イランという国で
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テロ
2009年 10月 20日 |
 バルーチェスターンの「ピシン」で自爆テロ、とのこと。
 「ピシン?」としばし悩み、「ピーシーンのことね」と納得。パキスタンとの国境に近い小さな町です。バルーチェスターン州東部を南北に結ぶ街道と、東西に結ぶ街道の交差する場所にあり、南部バルーチェスターンでパキスタン側へ抜ける場合に必ず通る町の一つです。正確にはピーシーンの後にもパキスタン国境直前にもう一つ町があるのですが、こちらはピーシーンに比べるとずっと小さいので、イラン側最後の町と言ってもいい町です。

 街道の両脇に商店が並ぶだけの白茶けたほこりっぽい町でした。
 「危ないから出ない方が良いよ」と言われ、結局車を降りることはなかったのですが、人が多いのに活気があるようなないような不思議な感じは伝わってきたということを覚えています。
 「ここをまっすぐ行けばもうすぐパキスタンだよ」と指さされた先は延々と白っぽい荒野が広がり、遠くに何も生えていない山の連なりが見えるだけでした。

 しかし荒れ地や禿げ山を越えてイラン側とパキスタン側にはバルーチ族が住み、独自の伝統や価値観を持ち、イランの多数派であるシーア派とは異なるスンニー派を信仰しています。イラン中央からみて辺境にあり、地下資源にも水資源にも乏しく、宗教的に相容れないという条件がいくつも重なり、バルーチの人々の不満は募るばかりです。政府は自分たちを見捨てている、から、政府は自分たちを差別している、へ。そしてイラン政府は敵である、と。もっとも、バルーチェスターンに限らず、どんなところへ行っても政府への不満の聞かれない場所はないのですが。

 イラン政府はアメリカが裏にいる、などと責任転嫁に躍起ですがそれはどうかと思います。もしかしたらそういう部分もあるのかもしれませんが、原因は自分たち自身にもあるということを自覚する必要もあるのではないかと思います。政府による恩恵を感じることができず、宗教による差別を行われ、意見は力により押さえつけられ、では反発しか感じなくても不思議ではありません。自分たちを押さえるつける警察・軍事力である革命防衛隊が標的になるのも不思議ではありません。
 国内政治がうまくいかないと反外国勢力に国民の目を向けようとするというのは様々な国で見られます。先日の大統領選挙の後の争乱の最中にイラン政府が「イギリスがバックにいる」をはじめとする様々な言い方で、外国をののしっていましたが、その後、中国でウイグル人と漢族の衝突が起こった際の中国政府の外国への責任転嫁の言説が、イランと全く同じで笑ってしまったのでした。

 現在、死者は40名を超えているようですが、シーア派の革命防衛隊だけではなく、防衛隊と会合を持っていた自分たちと同族であるバルーチ族の代表たちをも敵として巻き込むというやり方は、「自分の意見と違うものは許さない」という硬直した意志が感じられ、非常に嫌な感じです。
 イスラームを非難する人も多いですが、キリスト教であれ他の宗教であれ、あるいは自由主義であれ共産主義であれ、どれも一緒ではないかと思います。
 私に対して「ネトウヨ」「イスラーム至上主義者」「イラン体制派」という決めつけをしてくる人が時々いるのですが、こうした人たちに共通するのは、「自分の宗教や政治思想、その他の思想が絶対的に正しい」という頑迷な意識であって、そこに他を理解しようとする寛容性は見られません。決めつけ、思い込み、そういったもので他を勝手に規定して攻撃してくる。こうした人たちが自爆テロを行うテロリストとどう違うのか悩むところです。

 力による主張は力による抑圧を受けるというのはこれも古今東西の原理であって、これから警察国家イランはテロ防止に力をこれまで以上に注ぐに違いありません。そうなるとすべての部族がテロを支持しているわけでもないバルーチェスターン全体が、警察の圧力によって政府に対する不満を募らせるでしょう。負の連鎖というのは難しいものだと思わずにいられません。

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ザーヘダーンの貧困地区で遊んでいた子供たち。


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by sarasayajp | 2009-10-20 11:49 | いろいろ |
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