イランという国で
sarasaya.exblog.jp
  ブログトップ
世界エルサレムの日
2005年 10月 29日 |
 昨日はイランが勝手に決めた「世界ゴドス(Qods=エルサレムのアラビア語式の呼び方)の日」でした。
 イラン・イスラーム共和国建国の祖であるところのエマーム・ホメイニー師が、ラマダーン月の最後の金曜日をこの日にする、と定めたのだそうです。
 イランのごく普通の人たちにしてみたら「だから?」というような記念日なのですが、イスラーム政権にとってはとても大切な日らしいです。エルサレムがムスリムのものであることを思い、パレスチナの抑圧された哀れな民に同情し、エルサレムを取り戻すまで戦うという誓いを新たにするのだそうですが、それがイランとどう関係するのか、イラン人自身が疑問に思っているようにも思います。それ以前に国内でやることは沢山あるだろう?というのはよく聞く意見ですし、全くその通りではないかと思うのですがどうなのでしょう。
 大統領がイスラエルについて行ったという発言は、イランの国益よりも何よりも、政権が掲げる「イスラームの大儀」の方が大切だという宣言のようにも聞こえないでもありません。



 その「世界ゴドスの日」に私は、テヘラン州の北部の山の中にあるというナーセロッディーン・シャー(在位1846-96年)の宮殿へと出かけていました。
 この宮殿は、テヘランからカスピ海へと抜ける街道から枝分かれし、山の中へと分け入った突き当たりという、とんでもないところにありました。
「なんでこんなところに宮殿(正確には離宮か?)なんか作って、何をしていたんだろう?」
 と言った私に、同行したイラン人の知り合いは、
「ヒッチ(何にも)」
 と切り捨てていました。
 確かに、ナーセロッディーン・シャーの時代は、ロシアやイギリスなどに次々と利権を奪われ、領土は狭まりという具合で、「何もしなかった支配者」と言いたくなるのでしょう。


b0006449_18521216.jpg

 ナーセロッディーン・シャーの宮殿跡。現在文化財保護庁により修復中。


 宮殿からの帰り道、イラン国旗が掲げられた軽トラックやバネットが何台も通るので、何だろうと思ったところ、我々が通過してきた山の村々へ行って「世界ゴドスの日デモ行進」のためのサクラを連れてくるのだとのこと。
 政府は100万人規模のデモ行進をすると言っていましたが、自発的な参加者は少ないらしく、政府関連組織や省庁、大学などに動員をかけ、それでも足りなくて、テヘラン周辺の村から人を集めてきて100万人規模に見せかけているのだなあと改めて感じたのでした。
 これまでにも大学の友人などが、招集をかけられて持ちたくもないプラカードを持たされたと言っていたり、公務員が時間外手当をもらっているとか聞いていましたが、イランで行われている集会やデモ行進の参加者のうち、何割くらいが自発的に参加しているのだろうと興味を持ってしまったのでした。
 恐らく、日本を初めとする海外ではこのデモ行進・集会の様子が報道されていたと思いますが、かなりの割合でサクラが混じっており、テヘラン市民は無関心だったことは間違いありません。


「ナーセロッディーン・シャーにしても今の政府にしても、どのくらい国民のことを考えているのか分かったもんじゃないよ」
 だそうです。日本でも結局政治家の利権争いでしかないなあという場面にたびたび遭遇しますが、どの国でも政治というのは政治家のためのものなのかなと寂しさを感じないではいられませんでした。

b0006449_18534555.jpg

 町中に貼られていたポスター。
 「アメリカに死を」「イスラエルに死を」だそうです。
[PR]
<< ラマダーン・セット? ページトップ ホシュカール >>
XML | ATOM

個人情報保護
情報取得について
免責事項
Yuzuki Skin by Sun&Moon