イランという国で
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スィーズダヘ・アーバーン
2009年 11月 12日 |
 ここしばらく非常に忙しく、更新の間が開いてしまいました。
 その間に、「日本人ジャーナリストが取材中に拘束か?」というニュースがあったため、何かあったのではないかと心配して連絡をくださった方もいらっしゃいましたが、幸い、巻き込まれることもなく、大学と自宅と地方を行ったり来たりしています。

 もう一週間前になってしまいますが、アメリカ大使館占拠30周年記念日(イランでは、アーバーン月13日と呼ばれる)は、朝から午後まで授業がびっしりと入っている日でした。
外国語学部は大学寮のお向かいにあることから、何かあったら巻き込まれるのだろうなあとは思ったものの、大学が休校措置を執らなかったため、この日授業のある教員はとにかく大学へ行かなくてはならない状態でした。
もっとも、寮で暮らす学生たちの一部は寮内で起こるかもしれない改革派と体制派の衝突に巻き込まれないようにと地方にある自宅に避難していましたし、テヘラン出身の学生たちも早々に欠席宣言をする子がほとんどでしたので、本当に授業が成立するのかどうか半信半疑ではありました。

 実際に授業が始まってみると、学部の方ではほとんどの学生が欠席で授業は成立しなかったものの、大学院の方はほとんどの学生が出席という状況。そして幸か不幸か私はその日の授業がすべて大学院の授業だったため、4コマすべて授業を行うことに。
 後で聞くと、テヘラン出身の学生も家族が「巻き込まれるといけないから大学へ行ってはいけない」というので欠席だったとのこと。やはり、何が起こっても不思議ではないとみられているのだなあと実感したのでした。
 事実、エンゲラーブにある大学本部やその周辺では学生の衝突があったりして、かなり長時間騒然としていたようですから、そうした家族の懸念も当然だったのだと思います。

 それにしても、よくよく思い返してみると、私がまだ学生をしていた頃はデモ行進というと学生が動員されて、普段は体制に文句を言っているような学生も「マルグ・バル・アメリカ(アメリカに死を)」というプラカードを持たされたりしていたものですが、今は、下手に動員をかけると衝突を引き起こすかもしれないからか、そういったことがなくなっているようです。その代わり、まだ従順な中学生や高校生が動員されているのだとか。そうまでして「100万人規模のデモが行われました」というプロパガンダをしたいのだなあと、結果的に学生引き留めの役目を担わされてしまった教員は、なんとも微妙な気分になってしまったのでした。

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by sarasayajp | 2009-11-12 12:40 | いろいろ |
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