イランという国で
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忘却
2008年 04月 16日 |
 先日の古代の王たちから連綿と続く支配者たちの話と関連しているようなしていないような話を一つ。

 ペルシア語古典文学をひもといてみると、その歴史の初期に作詩された「王書(シャーナーメ)」という作品に出会います。
 イラン最大の民族叙事詩とも言われ、イランの創世神話からイスラームがイランに入ってくる直前までのイランの歴史の中を生きた王や英雄たちがどのように生き、戦い、恋をしたかといった物語が連なっている壮大な叙事詩です。

 歴史といっても、古事記や日本書紀のような歴史であって、歴史的事実が書かれているわけではありません。イラン最初の王国とされるメディア(この「王国」の存在を疑問視する研究者もいますが)はともかく、最初の世界帝国とも言われるアケメネス朝については全く触れられていないのが興味深いところです。
 アケメネス朝の新年の儀式などを行うための都であったペルセポリスは、後世の人々にその存在を忘れられ、イラン神話に登場する王の名前を冠して「タフテ・ジャムシード(ジャムシードの玉座)」と呼ばれました。
 アケメネス朝ペルシアを滅ぼし、ペルセポリスを焼き払ったアレクサンドロスの名は後世の文学の中で哲学的英知を持った人物として描かれているのに、アケメネス朝については人々の記憶から忘れ去られてしまったというのは何とも不思議な感じです。

 下のエントリーのようなレリーフをあちこちに掲げ、自分たちの権威を誇示しようとしていた王たちにとって、その存在が忘れ去られてしまうというのはショックではなかろうかと思わずにいられません。

 アケメネス朝の後、アレクサンドロスの後継者の一人の統治したパルティアを経て、サーサーン朝が起こり、これがローマ帝国と何度も戦い、ローマ皇帝を捕らえたこともありました。そうした輝かしい勝利をイラン各地にレリーフとして刻みましたが、これも後世にはすっかり忘れられ、ペルセポリスにも近い場所に掘られたレリーフ群は、王書に出てくる英雄ロスタムの像なのだろうと考えられ、ナグシェ・ロスタム(ロスタムの絵)と呼ばれていました。

 ところで、現在のイラン人が自分たちのオリジンと考えるアケメネス朝を滅ぼしたマケドニアのアレクサンドロスは、現イラン政権にとって公式な敵です。それはアレクサンドロスという名前がついているという理由だけで、展覧会への展示品の貸し出しを拒むほど強烈なもののようです。

 しかしそのアレクサンドロスは、アケメネス朝最後の王ダリウス三世が敗走し、東へ東へと向かうさなかに部下の裏切りによって殺されたことを悲しみ、ダリウス三世の遺体をペルセポリスへと運ばせ、アケメネス朝の王たちの墓所の形式にならって葬るよう命じました。
 ダリウス三世の墓は結局、完成することなく放置されましたが、アレクサンドロスの払った敬意は現在も作りかけのまま残っている墓所に知ることができます。

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 敬意といえば、アレクサンドロスは東征の途中、やはりアケメネス朝の王たちの宮殿や城塞などがあったパサルガダエで、アケメネス朝の最初の王キュロス大王の墓に詣で、最大級の敬意を払ったとされています。

 アレクサンドロスが訪れたときにはまだ、キュロス大王の棺と遺体が残されていたとされる墓廟も、現在はまったくの空っぽです。

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 権力や威勢を誇ったところで、結局、人々にとっては自分たちの頭の上を通り過ぎるだけの人に過ぎないのだと思うのでした。


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by sarasayajp | 2008-04-16 11:29 | いろいろ |
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