イランという国で
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平均寿命
2006年 08月 08日 |
 日本人の女性の平均寿命がまた世界一だったというニュースを少し前に見ました。このニュースに私の祖母のことを思いだし、とても複雑な気持ちになってしまいました。

 私の祖母は数年前に亡くなりました。

 しかし、亡くなる前、18年間は真の意味で生きていたのかどうかと考えたとき、素直にうなずく気持ちになれません。

 私が大学に入学してすぐに祖母は脳溢血で倒れました。
 幸い、その時は記憶の混乱があったり、体に麻痺は残ったりしたものの意識を取り戻すことができました。しかし、リハビリもままならないまま、寝たきりの生活を余儀なくされることになりました。

 数年後、完全に意識を失い、ベッドの上で機械の助けを受けて呼吸を続けるだけの状態に。
 これが生きているということなのだろうか?親族全てがそんな風に疑問を持ちながらも、心臓が動き、呼吸をしているのだからと祖母を生かし続けました。意識を取り戻すことなどないだろうと分かっていながらです。

 日本の高度な医療により、祖母は一命を取り留めました。しかし、そこからの18年間は、祖母にとってどんな18年間だったのだろうと虚しさが残ることも事実です。どんな形でも生きていて欲しいと素直に願うには、18年という時間は、肉親である私たちにとっても長すぎました。
 祖母が亡くなったという知らせを受けたとき、悲しむよりもまず、祖母のためにほっとしまったことは否定できません。


 祖母のことを考えるとき、必ず思い出すイラン人の友人とそのお父さんがいます。
 友人のお父さんもある時、脳血栓で倒れました。
 右半身に麻痺が残ったものの、その時は一命を取り留め、退院して自宅に戻ることもできました。しかし、それから数ヶ月後、再び倒れ、そのまま帰らぬ人となりました。

 お悔やみを述べた私に彼女は言いました。
 私たち家族は、この何ヶ月間かで、お父さんがいつ亡くなっても大丈夫な心構えができていた。最初に倒れてから、家族がみんな集まって、お父さんを囲んで過ごすことができたし、お父さん自身が人に手助けしてもらって生活をすることに恥ずかしさと申し訳なさを感じて過ごしていたから、お父さんの気持ちを考えると、正直なところ、決して悪いことではなかったような感じがする。家族全員と最後の時を過ごし、みんなに看取られて苦しむことなく亡くなったお父さんは幸せだったのではないかと思う。お父さんがいないのは悲しいけど、でも…

 イランでは日本に比べれば医療レベルはまだそれほど高いものではありません。また、保険制度の問題と所得格差の大きさから、全ての人が手術費や入院費がかさむような長期に渡る入院加療を受けるのが難しい状態です。そのため、助かるかもしれない人が助からないこともあるのは残念ながら事実です。

 単純にイランがいい、日本がいい、などという比較はできませんしするつもりもありません。そして、この問題がいろいろなところで、私などよりもっと深くこの問題について論じられているであろうことも承知しています。しかし、日本とイランでのきわめて個人的な体験から、人として生きることって、死ぬことって何だろうという疑問が常に頭のどこかにこびりついて離れないのです。


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by sarasayajp | 2006-08-08 11:09 | いろいろ |
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