉がありません。
 この方が一生懸命調べ、大学の先生をはじめとする色々な人に質問をしたのだそうですが、どうやっても、「ある一つの社会に住む人が共通して持つ知識や考え方」という概念に当たる言葉が見つからないのだそうです。
 ほとんどの人が、「bahush」がそれだ、と言うのですが、この単語は「聡明さ」とか「頭の良さ」を指す言葉であって、日本語で言う「常識」とは少し違います。もっとも、聡明な人であれば、そうした常識はわきまえているでしょうから間違いではないのかもしれませんけど。
 そして「常識」という言葉で人の考えや行動を縛ることをしない、そういうものがあるとしたらイスラームの規範、そんな感じです。

 もう一つ、別の言語学を研究している友人から聞いた話ですが、「工夫」という単語もペルシア語には存在しないとか。これもイランらしい話しです。日本人はやたらと工夫することが好きですけど、こちらでは「そんなちまちましたことする必要ないじゃん」と、あるものをそのまま使ってしまいます。
 ちなみに、「改良する」「改善する」という言葉はあります。

 ちまちましたことといえばもう一つ日本人が大好きな「節約」。
 これもペルシア語だと少し発想が違っているようです。日本語ーペルシア語、英語ーペルシア語辞典を調べてみると、「節約」にあたる単語はありますし、町には「ガソリンを節約しましょう」「電気を節約しましょう」というスローガンが溢れています。
 でもこの言葉も、もともとは「利益を求めること」から転じて「節約」になっています。日本語の節約という言葉の発想の基礎にある、ものを切りつめるという意味はあまり感じられません。使用を減らして利益を出すという意味では正しいのですけど。

 同じように日本語と発想が違うのが「お疲れ様」。
 「khaste nabashid=疲れないでください」
 日本語を見ると、疲れている人にこれはないだろうと思うような表現です。

 同じように微妙な表現が、何かをしてもらった時などに使う、「どうもありがとうございます」というニュアンスのお礼。
 「daste shoma dard nakone=あなたの手を痛めないでください」
 お手数をおかけしました、とか、そんなことしないで下さいな、ということなのでしょうけどなんとなく微妙です。
 今では単なる「ありがとう」の意味になっていて、それどころか、「痛めないでください」の部分が落ちて、daste shoma=あなたの手、で済ませている人もいます。一番最初にこれで言われた時には、「私の手が何?」とびっくりしたことを思い出してしまいました。


 言葉と風土・文化は切り離せないといいますが、本当にその通りだと思います。
 イラン文学を読んでいると、感情表現、特に愛憎に関する言葉はどっさりとあって日本語にしにくいのですが、日本語の色彩表現や自然の表現はペルシア語にはできません。それをいかにペルシア語、あるいは日本語にするかが翻訳の醍醐味なのでしょうけど、私はそんなレベルには到達できないようです。

 そういえば、馬やらくだ、羊に関する訳語も困るものの一つです。
 馬は、色や毛並みによってそれぞれ特別な呼ばれ方をされますし、らくだも雄雌、年齢によって全て違う単語が使われ、羊も雄か雌か、去勢されているかいないか区別されます。
「こんなの日本語にならないから」と、「馬」「らくだ」「羊」とするのですけど、味気なくなってしまうのです。でも、「三歳の雌らくだ」と説明的な訳をするのもできないしと、なけなしの頭を絞るのですが未だ上手い訳語が見つかりません。
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by sarasayajp | 2004-11-26 00:16 | いろいろ |
2004年 11月 25日 |
 なんだかむしゃくしゃする一日。

 朝からずっとついていなくて、とどめがある人との喧嘩。

 喧嘩のきっかけはあまりにくだらなくて嫌になるのですけど、「礼拝」でした。

 バイトが入り、呼び出されてあるオフィスへ行きました。そこへ行くまでに既に色々あって嫌な気分でいたのですが、到着したら当の本人は「礼拝に行っています」だそう。
 この時間に来いと言って呼び出しておいてそれは何だよと、その段階で嫌な気分が5割り増し。
 30分以上待たされて、ようやく来たと思ったら詫びの一言もなし。ついつい言い合いになってしまいました。


 イラン・「イスラーム共和国」の政府関連機関では、礼拝の時間が長ければ長いほど出世すると言われています。
 オフィスや工場など人が集まる場所には必ず「ナマーズハーネ(礼拝部屋)」が設けられ、礼拝をしたい人はそこで礼拝を行うようになっています。ちなみに、イランエアの中にもこの部屋はあります。
 ムスリムは一日5回、礼拝を行うことが義務づけられています。この5回のうち、昼の礼拝と、午後の礼拝がオフィスタイムにかかってしまいます。

