IE9ピン留め
イランという国で
sarasaya.exblog.jp
 トップ
2012年 01月 02日 |
 確かあったはずと探しに探した写真。ようやく見つかりました。

 ザンジャーン州にある、イランに恐らく唯一かもしれないと言われる「竜(アジュダハー)」のレリーフです。今年のえと。

 

 イランでは、ヨーロッパと同じく、竜は退治される側の存在です。古代イランの神話や伝説を下敷きにした大叙事詩『王書』でも、主人公に退治される竜が登場します。

 そんなイランでは、竜をモチーフにしたレリーフが作られることは恐らくなかったのですが、モンゴルがイランを占領していた一時期だけは、竜を聖なる存在としていた中国の文化がイランに入り込んでいたのではないかと想像されていて、その証拠の一つがこのレリーフだとされているのだとか。

 とはいうものの、実はこのレリーフについてははっきりしたことは分かっておらず、調査もまだそれほど進んでいないようです。

 しかし、ザンジャーン州にはモンゴル帝国が分裂した後のイール・ハーン朝時代の建築も残っており、可能性としてはないわけじゃないよなあと、いったい誰が何のために作ったものなのか、想像の余地がたくさんある竜なのでした。

# by sarasayajp | 2012-01-02 20:25 | Comments(4) |
2012年 01月 01日 |
 あけましておめでとうございます。

 サボってばかりのブログですが、今年もよろしくお願いいたします。

 イランでは大晦日も元日も関係なく、朝から仕事です。
 今週末には所用があって一時帰国の予定なので、少しは日本の正月気分が味わえるでしょうか。

 日の出の写真を、と思ったのですが、このところ、朝はサボってばかりで写真がありませんでした。


日はまた昇る

 
あけない夜はない


 ということで。

 いろいろ大変なことがあった一年ですが、少しずつでも前に進めたらいいなと思います。
 地震や水害などで被災された皆様にとって、明るい一年になりますよう、心より願っております。

 とはいっても、海外在住のため、募金と、商品購入くらいしかできないのでもどかしいのですが、できることからやっていこうと思います。

Tags:# 
2011年 12月 28日 |
 大学の職員食堂でのこと。
 その日のメニューは、「サブズィー・ポロウ(ハーブの炊き込みご飯)とツナ缶」か「ゼレシュク・ポロウ(スグリの一種の実を振りかけたご飯)とグーシュト(肉の煮込み)」でした。
 私は肉の煮込みの方を選択。
 食事中、サブズィー・ポロウを食べていた、日本人の先生が言いました。「そういえば、イランではツナ缶を、缶ごと煮立てると聞いたんですが、本当ですか?」
 私はそんなことをするとは聞いたことがなかったのでびっくりだったのですが、一緒にいたイラン人の先生たちは何を当たり前のことを、という反応でした。さらには、「缶の上に書いてあるじゃないですか」とのこと。
 これまで、ツナ缶は何種類も何度も買っていましたが、そんな表示があったとは全く気付いていませんでした。「20分は煮るように書いてありますよ」とのこと。さらには、「味が良くなるとかではなくて、衛生上の理由からですよ」と追い打ちです。イランの缶詰は、煮沸をする必要があるの?とまたまたびっくりです。

 最近は食生活が変わってきているので、テヘランなどでは夕食もご飯をしっかり食べる家が増えているようですが、もともと、夕食はそれほど重いおかずを取る習慣はなく、簡単に済ませるのが普通でした。
 例えば、パンとサブズィー(生ハーブミックス)、チーズ、具入りのオムレツなどのおかずといったもので、友人の家に突然お邪魔すると、「こんなのしかないわよ~」と言われながらこうした簡単な家庭料理を出されることがよくあります。
 こうした簡単な夕食の一品として、ツナ缶が皿にあけられて出てくることがあります。決して熱々のほかほかではなかったと思うのだけどなあと思っていたら、「煮沸した後、冷蔵庫に置いておくことも多いですよ」ということなので、本当に私が全く気付いていなかっただけなのかもしれません。15年目にして初めて知った真実、という感じです。

 イランのツナ缶は、時々油くさいことがあって(当たり外れがある)、それほど好きというわけではなかったのですが、最近は、オリーブオイル漬けのものや、ディルなどのハーブが入ったものなど、おいしいものも出てきたため、食事を作るのが面倒な時などに私の食卓に上ることも増えていました。
 これまで、恐らく、ツナ缶で当たったことはないと思うのですが、知ってしまったからにはやはり煮沸をすべきなのかどうか、少々悩むところなのでした。

