イランという国で
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まったり
2009年 10月 13日 |
 テヘラン市内にある人文科学研究所へ出版の打ち合わせ。
 少々緊張して研究室へ入ると、50代後半かもう少し上くらいの男性が二人。
 どちらが約束していた方なのかと内心焦っていると、一方が立ち上がり、「お茶でも飲む?」と一言。「いえ、そんな、お気を使わないでください」と返すと、「いやいや、用意はできているんだから。そこに座って待っていなさい」とさっさと出て行ってしまいます。どうやらこちらの先生が約束していた先生だったようです。部屋に残ったもう一人の先生は、デスクの引き出しからビスケットを取り出し、「まあ、どうぞ」と差し出してくれます。
 そうこうするうちにお茶を取りに出ていた先生が戻ってきて、原稿のチェックの開始です。

 チェックを入れた原稿を見ながら「どこだっけな」とやっていると、打ち合わせには関わっていない方の先生が、「日本のイラン研究というのはどんなものなのかな」「韓国では14世紀くらいの文書にペルシア語の詩の断片が書かれているのが発見されたそうだけど、日本にもそういうものはあるのか?」「井筒教授(イスラーム研究者・イラン王立研究所にも一時在籍していた)はイスラーム思想と他の東洋の思想を体系化しようとしていたが、それについてはどのように思う?」と話しかけてきます。打ち合わせの片手間に返事ができるような内容ではない質問も多く、冷や汗をかきながらの二方面作戦でした。
 そこからイランの大統領選挙、アメリカの大統領選挙(それも先日のではなく、ニクソンショック後の)、日本の政権交代と話が移っていき、その合間合間に私は原稿の訂正箇所などの注意を受け、打ち合わせ相手だった方の先生は日本の自民党下野の話に何か感じるものがあったのか、「サアディー(13世紀頃のイランの詩人)が(モンゴル軍による)バグダード陥落について詠った詩を知っているだろう?」と、暗唱を始めたところで電話中断。「じゃあ、続きは私が読んであげよう」ともう一方の先生が最後まで詠み、そこでおいとますることに。

 見送りに立ちながら「イランで暮らすのは大変でしょう」というので、「もう10年以上になりますし、まあ、慣れました」と返すと、「そうか。我々は50年以上住んでいるけど、まだ慣れないよ」とのこと。

 イランの学者らしい会話なのですが、何とも言えないまったりとした雰囲気で、楽しい一時を過ごすことができたのでした。しみじみと、ここしばらく続いている大学との交渉は神経をささくれ立たせていたんだなあとも。自分の研究・仕事だけに集中したいものだとは思うのですが、次から次へと予期せぬ事態が起こるというのもイランらしいのかもしれません。

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ここに巣を作るのだ。


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by sarasayajp | 2009-10-13 12:07 | イラン人 |
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