イランという国で
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カテゴリ:いろいろ( 487 )
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2015年 05月 09日 |
 この一年半、どうして忙しかったのかというと、日本のテレビ局の取材コーディネートと通訳の仕事が立て込んでいたからでした。
 アフマディーネジャード政権時代の8年間、日本からの取材の仕事はほとんどなかったのですが、大統領が替わった途端、一ヶ月あるいはそれ以上という長期の取材が立て続きました。
 大統領が替わったからですか?と聞いてみたところ、どのディレクターさんも、いや、特にそういうことではないです、とのことで、偶然なのかもしれませんが、でもやはり影響しているような感じもします。

 取材コーディネートをした番組の一つ、NHKの「アジアハイウェー〜イラン編」が、日本時間の今日、21時から放送だそうです。

 私自身は、リアルタイムでは見られず一時帰国した時に見ることになるのですが、もし良かったら御覧になってください。
 昨年放送されたグレートネーチャーのザグロス山脈編では、私の姿がちょろちょろと見えていたと家族や知り合いから聞いてびっくりだったのですが、今回はそのようなことはないようです(笑)。

 ということで、当ブログでは珍しいお知らせでした。
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by sarasayajp | 2015-05-09 07:07 | いろいろ |
2015年 05月 07日 |
 気がつくと一年以上ブログを放置していました。
 イランに住み始めて以来、初めて、と言って良いくらいのとんでもない忙しさだったのと、体調を崩したのとで、ブログの更新どころではありませんでした。
 なんとなく落ち着いてきて、ふと気になったのがこのブログのことでした。
 
 今更という感じなのですが、今年の未年にちなんで。

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 またぼちぼちと更新していけたらいいなあ、と思いながら。
 今年もよろしくお願いいたします。
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by sarasayajp | 2015-05-07 11:12 | いろいろ |
2014年 02月 24日 |
 昨日もアルバイトでテヘランを離れた山の中へ。
 公共交通機関などない場所へ行くことは分かっていたので、テヘランから車を雇って行きました。もう10年以上つきあいのある運転手で、信用できる人物です。これまで調査や仕事で彼と一緒にあちこち出かけていますが、自動車自身の故障以外でトラブルはほとんどありませんでした。(自損事故はないわけではないのですが)
 昨日も、目的地の寸前までは快調な旅でした。
 目的地直前の村に入り、目的地までの道を詳しく聞こうと、村の中心に向かって曲がろうとしたときです。
 ものすごい勢いで軽トラックが飛び出してきました。
 運転手は慌ててハンドルを切りますが、相手のスピードの方が上回っていてよけきれません。
 運転手側のフロント部分にめり込むように二台が止まります。

 一体こんな運転するのは誰だよと、相手の運転席を見るとどう見ても中学生から高校生くらいの男の子です。
 向こうもびっくりしたのでしょう。一瞬運転席で固まっています。
 しかし気を取り直し、飛び降りてきて、「何をするんだよ」といきなりクレームです。もちろんこちらの運転手も負けていません。二人が言い合っているうちに村の人たちが集まってきます。その中には少年の両親も混じっています。おろおろと泣き叫ぶ母親を村の人たちに押さえてもらっている間に、かなり冷静な父親と話し合いが始まります。
 その間、村の人たちの視線に疲れた私は、村の外まで歩いて時間つぶしです。

 結局、警察を呼んで保険を使うと相手の子供が収監されてしまう可能性が高いのと、このくらいの事故で保険を使って来年からの保険料が上がるのが嫌だからと、自腹で修理をすることにしたようです。
 相手のお父さんは申し訳なかったと、自分の軽トラで(事故ったばかりなのに)私の目的地まで送ってくれ、更に町までのレッカー車代金も持ってくれ、誠意を見せてくれたのが救いでした。実は事故の瞬間、シートベルトをしないまま助手席に座っていた私としては、とりあえず、誰もけがをしないで済んだのは良かったかな、とも思うのでした。

