イランという国で
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翻訳
2007年 12月 20日 |
 ムスリムには5つの義務があり、その五番目がハッジ月のハッジ(メッカ巡礼)だとされています。
 大統領閣下がそのハッジに招待されたとか何とかで、新聞やテレビなどではなんだか盛り上がっているようです。私自身は、今年は周囲にハッジに行った人がいないため、「ああ、そういえばもうハッジだっけ?」という感じなのですが。

 しかし、一昨日から昨日にかけては、巡礼者に向けたハーメネイー師の演説の急ぎの翻訳という仕事が入ってしまい、「そうだよね。ハッジだもんね。演説もするよね」と、改めてハッジの期間だったことを実感してしまったのでした。

 ハーメネイー師の演説というのは、私にとって、翻訳しにくいペルシア語のトップクラスに位置づけられています。
 アラビア語混じりだというのはまだ構わないのですが、ペルシア語がなんとも複雑怪奇というか、一文が長い上に、文章の最初と最後で全く違うことについて語っていたりすることや、非常にあいまいにぼかして語っていたりで、「この部分はどこまでを指しているんだ?」「この部分とこの部分はどう繋がるんだ?」と非常に悩むことがしばしばです。イランの人にとっては全然問題じゃないのでしょうが。

 もちろん、そういう文章はハーメネイー師だけではなく、あちこちで見られるのですが、やはりネットに載せるための文章というのなら、できるだけ演説としてそれらしい日本語にしたいなあと思うのに、文章の構造と意図とに悩むうち、時間切れとなってしまい、なかなかそれができないというところが辛いところです。私の文章力の問題でもあるのですが。

 逆に、日本語からペルシア語の翻訳をしていても、「どういう意味なのか分かりません」とペンを放り投げたくなる文章には多々出会います。
 特に研究者の文章というのは独特で、「これは本当に、本人は分かって書いているのだろうか?それとも同じジャンルの研究者なら分かるのだろうか?」と悩むこともしばしばです。一つの文章の中でいくつもの話題が入っていたり、主語が何なのか、いったい何を指しているのか良く分からず、悩んでしまいます。
 日本語のままだと何となくすっと読んでしまうものが、外国語に置き換えようとしたときに実は意味不明だったことが分かってしまうということに改めて気付いてしまった今日この頃なのでした。
 自分の文章がどうなのか、自分では分からないだけにちょっと怖いなあとも思います。

 来年度は大学院で翻訳関連授業を担当する予定なのですが、何をどう教えたら良いのやら、今から頭が痛いのでした。

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by sarasayajp | 2007-12-20 17:14 | いろいろ |
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