イランという国で
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2004年 08月 31日 |
 道路を横断しようとしていたら、後ろから腕を叩かれました。
 何かと思ったら、杖をついた小さなおばあちゃんがいて、「道路を渡してちょうだいよ」と手を差し出しています。
 もちろん断る理由などありませんから、おばあちゃんの手を引いて、自動車を止めながらゆっくりと道路を横断し、向こう側まで渡してあげました。
 「どうもありがとうね」
 礼を言うとおばあちゃんはまた杖をつきつき歩いて行ってしまいました。
 その、あなたは当然のことをしただけだよ、という自然な態度に何となくうれしくなってしまいました。

 私が頼まれることは滅多にありませんが、こういう光景はごく当たり前に見かけます。
 お年寄りが若者に遠慮をしていないというのはいいなあと思います。また、若い人たちも親切ごかしに何かしてあげるのではなく、当たり前に彼らに親切にしてあげています。もちろんそうでない人もいますけど。

 老人や子供など社会的弱者に親切にしてあげることは、コーランにも記された義務です。そのためお年寄りが権利主張することは、「私はあなたに神の命令を果たす機会を与えてあげた」ということになり、卑屈になる必要はありません。上のケースでは私がおばあちゃんに感謝をしなくてはいけません。「私が善行を行う機会を与えてくれてありがとう」

 バスの中でも子供は優遇されますが、学校へ行くくらいの年になるとお年寄り、妊婦、小さな子供を抱えたお母さんには席を譲り、また譲られた方も遠慮なく譲られてくれます。断る時も、日本の一部の方のように「自分は席を譲られるような老人じゃない」などという感じではなく、「近いから大丈夫」「あなたこそ座っていなさい」「私よりこちらの方を」等々、譲ろうとした方が気まずくならないような断り方をしてくれます。

 私はもちろん本来なら席を譲られるような年齢ではないのですが、外国人だからということでよく席を譲られます。もちろん気持ちだけありがたくいただくのですが、旅人には親切に、という精神もきちんと生きているようです。
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by sarasayajp | 2004-08-31 17:02 | イラン人 |
2004年 08月 31日 |
 今日はシャフリーヴァル月10日、ラジャブ月14日、西暦8月31日

 今日はイスラーム銀行業の日だそうです。

 イランの銀行はほとんどが国家経営です。最近民間銀行の設立が許可されましたので、これから民間の銀行も増えるかもしれません。

 国営の銀行は7つ(だったはず…)。その名前を見ればその銀行の特徴が分かるようになっています。
 メッリー(国有)銀行。イランの中央銀行。
 メッラト(国民)銀行。
 サーデラート(輸出)銀行。
 テジャーラト(貿易、商業)銀行。
 マスキャン(住宅)銀行。
 ケシャーヴァルズ(農業)銀行。
 レファー(福祉)

 現在ではこれらの名前に従った役割も崩れてどれも一般銀行となっていますが、それでも例えば、テジャーラト銀行では貿易のために外貨取り扱いが他銀行よりも多かったり、マスキャン銀行では住宅ローンの貸出額が多かったりといった特徴は残っています。私も外貨を送金したりするためテジャーラト銀行に口座を持っています。

 イランの銀行の最大の特徴は利息が高いということだと思います。普通口座は無利子ですが、長期の定期預金は低金利の日本から見ると信じられないくらいの利息が付きます。
 銀行によって少しずつ違いますが、1年から5年までの定期預金で8-18パーセントの利息がつきます。そのうち3パーセントくらいは銀行が手数料として取りますので、実質は5-15パーセント。それでもインフレ率を上回っているので魅力的な利率です。
 住宅ローンの金利は20パーセントくらいと聞いています。

 それにしても不思議なのが、利息を禁じているイスラーム世界にあって、どうしてこのような高利が許されているのかということです。
 コーランには利子や手数料を取ってはいけないとはっきりと書かれています。
 これについてこれまで、納得のいく説明をしてくれた人がいないのでここでは説明をすることができません。誰かご存じの方がいらしたら教えてください。
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2004年 08月 30日 |
 道徳(akhlaq)についての論文を書きながら、なんとなく友人のことを思い出しました。