 他に移動手段がないこととそれほど娯楽がないことから、イランの農村では、小学生くらいの子供からバイクを運転しているのはよく見かけます。それほど交通量もないですし、普段、事故などほとんど起こらないのでしょうが、まあ、次からは気をつけて欲しいなあとは言いたいところなのでした。
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by sarasayajp | 2014-02-24 05:47 | いろいろ |
2014年 01月 22日 |
仕事でエマーム・ホメイニー国際空港へ。
出国カウンター前でお見送りをしていると、韓国系の顔立ちの男性がこちらをじっと見ています。どこかで会ったことがあるような気がするなあと思ったところで「サラさん?」と呼びかけられ、思い出しました。
テヘラン大学の大学院生だった頃、日本人留学生とも親しくしていた韓国人留学生のキムさんです。
「久しぶり〜。何年ぶりかなあ」
「15年ですよ。今何をしているんですか?」
「私はテヘラン大学で教えていますよ。そちらは?」
「勉強はやめて、今はLGのテヘラン事務所で働いているんですよ。二人ともテヘランにいたんですね」
「本当に。びっくりした」

などなど、その頃イランに留学していた人たちと自分の近況報告をしあい、連絡先の交換をして分かれたのですが、ほんとうにびっくりでした。

その当時の日本人留学生の多くは、資料集めやイランに滞在することが目的で、大学の学位を取得することには関心がなかったため、テヘラン大学が東アジアからの留学生に対してビザの支給を厳しくした時期がありました。
キムさんはまじめな留学生で、そうしたテヘラン大学の理不尽とも言える措置に困った困ったと言いながらも、いつもにこにこと私たちに応対してくれる人でした。

日本人としては韓国企業に思うところがないわけではないのですが、でも、やっぱりこういう再会は嬉しいなあと思うのでした。
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by sarasayajp | 2014-01-22 05:10 | いろいろ |
2014年 01月 02日 |
あけましておめでとうございます

テヘランは雪の正月となりました。とはいっても、イランでは平日なのですが。

昨年は、大統領選挙期間のネット制限からずっと自分のブログにアクセスできない状態で、かといって、フィルターをかいくぐって自分のブログにアクセスするのが面倒に感じるほど忙しかったため、半年以上の放置となってしまいました。

「ちょっと忙しい」くらいだと目の前の仕事よりも、家の掃除やブログの更新など他のことに逃避してしまうのですが、「本当に忙しい」だとやはりそうもいかないのだと実感した次第です。
先週、今学期の授業が終わり、この数年分のコピーやプリントの山が気になり、整理分類を始めました。
家の整理整頓を始める気分になったということは、少し余裕が出てきたということかなと、次から次へと出てくるコピー等の山にうんざりしつつもほっとしています。

しかし、家の掃除で始まる新年というのも、ちょっとさえないなあとは思うのでした。
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by sarasayajp | 2014-01-02 06:57 | いろいろ |
2013年 07月 11日 |
 日を改めて、もう一度同じ村へ。8時までには来るようにと言われていたのに、車の調子が悪く、8時半を回っての到着。先日とは違う案内人に「遅い」と言われながら出発。
 村の外れの道路脇から谷へ。谷の奥に向かって下り、涸れ川を渡り、谷を登り、また谷を奥に向かって下り、涸れ川を渡り、谷を登り、泉で水を飲み、休憩を取り、また歩き、歩き、歩き、泉で休憩し、ギーラーン州とガズヴィーン州の境界となっているという川を渡りガズヴィーン州側へ。また谷を越え、谷を越え、谷を越え。大小合わせ幾つの谷を越えたのか分からなくなった頃。これが最後の難関、という崩れやすい岩場を恐る恐る下り。
 あそこだよ、と案内人が指さしたのは、岸壁の中程に口を開けた洞窟でした。
 引き続き崩れやすい岩場を登り、踊り場のようになった洞窟の前にへたり込んだのが午後2時頃。
 アップダウンそのものはそれほど多くないのですが、急な上り坂下り坂を避けるために谷をぐるりと迂回するために、とにかく歩く距離が長くなってしまいます。先日と同じく、はじめの30分ほどは高地の空気の薄さに身体が慣れるまでの時間で、ひたすらぜいぜいとあえぎ、案内人について行くのがやっとです。自分の体重と荷物を移動させることの大変さをしみじみ感じます。
 洞窟の前で、案内人が持参のお茶道具でお茶を沸かしてくれ、同じく持参のパンとチーズ(両方自家製とのこと)、私の持参したお菓子で小腹を満たし、洞窟内へ。
 懐中電灯を持ってくるようにとあらかじめ言われていたのですが、それでも暗く、濡れて足場の悪い洞窟内をよじ登り、最奥まで行くのは難しく、途中までで断念せざるを得ませんでした。しかし、来てみないと分からないことはたくさんあるということは改めて実感できたのでした。