 IRIB日本語放送でバイトをしていた時、私としょっちゅう喧嘩をしていた上司が、毎日きちんと昼の礼拝に行って、なかなか帰ってこない人でした。
 ある日、親戚の人から上司に電話がかかってきました。
「J氏はいる?」
「今は礼拝に行っています」
「え!!!彼が礼拝なんかするの?????」
 この発言により、J氏はチーフになるため、IRIB内で礼拝をするようになったことがばれてしまったのでした。

 そして、昨年、友人が調査のためにイランに来ていた時のことです。
 彼女は資料をもらいに政府系のある機関へ行きました。しかし、担当者はなかなか現れません。彼女はきちんとアポを取り、指定された時間に行ったのに、「礼拝中」と言われて二時間待たされたあげくに、「外人に話すことなんかない」と追い返されたそうです。

 礼拝は、どんなにゆっくりやったところで20分~30分もあれば終わります。
 それを1時間2時間もかけて、それも人が来ると分かっている時間に行う人たちの礼拝は、人に見せるための礼拝でしかないことが露骨に分かります。それなのに、「ナマーズハーネで礼拝を行っている」ということで高く評価され、能力とは関係なく出世することができるのです。

 預言者自身が、「人に見せるための心のない礼拝なら行わない方がいい」と言っているのに、イスラームを国家理念としたイランではこんなものです。預言者が見たら悲しむだろうと思わずにいられません。まあ、全て来世で彼らの偽善は明らかになるので私がぷりぷりと怒る必要はないのですけど、現世にいる我々にとってはいい迷惑なのです。


 私は決して、ムスリムが礼拝をすることを否定しているのではありません。IRIBでバイトをしている時でも、常識的な時間に常識的な時間をかけて礼拝をする人に対して文句をつけたことはありませんし、文句をつけたいと思ったこともありません。
 それに、真剣に祈る姿に感動することもありますし、敬意も払っています。
 ただ、信仰心からではない(としか思えない)礼拝を長々とやっているところを人に見せたり、礼拝を口実にさぼることに文句をつけたい気持ちになるだけなのです。
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by sarasayajp | 2004-11-25 03:22 | イラン人 |
2004年 11月 24日 |
 イランの住宅事情についてご質問がありましたので、イランアパート事情について。

 とはいっても、テヘラン以外の都市についてはよく知らないので、テヘランのアパート事情です。

 テヘランは地方からの人口流入が激しく、日々膨張している都市です。
 そのため、住宅に対する需要も多く、数年前からアパートの値段が跳ね上がりました。バブル到来です。また、建築材料の品質を落とし、あるいは違法建築を行って安く造ったアパートを高く売るという悪質業者も多く、欠陥建築だらけとなってしまいました。

 テヘランは、一戸建ての家は案外少なく、ほとんどがアパートです。
 革命前は一戸建ても多かったのですが、一戸建てのオーナーが老後の資金のためにと、自宅をアパートに建て替えて売るというケースが増えています。
 また、アパートの値段が高騰したため、地方から出てきた人や若い夫婦などには買えない、あるいは借りられない価格となってしまい、彼らは自分たちでも払えるような面積が小さい部屋を探すようになりました。
 そのため今度は、古くて一世帯あたりの面積が大きかったアパートを建て替えて、一世帯あたりの面積を小さくし、部屋数を増やして収入増をはかる大家も増えました。テヘラン周辺部の新しく建てられているアパートは、大きな敷地に小さな部屋がたくさん入ったアパートがほとんどです。



 アパートは、日本でマンションを買うのと同じように買うのと、賃貸とあります。
 賃貸は、一ヶ月毎に家賃を払う方法と、多額のデポズィットを払って月々の家賃を支払わないという方法、デポズィットと月々の家賃を組み合わせるという三つの方法があります。

 デポズィット制は一年ごとの契約で、契約を更新するたびに、デポズィットを増やすか、月々の家賃を増やして契約を更新します。契約を解消するとデポズィットは全額戻ってきます。
 デポズィットとして預かったお金を大家は銀行に預け、その利息を家賃として取るのです。イランの長期預金の利率は一年定期で平均7パーセント(5年定期だと18パーセントという銀行も有り)を超えており、元金が多ければ家賃分くらいの利息が出るため、大家にとっては本当に払ってくれるかどうか分からない月々の家賃を取るよりも確実であるというメリットがあります。また事業を行っている場合、デポズィットを次の建築を始めるための資金とすることもできます。

 デポズィットを沢山用意できないという場合、デポズィットと家賃を組み合わせて支払う方法をとることもできます。
 テヘランでは、デポズィット100万トマーンあたり、一ヶ月の家賃を3-4万トマーンと計算します。
 つまり、例えば、1千万トマーンのデポズィットというところを、500万トマーンにして、毎月15-20万トマーンの家賃を払うのです。


