イランという国で
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6月15日
2009年 06月 16日 |
 先日の、「固定電話はつながっているし、ネットも使えるからまあよし」というのにはもちろん理由があります。

 1999年に、テヘラン大学寮で警察・バスィージと学生の衝突が起こり、大混乱した時に、まだ学生だった私の住んでいた家の電話が数日間切断されていたという経験があったからです。日本から電話をしてきた友人と事件について話をしている最中に切断されるという、盗聴があからさまに分かる介入で、結局それから数日間電話のない不便な生活を送る羽目になったのでした。この頃はまだ携帯電話も非常に高く、携帯電話を持つどころではなかったので固定電話を止められるとそれだけで大変だったのです。ネットもダイヤルアップしかない時代でしたし。

 昨日から、テヘラン市内もだいぶ緊迫してきたようです。
 一昨日の夜にはテヘラン大学やエスファハーン大学の寮でバスィージ(あるいは警察軍)による襲撃があり、負傷者が出ているとのこと。日本語学科の学生も数人拉致され、一人は午前中に解放されましたが、昨日昼の段階で連絡が取れない学生もいます。拉致された学生たちはみんな政治活動をしているような学生ではなく、逆に「どうしてあの子を?」と不思議に思うような学生ばかりです。つまり、無差別攻撃であることは明かです。

 昨日、月曜日の段階では、テヘラン大学は「学生と教師の間で話し合って試験を実施するかどうか決めろ。とりあえず、新学期の始まる前に試験期間を設けてやるから」といういい加減な指示を出してきました。行方不明の学生がいるというのにどうして試験ができるというのでしょうか。ふざけています。
 夕方から始まった抗議集会に集まった人数を見て体制側も深刻さを理解したのか、報道によるとテヘラン大学も試験を延期したようです。私のところにはまだ連絡がありませんが。とりあえず、寮を閉鎖して、寮に住む学生を地方へ追い返してしまえ、というところでしょう。昨日昼の段階で、既に多くの学生が自主的に荷物をまとめ、寮を退去していましたが、今日はさらにその数が増えるのでしょう。

 エンゲラーブ通りからアーザーディー広場にかけての5キロほどの通りでは、昨日午後、選挙結果に疑問を持つ人々による大規模な集会がありました。政治スローガンを掲げることもなく、本当に、市内各地から集まってきただけという形で、私が見る限りでは統制が取れたものでした。もちろん、一部では小競り合いもありましたが、集会を見守る警察も積極的には手を出すつもりはなさそうな様子でした。海外の報道などでは死者が出ているとのことですが、これも、大学の寮での様子を聞くかぎり、そういうことがあっても不思議ではないように思います。

 とりあえず、これ以外にも一昨日の夜から、一種の抗議活動が市内の各地で起こっています。

 夜10時に、市内各地で「アッラーフ・アクバル(アッラーは偉大なり)」と声をあげようというものです。
 私の住んでいるあたりでも、どこかから、「 アッラーフ・アクバル」と声が上がると、それに呼応するようにまた別なところから「 アッラーフ・アクバル」の声が上がります。そしてまた別な場所から「 アッラーフ・アクバル」の声が。それが次第に増え、声を揃えて「 アッラーフ・アクバル」のユニゾンに。バスィージが駆けつけてきたらさっと逃げる。警察も町内の要所要所に配置されていますが、こちらは集会になったり暴力的な行動にならない限りは手出しはしてこないようです。

 イラン・イスラー厶革命からちょうど30年。何かが動くのか、それとも体制側の締め付けが厳しくなるだけなのか。閣下もロシア訪問をキャンセルし、国内問題に専念する構えです。犠牲者が出ることなく決着することを願ってやみません。

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