 村に帰り着いたのは実に夕方7時過ぎ。2700〜2800メートルという山の中でよくまあ歩いたものだと、自分で感心してしまったのでした。不思議と筋肉痛などはなく、右足の外反母趾気味の親指の付け根が痛くなっただけだったのはありがたかったのでした。
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by sarasayajp | 2013-07-11 08:39 | いろいろ |
2013年 07月 02日 |
 大学の期末試験も一応無事に終わり、大統領選挙も現時点で恐らく最も良い結果に落ち着き、何とか夏休みを迎えることができました。
 選挙が終わり、とりあえず国際電話はかけやすくなり、ネットも恐らく選挙前に比べればましになったのではないかと思います。それでも、このブログにログインできない時間帯も多く、更新は諦めることにしてしまいました。

 大統領選挙は、改革系唯一の候補者アーレフ氏が選挙戦を降りてルーハーニー師の支持を表明、ラフサンジャーニー元大統領やハータミー元大統領がルーハーニー支持を打ち出したところでだいたい決まったな、と思っていたので結果は意外ではなかったのですが、決選投票ラインぎりぎりだったのは少々意外でした。

 それにしても面白かったのが、投票に行かなかったという人たちの多くが、決選投票には絶対に行くつもりと言っていたことでした。決選投票になると、最高指導者側の組織票固めが行われてルーハーニー師の当選がおぼつかなくなるということのようです。とにかく、ガーリーバーフ氏やジャリーリー氏の当選だけは阻止しなくては、との決意だったのでしょうが、それならどうして最初から投票に行かないのかなあと、不思議ではあるのですが、前回のように投票操作が行われるだろうと様子見をしていたということがあるようです。
 しかし、一応本命扱いだったジャリーリー氏やガーリーバーフ氏の得票数の少なさは、何となく予想はしていたものの結果として出てきてみるとやはり少しびっくりだったのでした。
「だって、外国に行くと西欧文化にかぶれてしまうから、国民にはパスポートを与えないとかあり得る?」だそうです。選挙運動期間中にジャリーリー氏がそんな発言をしていたとは知らなかったのですが、こんな発言をして国民の支持を得られると思っていたのかなあと、大いに首を傾げてしまったのでした。

 たまたま、開票が行われた日は、知り合いとレストランで夕食でした。レストランに入ったところでは、まだ開票中で、ルーハーニー師が52パーセントとか51パーセントとか言っているところでした。夕食を終えてレストランを出ると、道行く車がクラクションを鳴らし、車内から風船やら布きれやらを振り回したりVサインをしたりと、町は大騒ぎになっていました。ああ、決まったんだなあと思いながら、なんとなく、ハータミー師が初当選を果たした時のことを思い出したのでした。あの投票日、投票を終えた人たちのはしゃいだ様子は、やはりこんな感じだったなあと。

 ルーハーニー師とは実は一度言葉を交わしたことがあります。頭のいい人だなというのがその時の印象でした。行政府の長に過ぎず、その上に最高指導者という権威が控えている中、ハータミー師のように押しつぶされてしまうのか、それともうまく舵取りができるのか、がんばって欲しいなあと思わずにいられません。そして、公約に掲げていた教育の改革をぜひ実現して欲しいと思うのでした。

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地方の荒物屋の店先に貼られたルーハーニー師のポスター

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by sarasayajp | 2013-07-02 00:58 | いろいろ |
2013年 05月 03日 |
 相も変わらず、ネット環境には苦労する日々が続いています。

 このブログにも、夜中を過ぎないとログインできない状態で、更新どころではありません。

 国際電話がつながらないのも相変わらずですし、メールで「電話して」と頼み、日本から電話をしてもらっていたのですが、どうも日本からの電話も時々つながりにくいようです。
 日本だけではなく、マレーシアやイギリスなどとも電話がつながりにくいということなのですが、その一方で全く支障なく電話ができる国もあるというのが不思議なところです。一体どういう基準なのでしょうか。

 ペルシア語学校でも、5月末までしかビザを出さないことで、学生たちを国外へ追い出そうとしているそうですし、観光ビザも団体ツアー以外ではかなり出にくくなっているようです。

