2012年 01月 02日 | ▼
確かあったはずと探しに探した写真。ようやく見つかりました。
ザンジャーン州にある、イランに恐らく唯一かもしれないと言われる「竜(アジュダハー)」のレリーフです。今年のえと。

イランでは、ヨーロッパと同じく、竜は退治される側の存在です。古代イランの神話や伝説を下敷きにした大叙事詩『王書』でも、主人公に退治される竜が登場します。
そんなイランでは、竜をモチーフにしたレリーフが作られることは恐らくなかったのですが、モンゴルがイランを占領していた一時期だけは、竜を聖なる存在としていた中国の文化がイランに入り込んでいたのではないかと想像されていて、その証拠の一つがこのレリーフだとされているのだとか。
とはいうものの、実はこのレリーフについてははっきりしたことは分かっておらず、調査もまだそれほど進んでいないようです。
しかし、ザンジャーン州にはモンゴル帝国が分裂した後のイール・ハーン朝時代の建築も残っており、可能性としてはないわけじゃないよなあと、いったい誰が何のために作ったものなのか、想像の余地がたくさんある竜なのでした。
ザンジャーン州にある、イランに恐らく唯一かもしれないと言われる「竜(アジュダハー)」のレリーフです。今年のえと。

イランでは、ヨーロッパと同じく、竜は退治される側の存在です。古代イランの神話や伝説を下敷きにした大叙事詩『王書』でも、主人公に退治される竜が登場します。
そんなイランでは、竜をモチーフにしたレリーフが作られることは恐らくなかったのですが、モンゴルがイランを占領していた一時期だけは、竜を聖なる存在としていた中国の文化がイランに入り込んでいたのではないかと想像されていて、その証拠の一つがこのレリーフだとされているのだとか。
とはいうものの、実はこのレリーフについてははっきりしたことは分かっておらず、調査もまだそれほど進んでいないようです。
しかし、ザンジャーン州にはモンゴル帝国が分裂した後のイール・ハーン朝時代の建築も残っており、可能性としてはないわけじゃないよなあと、いったい誰が何のために作ったものなのか、想像の余地がたくさんある竜なのでした。