 彼女は調査のために日本からやってきたのですが、調査そのものよりも、調査の許可を得るために役所周りをする方が大変といつも嘆いていました。

 特に彼女の調査と密接に関わっていた部署の部長が意地悪で、あれやこれやと難癖をつけて、なかなか資料を出してくれないし、調査許可を出してくれなかったのだそうです。

 彼女曰く、「そういうことはよくあるからまだ我慢するけど、そいつの名前がホシュアフラーグ( Khosh-akhlaq = 善行、よい倫理の意)なのが一番気に入らない」だそうです。

 絶対に悪事をしてはいけないであろう名字です。こんな名字を持つ人に意地悪をされたら確かに腹も立とうというものです。笑ってしまわずにはいられませんでしたけど。
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by sarasayajp | 2004-08-30 19:00 | イラン人 |
2004年 08月 30日 |
 オリンピックが終わりましたね。

 閉会式の後で開会式の話題もどうかと思うのですが、開会式で、「羊たちを虐待しないで」と訴えた女性がいました。オーストラリアやニュージーランドから中東へ向けて羊を生きたまま輸出するのは残酷であるという主張でした。その主張は十分に理解できます。

 しかし、イスラームでは動物を屠殺する際に必ず「ビスミッラー(神の御名において)」ととなえなくてはならない、と規定されています。肉の状態で輸入すると、これがきちんとなされた肉かそうでないか判断ができません。不浄な(ハラーム)肉を食べることはムスリムとしてできるだけ避けなくてはなりませんから、羊を生きたまま輸入して、自分たちの管理下にある工場で加工したいと考えます。
 もちろん私はこのように理解できるからといっても、羊が劣悪な条件で運ばれることに賛成しているわけではありません。

 数年前、イランでとんでもない事件が起こりました。
 パキスタンからサウジアラビアやドバイなどに向けて輸出された肉が、冷凍庫などの問題で品質が劣化して届き、受け取りを拒否され、パキスタンへ差し戻されました。
 この腐りかかった肉をなんとイランの業者が買い取り、薬品を使って新鮮な肉に見せかけ市場へ流したのだそうです。

 これらの肉は肉のまま、あるいはソーセージやハムなどに加工され、市場に流通し、それを食べた人たちが食中毒などを起こし、社会問題となりました。

 私はこの事件が起こった時、日本に一時帰国をしており、イランに戻ったらパニックになっていました。会う人会う人からこの事件について聞かされ、「鶏肉だけを食べるのよ」と念を押されたものでした。
 私は元々それほど肉を食べないので食事に困ることはありませんでしたが、食事にたとえ少量でも肉が欠かせないイランの人にとっては大変な出来事だったようです。

 どうやら政府の有力者の関連会社がやったことだったようですが、利益のためなら他人がどうなろうと構わないというのはイスラームの精神に反していると思うのですが、いかがなものなのでしょうか。
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by sarasayajp | 2004-08-30 13:05 | いろいろ |
2004年 08月 30日 |
 今日はシャフリーヴァル月9日、ラジャブ月13日、西暦8月30日

 今日のイランは祝日です。
 シーア派各派にとって共通して敬意を示される初代イマーム・アリーの誕生日、ということになっています。
 彼はイスラームの預言者ムハンマドの甥にあたり、預言者の末娘の婿でもあります。このため、血統を重視する一派が、彼こそが預言者の正当な後継者であると主張し、選挙による指導者選定を主張した人々(スンニー派)と袂を分かったのがシーア派の始まりです。

 預言者自身は血統主義を否定していたはずですから、シーア派の主張はちょっと違うのではないかと思わないのでもないのですが、そのあたりの神学的論争は難しいのでやめておきます。

