イランという国で
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テヘラン
2005年 09月 23日 |
 昨日は調査のためにテヘラン市の外へ出ていました。
 調査を終えた帰り道に、テヘラン市の北東部のはずれにある聖者廟に寄りました。

 現在のテヘラン市は、以前に地図付きでご紹介したバーザール地区を中心に、18-19世紀に作られた町が基礎となっています。
 テヘラン市の北にはいくつかの村が点在し、そうした村には国王の夏の離宮や金持ちの別荘があったそうです。

 18世紀以後、イランの首都として発達し、人口も増え、特に1979年のイスラーム革命前後から爆発的に人口が増えた町は、どんどんと北に向かって伸び、それまでにあった村々をテヘラン市に吸収して膨張しました。
 それまでにあった村と村をつなぐようにして膨張した結果、都市計画とは全く無縁な現在のテヘラン市ができあがってしまいました。
 今でも、テヘラン北部のいくつかの地区には、以前村だった面影が残り、不思議な雰囲気を作り出しています。

 私が昨日立ち寄った聖者廟の周辺も、以前村だった当時の面影を残しつつ、新たな住宅の建設ラッシュに巻き込まれ、不思議な景観を作り出しています。

 下の写真は廟のすぐ近くの様子。何となく村の雰囲気が残っている。

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 こちらは廟からテヘランを見下ろした様子。果てしなく町が広がっているのが分かる。

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 こちらは廟から背後の山を見上げた様子。山の斜面に張り付くようにして住宅の建設が進んでいる。
 テヘランは北から南に向かって斜面が広がっているが、南をパーイーン・シャフル(下町)、北をバーラー・シャフル(上町)と呼ぶ。おおざっぱに言うと、パーイーン・シャフルは古い町で比較的低所得層が住む場所で、バーラー・シャフルは新しい町で金持ちが住む場所という認識。もちろん、色々な条件があるので必ずしもこういう分類では言い切れないのだが。
 ついでに、北の方向へ行くことを「上る」、南の方向へ行くことを「下る」と言う。そのものずばり。

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 木曜日ということもあって、景色の良いこの聖者廟には、参詣者の他にもデートのカップルが多く訪れていた。
 テヘランでも一番高い場所にあるので、夏でも涼しく、また景色も良いので、デートに来る人も多いとのこと。
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