イランという国で
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2500メートル
2009年 06月 22日 |
 この数日は、早朝に家を出て地方で調査を行い、夜帰宅というスケジュールでした。
 山道を走り、農村を訪れて調査をしていると、テヘランでの騒動が遠い世界の出来事です。大統領選挙のポスターが残っている程度で、昨年とまったく変わらない様子に拍子抜けするくらいです。

 標高2500メートルを越える山の中で、カメラをはじめとする装備を担いで道なき道を歩いたり、つづれ折の坂道を延々と登ったり、気分は調査というよりは山登りでした。特に、最近は運動不足でしたので、酸素が薄いことと相まって息切れはするし大変でした。少し鍛え直さなくてはいけないとは思ったものの、実際にはなかなか難しそうです。

 調査中、ある小さな村で、調査対象が村から離れたところにあって道が分からないだろうと、村の人たちが村の広場でサッカーをしていた(この子たちの心肺機能はすごいに違いありません)子供たちを道案内につけてくれました。
 村の周囲に広がる果樹園の中の小路をたどり、さらにその外の原っぱへと延々登ったり下ったりという道すがら、子供たちは好奇心いっぱいでこちらに話かけてきます。その中で、「アムー!(運転手兼助手を努めてくれている友人に対して。”おじちゃん”の意味)投票したの?」と尋ねてきました。「君たちは投票したの?」と聞き返すと、「僕達はまだ小さいから投票には行けないよ」と真面目に答えます。「お父さんたちは誰に投票したの?」と聞くと、「村の人はみんなアフマディーネジャードに投票したよ」とのこと。「田舎のことを考えてくれるのはアフマディネジャードだけなんだってさ。だから投票しろって○○さん(多分村の有力者のこと)がみんなに言っていたよ」とも。

 こういうところが閣下はうまいんだよな〜と、友人と顔を見合わせてしまいました。

 革命後、革命政府は「平等」の旗印のもと、農村へ舗装道路を引いたり、保健所を作り、小学校を作り、電気を引き、水道やガスも使えるようにすることに力を注ぎました。このため、農村部の生活は向上したものの、都市に住む人々からは「道路だけが立派になった」と、恩恵が都市部には十分に回ってこなかったことに文句ばかりが出るようになってしまいました。私が昨日、「一定の評価をする」と言ったのはこの農村部に対する措置です。もちろん、まだまだ改善の余地はたくさんありますし、地域による偏りも見られます。しかし、医療ネットワークが農村部まで広がったこと、道路ができたことにより生活が便利になったこと、水道の普及で衛生状態が改善されたことなど、学校ができたことで識字率が向上し、進学も可能になったことなど評価すべきことではないかなと思います。
 ただ、これらの措置のいくつかには革命前に既に始められていたり、計画が立てられていたもので、革命政権はそれを引き継いだに過ぎないというものもあります。それをあたかも、革命政府がすべてを立案・実行したかのように宣伝するのはどうかな〜と思う部分です。
 それと同じことをしているのが閣下です。閣下の就任前に既に立案され、あるいは始まっていたプロジェクトのいくつかが彼の任期中に完成しました。これはあくまでたまたま任期中にそうなったというだけに過ぎないのに、閣下はあたかも自分がすべての過程に関わり、強力にそれを推進したかのように自分の支配下にある国営放送を使って繰り返し繰り返し宣伝します。国営テレビくらいしか情報源を持たない人たちにとっては、それが真実となります。

 なんだかなあ、です。

 今晩も改革を求める人々の声がテヘランのあちこちで響いています。今夜は「マルグ・バル・ハーメネイー(ハーメネイーに死を)」という声も混じりはじめ、これまで以上に体制批判の色を強めています。今はまだバスィージや警察との衝突はないようですが、このままこの掛け声が続くとしたらそうもいかないだろうと心配です。
 こちらが疲れた様子を見せると、「大丈夫?」と心配して足を止め、周囲のバーグから今が盛りの桜桃を両手にいっぱいに摘んできて差し出してくれるやさしい村の子たちにとっても、これから社会に出ようとしている近所の若者たちにとっても、希望の持てる国であってほしいと願わずにいられません。

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by sarasayajp | 2009-06-22 10:54 | いろいろ |
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