イランという国で
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旱魃
2008年 05月 03日 |
 あちこちの村を走り回っていると、どの村でも聞かれるのが「今年は水が足りない。このままでは大変なことになる」という嘆きです。

 テヘラン市内でもノウルーズを過ぎた途端に気温はぐんぐんと上昇し、例年にない暑さになっています。これは山間の農村部でも同じなようです。

 この冬はとにかく寒く、一度どかんと降った雪が溶けることなく春まで残っていました。そのため、何となく見過ごしてきたのですが、降雪量自体は例年に比べると少なかったのでした。

 山間部の農村に行くことが多いのですが、例年なら緑の草に覆われているはずの山々が、まるで秋の山のように緑が見られない状態です。当然、春に咲く花々も例年に比べると寂しい限りです。
 また、果樹をはじめとする木々も、寒さで被害を受け、立ち枯れてしまっているものも目立ちます。ある村では葡萄の木が全滅してしまったと嘆かれました。それなりに花をつけているように見えても、果実が大きくなる時期に水をやれるかどうかと心配しているようでした。

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 ペルシア語で干ばつをkhashk-saliと言います。Khoshkは乾燥した、雨が少ないという意味で、saliは年。この単語、もう一つの意味として「飢饉」というものがあります。天からもたらされる雨は、文字通り命の水なのです。現世利益を否定するイスラームの地にあって、雨乞いのための儀式が各地に残されていることからも、雨の重要性が十分に理解できます。もっとも、最近はこうした儀式は行わなくなっているようですが。海外から食料の輸入ができるようになり、水不足が即大飢饉につながることが少なくなったということもあるかもしれません。

 政府は、果物や米、小麦などを外国から輸入しています。安い外国産のものを輸入することで国内の物価が安く抑えられていると言っているそうですが、世界的に穀物などの値段が上がり、また、食料の奪い合いのような状況になり始めている今、国内の農村基盤を整備し、国内自給率を維持することも大切なのでは?と、毎週のように農村巡りをしていると思わずにいられません。日本は食料の輸入が止まったらあっという間に干上がるに違いないのですが、それは果たして国のあり方としてどんなものだろうかと思うのです。

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 もちろん、今年のような水不足は自然災害であって、政府の責任でも何でもないのは分かっているのですが。それでも、水資源は工業用を優先し、農業に使うな、という考え方はどうなのかな、という感じもします。もうちょっと考え方を変えることはできないのかな、とも思います。

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 高騰する原油からもたらされる莫大な国家収入は、決して一部の人々のポケットに入れるためのものではないと思うのですが、大統領閣下には「石油収入をすべての国民のテーブルに」という初心を思い出していただきたいものだと願います。やるべきことはたくさんあるのですから。

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by sarasayajp | 2008-05-03 10:57 | いろいろ |
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