 物価はじりじり上がり、その一方で収入はさほど増えずですから、不満はたまっていると思うのですが、前回の選挙とは違って現金のばらまきはさほど見られないようです。
 大統領選挙の結果がどうなるかは全く予想が付きませんが、こういう微妙な息苦しさは早く終わってほしいなあと思わずにいられないのでした。
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by sarasayajp | 2013-05-03 05:28 | いろいろ |
2013年 04月 22日 |
 ここしばらく、自分のブログにログインできない日が続いていました。
 ページを開くことはできるのですが、ログインをしようとするとあまりのネットの速度の遅さに、時間切れですとログインを拒否されるという情けない状態でした。

 仕事のため、写真を何枚もある人に送る必要があったのですが、これも写真のサイズを相当に落としているにもかかわらず、なかなか送ることができません。

 ネット上に流れる情報を盗聴するための装置というのがあって、それを使っているとネットスピードが極端に落ちるそうですが、それかもね、とため息をつく日々です。

 国際電話も滅多に通じない状態で、日本に電話をしなければならないときなど、電話と格闘です。何十回に一回くらいは通じるのですが、それにしてもいらいらします。私だけなのかなあと思っていたのですが、うちもそうだよ、と言う人が何人もいて、日本だけでなく、何カ国か非常に電話がかかりにくい状況にあるようです。相手国によっては問題ないらしいし、完全に切れているわけではないのが不思議な感じです。
 大統領選挙が近いせいかとも思ったのですが、1999年の大学寮襲撃事件の時には、私の家の国際電話は完全に切られていたことを考えると、もしかすると違う理由なのかな、とも思いますし、何とも悩ましいところです。
 
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by sarasayajp | 2013-04-22 11:21 | いろいろ |
2013年 03月 21日 |
 忙しさに取り紛れ、すっかり放置していたブログですが、皆様には色々とご心配をおかけしていたようで申し訳ありませんでした。

 一週間ほど声が出なくなるという風邪をひいた後、未だに時々せきが止まらなくなることはあるものの、とりあえず体調は戻りつつあります。

 ノウルーズ休みに合わせ、先日、一時帰国をしたのですが、二三日して気がつきました。
 なんと、花粉症の症状が全く出ないのです。
 風邪をひいているときは花粉症は出ないというのですが、(一応)風邪は治っていますし、これは花粉症が治っていることかと、ちょっとびっくりです。
 このところ、健康問題で悩むことが多かっただけに、嬉しい驚きでした。このまま、イランに戻るまで症状が出ないでいてほしいものです。

 仕事の方は相変わらず、大学もイラン政府も大統領選挙を目の前にぴりぴりしているため、大学でもそれ以外でも仕事がしにくくて大変です。日本企業の撤退・縮小の動きも止まらず、私がイランに来た頃に戻ったようです。

 先日、アパートの契約更新をしたのですが、どう考えてもテヘランの平均的な労働者の平均月収の二倍にはなるだろう家賃を請求されてしまいました。別に大家さんが、私が外国人だからとぼったくっているのではなく、ごく平均的な家賃を請求しているだけなのが(むしろ周辺のアパートよりも少し安いくらい)怖いところです。

 ノウルーズの行事に便乗しての政治批判を封じ込めようと当局が躍起になっていましたが、この物価高では明るい正月どころではないよなあとも思わずにはいられなかったのでした。

 saheiziさんからご質問がありましたが、下の絵は、正月前に小路小路を回る「ハージー・フィールーズ」という人物を描いたもので、イランの『民衆文化』という雑誌の何年か前のノウルーズ特集号の表紙です。
 顔を墨などで黒く塗り、トンバック(太鼓の一種)を叩きながら歌ったり、おもしろおかしい身振り手振りをしたりしながら小路を練り歩いていたのだとか。日本の正月の門付けに似たようなものでしょうか。
 このハージー・フィールーズ。ノウルーズの象徴の一つなのですが、革命後、禁止されてしまいました。私がイランに住むようになってしばらくして解禁されたのか、時々見かけるようになりましたが、またテヘランでは見なくなりました。正月グッズには、黒く塗った卵に顔を描き、赤い帽子をかぶせたハージー・フィールーズが見られます。
 こうしたハージー・フィールーズグッズの写真を探したのですが適当なものが見つからず、手近にあった雑誌の表紙を利用したのですが、手抜きでした。
 あまり良い写真ではないのですが、今は、こんな感じのグッズが見られます。

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by sarasayajp | 2013-03-21 17:18 | いろいろ |
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