 私が住んでいるアパートは、築25年以上という古いアパートです。革命前に新興住宅地として売り出した地区で、その当時はテヘランの郊外だったそうですが、今やテヘランの中です。ちょっと有名なところで周辺に比べると少し家賃相場は高めですが、まあまあ、いいところです。
 夫婦と子供2~3人で、平均よりも少し収入の多い家族が住む地区でありアパートだと思ってください。

 面積は100平米の日本で言う2LDK。三年前に全面改装済み。バストイレ電話に冷暖房がついていて、三階建ての二階部分。駐車場はなし。
 デポズィットは500万トマーン(約60万円)、月々の家賃が15万トマーン(約1万8千円)。
 本当なら家賃はもう少し高いはずなのですが、毎月でなく、まとめて払うからということで少し安くしてもらっています。(こうすると利息が付く分を引いてくれるのです)

 契約更新の時は、普通、100万トマーンくらいのデポズィットを増やすか、家賃を2-3万トマーン増やします。このように家賃のインフレ率が高いため、安いアパートを探して、三年に一回くらい引っ越す家族も多いようです。

 私の部屋をもし買おうと思ったら、日本円で1千万円以上必要です。他の物価と比較してみると、住宅は異常に高いです。


 私のアパートは古いため、間取りがゆったりしていますが、新しいアパートですと、60-70平米というものも多いようです。知り合いが建てているアパートなど、新婚用にと50平米という部屋もありました。

 子供が二人という標準世帯で、一ヶ月最低32万トマーン(住宅費抜き)が必要と言われているテヘランで、デポズィットを用意することも家賃を払うことも、はっきり言ってかなりの負担のはずです。みんな一体どうやって生活しているのだろうと不思議でなりません。


 私は諸般の事情からサロンの一角を作業場にしていて、二部屋あるうちの一つは物置兼客室となっています。ここには、よくイランへ来る友人などが預けていった荷物が戸棚の中に、そして日本へ帰る留学生から買い取った家具が置かれ、すっかり、アパートの中のアパートの様相を呈しています。(布団など、合宿ができるくらいあります)
 イランに旅行にいらっしゃる方で、テヘランのヌシとのシェアでもいいという方には部屋を格安でお貸ししますので、どうぞご連絡下さい。
 というのは半分以上冗談なのですが、調査などで来る友人が滞在する部屋となっています。これも部屋が広いからできること。これで風呂にバスタブがあれば最高だったのですが。


 ちなみに、なぜ私がこんな大きなアパートに住んでいるかというと、大学へ通うのに便利で、環境の良いところという条件を優先したら、小さなアパートが見つからなかったというのが一番の理由です。本当なら家賃をもっと安上がりにしたかったのですが仕方がないです。生活費の半分くらいは住居費で消えているような気もします。イランの物価が安くて良かった。

 以前にお話ししたように、イランでは家族は一緒に住むものという考え方が強く、また地方から来る学生もほとんどが寮に入ります。そうしたことから、単身者用のアパートに対する需要が少ないのだと思います。
 日本の1DKのような小さな部屋もありますが、大抵が、駐車スペースが余ったからここに部屋を一つ作ってみようか、とか、地下のボイラー室の隣にスペースがあるからここを部屋にしてみようかといった、「余ったスペース」を部屋にしてみましたというところが多いので、あまり条件がいいとは言えません。
 テヘランで学生がアパートを探すのは本当に大変なのです。
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2004年 11月 24日 |
 「ちゃらんぽらん」
 いかにもいい加減そうな響きのする言葉です。言っていることはともかく、やっていることは適当な私にぴったりな言葉かもしれませn。

 これとほぼ全く同じ言葉がペルシア語にもあります。

 Charand-parand

 口語では「ちゃらんぽらん」「ちゃらんぱらん」と聞こえます。意味もほとんど一緒です。日本語だといい加減な言動を意味しますが、ペルシア語は意味もないくだらないことばかり言うことを指すというところが違うくらい。

 Charandの方に意味のない、くだらない、という意味があって、parandは語呂を良くするために付け加えただけの言葉だそう。ペルシア語にはそういう組み合わせがあります。例えば、子供のことをバッチェと言うのですが、口語の中で時々、「バッチェ・マッチェ」と言ったりするのがそういう用法。二つめには全く意味がなく、一種の言葉遊び。

 語源などが調べられるかと思い、ペルシア語最大の辞書「Loghat-name-ye Dehkhoda」を調べてみたのですが、残念ながら意味しか書いてありませんでした。