 そういえば、日本の缶詰も缶ごと煮沸の指示があったのかなあとは思うのですが、手元に日本の缶詰がないため確認できないのでした。

Tags:# 
2011年 12月 24日 |
 以前、私が持っている当局からの調査許可書を振りかざす運転手の話をしたことがあったと思います。
 似たような話はイランでも日本でもたくさんあると思います。
 自分に何か特別な力や立場があるわけではないのに、そうした力を持つ人や機関とつながりがあるというだけで、何かを勘違いしてしまうということは。

 特に、中央の権力が強く、許可書&警察国家であり、さらには外国人(より正確には自分の属するコミュニティーの外の人)排斥の気分が強いイランではそうした傾向が強く、閉口してしまうことがあります。

 先日、以前、調査に行った聖者廟を6年ぶりくらいに訪れました。
 様子がすっかり変わっているのでびっくりし、以前の様子と比べるべく、写真を撮ろうとしました。
 すると、背後から、「写真は禁止だ」と怒鳴りながら男性が近づいてきます。
 とりあえず、カメラを下ろし、自分の身分と目的を伝えたところ、「モジャッヴェズ(許可書)を持たない人間には写真は撮らせん」と偉そうに言います。
 まあ、けんかしても仕方ないし、と、「じゃあ、写真は結構です。でも、少しだけ話を聞かせてくれませんか?廟を立て替えているようですが、前の建物はいつ取り壊したんですか?それと、以前、調査でここを訪れた時には聞き損ねたんですが、どういう来歴があるのかお聞きしたいのですが」と切り出したところ、「話を聞きたいなら、許可書を持ってこい」とのこと。
 さすがにかちんと来てしまいました。
 私の周りでは、携帯電話のカメラなどで記念写真を撮っている家族連れなどもいます。彼らの写真撮影も禁止するのなら話は分かりますが、「外国人に対して強く出ている偉い自分」「許可書を要求することのできる強い立場の自分」に酔っているだけに見えてうんざりしてしまいました。

 何かというと禁止事項を増やし、規制をすることで立場の強さを示そうとしているように見えるイランの各種機関ですが、写真撮影について言えば、マスコミなどの規制に当たるイスラーム文化指導省によると、軍事施設等、撮影禁止となっている場所以外については、例えば、聖者廟やモスクの外観を取ることに特に規制もないとのことです。内部は許可が必要だそうですが。同じ事を、こうした宗教関連施設を管理しているワクフ慈善庁も言っています。

 これまでにも調査中にはいろいろなことがありましたが、今回の男性のように、話を聞くことにすら許可書を求めるというのは初めてです。
 こちらに許可書を求めるのなら、向こうにも、許可書の提示を要求することができる立場であることを証明する文書を見せてもらいたいなあと、ついつい思ってしまいます。必殺、許可書返し。一度言ってみたいものです。

 こういう人物に当たるのは、都市部に割と近い、都市に吸収されかかっているような農村に多いのですが、あまりの多さにうんざりしていた数年前、イスラーム文化指導省の外国プレス担当者に対し、「撮影禁止の場所以外の撮影は許可されている」という証明書を発行してほしいと言って笑われたことを思い出してしまいました。
 でも、考えてみたら、この数年は、許可書のおかげということもありますが、こういう人物に当たること自体が少なくなっていたのだなあとも、しみじみ思い返してしまった出来事だったのでした。

2011年 12月 23日 |
 ここ二三週間、テヘランは晴天続きでした。
 そのため、毎冬恒例の大気汚染が徐々に深刻化し、そろそろ学校や政府機関の休日措置が行われるのではないかというレベルにまで達しているようです。
 エスファハーンでは既に、この水曜日から休日措置が執られていたようです。

 毎年同じ事が繰り返されているわけですが、根本的な対策がほとんど行われていないように見えるのが不思議なところです。
 結局、冬の一時期をしのげばあとは関係ないし、ということなのかな?と思うのですが、そのしのぎ方も休日措置がもっぱらで、経済活動にも学校の授業運営にもマイナスなのは構わないのかなあと、これまた不思議なのでした。

 もっとも、休日措置を執ると、テヘラン市民が一斉にカスピ海岸へ移動するので、カスピ海岸各地の経済には貢献しているわけですが。でもちょっと、何かが違うよなあと思わずにはいられないのでした。

2011年 12月 16日 |
 昨日、久しぶりに調査に出かけました。
 道中、助手兼運転手の知人が、「そういえば、チャンネル5(テヘラン・チャンネル)とBBCに出たんだって?自分は見ていないんだけど、会社の人達がそう言っていたよ」と言い出しました。