 冒頭で「誕生日ということになっています」と書いたのには理由があり、イスラーム世界では誕生日というのはあまり重視されないので、記録に残っていないことがほとんどだからです。
 イマーム・アリーにしてもこの例に漏れず、特に記録が残っているわけではなく、後世の人々が様々な伝承からこの日だろうと決めたものです。
 第一、イスラームの創始者である預言者ムハンマドでさえ誕生日ははっきりしておらず、スンニー派やシーア派の各派で違う日が誕生日とされているほどです。

 イラン人が現政権に対する批判の中でよく言うのが次のような事柄です。
 「イスラームが登場して1400年、この間偉大な学者が何人も生まれ、イスラームについて研究してきたのに分からなかったいろいろなことが、革命後たった25年で何でも分かるようになったんだからすごいよ」

 イラン人が現政権にうさんくささを感じる理由の一つがここにあるようです。
 これまではっきりしなかった預言者やイマームの誕生日や、歴史的な事件の真相が「新たな資料の発見」により次々に定められてきたのですから。
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2004年 08月 29日 |
 今日は生活費のため、ドルをリヤールへ両替。

 銀行ではその日のレートが各支店に回る10時以降でないと両替をしてくれないので、11時近くになってから私の住む地区内にある両替可能な銀行へ行きました。
 この銀行にはリヤールの普通口座と送金のための外貨口座とを持っていて、この支店を利用している外国人が私一人ということで行員ともすっかり顔なじみです。

 イランの銀行はたいていいつでも混んでいるのですが、今日の混み具合は一段と激しく、外貨受付へたどり着くのにも人をかき分けなくてはなりませんでした。

 原因の一つは明日が休日ということで、お金をおろしておこうという人がいつもに比べて多かったということのようです。

 混雑のもう一つの原因は、先日、携帯電話の料金請求書が配られ、その振り込みのために人が集まっていたということもあるようです。
 イランでは光熱費などの銀行口座からの引き落としはやっていません。二ヶ月に一度やってくる請求書を持って銀行から振り込むのです。このため請求書が配られた直後の銀行は大変な混雑です。
 たいていの支店では振り込みのための窓口が一つしかなく、また順番を守らない人が多いため、振り込みや入金、出金の人々が殺到して阿鼻叫喚の世界が出現します。みんな自己主張が強いので、どうして自分の順番が遅いのかと窓口に怒鳴り、手際が悪いと怒り、支店長にかみつき、混乱に拍車をかけます。

 少し前に、各銀行の本店や少し大きな支店では日本の銀行にもあるような順番カード発行機を設置したのですが、それまでコネや顔パスで順番を守らなかった人たちによる、自分たちの権益を守るための頑強な抵抗などにより早々に廃止になったそうです。

 預金の引き出しのためのCD機も普及しつつあるのですが、カードや機械本体に故障が多いことと、イランの紙幣があまりにぼろぼろで機械にかからないという理由から、結局窓口を利用する人が多いです。

 光熱費などの口座引き落としに関しても、まだそれができるだけのシステムができていないためにできないのだそうです。

 機械に頼りすぎるのもどうかとは思いますが、全てを人力というのもそろそろ限界なのではないかと、銀行に行くたびに思うのです。
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by sarasayajp | 2004-08-29 17:52 | いろいろ |
2004年 08月 29日 |
 今日はシャフリーヴァル月8日、ラジャブ月12日、西暦8月29日

 1981年のこの日、イランではイラクとの戦争に関する業務に追われ、首相府に集まっていたラジャーイー大統領とバーホナル首相をはじめとする政府要人が、MKO(モジャーヘディーネ・ハルグ)による爆破テロにより亡くなりました。

 まだ体制が固まっていなかったこの時期には、ホメイニー師を中心とするイスラーム共和党によるイスラーム体制に反対する各派が主導権争いをしていましたが、この事件をきっかけに左派系、共産主義系各党派が弾圧され、現在の政権の基礎が作られることになりました。
 このため、この二人が殺されたこの日の前後一週間を「国家週間」とし、記念行事などが催されるようになりました。

