イランという国で
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これはちょっと
2008年 02月 04日 |
 昨日は朝起きたら激しい雪でした。おかげで朝の通勤通学の足は大混乱。私もとくに授業がないのを幸い、大学行きを断念してしまいました。
 寒波は峠を越えたとイランの気象庁は言っていましたが、気温は上がっても雪はまだ降りやすいということなのでしょうか。午後には日差しも戻り、日向の雪はほとんどどけてしまっていました。

 アーシューラーの写真を整理していて見つけたこの写真。

b0006449_11133223.jpg

 カルバラーで殺されたイマーム・フサイン一統の首らしいのですが、一緒にいたイラン人によると、イラン・イスラーム革命後に行列に加わるようになったものらしいとのこと。革命で殺された人々、イラン・イラク戦争の中で死んでいった人々を忘れるな、ということもあるのでしょうか。

 イランの記念日を眺めていると、「今日は○○の殉教日です」というフレーズや、それに関連したものが異常に多いように感じます。
「○○年前の今日、○○がこのようにして殺されました。この事実を我々は忘れてはいけません」というプロパガンダを見ていると、何でも水に流してしまう国から来た身には違和感がつきまとってしまいます。もちろん、何でも水に流してしまうことが良いことだとも思わないのですが、それにしてもなあと思う部分もあるのは確かです。
 悲惨な出来事があったことを忘れないということも、将来同じことを繰り返さないという意味では必要だとは思います。しかし、イランにいるとそういう肯定的な未来志向ではなく、「敵への恨みを忘れるな」と言っているように感じることがあるのです。

 ところで、話は変わりますが、イラクで久しぶりに起こった大規模テロについてです。
 テロ組織が知的障害を持つ女性を使って自爆テロを行ったとのことです。
 自ら志願して行う自爆テロならまだしも(もちろんこれも許されるものではありませんが)、今回のこのテロにはまた別な意味での怒りと嫌悪を感じないではいられません。しかし、西暦の週末だったこともあるからでしょうか、普段「人権」を主張する国、団体、人々からの非難はあまり聞こえてきません。

 テロリストにしても口では色々と偉そうなことを言っているわけですが、何というか、反対のための反対というか、非常に後ろ向きな復讐の理論というか、そんなものしか感じません。その上、今回のような手段を執る彼らに「正義」がないことは明らかです。
 日本では政治の道具になっている「テロとの戦い」ですが、もっと本質的な部分を議論してほしいなあと思わずにいられません。

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by sarasayajp | 2008-02-04 12:15 | いろいろ |
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