イランという国で
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もやもや
2006年 01月 26日 |
 本当ならホイ旅行の続きについて、と思っていたのですが、どうにもすっきりしない気分で、筆が進みません。正確にはキーボードを叩く指が進みませんですね。

 原因はいくつかあるのですが、最新・最大のそれがどうにもひっかかるところで、この数日もやもやとしています。

 ある人が、様々な人に向かって私のことを誹謗中傷しているのだそうです。
 私がいかに二面性を持つ悪の権化であるかと語るその内容は、聞いた私が思わず「はあ?」と怒る前に呆れてしまったような荒唐無稽さなのですが、何度も繰り返されるうち、「そういうこともあるかも」と思ってしまうとか。事実無根とはいえ、思わず信用してしまうような「証拠」まで示されたら、おかしいな?と思っても信じてしまうでしょう。こうした狡猾さにだまされ、私を非難する人を責めることはできません。最終的に、分かる人には分かるだろうし、分からない人には分からないだろうと思うしかありません。

 私の知らないところでそういった誹謗中傷のメールがやりとりされているのはおもしろくありませんが、まあ勝手にやっていてくれと思わないでもありません。しかしやりきれないのは、その誹謗中傷が、私ではなく、ある人を傷つけるために行われていたというところです。最終的にはその人を通して私をも傷つけ、ブログを閉鎖させようとしていたのであろうと想像されることもです。
 中傷によって人を傷つけ、その傷を利用して自分の望む結果を得ようというのは許されることではありません。

 あるきっかけでそのことを知るまで、私とこのブログの存在が、存在するというだけで人を傷つける材料にされることがあるなどと思いもよりませんでした。あるいは嫉妬や憎しみの対象になるということも。

 でも、今にして思えば、ある時期から、このブログにコメントをするとうるさいことを言われることがあるからと、鍵コメでしかコメントを下さらない方がいらしたり、コメント自体を残さなくなった方もいらっしゃいました。
 もともと、イランやイスラームが色々と言われる対象だったりするので、そういうこともあるかなとか、人の入れ替わりというのはあるよね、などとのんびり考えていたのですが、実はもっと深刻な話だったのだと知り、愕然としているところです。

 こうした事態を知っても、私には何もできることがありません。そこが何よりも辛いところです。

 私にできることは一つだけです。こう呼びかけること。

 人を意図的に傷つける行為は、最終的に自分に返ってきます。
 嫉妬や憎しみというマイナスの関係ではなく、友情や信頼というプラスの人間関係を築くことができるようにすることが、人として幸福に生きる大切な事柄なのではないかな、と思います。
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by sarasayajp | 2006-01-26 04:57 | いろいろ |
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