 イスラーム革命が1979年ですから、革命からしばらくは決して「イスラーム国家」ではなかったわけです。
 革命に参加していた当時の学生がよく、「私たちはヘジャーブ(ベールなどのイスラミックドレスコード)をしたくて革命を起こした訳じゃない、あとから坊さんたちがやってきて革命を乗っ取ったのだ」と言うのですが、その言葉が決して嘘ではないことが、こうした出来事からも分かります。
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2004年 08月 29日 |
 今日未明、オリンピックで金メダルを獲得したレザーザーデ選手が帰国するとのこと。
 まだ6時間近くあるのにテレビでは空港から中継を始め、ロビーが出迎えの人であふれかえっているところを映しています。

 私が初めてイランに来た時は、確か、レスリングの世界選手権だったかアジア選手権だったかでイラン選手団が活躍し、その出迎えのためにやはり立錐の余地がないほどにロビーが人で埋まっていました。
 まだ現在ほど自由化が進んでいなくて、女性の服装は真っ黒で、男性もヒズボッラーひげの人が多くて、彼らが集まっている理由が分からなかった私は少々パニックしたのでした。空港の外に出るのもままならないくらいでしたから。

 留学して初めて一時帰国した日本からの帰りの便は、サッカーのナショナルチームと一緒で、これまた空港ロビーがパニックとなっていました。

 今日、海外から初めてイランへ来た人は驚くだろうなあと、ちょっと昔の自分を懐かしく思い出してしまいました。

 それにしてもイランの人は暇なのでしょうか。インタビューに答えていた少年やおじさんは夕方5時から待っているとのことですが、12時間近くも待つとは驚きです。それとも私が分かっていないだけで、ファンとはそういうものなのでしょうか。
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by sarasayajp | 2004-08-29 05:05 | いろいろ |
2004年 08月 28日 |
 今日は日本へ送るものがあって郵便局へ。

 すっかり顔なじみの郵便受付の窓口のおじさんに挨拶。挨拶は返してくれたものの、先客とのおしゃべりに夢中で、用件を聞いてくれません。
 まあいいやと、おとなしく順番待ちをするつもりでいた耳に入ってきたのは、なんということはないことでした。オリンピックのレスリング競技でイランの選手がふるわないことについて議論になっていたのでした。
 確かに今回のオリンピックでは全然メダルが取れていませんが、私の仕事もしてほしい。
 速達窓口では結局、係員が私のことを無視で、私に同情した別の仕事をしていた女性が仕事をしてくれたのでした。(イランでは人の仕事はしないというのが不文律なのでこうしたことはとても珍しい)

 日本もメダルラッシュとかで盛り上がっているようですが、お客を放っておいてまで前日の競技の話はしていないですよね?それともしているのでしょうか?

 郵便局で耳を疑うような出来事がもう一つ。

 テヘランから日本へはがきや手紙を普通に出すと、5日から遅くとも10日以内には届きます。ところが、タブリーズ(テヘランから約780キロメートル国内線で1時間30分ほど)まで速達を頼み、到着日を聞いたところ、5日から1週間くらいとのこと。
ここでは日本よりタブリーズの方が遠いようです。
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by sarasayajp | 2004-08-28 23:49 | いろいろ |
2004年 08月 28日 |
 新聞を読んでいて気付いたこと。

 オリンピックのレスリングの試合についての記事を読んでいて気付きいたことがありました。

 先日、パレスチナの民への同情心を示すため、イスラエル選手との対戦を拒否したイランの柔道選手がいました。しかし、レスリングではアメリカの選手としっかり対戦しているのです。
 イスラエル選手との試合拒否が理屈として成り立つのなら、アメリカ選手とも対戦すべきではないはずです。「アフガニスタンやイラクの民に同情を示すため」対戦を拒否しなくてはならないでしょう。両国におけるアメリカ軍の活動を「占領軍」としてずっと非難し続けているのですから。

 結局、何のかんの言ってイラン人はアメリカが好きなのだなあ、と思ったのでした。
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by sarasayajp | 2004-08-28 11:30 | いろいろ |
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