 日本の「大漢和」に匹敵するこの辞書を編纂したアリー・アクバル・デフホダーが、20世紀初頭に「スーレ・イスラーフィール(イスラーフィールのラッパ)」(※)という週刊誌に二年に渡って連載した風刺エッセイのタイトルが「charand-parand」で、彼はそこで当時の立憲制に対する反動分子を嘲笑するエッセイを書きつづっています。


 関係ないのですが、私はいたって真面目に生きているつもりなのですが、家族にはそう見えないらしく、二人いる妹の片方は「私はお姉ちゃんのようにならないから」というのがモットーだったそうです。私って妹に反面教師にされるほどちゃらんぽらんな人生を送ってきたのか?と、ちょっと悩んでしまうのでした。


※ イスラーフィールは、最後の審判の日にラッパを吹き鳴らし、最後の日が来たことを知らせる天使。
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by sarasayajp | 2004-11-24 05:50 | いろいろ |
2004年 11月 23日 |
 バムで知り合った、震災孤児を支援するイランのNGO主催者から電話がありました。

「日本語の『がんばれ』ってペルシア語で言うと何なの?もう一つ『元気だそう』って?」

 どうやら日本から送られたカードにそう書いてあったのに、意味が分からないので私に電話をしてきたようです。

「ああ、それはね…」

 そこではたと気がつきました。
 そういう表現はペルシア語にはないのでは?
 少なくとも私は使ったことがありませんし、言われたこともないように思います。
 もともとそれほどペルシア語のボキャブラリーは多くないので、頭の中にあるペルシア語単語帳を大慌てでめくり、絞りだそうとするのですがだめです。

「ごめんなさい。ペルシア語にちょうどいい表現が見つからないんです。『がんばれ』に一番近いのは多分、movaffaq bashid(成功をお祈りします)かもしれないけど、ちょうど同じ表現はないです。『元気だそう』は駄目です。説明できません」

 自分のペルシア語力に絶望を感じた瞬間でした。

 たまたまその直後に、もう一人の留学生(現在イランにいる正規留学生は私を含めて二人だけ)から電話があり、一緒に夕食を食べることになりました。彼は口語の表現力に関しては私と比べものにならないくらいすごいので、夕食を食べながら彼にこの二つについて聞いてみました。

「あ~~~ないですねえ。Movaffaq bashidだとちょっと違いますよね。やっぱ。元気だそうは無理ですよ。全然違う表現に変えないと。でも何かあるかなあ」

 と、二人であれやこれやとしっくり来る表現を探しているうちに話しがずれてきました。

「今ターム、全然やる気が出ないんですよ。イラン人と話す気分にならなくて。先週も授業を一週間さぼっちゃいました。こんなのはじめてですよ」
「あ~、そういう時ってあるよね。無理する必要もないと思うけど。少し休んでみたら?」
「そういえば、さっきの『がんばれ』ですけど、がんばる必要ってあるんですかねえ。どうやってもがんばれない時にがんばれって言われるのきついと思うんですけど」
「それはそうかも」

 そういえば、同じことをバムでも聞いたな、と思い出しました。
 各国から支援に来たボランティアやNGOの一部が、バムの人々があまりにやる気を見せないので呆れて帰ってしまったという話しを聞いた時でした。
 地震の直後からバムで支援活動を手伝っている女性にその話をしたところ、彼女は言いました。
「私はそれでもいいと思いますよ。がんばれがんばれって言われても、できないことはできないのだし、それよりは気持ちが落ち着くのを待った方がいいと思うんですよ。立ち上がれるようになったら立ち上がるでしょう」

 私よりずっと長くイランに住み、イラン人として生きていらっしゃる方の言葉ですから重みがありました。がんばれ、再建をしようというのは、援助する側の押しつけでしかない、支援をされる人たちの立場に立っていないという穏やかな彼女の指摘に、援助の難しさを考えさせられました。

 もっとはっきりと言ったのは内務省のある高官でした。
「神戸の体験を、と日本の人は言いますけど、日本とイランでは様々な条件が違うでしょう?どうして神戸の体験をそのままイランに持ち込むんですか?我々には我々の文化があります。神戸の体験が役に立たないとは言いません。もちろん有益なこともたくさんあると思います。しかし、当てはまらないところもあるのです」

 イランにも正すべきところははっきり言ってたくさんあると思います。そして海外の援助がないとできないことも多いです。何といっても、計画を立てることは大好きでも、実行に移すのは面倒という国ですから。
 しかし日本的(あるいは支援を行っている各国の)価値観だけを押しつけるのではなく、イランのことを理解した上で、双方の良い部分を利用する道を探さなくてはならないのだと、それができなければ、単なる「善意の押しつけ」にしかならないのだと、援助の難しさを感じたのでした。

『がんばれ』というのは難しい言葉だな、と思った夜でした。
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by sarasayajp | 2004-11-23 15:11 | いろいろ |
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