 シートからずり落ちそうになるくらいびっくりです。

 「テレビのインタビューなんて受けたことないんだけど。うっかり映ってBBCで放送されてしまったことはあるけど」
 「え?この前、大統領官邸に行ったときにでもインタビューされたんじゃなくて?(調査の時は大抵一緒にいるので、調査中にインタビューされたなら知らないはずがない)」
 「インタビューどころか、単に座っていただけだから」
 「でも、サーヴォジボラーグで、エマームザーデの研究者と紹介されていたらしいから。そんな日本人が他にいる?」
 「…いないと思う。でも、サーヴォジボラーグを調査に訪れたのはもう6年以上前の話で、それ以降は、全然行っていないんだけど」

 彼の勤めている会社の人達の多くは私の顔を知っていますから、「彼女がインタビューされていた」とはっきり言っているのだとしたら見間違いを考えにくいので奇妙な感じです。

 あまりに私が気持ち悪がるので、彼が会社の人や奥さんに電話をして確認したところ、テヘラン・チャンネルの方は、先日行われたアーシューラーの行事に関連した番組で、サーヴォジボラーグで行われていた行事を見学に来ていた私にインタビューをしたものらしい、ということが分かりました。
 人物紹介として、字幕に私の名前と専門が出ていたのですが、顔は私と少し違っていたようなので、不思議には思っていたとのこと。

 BBCの方はまだ確認が取れていないのですが、やはり私としか取れないプロフィールが紹介されていたか、本当に私が映っていたかなのでしょう。

 しかし変な話です。なぜなら、アーシューラーの時、私はイランを出て、旅行中だったからです。
 IRIBの国際短波ラジオ放送とは少しだけ関わりがありますが、テヘラン・チャンネルやBBCとはこれまで何の接点もないので、どこでどうして私の名前が出たのか、私の名前を名乗った(あるいは名乗らされた)東洋人とは誰なのか、やはりなんだか不思議な話なのでした。


ということで、サーヴォジボラーグにあるエマームザーデ(一種の聖者廟)の一つ。


Tags:# 
2011年 12月 15日 |
 突発的にいくつかの仕事が重なり、机に張り付く毎日でした。

 その机に張り付いている間に、世間ではいろいろなことが起こっていて、なんともびっくりです。そのおかげで、イランが今にも戦争に巻き込まれるのではないかと、あちこちから心配されてしまいました。

 イギリス大使館襲撃事件については、真相はよく分かりませんが、少なくとも、大統領を筆頭とする政府にああいったグループを押さえる力がなくなっていることは分かってしまったように思います。この春の国会議員選挙やその後の大統領選挙をにらんだ、権力争いが起こっているのだろうなあと思わずにいられません。
 この事件の後、テヘラン大学の様子はどうですか?という質問もいただいたのですが、大学本部の方は分かりませんが、外国学部のある一角では案外冷めた学生ばかりだったように見えました。

 ステルス機の方はなんだかよく分からないです。
 どうやら本物らしいというのはアメリカの反応から分かるのですが、入手手段については今ひとつ分かりません。
 最初の「撃墜した」から、イランにはステルス機を探知する能力はないじゃないかとか、破損がないじゃないかという指摘に、「革命防衛隊がサイバー攻撃によって乗っ取った」に手段が変更されているところが何とも怪しげです。
 「そんなサイバー技術があるなら、核施設のコンピューターにウィルスを仕込まれるなんてあり得ないじゃん」
 「故障して落っこちてきたのを拾ったんでしょ」
 など、あれこれ言われているようです。

 サイバー技術といえば、このところ、ネットの規制が更に強まっているようです。学生達が使っているアンチフィルターや、プロキシなども効果がないことも多いとのこと。そのサイバー技術をもう少し違うところに使ってほしいものだと思うのですが。そのうち、政府の認めたごく一部の人以外はネットが使えなくなるという噂が本当になるのでは?と思わずにいられません。

 

 金融制裁については、基本的に、イランでもらっている給料で生活しているため、個人的にはほとんど影響がないのですが、イランの人達がずいぶんと外貨に殺到しているようで、町の両替屋と公定のレートにずいぶんと開きが出てきています。昔のように数倍まで格差が広がるのかどうかこちらは気にかかるところです。

 石油の禁輸についても、「別に欧米や日本が買わなくても、その分を中国が買うだろうから、イランには影響はないでしょ」という見方が多いようです。

 そういえば、つい先日、大統領閣下の演説中に靴を投げつけた人物がいたとか。この人物、ハータミー大統領時代にも、ハータミーに卵を投げつけ、当のハータミー大統領の出してくれたお金で保釈されたというのですが、今回の大統領はどうするのでしょうか。

