イランという国で
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ちょっと思ったこと
2005年 11月 05日 |
 このところ、何人かから同じような愚痴を聞かされ、ちょっと考えてしまいました。

 どうしても愚痴をこぼしたくなる時があるのは分かりますし、吐き出すことで考えが整理されたりすっきりするということがあるのも分かります。私も時々周囲の人にとりとめのない愚痴をこぼしてしまうことがありますから、お互い様だと思っています。

 しかし、それでも、ちょっとそれって違うんじゃないかなあ、と言いたくなる内容の愚痴があります。

 自分がすべき努力をしないでおいて、自分が望む結果を得られないというそれです。

 仕事もしないで自分が貧乏であることやを嘆かれたり、政府が悪いなどと演説をされても、こちらとしては相づちを打つにも困ってしまいます。本当に仕事がないのならともかく、自分の能力を過大に見積もり、あるいは自分の学歴にプライドだけを持ち、紹介される仕事を片っ端から、「そんなのは自分のするような仕事じゃない」と言って断っている人だったりすることがあるからです。
 日本ではバブルがはじけた後、それまで社長だった人でも家族のためにどんな仕事でもしていたりするよ?と言おうものなら、自分のプライドにかかわるような仕事をするくらいなら親戚の世話になっていた方がずっとましだという答えが返ってきたりします。プライドという言葉の意味がよく分からなくなってしまいます。

 また、ある語学の先生が、新しく来た先生が自分を敵視していて、そのせいでクビになるかもしれないと訴えてきましたが、これも100パーセントの同情をすることができません。
 もし、何の理由もなく敵意をもたれているというのならかわいそうだと思うこともできるのですが、本当は新しく来た先生の問題だけではなく、当人にもかなりの責任があることを知っていると、どう言って良いのやら分かりません。
 イランの大学は先生方の学歴にうるさく、学士号を持っていない人が学生を教えることを認めていません。ところが、その先生の場合、高卒の資格しかなく、ただ、言葉ができるからということでとりあえず採用され、猶予をあげるからその間に大学で勉強して学士号を取るようにと言われていたのに、本人が、自分の教え子たちと机を並べて勉強することは自分のプライドに関わるとして、大学側の命令を無視してきたことが何よりの問題であるのですから。

 自分が望む結果を得るためにはまず何をすべきなのか、自分が本当に努力すべき点は何なのか冷静に考えて欲しいと思います。自分では何の努力もせずに人のせいにばかりして、愚痴だけをこぼすのは簡単です。もちろん努力だけでどうにかなるものではないかもしれませんが、それにしても、何もしなさ過ぎじゃないのかな?と思う人が目につくことも確かなのです。
 イランであろうが日本であろうが関係なく、何か望みがあるのなら、「誰かがかなえてくれないかな~」ではなくて、まずできるところから始めてみるということを心がけなくてはならないのではないでしょうか。自分が何もしないで、周囲にだけ自分のために動けと言うのはちょっと違うと思うのです。
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by sarasayajp | 2005-11-05 18:40 | いろいろ |
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