イランという国で
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絨毯バーザールで
2006年 09月 27日 |
 ラマダーン直前のバーザールにお使いに行ってきたとお話ししましたが、その時におじゃました場所の一つがここ。
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 絨毯商人が集まるサラーイの一つです。
 テヘランの大バーザールの中でも中心部に近いここは、あるイラン人の言葉によると、バーザールの中でも「ディープ・インサイド」な場所なのだそうです。
 イラン全土から絨毯がここに集まり、テヘランの市民に売られ、また海外へと輸出されていきます。
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 間口の狭い小さい店に座る商人たちは、店に置かれている絨毯を売るだけでなく、電話であちこちの取引先と連絡を取り、商品を動かし、利益を上げていきます。バーザールがイラン経済の中心だった時代、こうした商人たちは私などの想像の付かない大金持ちだったそうです。今でも、ちっぽけな店に座る、見た目は普通のおじさんがびっくりするような金持ちだったりして、ペルシアの商人の奥深さを教えてくれます。
 経済を握る商人たちは、政治に対しても大きな影響力を持っていて、1979年のイスラーム革命にも積極的に関与したとのことです。
 もっとも、今は、テヘランという町が大きくなり、バーザールだけが経済の中心ではなくなってしまったことと、イランが国際的に微妙な立場であることなどから、バーザール商人たちも以前ほどは利益が上げられなくなっているとのこと。先の大統領選挙でも、商人にとって一番望ましくない大統領が登場し、海外との取引はますます厳しくなっていて、先行きに不安を感じるという人も多いようです。特に絨毯商人にとって、お得意様だったヨーロッパ市場でのペルシア絨毯のシェアが、低価格の中国産やパキスタン産に喰われつつあって以前ほどは売れなくなっていることと相まって、頭が痛い状態です。

 絨毯商人のサラーイの近くには、絨毯の修理屋もあります。ここも、お使いに行った先の一つです。
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 テヘランのバーザールはイラン各地の絨毯が集まるところであると同時に、国内外から修理の必要な絨毯が集まってくるところでもあります。
 ヨーロッパではアンティークのペルシア絨毯に高い値が付くことから、何十年も前にイランから輸出された絨毯が修理のためにイランに里帰りしてくるのだそうです。

 すり切れかかったところに同じ色の毛糸で補修をし、繕い、ちぎれた四隅の模様を復元して修復し、両端に房を付け、ぼろぼろの絨毯を蘇らせ、また何年も使えるようにして依頼人のところへ戻す。見ているだけで大変な作業です。
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 彼が修復しているのは、80年くらい前のバルーチあるいは南ホラーサーンの絨毯だとか。
「でも、今のイラン人はみんな、新しいものの方が好きだから、こんな風に修理してまで使おうという人は少なくなっているんだよ」と、悔しそうに説明しながらも、手は休むことなくほつれを繕っていきます。

 「日本でもこういう仕事はあるかい?」
 「どうだろう。ない訳じゃないと思うけど、イランよりはずっと需要が少ないと思う。日本人はどちらかというと新しいものが好きだし、それもゴムとかのシルク絨毯を好むから」
 「シルクかあ」

 イランの絨毯は実用品です。羊の首のところから取れる細い毛を撚った細い羊毛(コルク)を使って細かな模様を織りだしたものが最高級品とされています。縦糸にシルクを使い、模様の白い部分にだけシルクを使って光を浮かび上がらせる絨毯は、とても美しいものです。
友人が「本当に空を飛びそうな絨毯だよね」と表したペルシア絨毯は、毛足が短くて密に織られていて、水をこぼしたとしてもすぐにはしみこまず、表面張力で丸く絨毯の表面に残るほどです。だから、本当に良い絨毯は、水をこぼしても慌てる必要はなくて、スプーンで掻き取れば大丈夫なんだよ、と教えてくれたのはエスファハーンの絨毯工房を持つ友人でした。彼の口癖は、「シルクは飾り物でしかないから、ちゃんと使うために良い絨毯が欲しいなら、コルクの絨毯を買わなきゃ駄目だよ」だったのですが、予算不足のため、未だに彼からコルクの絨毯を買うことはできずにいます。
 よく日本の小説で、「足が沈むような毛足の長い絨毯」が高級品として描かれていますが、イランでは密に織られた毛足が短くて薄い絨毯が高級品なので、そうした小説をペルシア語にそのまま翻訳したら、イランの人は違和感を持つのではないかと思います。もちろん、「ペルシア絨毯」と産地を限定しているわけではないので別に間違いでも何でもないのですが。

 ヨーロッパ市場でペルシア絨毯は苦戦しているとのことですが、イラン国内でも絨毯が売れなくなっているそうです。
 機械でおられた安価な絨毯が市場に溢れ、また、テヘランでは家のサイズが小さくなり、イラン人自身の家具に対する嗜好が変化したことなどから、大きな手織りの絨毯は売れなくなり、手織りでも、伝統的な色や柄ではなく、モダーンなデザインや色が好まれるようになってきているのだとか。
 その極端な例が、絨毯絵画(絵画絨毯の方が正しいのか?)ではないでしょうか。

 写真や絵、カリグラフィーを絨毯のデザイン用マス目に落とし、絨毯で織り、ゴージャスなフレームをつけて壁に飾るのです。
 こうした絨毯が売れることから、バーザールの中でも、伝統的な絨毯を売っていた絨毯店が絵画絨毯を売るようになっているようです。
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 ぼんやり歩いていると、「べっぱ、べっぱ(どけ、どけ)」と荷車の男性たちに邪魔にされるくらい活気のあるバーザールですが、それでも、バーザールの最深部は寂れ始め、借り主のない空き商店がちらほらと目に付くようになっています。テヘランの中心だったバーザールがどのように変わっていくのか、絨毯街をぐるりと回って、なんだかちょっとそんなことを考えてしまったのでした。

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