 と、とりとめもない話ばかりになってしまいましたが、こうして並べてみると、短期間に色々あったのだなあと改めてびっくりです。最悪の事態になる感じはしないのですが、主義主張にこだわるあまり、国民の生活に悪影響を与えるようなことは避けてほしいと思わずにいられません。

2011年 11月 27日 |
 昨日のテヘランは雪でした。今朝もちらついていましたが、もう晴れ間が見えているようです。

 昨日、大学へ来て、お茶でも飲もうと給湯室へ行くと、「今日はガス圧が下がっていて、サモワールが使えない」とのこと。電気給湯器は使えるので、そちらでお湯だけもらい、ティーバックでお茶を入れたのですが、なるほどと納得でした。
 大学は、気温が下がり、暖房が入るようになってから、じっとしていても汗をかくほどの室温になっていたのですが、とても過ごしやすい気温になっていたからです。週末、暖房を止めていたからかと思っていたのですが、テヘラン市内の人々が一斉に暖房の設定温度を上げたため、ガスの圧力が下がってしまったというのが原因だったようです。

 暖房が入っているのは嬉しいのですが、それにしても、汗をかくほどまで温める必要があるのだろうか?もったいなくないか?と、毎年のように感じます。温度調整が難しい暖房方式なので仕方ないのかもしれませんが、暖房を入れながら、窓を開けて室温を下げているのを見ると、なにかが違うよなあと思わずにいられません。

 今日も大学内は日本人にとっては適温なので、まだガス圧は低いままのようです。でも、給湯室には電気サモワールが登場し、ちゃんとお茶は飲めるようになっていたのでした。

 私のアパートは、大学のある地区のお隣なのですが、こちらではガス圧が下がっているという話は聞かないので、これが大学だけのことなのか、大学のある地区のことなのかよく分からないのでした。

Tags:# 
2011年 11月 24日 |
 夜、机に向かっていると大家さんがやって来ました。
 「フェルフェルは好きか?」とのこと。

 シシトウのような唐辛子のようなフェルフェルは、生のままキャバーブの付け合わせになっていたり、肉と一緒にキャバーブにされたり、漬け物にされていたりと、口にする機会もそれなりなのですが、好きか、と聞かれて「好きです」と答えるには一瞬ためらってしまいます。

 このフェルフェル、日本のシシトウの当たりとは比較にならないような辛さのものに当たることがしばしばで(シシトウは生では食べませんが)、それがまた、しばらくはものの味が分からなくなるほどの辛さなのです。そのため、まず、数ミリだけかじってみて、食べても大丈夫かどうかを確かめる習慣がついてしまったほどです。

 「まあ、食べると言えば食べますけど…」と、微妙な答えを返したところ、「実は、うちの畑で取れたものなのだけど、ものすごく辛くて、うちでは誰も食べてくれなくて」とのこと。

 一体どれほど辛いのでしょうか。


 とりあえず、赤いのを一本だけ使ってペペロンチーノを作ってみたところ、確かに辛いです。鷹の爪よりも辛いかもしれません。
 もう一度確かめてみようと、今度は青い方を使ってペンネ・アラビアータに挑戦です。やはり辛くて、食べきるのに一苦労です。
 でもまあ、生では食べられなくとも、調理をすれば何とか食べられそうです。

 激辛料理が好きというわけではありませんが、せっかくだし、がんばって、イランでも作れそうな激辛料理のレシピを探しているところなのでした。

 でも、イラン人の友人知人には絶対に食べてもらえないでしょうから、一人前しか作ることができないというのが最大の難点なのでした。

Tags:# 
2011年 11月 20日 |
 仕事から戻ると、待ち構えていたように大家さんがやって来ました。
 はい、これ、うちの農園から持ってきたもの、と差し出されたのはびっしりと実のついた柿の枝でした。


 どうやら、たくさんの実のついた様子を見せたくて、枝ごと持ってきてくれたようです。

 実は生の柿は少し苦手なので、干し柿にしてみようかと、窓の外に吊してみたのでした。

 こちらではいろいろなドライフルーツがありますが、干し柿はまだ見たことがありません。ホルマー(デーツ)みたいで売れると思うんだけどなあ、などと思いつつ、雨の心配をする今日この頃なのでした。

Tags:# 
< 前のページ ページトップ 次のページ >
【PR】これから販売予定の
新築マンション特集
XML | ATOM

skin by sarasayajp
Yuzuki Skin by Sun&Moon