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テロとイスラーム
2005年 07月 10日 |
 ロンドンでムスリムのテロ組織がテロを行ったとのこと。何とも悲しむべきことが起こってしまいました。

 何のためにこのようなことを行わなくてはならないのか、彼らテロリストたちの論理は、今なおアフガニスタンやイラクに駐留するアメリカの論理と同じくらい私には理解できません。

 彼ら「イスラームの正義のための戦士」たちの行動こそが、ごく普通に生活しているムスリムを様々な意味での危険にさらしているというのに。こうした事件が繰り返されるたび、非ムスリムによるムスリム=テロリストという公式が強化され、イスラームがあたかもテロリストを作り出すための宗教であるかのように見なされ、各地のムスリムが非ムスリムによる攻撃の対象となってしまいます。こうした情況は、イスラームとイスラーム社会を研究する者としてとても悲しく、嫌なものでしかありません。

 911の後アメリカのブッシュが一時期声高に叫んでいたテロとの戦いだという「十字軍」も、テロ集団が虐げられたムスリムたちを解放するためのものだと言う「ジハード(聖戦)」も、宗教を利用したテロ行為に過ぎず、結局はごく普通に生活する人々を、たとえそれがキリスト教徒であろうとムスリムであろうと無差別に殺戮する行為でしかないものです。

 現在の俗に言う中東やマグリブをはじめとするムスリム社会が、様々な面で困難な情況にあることは確かでしょう。しかしその原因を全て欧米に押しつけることには無理があります。欧米的資本主義の押しつけによる経済的・社会的な混乱は、確かに現在これらの地域が直面している問題の一つであるでしょう。しかしその根底には、彼ら自身がまず解決すべき問題が山積しています。
 イスラームの名によって女性の権利を制限していることや、イスラームによって認められていない肌の色による差別、排他性、その他あげればきりがないくらいにイスラーム社会自身に問題は存在しているのです。非ムスリム世界に対する敵対行為によってこうした自身の問題に対する不満を解決しようなどということは、全く意味のない行為であり、問題は永遠に解決しないでしょう。自らの問題から目をそらす行為はいい加減にやめるべきです。

 貧しい中でも、イスラームの精神に従い、持っているものの中からできるだけのもてなしをしようとしてくれる人々が、ムスリムであるというだけでテロリスト扱いされてしまうようなことがない世の中になって欲しいのですが、道はまだまだ遠いようです。
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by sarasayajp | 2005-07-10 19:46 | いろいろ |
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