イランという国で
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気になったこと
2011年 05月 07日 |
 この数年、なんだか忙しくて余裕のない日が続いています。
 時間が全然ないわけではないはずなのですが、気持ちの問題なのだろうと思います。

 昨年から、週に3日ほどギーラーン州に調査のために出かけている上、テレビもあまり見る方ではないので(最近は滅多に見ないと言っていいくらい)、日本の情報も途切れ途切れになってしまうことが多いのですが、昨日、テヘランに戻って見たネットで東京電力の社長に福島の被災者が怒鳴りつけ、土下座をさせたというのを見て何とも言えない気持ちになってしまいました。

 自宅に帰りたくて帰れない人たちの気持ちは、海外に住んでいる私には想像するしかできませんが、でも、なにかが違うという感じがしてなりません。
 彼らに土下座をさせると自宅に帰れるようになるのでしょうか。一軒一軒謝罪に回れと怒鳴ったそうですが、そのような時間を取っていたら本当に必要な対処を行う時間がなくなってしまうかもしれないとは考えられないのでしょうか。東京電力だけではなく、なぜ、視察に訪れた最高責任者である総理大臣には同じ言葉を投げつけなかったのでしょうか。

 私はイラン国内での調査にあたって、国の機関から調査許可を取って調査を行っています。
 調査にあたって運転手兼助手を努めてくれているイラン人が二人いるのですが、その一人は、私の調査許可書を実に嬉しそうに村の人々に提示し、威張ります。私は許可を取ってはいるけど別にその機関の手先でも何でもないのだから、むやみにそれを振りかざすことはやめるように言うのですが、気持ちが良いのでやめられないようです。
 普段は押さえつけられる側なのに、押さえつける側に立てるというのは特別なのだろうなあと、それを見ていると感じます。

 今回の東北の人々の罵詈雑言も、普段は相手にしてもらえないような人を見下す一種の快感のような感じがしてしまいました。もちろん、そうではなく、言わずにいられなかったのだろうとは思います。
 被災者であるというのはある種絶対的な立場です。大変な思いをしている被災者に対して誰も何か批判的なことを言うことはできないと思います。それは分かるのですが、それでも、なんだか気になってしまったニュースだったのでした。東京電力を批判することと、口汚い言葉と行動で自分の品性を落とすことは違うのではないかなあと。冷静さのない言葉は結局人に届かないのではないかと、つい最近、やはり冷静さを欠いた言葉でいろいろな意味でしっぺがえしをくらった経験からも、東北の人たちにも、記者会見で罵声を飛ばすことを仕事としているような記者の方たちにも、冷静で、しかし核心をついた心に届く言葉をお願いしたいなあと思わずにいられないのでした。

 ※責任追及を我慢しろと言っているのではなくて、冷静でない対応は回り回って自分に降りかかってくることなので、どうかな、と思うということなのです。それだけは誤解のないようお願いいたします。
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by sarasayajp | 2011-05-07 13:54 | いろいろ |
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