イランという国で
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人として最低なことって
2007年 04月 03日 |
 先日の援助についてのコメントですが、「何でもいいから援助が欲しいんだろ」というかた。

 どれほどの高みから見下ろしての発言かは想像もできませんが、人として最低ですね。それから、日本語を正しく使ってください。意味不明です。

 蔑まれながら与えられる援助など、イランの人だけでなく、世界中どこでも、例えば先日大変な地震に見舞われた能都の人だってソロモンの人だって欲しいとは思わないのではないでしょうか?

 現実に、日本からの援助はもういらない、と言う人もいるのですよ。イランでは。

 ぜひこちらも読んでください。
     



『ゾマホン、大いに泣く』より引用。

私が意識的に、今、寄付や募金を受け取らない理由が、実はもう一つあります。
私の経験によると、アフリカ人は、もちろんベナン人もですが、
「お金をください」と考えている人が多い。
あるいはアフリカ人だけじゃなくて途上国の人々は
「助けてください」という考え方ばかり。特にリーダーたちね。
ここで言いたいのは、特に途上国のリーダーたちは、
「これください」「あれください」と、援助ばかりを待っている、ということです。
自分から行動をしようと考えている人が少ない。
自分がいろいろなことについて考えて、
どうすれば国民のためにお金を作り出すことができるのか。
そこまでやっていないですね。
それは長いうちには、国の発展に悪い影響を与えると思うわけ。
そしていちばん問題なのは、ご存じの通り、
多くの途上国のリーダーたちは援助をもらうと、すべて自分のものにしてしまい、
欧米の土地に大きな家を買ったり、欧米の企業に投資したり、
自分の子供を留学させたりして、実際には国民の手まで届かない。
簡単に言うとそれはイコール賄賂ね。だから、いけない! と、ゾマホンは思うわけ。
私は、そういう悪いイメージを日本国民に与えたくない。
だから私は、ちゃんと自分の力で、自分の働いたお金で何かつくりたかった。
自分で何も努力しないで相手の援助ばかり待つのは、乞食になるのと同じだよ。
しかもだんだんそれに慣れてくると、それが当たり前になって、働かなくなってくる。
怠け者のようになって受け取ることが当たり前のことになってくる。
ベナンに「魚を欲しがる友達に毎日魚をあげるよりも、
魚の取り方を教えた方がいい」ということわざがあります。
海外援助に頼らない力を自分たちが持つ努力を、
我々アフリカ人はしなければならない。そう思いました。
そして援助をする先進国にもお伝えしたいことがあります。
今、われわれ途上国に必要なものは、人的資源ね。
たとえば途上国の留学生をできるだけ多く、
あるていどの生活の保証も含めて受け入れる、
といった人的資源を育てる援助が途上国に本当に必要である、
ということを知ってもらいたいです。


 ここでゾマホン(覚えていらっしゃいますか?)が言っていることは真実の一つだと思うのです。
 イランにももちろん、「何もしないで何かがもらえて、楽に生活ができればラッキー」と思っている人は沢山います。
 しかしその一方で、民度が高く、非常にプライドの高い人たちも多く、相手が自分に対してどのような態度で接しているかに非常に敏感です。そのような人たちにとって、上から見下ろされながら『欲しいんだろう?やるよ』という態度は苦痛以外の何ものでもありません。

 バムに限らず、調査などで様々な場所へ行きますが、「日本がここに小さくても良いから工場を作って、私たちを雇ってくれればとても嬉しい」という言葉をよく聞きます。
 彼らは日本に「金を寄越せ」などとは考えていません。自分が働いて、正当な報酬を得ることの方が嬉しいと考えている人も沢山いるのです。

 地震の後のバムで、日本の企業が石けんを作る工場をバムに出す、という噂を聞きました。実現したのかどうかは知りませんが、本当に、工場が作られ、失業に苦しむバムの人たちの何人かでも雇用することができれば、それはすばらしいことだと思いました。援助物資を持ってきて、少しの間だけ腹を満たすよりも、こういう形の援助の方がどれほど役に立つでしょうか。あるいは、学校を作り、子どもたちが安心して勉強できる環境を作ってあげることが。

 もう一つ、マザー・テレサの言葉からの引用です。
 これを引用すると、私がバムよりも日本のことを考えなさいよと言っているように見えるかもしれませんが、実は、ある意味そのとおりだったりします。身近な問題を問題として考えられない人が、外国でだけ人のために働けるとは思わないからです。

 日本人はインドのことよりも、日本のなかで貧しい人々への配慮を優先して考えるべきです。
 愛はまず手近なところから始まります。

 人間にとって最も大切なのは、人間としての尊厳を持つことです。
 パンがなくて飢えるより、 心や愛の飢えのほうが重病です。
 豊かな日本にも貧しい人はいると思いますが、それに気づいていない人もいるでしょう。


 繰り返しになりますが、一個の人間として相手を尊重しその文化を理解し、本当に相手のためになることを考え、支援を行うことが援助を行う側のマナーだと思います。
 ですから、

 「恵んでやるんだから有り難く受け取れよ」

 というのは援助のあり方としてもどうかと思いますし、相手を一個の人間として尊重しようとしない最低な発言ではないかと思うのです。このような発言をする人はきっと、身近な人に対しても傲慢で、冷淡なのではないかと感じないではいられません。

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by sarasayajp | 2007-04-03 13:16 | いろいろ |
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