イランという国で
sarasaya.exblog.jp
  ブログトップ
休講?
2009年 12月 14日 |
 午前中は仕事でゴムへ。
 テヘランの出口に位置するエマーム・ホメイニー廟にさしかかると、何台ものバスが並び、中からぞろぞろとターバンを巻いたルーハーニー(イスラーム法学者)が降りてきます。はて、今日は何か記念日だったかと、運転手に聞いてみると、「ホメイニー師の写真が破かれたことに対する抗議だよ」とのこと。そういえばそんなこともあったなあとは思うものの、なんとなくぴんときません。
 先日の、アーザル月16日の大学生の日に、ホメイニー師の肖像写真が破かれるという事件があったらしいのですが、それが何日も経ってから大規模な抗議運動になるのかなあというのが正直な感想でした。
 何かにつけて行われるデモ行進のたびに、プラカードやポスターのホメイニー師が道路に散らばり、踏まれ、破れているわけで、何を今更という感じもしないでもありません。もちろん、悪意を持って破るのとは違うというのは分かってはいますが。

 などと思いながらゴムで用を済ませ、午後に大学で約束があったため、テヘランにとんぼ返り。

 大学に行くと、なんだか様子が変です。まだ授業中のはずなのに、学生の姿が殆ど見えません。なんだろうと学科事務室へ行くと、「例の写真の件で、学生が騒いで授業ができる状態ではなく、難を避けるために大学へ来なかった学生が多くて授業にならなかった」とのこと。
 授業をしようとしても、抗議活動(と称する)の学生たちが廊下を走り回って扉をばんばんと開けて騒いでいくので、授業にならなかったそうです。

 ホメイニー師が亡くなったのが1989年(だったはず)なので、大学生はホメイニー師を知らない世代です。「先生!私の一番好きな人です!」と、ホメイニー師の待ち受け画面を見せてくれる学生もいれば、「非常に清らかな人だった」と人間性についてのみ評価をすることで政治的な意見を避ける学生もいれば、「ヴェラーヤテ・ファギーフ(イスラーム法学者による統治)は無理があります」と控えめに批評する学生もれば、「彼らは革命を乗っ取ってイランをめちゃくちゃにしました」と積極的に批判する学生もいます。

 それぞれにそれぞれの意見があって当然だと思います。そしてその意見を意見として述べることのできる社会が「自由な社会」「民主主義的な社会」なのではないでしょうか。意見を述べる権利、それに対して批判をする権利、それぞれの権利が保障されていなくては「自由主義社会」を名乗ることはできないように思います。「自分の意見以外は圧殺する」というのは古い共産主義やテロリストの考え方似ているような気もするのですが、どうなのでしょうか。

 先日、最高指導者ハーメネイー師が国内の優秀な学生を招いて行った演説会で、招待された学生が「あなたのやり方は間違えているのではないか」と堂々と批判的意見を述べました。私はその場面を見ていないのですが、非常に冷静に堂々と意見を述べていたとのことです。
 その後、彼は大丈夫だろうか、エヴィーン(政治犯を収容する刑務所)に投獄されたのでは、などと半ば冗談交じりに心配されていましたが、体制の批判を行うことが投獄に結びつくというのはどうなのでしょうか。建設的な批判のないところに発展はないと思うのですが。

 学生と話していて感じるのは、現状に不満は抱いていても社会をひっくり返すような変革はそれほど強く望んでいないのではないか、ということです。革命とその後の戦争を通して、一度社会をひっくり返してしまうとその後の再建が金銭的にも時間的にも大変だということを体験したためでしょうか。現在の問題点を革命によって一気に解決しようというのではなく、枠組みの中で、あるいは枠組みそのものを少しずつ変化させることを目指しているのかな?と思わないでもありません。もちろん、一気に変えたい人もいます。

 どんな方法、どんな社会を目指すのかはイランの人たち自身が選ぶことなのでしょうが、このところの流れには少々心配もしてしまいます。

 そんなことを考えつつも、何かというと騒動を口実に大学を休みにしたり自主休講にしたりするのはやめてほしいなあというのが、大規模抗議行動翌日になっても大学に出てこない学生たちに頭を抱えているのでした。

人気blogランキングへ
[PR]
<< プロパガンダ? ページトップ しゅーんずだへ・あーざる >>
XML | ATOM

個人情報保護
情報取得について
免責事項
Yuzuki Skin by Sun&Moon