イランという国で
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3月11日
2012年 03月 12日 |
 3月11日を迎え、もう一年経ったのだと、何とも言えない気持ちになりました。

 日本全土が放射能に汚染されたかのように心配するイラン人もいれば、イランでの報道が偏っていることを憤るイラン人もいます。授業中、原子力発電所の話題が出たときに、報道だけを信じるんじゃないと真剣に発言してくれた学生もいました。
 私が知るほとんどの人は日本に対し心から心配し、同情の声をかけてくれています。
 イランも戦争や自然災害などがあり、肉親を、思いもよらない出来事で奪われる悲しみを知っていたり、想像することができるからなのだろうと思います。

 報道を見ていると、地震が発生した当初、世界中から驚かれた日本人の「絆」はエゴイズムに取って代わられているように見えます。何が正しくて、何が問題なのか、自分で見極めることは難しいと思います。しかし、このところ、ネットで見る限りですが、レッテル貼りと一方的な罵倒がまかり通っているように見えます。

 異論を認めない、人の意見に耳を貸さず、自分にとって都合の良い情報だけを取り上げる。

 どれも、うっかりとやってしまいそうなことばかりです。

 被災地支援には様々な形があるでしょうが、情報の精査ということも十分に被災地支援になるのではないかと思ったこの一年でした。

 チェルノブイリでも、放射線の被害そのものよりも、その後の避難生活などでのストレスによる病気の方がよほど深刻だという話もあります。今の日本人の思考のあり方というのは、少し変じゃないのかな?とちょっと思う今日この頃なのでした。





 震災に際しては、様々な国からの支援があり、応援がありました。

 大多数の国が無条件に手を差し伸べてくれた中、政治問題を絡め、傷ついた人達をさらに傷つける発言を繰り返した国がありました。
 一年目の記念日、さらにこのようなことを言う人がいたというニュースにはびっくりしました。

 人格を疑われるような発言には気をつけなくてはと、改めて自分を戒めなくてはと思ったニュースなのでした。

 
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by sarasayajp | 2012-03-12 21:22 | いろいろ |
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